2泊3日の上海に続いて、
3泊4日の北京の旅が終わった。
とりあえず、これはモンゴルに向かう機内で書いている。
上海と比べると、僕が見た北京は、
場所によってはまだまだ古い路地や建物が多く、
昔はこういう雰囲気だったのだろうと
感じさせるものや場所が多かった。
日本から中国に発つ前に、一部の人からは
「スパイと思われたり、半日の人間から
何をされるかわからないから、
とにかく気をつけろ」と注意を受けた。
しかし、少なくとも僕は何ひとつ
不愉快な思いをすることもなく、
接する人は優しく丁寧な人が多かった。
確かにソウルに比べると、若い人も含めて
英語を話せる人は少なかったけれど、
みんな積極的に翻訳ソフトを使って
説明してくれたりした。
個人的に接する人たちはそういう感じだったけれど、
唯一、東京にいる時から、日本人との違いを
強く感じたのは
とにかく声が大きい人が多い、ということ、
そしてスマホでイヤホンつけずに
電話で話をしたり、動画を見たり
というのが、路上でも地下鉄でも横行していること。
まあ、文化の違いと言えばそうだし、
それに慣れてしまえば、あまりイライラ
する、ということもなくなった。
到着した翌日、天安門広場、紫禁城、
万里の長城に連れて行ってくれた
日本語堪能なガイドの中国人男性は、
車の中で昔の北京と現在の大きな
変化について多くを語ってくれた。
個人で車など持てなかった25年前は、
自転車でどこにでもスイスイ行けたし、
高層ビルはおろか新築マンションなども
なかったので、隣近所とはみんな仲が良かったと。
もちろん、文化大革命という悪夢のような
時代もあっただけに、それを思うと、
個人が資産を持ち自由に海外に行くことができ、
ネットのおかげで便利になり、
幸福感は増したことに間違いないと言うけれど、
個人的にはあの時代を懐かしく思うこともあるのだと。
当日、小雨が降った天安門広場から紫禁城は
多くの観光客でごった返し(驚くことに日本人らしき人は
まったくすれ違わなかったし、欧米人もほとんど見ず、
その多くは地方から来た中国人のようだった)
IDチェックや荷物検査だけでものすごく時間がかかった。
ただ、それでも7万平方メートル以上
という広大な敷地の中で、
きめ細かく作られた木造建築には
感動せずにはいられなかった。
昨今、紫禁城を描いたドラマや映画は
ほぼCGが使われているらしいけれど
(撮影は現在禁止されているそうだ)、
『ラスト・エンペラー』は全編ここで
撮影されたというのだから、
本当に総力を注いだのだろう。
天安門広場を歩きながら思ったのは、
中国に住む人たちは口をつぐみ、
若い人はあの事件のことすら知らないと言うけれど、
NHKの『バタフライ・エフェクト』を
最近観たこともあり、非常に複雑な気持ちになった。
ロシアではペレストロイカ真っ只中、
ベルリンの壁崩壊直前のあの事件で
多くの血が流され、結果的にいまだに
自由な意見を持つことができない国。
それでも経済成長を続けた
この国の背景を考えながら、
今の中国人の人たちはどんな心持ちで
今、いるのだろうかなどと、広場をあとにした。
万里の長城に着く頃には
すっかり夕方になっており、
僕が行った八達嶺にはロープウェイがあり、
降りてから8号烽火台付近から長い道を歩いた。
人も少なく、それほど暑くもなかったけれど、
さすがに1時間近く歩く際の恐怖感や
疲労感には、さすがに歳を感じた。
これが北京初日。さあ、もうモンゴル到着。
また時間があれば、続きの旅行記を書きますね。
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