2018年03月25日

理想のドラマって

昨日、そこそこ評判の良い
日本のテレビドラマの話になった。

僕はそのドラマの原作を読んでいて
とても気にいっていた。

タモツは「ところ、どころで
涙が出て止まらなかった」そう言った。

ここのところ、涙腺が弱い僕も、
そのドラマを見て、
少しうるっと来ることはあった。
しかし、結局、泣くというところまでは
いかない。
むしろ、シラけてしまったりもする。


何故なんだろう、
そう思いながら、ドラマを観ていた。

僕が思うに、そのドラマも含めて、
多くの今の日本のドラマは
(一部の映画は除いて)
いかにわかり易い作りになっているか、
というのが柱になっているような気がする。

セリフは、必要以上に多くを語らせ、
視聴者(観客)に、
「想像させる」ということを阻む。

あれってどういう意味?
ワケがわからない。
などと言う意見を恐れてなのか、
物凄く説明的な流れになっているのだ。

こういうドラマを見ると
何故かバカにされているような気になってしまう。

そんな事を言うと
「いや。マスターはひねくれてるからです。」とか
「たくさん、観ているからです。」と言われる。
確かにそういうこともあるかもしれない。

でも、原作が素晴らしければ、
素晴らしいほど
それをなぞるだけではなく、
オリジナルの心を持ちながら、
お!!と思わせるような
ドラマ独特の表現を観てみたい、
それは願い過ぎなんだろうか。

監督や脚本家が、必ずしも意図したモノじゃなく、
観た十人が、まったく違う感想を持ったり、
幅広く想像力を膨らませるドラマ。
それが僕の理想の映像作品なのだと思う。

posted by みつあき at 05:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月23日

熱いふたり

エイタ、ユウヤカップルは
アラフィフで
うちの店で約5年前に結ばれた二人。
いつも楽しくゲラゲラ笑いながら
飲んでいて、見ているこちらが
幸せになる。

一昨日も、ほぼオープンから
僕が帰る時間まで来てくれている中で
色々な話をした。

そんな中で一番驚いたのが、
長く付き合っていくと、セックスがなくなる、
もしくは気恥ずかしくなる、という人が多い中、
二人から「セックスが本当にあっているし、
楽しいんですよ」という言葉だった。

僕からすると、タチ、ネコ同士だからダメとか
セックスの相性の悪さとか、よほどの事がない限り、
外見がタイプであればまったく問題ないんじゃないか
そう思うほうなんだけど、ユウヤからすると
「とんでもない。相性というのは
確実にあって、僕はエイタほど
エッチがピッタリ合うという人は
なかなかいない。」
そう言い切る。

当のエイタも「絶対浮気はしないって
決めているせいか、二人のやりたいことを
色々とやっていくのは本当に楽しい」
そう語る。

ふうむ。
確かにこの二人、最初の1年くらいは、
ベランダに出ては、ベタベタキスをしたり
していたもので、いまだによほど仲良しなのだと
思われる。

20代とか、30代ではなく、
こういう年代の二人のこの発言に驚きながらも
ちょっと嬉しくなった夜だった。



posted by みつあき at 19:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月22日

今年初の仙台

去年、癌を宣告された友人ヤスを訪ねて
初夏に何十年かぶりに、
仙台に行ったことはこのブログでも書いた。


その後、一人暮らしで
なかなか思うようにならない
ヤスは、施設に入ることになり、
夏に改めて見舞いに行った時は
まだまだ元気だった。

その時は若い頃の昔話だけではなく、
来たりくる将来の思いなどを話し、
まだまだやりたいことがたくさんある、
と話していて、逆に元気をもらったほどだった。

ただ、その後、秋口になり、
体調がすこぶる悪くなり、
入退院を繰り返していた矢先、
転んで足を骨折、
病気のこともあり、
足を切断するということになってしまった。

そこまでは本人と電話で話をしていたのだが、
それから数日後、出血多量で
意識不明になったと連絡があり、
11月に見舞った時には
うっすらと目はあくものの、
まったく動けず、
大きな声で語りかける僕の声も
聞こえているのかどうか、
ままならない感じだった。

正直、この時が最後の別れかも知れない。
僕はそう思った。

その後、意識はないものの、呼吸はしていて
なんとか命は持っていると妹さんから連絡があり、
今年になってすぐに改めて顔を見ようとしたところ、
インフルエンザの拡大もあり、
面会謝絶とのことだった。

この寒い1月、2月、
妹さんによると、ヤスは意識が微妙ながらも
ほんの少しずつ、体調を戻していっている
という話だった。

やっと面会も出来ると連絡があり、
一昨日に、会いに行くことにした。

ヤスの病室に入るやいなや、
なんと、ヤスは大きく僕のほうを見て、
ううっと唸り、何か聞き取れない言葉を発した。

僕は「俺だよ、わかる?」と声をかけると
「わかるよ、わかる」と
はっきりとヤスは言った。

そのあと、ヤスの部屋で撮った写真を
僕がスマホで見せると
うんうんと頷き、笑顔も見せた。
確実に僕のことも、前にヤスの家に行ったことも
彼には理解できていた。

それから1時間半ほど、ヤスの病室で
ヤスの顔を眺め、時には手を握り、
僕はヤスと話をした。

いや。ヤスが言っていることがほとんど
聞き取れないので、話をした、というのは
少し間違いなのかも知れない。

ただ、ところどころではっきりと聞こえるのは
「大丈夫?」という言葉だった。
これは東京から来た僕を案じてくれているのか、
それとも「俺は大丈夫だから、安心してくれ」
ということなのか。

彼の枕もとには、
彼の友人たち、妹さんなどが
持参したものだろう
ヤスが元気だった頃の
バンドでドラムやベースを奏でた時の写真や
CDが並べてあり、
いつでも見聞き出来るようになっていた。



いずれにしても、
末期ガンで余命を2年前に宣告され、
足を切断し、意識も失い、
一時期は植物状態になるのかもしれない、
そう思ったヤスの生命力の強さには
本当に驚き、頭が下がった。

東京は雨、という予報の一昨日、
晴れ渡る仙台の空のを窓から見ながら、
僕はまた近いうちに顔を見に訪れることを
約束をした。

少なくとも、年末のように、
これが最後かも、などという愚かな僕の思いなど
ヤスの笑顔がすっかりと打ち消してくれた。

もう少し暖かくなって、また驚くほど
元気になってくれることを祈りながら
僕は仙台をあとにした。


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2018年03月18日

20代での起業

30にして、2軒の店のオーナーになったという
コウジ君の話をこの前のブログに書いたけれど、
その翌日、来てくれたショウジロウ(彼は結構
来てくれているお客さん)も
28歳にして、へえ!と思うような
経験をしているようだった。

インスタグラムなどで窺い知る
彼の生活や雰囲気から、
彼はよほどのお金持ちのお坊ちゃんで
とても育ちが良い人だと思っていた。

しかし、彼に聴いてみると
浪人しながらバイトで学費を稼ぎ、
入学金も授業料も自分で出して
大学に入ったと言う。

大学在学中には、
ネットショッピングの会社を
企業し、数人の社員も使って
二十歳そこそこで、かなりのお金を
手にしたのだそうだ。

海外で超一流のホテルやレストランに行き、
多くのことも学んだと言う。

もちろん、ストレスも多かったし、
数年後には同業者も増え、
クローズしたらしいが、
貯めたお金で、実家を改築したりすることも
出来たようだ。

結局、卒業後、就職もして
今は最近パートナーも出来、
ごくごく普通の幸せな生活を送っているようだ。

若い頃に、独立心を持つということは
本当に素晴らしいと思う。

思えば、20代の頃の自分は
まったくそういうことさえ思いつかず、
自信がなかったなあと反省するけれど、
まあ、人にはそれぞれ時期というモノがあるんだと
自分を納得させたりする日々(笑)

posted by みつあき at 12:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月16日

それぞれの11年

一昨日、ぶらりと来てくれたコウジ君、30歳。

彼は18歳まで海外留学をしていて、
帰国してから初めて来た2丁目で
ウリ専でアルバイトをした。

そこに来てくれていた女性の
お客さん(そう。2丁目のウリ専のお店には
女性も結構、来るのだそうだ)に
「自分のお店を手伝ってくれない?」
とスカウトされた。

それは何と、ストレート相手の
SMクラブだったそうだ。
あくまでも彼はウェイターとして働いていて、
そこでどんなプレイをするワケでもなかったらしいが、
二十歳前後の彼にとって、
驚く光景が繰り広げられていたと言う。

お客さんの80パーセントはMの男性。
あとはM女性、そしてS男性が若干。

そこの女王様として君臨していた彼女の
プレイもさることながら、そのオーラは
凄かったし、たくさん学ぶことも多かったと言う。

そのお店に来ていたという縄師と言われる
Sの男性は、なんと25メートルもの縄で
M男やM女たちを亀甲縛りにして、
その見事な手さばきにもため息が出たのだそうだ。

とは言え、元々、SMの気がなかった
コウジ君は長い修行後、
5年後に2丁目にゲイバーをオープンし、
今は2軒をやっている。

思えば、うちがオープンして11年。
ちょうどその同じその時間、
コウジ君にとって、上のような
大きな出来事があったのだ。

そう思えば、うちに来てくれている
20代の面々は、店のオープン時、
それぞれに中学校、
高校生だったのだと聞くと、
本当に時の流れを感じる。

posted by みつあき at 19:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月14日

何故、映画を観るのか

先日、初めて来てくれたセツオ君 30歳は
生まれてこのかた、
映画館に一度も行ったことがないと言う。
もちろん、自宅にはビデオデッキもあったし、
それで映画を観たこともあるけれど、
いわゆる劇場というところに
足を運んだことがないのだそうだ。

そか。
ビデオが出来てから、
そんな人もたくさんいるのかも知れない。
ネット配信などが当たり前の今、現在、
さらにそういう人たちは増えていくのだろう。

そんな話に僕が驚いていたことから
「マスターは、何故、映画を観るのですか?」
という問いかけになった。

何故、映画を観るか。
ここまで実直に聞かれたことがなかったので
単に好きだから、
という答えにはしたくなかった。

人によっては、デートのために、
という答えもあるだろうし、
気晴らし、ストレス発散
という人もいるだろう。
そこには、笑いたい、泣きたい、
というエモーショナルなモノを
求める人も多いと思う。

よく「今のオススメって何でしょう」と
店で尋ねられるのだけれど、
それは人によって
まったく違うと思うし、
僕が、もしくは多くの人が良いと言っているモノが
必ずしもその人にとって良いとは限らない。

これは多くの本、音楽など、どれもが同じだ。

増して、多くの人が観ているというランキングのような
モノなど、ほとんど当てに出来ない。


話を戻そう。
僕が何故、映画を観るか。
単純に映画館(もしくは劇場)のあの雰囲気が
子供の頃から好きだった。

暗くなり、緞帳が開く瞬間(最近はカーテンが
付いていない映画館のほうが圧倒的に多いのだけれど)
そのワクワクした気持ち。

そして何よりも、自分の生活について、
キャラクターについて、人生について
教えるということが好きだった。
それが何よりも楽しかった。

幼少期から青春期、
多くの影響を受けたと思うけれど、
この年齢になっても、少なからずある、
そう思う。

それはたとえば、アクション映画で
ちょっとしたシーンで主人公がつぶやく
言葉からも感じとることもあるし、
前衛映画でほぼセリフがなかったりする中でも
見つけることが出来る。

どれほど想像力を膨らませ、
自分自身がその映画とどう関わり、
ある意味、どう戦うか、ということに
僕はどうやら喜びを感じるようだ。

酷いなあ、これはないなあ、
そう思う映画も時にはある。
でも、そんな中でも学ぶべきところは
やっぱりあるのだ。

それを生かすか、殺すかは
映画ではなく、自分の中にあるんじゃないか。
そんなことを思いながら、
日々、スクリーンに向かったりしている。
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2018年03月12日

ウォルト・ディズニーへの思い

昨日、常連のキョウジが
「テレビ局の企画で、『ディズニーアニメで
何が好きか』というアンケートを頼まれていて、
30人分、集めなければならないので、
お客さんに参加してもらってもいい?」と
チェック用紙を持ってきた。

そこには、1937年の「白雪姫」から
ずらりと、ディズニーのアニメーションのタイトルが
並んでいた。

僕も子供の頃、映画が公開するたびに
両親に映画館に連れて行ってもらっていただけに
今までのディズニー映画は、ほぼ網羅している。

僕のディズニー映画のベストは「眠れる森の美女」
続いて「ファンタジア」だろうか。


まあ、そんな事はともかく。
図らずも、一昨日の朝日新聞の朝刊に
ディズニーは「ダンボ」「バンビ」に続いて
「空軍力の勝利」という戦意高揚映画を制作していたことが
と書かれていた。
それは知る人ぞ知るモノだったらしいが
不覚ながらも、僕は知らなかった。

ネットを探してみると、Youtiubeに
かなり綺麗な動画が掲載されており、
一部はカラーで再現されていて
全編としてはモノクロでアップされていた。

さすがに40年代とはとても思えないほどの
さすがのタッチには感心する。
しかし、そこには東京を攻撃するシーンもあり、
それが東京大空襲のスイッチとなった
とも言われているらしいから驚きだ。

あのディズニーが「戦意高揚映画」?と思いきや、
ウォルト・ディズニーは、意外にも有名なタカ派で
ハリウッドの赤狩りの時に、
熱烈な愛国主義者だと言っていたようだ。

彼が白人至上主義でもあり、非常に強い
差別感を持っていたのも有名。
60年代までディズニー・スタジオには
女性はもちろん、黒人も社員としては
雇われていなかったと言う。

その背景には、実は彼はゲイであったという噂もある。
そういう彼の劣等感が
ホモフォビアやレイシズムに繋がっていたのかも
しれないし、そういうことが
さらに彼を国粋主義者に
していった、とも考えることも出来る。


それでも、何故彼はこれほどまでに
素晴らしいアニメーションを作り出すことが
出来たのか。
子供たちの夢をはぐくみ、
それがランドにも繋がる流れとなったのは何故だったのか。


彼の深層心理や哲学への気持ちを考えながらも、
僕の中に作られたディズニー幻想などを
改めて客観的に考える良い機会になった
そう思う。
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posted by みつあき at 12:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月09日

悲惨で悲しいニュース

昨日は、僕が昔勤めていた会社に
出入りしている一人の監督が顔を覗かせてくれた。

彼と会うのは3年ぶりだったが、
インスタグラムだとかFacebookなどで
繋がっていると、久しぶりだという気が
まったくしないのが不思議だ。

ところで、もう何十年も前に彼の元で
助監督をし、辞めてからフリーの監督として
僕と一緒に長く仕事をしていたTという監督がいた。

僕が顔になった時に、
とても心配をしてくれて
僕のパートナーまで
わざわざ連絡をくれたりしたような
とても心温かな人だった。

と同時に、結構熱い人間で、キレ易く
現場で色々な人と揉めたりもしたことはあり、
そのたびに仲裁に入ったことも
よく覚えている。


そんなTが、去年、神戸のマンションで
実の母親と妹を刺し殺し、
その直後、近くの川で本人の遺体も
見つかったということを、
昨日、監督から教えられた。

これほど陰惨な事件ではあったものの、
ニュースは小さな地方紙の片隅に
扱われた程度だったようなので、
まったく僕は知るよしもなかった。

このあまりにも悲惨な事件を耳にして、
驚いたと言うよりも、物凄く胸が痛んだ。


確かにTは、あらゆることに敏感で、
昨日の監督の元を去る時にも
「僕ととるか、もう一人の助監督をとるか」と
詰め寄りながら、叫んだと言っていたし、
とにかく、いつも多くのことを悩み、
怒り、落ち込んでいた。

そして、いつの頃からか、うちの会社にも
出入りしなくなって、どうしたのだろうと
思っていたのだった。

精神的なバランスを欠いていた部分は
あるとは言え、彼は常に真実を追求していて
思えば、僕が仕事関係者にカミングアウトしたのも
彼が初めての人だった。
その時に、どれほど彼が
大切なことを伝えてくれて嬉しいと喜んでくれたのも
忘れられない。

僕が連絡を取れないままでいた
この15年。彼の身に何が起こったのか
今ではまったくわからない。

ただ、ワイドショーや三面記事に
取り上げられてしまうような、
このあまりに悲しい事件から、
彼の心の奥の辛さを思い巡らすと
何とも言葉が出ない。

僕のうちのクローゼットの中には、
彼が初めてロスに行った時に
お土産で買って来てくれた
小さなオスカー像が眠っている。


彼と、彼によって大切な命を落とされた
ご家族のご冥福を心から祈りたい。
posted by みつあき at 12:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今年のアカデミー賞

去年は店をあげて、みんなでアカデミー賞授賞式を
投票も含めて楽しんだのだが、
今年から月曜日はマサヤの
Saku Saku Mondayとなったため、
僕はうちで楽しむことにした。

一昨日来てくれたお客さんと話していて、
観た何人かが反応をし、
僕自身も今回、最も感動したのが
フランシス・マクドーマンドの受賞スピーチだった。

彼女は、もらったばかりのオスカー像を
床に置き、
「この会場の中で、今までアカデミー賞を受賞したり、
ノミネートされたりした女性、全員、起立して。
これはみんなのモノです。」
と言った。

そして、「"inclusion rider"という
言葉を覚えておくべき」と
ちょっと意味不明な言葉を残して、
舞台を去って行った。

この"inclusion rider"は、
アメリカ人でもよくわからなかったりする言葉だそうで、
あとで調べてみると、
「映画の中に、マイノリティや障害者などを
ある程度の割合で入れる」ということらしい。

一昨年の黒人俳優が異常に少ない、と
スパイク・リー監督などが辞退したことや、
去年、黒人、そしてゲイを扱った「ムーンライト」が
作品賞をとったこと。

そして今回、多くのセクハラやパワハラを訴えた
#Me To”、”Time's Up"の運動、
また、作品賞をとったメキシコ出身のデルトロ監督も
多様性を強く伝えていたことなど、
政治発言とは別の「平等」ということに対する
アプローチは、胸に訴えかけてくれた。

華やかだけではなく、色々な意志を持ったスピーチで
思いを伝えようとする授賞式。
どこかの国の授賞式も、
もう少し変化すればいいのに、なんて思うのは
僕だけだろうか。
posted by みつあき at 10:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月07日

眠れない日々

僕は子供の頃からすこぶる寝つきが悪い。

特に岐阜にある祖母の家に行ったりすると、
30分おきにボーン、ボーンと鳴る時計の音
(と言うか、今、あのボンボン時計って
まだ売っているんだろうか・・・)を聞きながら、
「ああ、12時かあ」「もう1時かあ」なんて
音を数えながら、布団の中でうずくまっていた。

小学校の修学旅行の前の日のみならず、
旅館での夜なんかも最悪だったし、
中学校になると、ラジオの深夜放送を1時までも
2時までも聞いていて、翌朝になると
あまりに起きないので、よく母親に怒られたものだ。

高校は寮生活だったが、これまた就寝時間が10時、
起床時間が6時という過酷な日々。
ちょっと先輩やら、同級生と
そんなこんなもあって(これは過去のブログにも
ちょいちょい描いたけれど)
寝不足は続いた。

仕事を始めてからは、
とにかく翌日起きられるかどうかが心配で
結局はきちんと起きられるのだが、
映像の編集チェックとかになると、
本当に睡魔との闘いだった。

そして今や、仕事で早起きする必要もなくなったし、
こういう仕事だから何時に寝ても良いのだけれど、
それでも何か予定があって
翌朝早めに起きなければならない前夜に限って
眠れなくなったりする。

だから、そういう日が近づいてくると、
「また、明日も眠れなかったらどうしよう」と
夕方くらいから、心配が始まったりするのだ。

なおかつ、仮に早く寝られても、数時間で
目が覚め、2度寝が出来ない。

また、困ったことに、僕の早起きの理由の多くは
翌日、映画の試写に行くということだったりするが
それで3時間や4時間睡眠だと
確実に映画の際に睡魔との闘いとなる。

昨日、来てくれていたオサムに
そんな話をすると、
彼は35歳だけれど、今まで生まれてから
眠れなかったということは一度もないと言う。
枕に頭が付くやいなや、寝てしまう。

僕にとっては信じられないけれど、
オサムにとっても、何故眠れないという現象が起きるか
不思議なのだそうだ。

それほど統計をとった訳ではないけれど、
僕が店で聞く限り、すぐ眠れる、という人は
比較的多いような気がする。

こんなことを書くと、よほど神経質な
感じだろうと思われるのだが、
店に来てもらっている人たちはわかると思うけれど、
日々、ほとんど悩みはないほう。

かなり能天気なはずなのだが、
思えばこの寝られない、というのが
僕の生涯での一番の悩みなのかも知れない。
ふう。

posted by みつあき at 15:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

遅刻の常習犯

ユウヤは30歳。
彼は子供の頃から時間を守るのが苦手らしい。

家族の影響かと言うと、そうでもなく、
今まで家族旅行で2度、彼の身支度が遅れて
飛行機に乗り遅れて、
行くのを断念して、責められたことがある。
と言うか、家族はとても仲が良いのに
ここ数年はもう旅行には
誘ってもらえないと言う。

面白いなあと思うのは、
仕事に対しては、30分前には着いて
準備をする。
まったく遅れたことはないと言うのだ。

そのメリハリ、と言うか、
プライベートに使う時間のゆるさの
半端なさがある意味、凄い。

友人とも、まず映画や
コンサートの約束は出来ず、
今まで決めたけれど断念したことも、
遅れて行ったことも
山ほどあるらしい。

ケンカになったり、
離れて行く友人もいるが、
多くはユウヤの魅力に負けてなのか、
しかたがなく付き合ってくれるとのことだ。

つい先日も朝10時の待ち合わせに
結局、行けたのが夕方の4時半過ぎだったと。

その間、どうしていたのかと聞くと、
うちで片付けをしていて1時間、
遅れると連絡をして、
「適当でいいよ」と言われたので
のんびり待ち合わせ場所に行くと
好奇心をかきたてるギャラリーの看板が!

そこからギャラリーに行ったと言う。
本人いわく、一応、ちゃんとメールをしたと
大威張りで言うのが、なんともユウヤらしい。

それでも何とかなってしまっているのと、
彼の周りの友人のほとんどが
それを責めることなく、笑っているというから
大したモノだと思う。


posted by みつあき at 19:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月02日

心に決めた誓い

昨日、地方都市から初めて来てくれた
エンドウさんは48歳。

彼は幼少期から自分がゲイであることを
わかってもいたし、受け入れてきた。
そういうエンドウさんをわかってか、
わからずか、ご両親はいつも彼に
「人に迷惑をかけなければ、
自分が生きたいように生きていけばいい、」
そういうスタンスだったらしい。

エンドウさんは高校三年の時に
部活のバスケットで行った
市内にある別高校の同級生に
一目惚れした。
何度か対抗試合をしながら、仲良くなり、
ある時に「お前のことが好きだ」と告白した。

相手は「とても嬉しい。ありがとう。
でも、それには応えられないや。」
そう言った。

元々、受け入れられるなんて
思っていなかっただけに、
「好きと言ってくれて嬉しい」と
応えてくれた彼の言葉だけが
エンドウさんにはずっしりと響き、
彼のことをずっと愛し続けよう、
そう誓ったのだと言う。

それから30年。

エンドウさんと彼との友情
(エンドウさんに言わせれば、
彼に対しての愛情)は、
ずっと続いているのだそうだ。

共にあらゆるところに旅をし、
月に一度や二度は酒も飲む。
その彼は20代の時に結婚をし、
結婚式にもエンドウさんは出席をした。

驚くことに、エンドウさんは一度も
男性と性体験はないのだそうだ。
好きだと言われたこともあったし、
言い寄られたこともあったけれど、
すべて心が動かなかった。
もちろん、ゲイであることは事実だし、
マスターベーションも男のことを考えながらする。

エンドウさんはその彼に
高校時代の時に告白してからは、
一切その事について、触れていないらしい。
彼も、エンドウさんの恋愛事情どころか、
ゲイについてもまず、口にしないと言う。

ただひとつ。
エンドウさんがゲイだということも
知っているのか知らずか
彼の奥さんがその彼に「あなた、本当はエンドウさんが
好きなんじゃないの?」とからかわれたんだ、
そう言われたことがあった。
それを聞きながら、エンドウさんは
ほくそ笑んだらしい。
その言葉だけで十分、自分は幸せだ、
そう思ったようだ。


「セックスがなくても、人を愛せるし、
信じることが出来ると思うんですよ。
いつも一緒にいられなくても、
その人を思う気持ちさえ強く持っていればいい。
相手は自分の思い通りにはならないから、
相手がやること、見せてくれることだけを
好きだなあ、と思っていれば
大概のことは、超えていけるんですよ。
僕は彼のことが大好きで、
彼が応えてくれる部分だけで満足している。
それで仕事も頑張れる。」

こんな人がいるんだ。
良い話だなあ、そう思った。
posted by みつあき at 17:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月01日

20年前の公園で

昨日、1年ぶりくらいだという
ジョウジ君が、20年来の友人の
アキヨシ君を伴って来てくれた。

彼らは、20年前に世田谷にあった
比較的大きなハッテン公園で出会ったと言う。

当時の公園はどの公園も、
終電が終わった頃の午前1時過ぎから
朝がたまでゲイが集まっていた。

夏場の2時半くらいを過ぎると、まるで
夜の9時か10時?と思われるほどの人が出ていて
それは凄かった。


そんな中、ジョウジ君がぶらぶらと歩いていると、
ちょっと大きなテーブルがあり、
そこに仰向けに横たわり、
何人かのまさぐられていたのが
アキヨシ君だったと言う。

アキヨシ君はそうされながらも、
ジョウジ君のほうに惹かれ、
結局、その後は二人になったと言う。

二人とも20代そこそこの時代。
若かったなあと笑う。

今では、そのような事はなかったと思いたい、
と思うほどのただの友達で、年に一度か、数年に一度
会うほどの関係のようだ。
うん、ゲイではよくある話だ。

今さら、その時のことなど恥ずかしいし、
忘れたいと言いながらも、
酔っ払って、暴露していくところが
とても可笑しかった。


僕も若い頃、深夜の公園に足を運んだことは
あったけれど、このSNS時代の現在は
どうなっているんだろうか。

いずれにしても、公共の場所ではあるから
さすがにバカなことをして
警察のお世話などにならないように。。。
posted by みつあき at 12:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月27日

初めての旅、初めての喧嘩

30代のヨウスケとタクオは、
付き合ってまだひと月。
ひと月の記念に、この冬、温泉旅行に、と
東北地方に向かったそうだ。

一歳年上のヨウスケが旅の手配をした。
初めての旅行だから、と
奮発してグリーン車、
そしてかなり良いホテルを
ダブルで予約をした。

前の日は二人で飲みたい、とタクオが
言うので、早くから動きたいヨウスケは
午後の比較的ゆっくりした新幹線だった。

電車の中でタクオが
「男二人でダブルとか大丈夫かなあ」と言うから
「大丈夫だよ。一流ホテルだもん。」
ヨウスケがそう言うと、タクオは
「チェックインする時に、
別々に入ればいいか。」
そんな事言い出す。
「別に悪い事している訳じゃないし、
堂々としていればいいじゃないか」と
タクオが言う。

それなりにオープンでいたいと思うタクオと
結構人目を気にするヨウスケの間で
旅の始まりからちょっとした不均衡が生まれる。

そうこうしているうちに、
どんどん雪が激しくなってきた。
そしてノロノロした運転が続き、
ついには途中駅で止まってしまう。

猛吹雪で線路のポイントが動かなくなったと
アナウンスがあった。
予定では6時には駅に着き、
そこからバスに乗り継ぐのだけれど、
それにはどうしても間に合いそうもない。

途中、ホテルに「遅れる」と電話をするが
どれだけ遅れるか、わからない。

結局、新幹線は1時間近く遅れ、バスには乗れず、
やっと乗ったタクシーも雪で
回り道をすることになったと言う。

結局、7時過ぎに着くはずのホテルには
11時過ぎに。

ひと気もないホテルのフロントで
結局、二人でチェックインすることになり、
タクオは何となく
一人のコンシェルジェが
にやりとした、と思ったようだ。

予約したレストランはクローズ。
雪のせいで、調理人も早く帰り、
ルームサービスもないと言う。

もちろん、近くにコンビニも
あるワケではなく、
ホテルにあった自動販売機で
酒のつまみのようなモノで
夜を過ごすことになる。

タクオさえ、前日に飲みに行こうと
言わなければ、早く出られたのに。
そう思う気持ちと、どうであれ、
無理に叩き起こしてでも、早い新幹線に
乗れば良かったなどと
ヨウスケに言ってしまう。

タクオはタクオで
わざわざダブルベッドを取り、
恥ずかしい思いをさせられたと怒る。

せっかく一緒に過ごしたい一夜が
散々なモノになりそうだった。


そんな中、0時過ぎに
ホテルのコンシェルジュの人から連絡があった。

「この大雪の中、お二人で素敵な時間を
過ごそうと思われたのに、
本当に何も出来なくて申し訳ございません。
フロントの人間で、今、作ったのですが」と
大皿にサンドイッチと、
赤のワインボトル1本を持って来てくれた。

きっと二人はカップルだとわかり、
気を利かせてくれたようだった。

頭を下げたボーイの人にお礼を言い、
彼が部屋を出たあと、タクオは
ヨウスケに抱きつき「ごめんね。
ビクビクした俺が悪かった。」
そう謝った。

ヨウスケも「俺こそ、イライラしてごめん。」
二人はしんしんと降り積もる外の雪を見ながら
ワインをゆっくりとたしなめ、
素敵な夜を迎えたそうだ。

やっとひと月、されどひと月。
きっと、良い始まりになったのだと思う。

posted by みつあき at 20:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

冬から春公開のLGBT映画 その2

この前のブログに続いて、
ゲイ関連映画をあと2本。

来月下旬に公開されるのが
「BPM ビート・バイ・ミニット」というフランス映画。
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舞台は90年代のパリで、HIV感染者の差別を訴えた
ACT UPで抗議活動をしていたという監督自身の
実体験を描いたドラマ。

さすがに事実の映画化だけに、その活動は
リアリティがある。
それだけではなく、エイズを発症した相手と共に
生きることと背中合わせにある抗議活動への疑問も
なるほど、と唸らせてくれる。


最後の1本は、「君の名前で僕を呼んで」
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これは去年、ニューヨークに行った時に
とても評判になっていたゲイ映画。

80年代、イタリアの別荘で
ひと夏を過ごすアメリカ人一家。
両親とも仲が良い17歳の男の子と
その家に呼ばれた博士課程を専攻する
24歳のアメリカ人青年。

前回、ここで書いた「彼の見つめる先に」とは
またひと味違うゲイの切ないラブストーリー。

この時代に於いて、
ゲイへの偏見もなければ、
それによる苦しみということに
焦点が当たっていない
ということが映画を深くしている。


こんな映画のほかにも、
もう終わってしまった特集上映のモノが2本。

1本は、ナショナル・シアター・ライブで
上映された「エンジェルズ・イン・アメリカ
第一部 至福千年紀が近づく」。
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これは1989年にブロードウェイで上演されたゲイの舞台で
その後、日本でも何度も上演され、
TVドラマではA.パチーノやM.ストリープが出演。
でも、僕は今回のこの上演が最もグッと来た。
「スパイダーマン」をやったA.ガーフィールド、
カミングアウトしているN.レイン、
そしてゲイTVドラマで火がついたR.トヴェイなど
それぞれの役者の白熱の演技が見ものだった。
第二部の「ペレストロイカ」は来月公開予定で、これも楽しみ。

あと、ノーザンライツ・フィルム・フェスティバルという
北欧映画でたった3日間だけ上映された
「トム・オブ・フィンランド」。
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これは、同名の有名なゲイの画家を描いた
フィンランド映画で、日本公開は無理だろうなあと
思っていたら、まさかのこういう形での公開となった。

1940年代、同性愛という認識などまったくなかった時代、
フィンランドで過激な絵を描き続け、
その後、アメリカ、そして世界中で火がついた
彼の人生をドラマ化したモノ。

数年前にLGBTの映画祭、Reinbow Reelと、
数回の映画祭でしか公開されなかった
「湖の見知らぬ男」と同じように、
この映画も未公開、DVD化もされないとすると
本当に残念。
posted by みつあき at 03:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月23日

冬から春公開のLGBT映画 その1

今年になって、多くのLGBT関連の映画が
公開される予定がたっていて
今日のブログではそれを紹介したい。

現在公開中の「ハーヴェイ・ミルク」は、
リバイバルだが、30年以上経った今でも
決して輝きを失わない一本だ。
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ショーン・ペンが演じた「ミルク」の
原案にもなったゲイとして公言し、
初の公職に就いた男のドキュメンタリー。
アカデミー賞もとったこの映画は、
民主主義とは何か、という問題を
考えさせながらも、マイノリティについても
しっかりと考えることが出来る一本。


これも公開中の「アバウト・レイ 16歳の決断」。
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男性として生きたいと思うトランスジェンダーの
エル・ファニング、
そして動揺を隠せない母親ナオミ・ワッツ、
レズビアンの祖母スーザン・サランドン
と、豪華キャストの共演は見もの。


この映画と同様に、今週から公開される
トランスジェンダーを主人公にした映画
「ナチュラル・ウーマン」。
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最愛の恋人を失い、そこから
様々な差別と闘うというドラマで
今年のアカデミー外国語映画賞にも
ノミネートされている
これまた力強い一本。
実生活でも歌を歌いながら生活している
という彼女の存在感がグッとくる。


来月は、もう一本。
ブラジル映画の「彼の見つめる先に」。
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盲目の高校生と転校生の淡い初恋を描いた傑作。
これは、まだ恋愛をしたことがない、
というデリケートな時代と
思春期特有のセンシティヴな心模様が
丁寧に描かれている。
サンパウロという土地、
そして障害者でありゲイであることを気がつく少年。
彼を受け入れていく同級生。
切なくも、素敵な青春映画に仕上がっている。


posted by みつあき at 19:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月21日

小学校時代の先生のことば

22歳のハヤトは、うちに初めて来たのが去年。

その頃は、将来どうしていいかわからない、
相手なんか出来るんだろうか、
などと色々ブツブツと言っていたけれど、
ここのところ、ちょっと変わった。

突然のように前向きになった。
「何かあった?」と聞くと、
実は、バッタリと小学生の時の担任の先生と
街中で会ったのだそうだ。

小学生!?と聞くといつの話だ、と僕なんかは
思うのだけれど、彼からしてみれば、
ほんの10 年前。
もう、うちの店がオープンしていたから
驚くどころか、笑ってしまう。

「おお、久しぶりだな。
お茶でも飲むか」
先生はそう言ってくれたらしい。

ここまで読むと、うちの店の中では
なかなかよくある話で、
その先生がゲイ、という話では今回はなかった。

実はこの先生、ハヤトが小学校の頃は30代半ば、
もう結婚していて子供も生まれていた。
その当時、授業の中で
「世の中には、男が男を好き、女が女が好き
という人たちがいる。
これは決して異常なことではなくて、ただ、ただ
人数が少ないっていうことで差別をされている。
君たちの中にも言えないけれど、
こういう人もいるかも知れないけれど、
恥ずかしいことなんかじゃないからな。」

そんなふうによく話をしていた。
ハヤトは、自覚しながらも、
もちろんそんな事は誰にも言えず、言わずに
小学校、中学校時代を過ごしていたのだそうだ。

そんな先生に、今回会って、今さらながら
「実は」と話したらしい。

先生は、カフェで、ハヤトの話を
「そか、そか」と笑って聞いてくれていたと言う。

「先生、当時、僕のこと、ゲイだと思ってました?」
と聞くと、
「う〜ん、誰がゲイとか、ストレートとか
あまり考えたことなかった。
女性的だから絶対ゲイっていうワケでもないしな。」
と笑っていたと言う。

「ひとつだけ言えるのは、先生はゲイじゃないけど、
中学校の時に、ちょっとだけそんな冒険もした。
すっごく気持ち良かったけれど、
やっぱり、先生は女の人のほうが良かったんだ。
でも、その友達はきっとゲイだったんだと思う。
彼と会ってから、ずっとそのことを考えてたんだ。」
そんなふうに話してくれたのだそうだ。

とても素敵な話だった。
日本中の学校の先生、それがゲイであれ、
ストレートであれ、こういう話を
フランクにホームルームなんかで
話してくれると、少しでも世の中が変わるのかも知れない。

ゲイバーのマスターなんかやっていて、
今さら、教員などになれないことを
ハヤトの話を聞きながら
ちょっとだけ悔しい思いをした。

まあ、ゲイの話以外、教えることなんて
ほとんどできないから、仕方ないのだけれど(笑)
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posted by みつあき at 03:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月18日

ピョンチャン フィギュア鑑賞

昨日、一昨日、店では昼間に行われた
ピョンチャンの男子フィギュアをみんなで繰り返し観た。

そして、思った通り、今日の朝から昼間にかけての番組は
(日曜日でワイドショーがなかったにもかかわらず)
金メダル、銀メダル、ワンツーをとった
羽生君と宇田君の話題やインタビューに終始していた。

大きな怪我をした直後で再起を危ぶまれていた
羽生が、本当に素晴らしい演技を見せてくれたのには
魅了されて、店内で再放送にもかかわらず、
いちいち拍手が起こった。
優れた若いスポーツ選手たちのエネルギーと、
精神的強さは、実に色々なことを教えてくれ、
賞賛に値する、そう思う。

銀メダルをとった宇田のインタビューを見て、
かなり天然なところがたくさん見えてきて笑ってしまうが、
その余裕のようなモノが、彼の精神を
支えているのだろう、そう思う。


個人的に少し残念だと思うのは、
いつも日本人選手(特に男子)の、キラキラヒラヒラとした
いかにも日本人女性受けをするような
いわゆる宝塚風「王子様的衣装」だ。

それでなくとも、他国の選手に比べて、
羽生の動きは特に女性的で
(それはゲイ、ゲイじゃないに限らず、別に
良いことなのだろうけれど)、
あの衣装はそれをさらにそう思わせてしまう。

フェルナンデスや、パトリック・チャンのような
シンプル、かつワイルドな衣装で勝負してほしい
なんて思うのは、僕がゲイだからだろうか・・・。

posted by みつあき at 19:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月17日

19歳の決意

一昨日は、カミングアウトしている議員をやっている
ワタセ君が、19歳の大学生のアイダ君を
連れて来てくれた。

法学部、そして議員を目指しているというアイダ君は
ヒゲも濃く、ずっとパワーリフティングを
やっていたというガッチリとした体格で
とても19歳には見えない。

ジンジャエールを飲みながら、
じっくりとワタセ君の話を聞き入るその姿は
実直そのもの。

何故、議員になろうと思ったのかと尋ねると
彼は宮城県にいて、12歳の時に震災に合い、
その時に多くのことを感じたのだそうだ。


家や家族のみならず、持ち金をすべて
失った人は報道で知らされる以上に多かった、
その傍ら、お金を持っている人たちは、
復興バブルでどんどん儲けているという事実もわかった。

そういうことから、格差や差別ということに
興味を持ち、部活をやりながらも、
しっかりと勉強したのだそうだ。

周りの同世代には「もっと遊べ」だとか
「堅すぎる」と言われると言う。
ただ、生まれて来たからには、
何か役に立ちたい、
彼にそう強く思わせるものがあるようだ。

この年齢になり、ほぼ自分のことを中心に
考えてしまいがちな自分を
自分の息子世代よりもさらに若い彼から
学ばされた時間だった。
posted by みつあき at 19:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月16日

制服について

小学校がアルマーニの制服を標準服として
使うというニュースが席巻している。

僕は小学校時代、母親の好みで、
冬でも皮の短パンにハイソックス、という出で立ちで
そのお坊ちゃん風な装いを周りにからかわれたりした。

とは言え、高校になると、
学校の制服のチェックは物凄く厳しく、
学ランの襟は絶対閉めないと怒鳴られたし、
ズボンの丈やふくらみ(女子はスカート丈)など
細かく指示された。

制服のみならず、髪の毛も絶対耳にかからないように、
パーマや染めるなんて、もってのほか。
(時代が時代っていうこともあったけれど)
ただ、他校の学生たちは、
長髪にだったり、スリムなパンツだったり
当時は少ないものの、私服だったりしたのだ。

基本的に、みんなが一律でなければ、という
日本の文化や考え方が、
この制服、ということに表れされている気がする。

個性をなくさせていることも含めて、
僕個人としては、制服なんて
なくなってしまったほうがいい、
そう思う。

もちろん、元々茶っぽかったり、
癖がある髪質を、黒髪ストレートヘアに
揃えるなんて、もってのほかだ。


そんな話をしていたら、店にいたジョウジは
「僕の制服はブレザーだったけど、
学ランに萌えるので、なくさないで欲しい。
むしろ、全部学ランにしてほしい」と言うし、
タクマは「それこそ、私服に極力近いカジュアルなモノにし、
なおかつ、どういうふうにアレンジをしてもいい、
というふうにしたら、学校生活は楽しくなるはず」
などと言う。

なるほど。
制服問題、
平成も終わり、どういうふうに落ち着いていくんだろうか。
posted by みつあき at 18:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする