2018年03月25日

理想のドラマって

昨日、そこそこ評判の良い
日本のテレビドラマの話になった。

僕はそのドラマの原作を読んでいて
とても気にいっていた。

タモツは「ところ、どころで
涙が出て止まらなかった」そう言った。

ここのところ、涙腺が弱い僕も、
そのドラマを見て、
少しうるっと来ることはあった。
しかし、結局、泣くというところまでは
いかない。
むしろ、シラけてしまったりもする。


何故なんだろう、
そう思いながら、ドラマを観ていた。

僕が思うに、そのドラマも含めて、
多くの今の日本のドラマは
(一部の映画は除いて)
いかにわかり易い作りになっているか、
というのが柱になっているような気がする。

セリフは、必要以上に多くを語らせ、
視聴者(観客)に、
「想像させる」ということを阻む。

あれってどういう意味?
ワケがわからない。
などと言う意見を恐れてなのか、
物凄く説明的な流れになっているのだ。

こういうドラマを見ると
何故かバカにされているような気になってしまう。

そんな事を言うと
「いや。マスターはひねくれてるからです。」とか
「たくさん、観ているからです。」と言われる。
確かにそういうこともあるかもしれない。

でも、原作が素晴らしければ、
素晴らしいほど
それをなぞるだけではなく、
オリジナルの心を持ちながら、
お!!と思わせるような
ドラマ独特の表現を観てみたい、
それは願い過ぎなんだろうか。

監督や脚本家が、必ずしも意図したモノじゃなく、
観た十人が、まったく違う感想を持ったり、
幅広く想像力を膨らませるドラマ。
それが僕の理想の映像作品なのだと思う。

posted by みつあき at 05:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月23日

熱いふたり

エイタ、ユウヤカップルは
アラフィフで
うちの店で約5年前に結ばれた二人。
いつも楽しくゲラゲラ笑いながら
飲んでいて、見ているこちらが
幸せになる。

一昨日も、ほぼオープンから
僕が帰る時間まで来てくれている中で
色々な話をした。

そんな中で一番驚いたのが、
長く付き合っていくと、セックスがなくなる、
もしくは気恥ずかしくなる、という人が多い中、
二人から「セックスが本当にあっているし、
楽しいんですよ」という言葉だった。

僕からすると、タチ、ネコ同士だからダメとか
セックスの相性の悪さとか、よほどの事がない限り、
外見がタイプであればまったく問題ないんじゃないか
そう思うほうなんだけど、ユウヤからすると
「とんでもない。相性というのは
確実にあって、僕はエイタほど
エッチがピッタリ合うという人は
なかなかいない。」
そう言い切る。

当のエイタも「絶対浮気はしないって
決めているせいか、二人のやりたいことを
色々とやっていくのは本当に楽しい」
そう語る。

ふうむ。
確かにこの二人、最初の1年くらいは、
ベランダに出ては、ベタベタキスをしたり
していたもので、いまだによほど仲良しなのだと
思われる。

20代とか、30代ではなく、
こういう年代の二人のこの発言に驚きながらも
ちょっと嬉しくなった夜だった。



posted by みつあき at 19:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月22日

今年初の仙台

去年、癌を宣告された友人ヤスを訪ねて
初夏に何十年かぶりに、
仙台に行ったことはこのブログでも書いた。


その後、一人暮らしで
なかなか思うようにならない
ヤスは、施設に入ることになり、
夏に改めて見舞いに行った時は
まだまだ元気だった。

その時は若い頃の昔話だけではなく、
来たりくる将来の思いなどを話し、
まだまだやりたいことがたくさんある、
と話していて、逆に元気をもらったほどだった。

ただ、その後、秋口になり、
体調がすこぶる悪くなり、
入退院を繰り返していた矢先、
転んで足を骨折、
病気のこともあり、
足を切断するということになってしまった。

そこまでは本人と電話で話をしていたのだが、
それから数日後、出血多量で
意識不明になったと連絡があり、
11月に見舞った時には
うっすらと目はあくものの、
まったく動けず、
大きな声で語りかける僕の声も
聞こえているのかどうか、
ままならない感じだった。

正直、この時が最後の別れかも知れない。
僕はそう思った。

その後、意識はないものの、呼吸はしていて
なんとか命は持っていると妹さんから連絡があり、
今年になってすぐに改めて顔を見ようとしたところ、
インフルエンザの拡大もあり、
面会謝絶とのことだった。

この寒い1月、2月、
妹さんによると、ヤスは意識が微妙ながらも
ほんの少しずつ、体調を戻していっている
という話だった。

やっと面会も出来ると連絡があり、
一昨日に、会いに行くことにした。

ヤスの病室に入るやいなや、
なんと、ヤスは大きく僕のほうを見て、
ううっと唸り、何か聞き取れない言葉を発した。

僕は「俺だよ、わかる?」と声をかけると
「わかるよ、わかる」と
はっきりとヤスは言った。

そのあと、ヤスの部屋で撮った写真を
僕がスマホで見せると
うんうんと頷き、笑顔も見せた。
確実に僕のことも、前にヤスの家に行ったことも
彼には理解できていた。

それから1時間半ほど、ヤスの病室で
ヤスの顔を眺め、時には手を握り、
僕はヤスと話をした。

いや。ヤスが言っていることがほとんど
聞き取れないので、話をした、というのは
少し間違いなのかも知れない。

ただ、ところどころではっきりと聞こえるのは
「大丈夫?」という言葉だった。
これは東京から来た僕を案じてくれているのか、
それとも「俺は大丈夫だから、安心してくれ」
ということなのか。

彼の枕もとには、
彼の友人たち、妹さんなどが
持参したものだろう
ヤスが元気だった頃の
バンドでドラムやベースを奏でた時の写真や
CDが並べてあり、
いつでも見聞き出来るようになっていた。



いずれにしても、
末期ガンで余命を2年前に宣告され、
足を切断し、意識も失い、
一時期は植物状態になるのかもしれない、
そう思ったヤスの生命力の強さには
本当に驚き、頭が下がった。

東京は雨、という予報の一昨日、
晴れ渡る仙台の空のを窓から見ながら、
僕はまた近いうちに顔を見に訪れることを
約束をした。

少なくとも、年末のように、
これが最後かも、などという愚かな僕の思いなど
ヤスの笑顔がすっかりと打ち消してくれた。

もう少し暖かくなって、また驚くほど
元気になってくれることを祈りながら
僕は仙台をあとにした。


posted by みつあき at 15:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月18日

20代での起業

30にして、2軒の店のオーナーになったという
コウジ君の話をこの前のブログに書いたけれど、
その翌日、来てくれたショウジロウ(彼は結構
来てくれているお客さん)も
28歳にして、へえ!と思うような
経験をしているようだった。

インスタグラムなどで窺い知る
彼の生活や雰囲気から、
彼はよほどのお金持ちのお坊ちゃんで
とても育ちが良い人だと思っていた。

しかし、彼に聴いてみると
浪人しながらバイトで学費を稼ぎ、
入学金も授業料も自分で出して
大学に入ったと言う。

大学在学中には、
ネットショッピングの会社を
企業し、数人の社員も使って
二十歳そこそこで、かなりのお金を
手にしたのだそうだ。

海外で超一流のホテルやレストランに行き、
多くのことも学んだと言う。

もちろん、ストレスも多かったし、
数年後には同業者も増え、
クローズしたらしいが、
貯めたお金で、実家を改築したりすることも
出来たようだ。

結局、卒業後、就職もして
今は最近パートナーも出来、
ごくごく普通の幸せな生活を送っているようだ。

若い頃に、独立心を持つということは
本当に素晴らしいと思う。

思えば、20代の頃の自分は
まったくそういうことさえ思いつかず、
自信がなかったなあと反省するけれど、
まあ、人にはそれぞれ時期というモノがあるんだと
自分を納得させたりする日々(笑)

posted by みつあき at 12:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月16日

それぞれの11年

一昨日、ぶらりと来てくれたコウジ君、30歳。

彼は18歳まで海外留学をしていて、
帰国してから初めて来た2丁目で
ウリ専でアルバイトをした。

そこに来てくれていた女性の
お客さん(そう。2丁目のウリ専のお店には
女性も結構、来るのだそうだ)に
「自分のお店を手伝ってくれない?」
とスカウトされた。

それは何と、ストレート相手の
SMクラブだったそうだ。
あくまでも彼はウェイターとして働いていて、
そこでどんなプレイをするワケでもなかったらしいが、
二十歳前後の彼にとって、
驚く光景が繰り広げられていたと言う。

お客さんの80パーセントはMの男性。
あとはM女性、そしてS男性が若干。

そこの女王様として君臨していた彼女の
プレイもさることながら、そのオーラは
凄かったし、たくさん学ぶことも多かったと言う。

そのお店に来ていたという縄師と言われる
Sの男性は、なんと25メートルもの縄で
M男やM女たちを亀甲縛りにして、
その見事な手さばきにもため息が出たのだそうだ。

とは言え、元々、SMの気がなかった
コウジ君は長い修行後、
5年後に2丁目にゲイバーをオープンし、
今は2軒をやっている。

思えば、うちがオープンして11年。
ちょうどその同じその時間、
コウジ君にとって、上のような
大きな出来事があったのだ。

そう思えば、うちに来てくれている
20代の面々は、店のオープン時、
それぞれに中学校、
高校生だったのだと聞くと、
本当に時の流れを感じる。

posted by みつあき at 19:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月14日

何故、映画を観るのか

先日、初めて来てくれたセツオ君 30歳は
生まれてこのかた、
映画館に一度も行ったことがないと言う。
もちろん、自宅にはビデオデッキもあったし、
それで映画を観たこともあるけれど、
いわゆる劇場というところに
足を運んだことがないのだそうだ。

そか。
ビデオが出来てから、
そんな人もたくさんいるのかも知れない。
ネット配信などが当たり前の今、現在、
さらにそういう人たちは増えていくのだろう。

そんな話に僕が驚いていたことから
「マスターは、何故、映画を観るのですか?」
という問いかけになった。

何故、映画を観るか。
ここまで実直に聞かれたことがなかったので
単に好きだから、
という答えにはしたくなかった。

人によっては、デートのために、
という答えもあるだろうし、
気晴らし、ストレス発散
という人もいるだろう。
そこには、笑いたい、泣きたい、
というエモーショナルなモノを
求める人も多いと思う。

よく「今のオススメって何でしょう」と
店で尋ねられるのだけれど、
それは人によって
まったく違うと思うし、
僕が、もしくは多くの人が良いと言っているモノが
必ずしもその人にとって良いとは限らない。

これは多くの本、音楽など、どれもが同じだ。

増して、多くの人が観ているというランキングのような
モノなど、ほとんど当てに出来ない。


話を戻そう。
僕が何故、映画を観るか。
単純に映画館(もしくは劇場)のあの雰囲気が
子供の頃から好きだった。

暗くなり、緞帳が開く瞬間(最近はカーテンが
付いていない映画館のほうが圧倒的に多いのだけれど)
そのワクワクした気持ち。

そして何よりも、自分の生活について、
キャラクターについて、人生について
教えるということが好きだった。
それが何よりも楽しかった。

幼少期から青春期、
多くの影響を受けたと思うけれど、
この年齢になっても、少なからずある、
そう思う。

それはたとえば、アクション映画で
ちょっとしたシーンで主人公がつぶやく
言葉からも感じとることもあるし、
前衛映画でほぼセリフがなかったりする中でも
見つけることが出来る。

どれほど想像力を膨らませ、
自分自身がその映画とどう関わり、
ある意味、どう戦うか、ということに
僕はどうやら喜びを感じるようだ。

酷いなあ、これはないなあ、
そう思う映画も時にはある。
でも、そんな中でも学ぶべきところは
やっぱりあるのだ。

それを生かすか、殺すかは
映画ではなく、自分の中にあるんじゃないか。
そんなことを思いながら、
日々、スクリーンに向かったりしている。
posted by みつあき at 15:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月12日

ウォルト・ディズニーへの思い

昨日、常連のキョウジが
「テレビ局の企画で、『ディズニーアニメで
何が好きか』というアンケートを頼まれていて、
30人分、集めなければならないので、
お客さんに参加してもらってもいい?」と
チェック用紙を持ってきた。

そこには、1937年の「白雪姫」から
ずらりと、ディズニーのアニメーションのタイトルが
並んでいた。

僕も子供の頃、映画が公開するたびに
両親に映画館に連れて行ってもらっていただけに
今までのディズニー映画は、ほぼ網羅している。

僕のディズニー映画のベストは「眠れる森の美女」
続いて「ファンタジア」だろうか。


まあ、そんな事はともかく。
図らずも、一昨日の朝日新聞の朝刊に
ディズニーは「ダンボ」「バンビ」に続いて
「空軍力の勝利」という戦意高揚映画を制作していたことが
と書かれていた。
それは知る人ぞ知るモノだったらしいが
不覚ながらも、僕は知らなかった。

ネットを探してみると、Youtiubeに
かなり綺麗な動画が掲載されており、
一部はカラーで再現されていて
全編としてはモノクロでアップされていた。

さすがに40年代とはとても思えないほどの
さすがのタッチには感心する。
しかし、そこには東京を攻撃するシーンもあり、
それが東京大空襲のスイッチとなった
とも言われているらしいから驚きだ。

あのディズニーが「戦意高揚映画」?と思いきや、
ウォルト・ディズニーは、意外にも有名なタカ派で
ハリウッドの赤狩りの時に、
熱烈な愛国主義者だと言っていたようだ。

彼が白人至上主義でもあり、非常に強い
差別感を持っていたのも有名。
60年代までディズニー・スタジオには
女性はもちろん、黒人も社員としては
雇われていなかったと言う。

その背景には、実は彼はゲイであったという噂もある。
そういう彼の劣等感が
ホモフォビアやレイシズムに繋がっていたのかも
しれないし、そういうことが
さらに彼を国粋主義者に
していった、とも考えることも出来る。


それでも、何故彼はこれほどまでに
素晴らしいアニメーションを作り出すことが
出来たのか。
子供たちの夢をはぐくみ、
それがランドにも繋がる流れとなったのは何故だったのか。


彼の深層心理や哲学への気持ちを考えながらも、
僕の中に作られたディズニー幻想などを
改めて客観的に考える良い機会になった
そう思う。
続きを読む
posted by みつあき at 12:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月09日

悲惨で悲しいニュース

昨日は、僕が昔勤めていた会社に
出入りしている一人の監督が顔を覗かせてくれた。

彼と会うのは3年ぶりだったが、
インスタグラムだとかFacebookなどで
繋がっていると、久しぶりだという気が
まったくしないのが不思議だ。

ところで、もう何十年も前に彼の元で
助監督をし、辞めてからフリーの監督として
僕と一緒に長く仕事をしていたTという監督がいた。

僕が顔になった時に、
とても心配をしてくれて
僕のパートナーまで
わざわざ連絡をくれたりしたような
とても心温かな人だった。

と同時に、結構熱い人間で、キレ易く
現場で色々な人と揉めたりもしたことはあり、
そのたびに仲裁に入ったことも
よく覚えている。


そんなTが、去年、神戸のマンションで
実の母親と妹を刺し殺し、
その直後、近くの川で本人の遺体も
見つかったということを、
昨日、監督から教えられた。

これほど陰惨な事件ではあったものの、
ニュースは小さな地方紙の片隅に
扱われた程度だったようなので、
まったく僕は知るよしもなかった。

このあまりにも悲惨な事件を耳にして、
驚いたと言うよりも、物凄く胸が痛んだ。


確かにTは、あらゆることに敏感で、
昨日の監督の元を去る時にも
「僕ととるか、もう一人の助監督をとるか」と
詰め寄りながら、叫んだと言っていたし、
とにかく、いつも多くのことを悩み、
怒り、落ち込んでいた。

そして、いつの頃からか、うちの会社にも
出入りしなくなって、どうしたのだろうと
思っていたのだった。

精神的なバランスを欠いていた部分は
あるとは言え、彼は常に真実を追求していて
思えば、僕が仕事関係者にカミングアウトしたのも
彼が初めての人だった。
その時に、どれほど彼が
大切なことを伝えてくれて嬉しいと喜んでくれたのも
忘れられない。

僕が連絡を取れないままでいた
この15年。彼の身に何が起こったのか
今ではまったくわからない。

ただ、ワイドショーや三面記事に
取り上げられてしまうような、
このあまりに悲しい事件から、
彼の心の奥の辛さを思い巡らすと
何とも言葉が出ない。

僕のうちのクローゼットの中には、
彼が初めてロスに行った時に
お土産で買って来てくれた
小さなオスカー像が眠っている。


彼と、彼によって大切な命を落とされた
ご家族のご冥福を心から祈りたい。
posted by みつあき at 12:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今年のアカデミー賞

去年は店をあげて、みんなでアカデミー賞授賞式を
投票も含めて楽しんだのだが、
今年から月曜日はマサヤの
Saku Saku Mondayとなったため、
僕はうちで楽しむことにした。

一昨日来てくれたお客さんと話していて、
観た何人かが反応をし、
僕自身も今回、最も感動したのが
フランシス・マクドーマンドの受賞スピーチだった。

彼女は、もらったばかりのオスカー像を
床に置き、
「この会場の中で、今までアカデミー賞を受賞したり、
ノミネートされたりした女性、全員、起立して。
これはみんなのモノです。」
と言った。

そして、「"inclusion rider"という
言葉を覚えておくべき」と
ちょっと意味不明な言葉を残して、
舞台を去って行った。

この"inclusion rider"は、
アメリカ人でもよくわからなかったりする言葉だそうで、
あとで調べてみると、
「映画の中に、マイノリティや障害者などを
ある程度の割合で入れる」ということらしい。

一昨年の黒人俳優が異常に少ない、と
スパイク・リー監督などが辞退したことや、
去年、黒人、そしてゲイを扱った「ムーンライト」が
作品賞をとったこと。

そして今回、多くのセクハラやパワハラを訴えた
#Me To”、”Time's Up"の運動、
また、作品賞をとったメキシコ出身のデルトロ監督も
多様性を強く伝えていたことなど、
政治発言とは別の「平等」ということに対する
アプローチは、胸に訴えかけてくれた。

華やかだけではなく、色々な意志を持ったスピーチで
思いを伝えようとする授賞式。
どこかの国の授賞式も、
もう少し変化すればいいのに、なんて思うのは
僕だけだろうか。
posted by みつあき at 10:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月07日

眠れない日々

僕は子供の頃からすこぶる寝つきが悪い。

特に岐阜にある祖母の家に行ったりすると、
30分おきにボーン、ボーンと鳴る時計の音
(と言うか、今、あのボンボン時計って
まだ売っているんだろうか・・・)を聞きながら、
「ああ、12時かあ」「もう1時かあ」なんて
音を数えながら、布団の中でうずくまっていた。

小学校の修学旅行の前の日のみならず、
旅館での夜なんかも最悪だったし、
中学校になると、ラジオの深夜放送を1時までも
2時までも聞いていて、翌朝になると
あまりに起きないので、よく母親に怒られたものだ。

高校は寮生活だったが、これまた就寝時間が10時、
起床時間が6時という過酷な日々。
ちょっと先輩やら、同級生と
そんなこんなもあって(これは過去のブログにも
ちょいちょい描いたけれど)
寝不足は続いた。

仕事を始めてからは、
とにかく翌日起きられるかどうかが心配で
結局はきちんと起きられるのだが、
映像の編集チェックとかになると、
本当に睡魔との闘いだった。

そして今や、仕事で早起きする必要もなくなったし、
こういう仕事だから何時に寝ても良いのだけれど、
それでも何か予定があって
翌朝早めに起きなければならない前夜に限って
眠れなくなったりする。

だから、そういう日が近づいてくると、
「また、明日も眠れなかったらどうしよう」と
夕方くらいから、心配が始まったりするのだ。

なおかつ、仮に早く寝られても、数時間で
目が覚め、2度寝が出来ない。

また、困ったことに、僕の早起きの理由の多くは
翌日、映画の試写に行くということだったりするが
それで3時間や4時間睡眠だと
確実に映画の際に睡魔との闘いとなる。

昨日、来てくれていたオサムに
そんな話をすると、
彼は35歳だけれど、今まで生まれてから
眠れなかったということは一度もないと言う。
枕に頭が付くやいなや、寝てしまう。

僕にとっては信じられないけれど、
オサムにとっても、何故眠れないという現象が起きるか
不思議なのだそうだ。

それほど統計をとった訳ではないけれど、
僕が店で聞く限り、すぐ眠れる、という人は
比較的多いような気がする。

こんなことを書くと、よほど神経質な
感じだろうと思われるのだが、
店に来てもらっている人たちはわかると思うけれど、
日々、ほとんど悩みはないほう。

かなり能天気なはずなのだが、
思えばこの寝られない、というのが
僕の生涯での一番の悩みなのかも知れない。
ふう。

posted by みつあき at 15:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする