2018年11月09日

昔の仲間とこれからの話

昨夜は映画にまつわる素敵な一夜だった。

そのひとつは、僕の前の仕事で
深く関わったAV監督のハセガワクニヒロが
何と、映画「クリムゾン・リバー」の
原作者であり、脚本家でもある
ジャン=クリストフ・グランジェを伴って
来てくれた。

IMG_7411.jpeg

共に来てくれた彼の通訳の女性、
彼にナンパされた、
という鰻屋さんで働く美女、
そして彼の本の資料集めとして
日本のSMクラブなどを紹介して回った
というフランス人男性、
それぞれがとってもユニークだった。

ジャンは、3回結婚していて、
そのすべてが美女揃いで、
現在は日本人のモデルと共に
エッフェル塔のすぐそばのアパルトメントに
住んでいるのだそうだ。

子供も全部で4人いるが、
その子供たちもモデルとして
活躍しているとか。

彼が原作の映画化はたくさんあるけれど、
やっぱり「クリムゾン・リバー」が
最も好きだと言っていて、
それは監督マチュー・カソヴィッツが
非常に良い仕事をしてくれた、と。

カソヴィッツと言えば、もちろん
その映画の監督もさることながら、
「アメリ」でヒロインの恋人役を
やったと言えば、知っている人も多いかも。

連れてきてくれたハセガワも
まだまだ新しい企画と共に
映画を制作中ということで
そこには旧知のスタッフの名前も
多く出る。
頼もしい限りだ。


そんなこんな話に色々と
華が咲いたのと入れ違いに来てくれたのが
僕が最初に映画の現場で
仕事をしていたモリイズミ夫妻だった。

今の若い人はまったく知らないだろう
鈴木清順、荒戸源次郎という
名監督たちの元で
仕事をしていた
まだ20代前半だった僕たち。

2年前に荒戸さんが
亡くなった葬儀のことは
当時のこのブログにも書いたけれど、
モリイズミとはそれ以来だった。
と言うか、その時に会ったのが
数十年ぶり。

彼ら夫婦は、荒戸さんが亡くなった翌年、
つまり昨年、最愛の娘を亡くし、
とても心配していたが、
今では彼女の住んでいたところに
居を移し、娘の愛犬と共に
暮らしているらしい。

娘さんの仏壇を、「ツィゴイネルワイゼン」や
「陽炎座」なども含めた美術をやっていた
タダさんが制作中で
夫婦共々、楽しみにしているとのこと。

色々な話を聞きながらも、
僕がこのバーをオープンして、
ほんのたまだけれど、
こうして昔に友人たちが
集えるところが出来て良かった、
そう思う。


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2018年09月10日

高校の同級生たち

昨夜、オープンするやいなや
22歳のゲイの男のコと、
ストレート男子2人、
女子3人、都合6人で店に来てくれた。

驚いたのが、それぞれにイケメン、美人揃い。
一瞬、どれがゲイでもレズビアンでも
おかしくないと思わせられる。

と言うか、ゲイのリョウマ君が
最もノンケっぽく見えてしまうのが
今どきだなあと思ったくらいだ。

彼らは高校の同級生だったらしいが、
大学に進学してから仲良くなり、
それぞれが今年から就職したようだが、
なんだかんだと集まっていると言い、
昨日はBBQの帰りだそうだ。

リョウマ君がゲイバーに
まったく来たことがない、ということで
みんなでGoogle検索したら
うちの店がヒットしたとのこと。

さて、このリョウマ君は、みんなにいつ頃、
どういうタイミングでカミングアウトしたの?
と尋ねると、全員が「いつだっけ?」
改めて聞かれるとわからないくらいに
あまりどうでもいい感じなのだ。

職場では別にそんな話にならないけれど、
聞かれたら「ゲイですよ〜」
って言うつもりです、と
このリョウマ君自身、くったくない。

その中で、美容師を始めたという女のコは
私なんか、周りゲイばっかりで
ストレートの男、探すの大変!と言うし、
それぞれがリョウマ君以外でも
ゲイの知り合いがいるとのこと。

笑ったのは、その中の二人の男女は
それぞれ彼氏、彼女が
いるらしいけれど、
みんなには会わせない、
会わせたくないとのこと。
「こんな連中が友達だって言われたら
誤解される」と爆笑する。

リョウマ君も去年初体験しただけで、
いまだに付き合ったことがないようだが、
「俺に彼氏ができたら、お前らに
真っ先に会わせてやるよ」と言うと
みんなが盛り上がる。

もちろん、こういう22歳ばかりではないだろうけれど、
それでも確実に時代は変化しているんだ、
と、つくづく思った。

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2018年09月07日

友人たちの近況

昨日も書いたけれど、
ここ数日、関西方面や北海道に住んだり、
実家がある友人、知人に
安否を確認するために連絡を取った。

それぞれの家族はともかく、
ちょっと連絡を取っていなかった
友人二人が大変な事になっていることを知る。


一人は関西に住む僕と同世代の友人で、
彼はここ数年、
アルコール中毒になって
苦しんでいるということだった。

昔から酒はよく飲んでいたが、
いつの頃からか家族や周りに
暴力をふるうようになり、
そのたびに落ち込む、という繰り返しが
続いていたのだそうだ。

それから何度か入退院を繰り返し、
ここ3年ほど酒を一滴も飲んでいないらしい。

今度、何人かで会おう、そう伝えたが
その時に周りが飲めば、絶対飲みたくなる。
そして1杯飲んだら、この数年の禁酒が
すべて台無しになると言う。

僕も含めて、飲まないようにするから
大丈夫だよ、とは伝えたけれど、
よく飲み、よく語った日々を
知っている彼にとって
酒なくして、旧友と会うのも、
またストレスのようだ。


もう一人は、まだ30代の友人。
彼はふた月ほど前に身体に異変を感じ、
色々な病院で検査を受けた結果、
ガンを宣告されたと言う。
入院してすぐに抗がん剤を使いはじめ、
多くの副作用に苦しんだようだった。

体格も良く、あれだけ元気だったのに
これには本当に驚いた。

最初はかなり落ち込んで、
何もやる気が起きなかったらしいけれど、
少しずつ前向きになってきているとのこと。

それにしても僕よりもふた回りも下。
店を始める前からの知り合いで
その当時はまだ20代そこそこだった。
ガンになるには、若過ぎる。

ただ、二人に共通して良かったと思えるのは
ずっとそばにいてくれるパートナーがいる、
ということだった。

メールやLINEのやり取りでわかった
彼らの状況。

SNSなどで動向がわかっている友人や知人は
ともかく、それらをやっていない知り合いは
ふと気がつくと何年も連絡しなかったりする。

せめて数ヶ月に一度は連絡を入れよう。
そう思った1日だった。


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2018年08月11日

忘れじの仲間たち

僕の高校時代の話は、
このブログでも何度か書いたが、
つい先日、剣道部での仲良しだった4人の中の一人、
シゲと15年ぶりくらいに会った。
シゲの妹も一緒だった。

僕の通っていた高校は、ほぼ寮生活で
3人は何かと集っては、遊んでいた。
とは言っても、ネットはおろか、ゲームも
ビデオも、ヘッドフォンステレオもない時代。

そして、当時国交断絶状態だった台湾へ
修学旅行に行ったのは懐かしい思い出だ。
当時、3泊4日くらいだったんじゃないかと思う。

その中で、僕ら学生たちは
教師の目を盗んで、
それぞれの行動をとっていた。
4人もそれぞれだった。

校内にガールフレンドがいたツネは、
なんだかんだ言って彼女と一緒だったし、
やんちゃだったマサは、
こっそりと勧められた売春ツアーに行った。

(彼に限らず、それに参加した多くの学生は
その後、学校にバレて、罰則を受けた)
また、シゲと僕は当時姉妹校だった学校の学生たちと
ワイワイと騒ぎ、シゲはその中にいた美少女に
恋をしたようだった。

ちなみに、僕はと言えば、
やはり台湾のイケメン学生に
少し目を奪われながらも、
もう一人の女のコとデートまがいなことをした。


その後、それぞれが大学に進んだ。

ツネはその後、同級生の彼女と別れた。
その数年後、若くして彼女は病死した。

マサはシゲの妹と付き合いだしたけれど、
結果的にはうまくいかずに、別れてしまった。

シゲは大学を卒業して、台湾の美少女に
会いに行ったものの、堅物の彼は
何も出来ずに帰って来た、と言っていた。

20代後半で僕以外の3人は、
それぞれ思いを寄せた別の人と結婚をした。

北海道にいるシゲ、
和歌山にいるマサ、
栃木にいるツネ、
そして東京にいる僕だが、
この何十年かの間に、
それぞれと数回会ったが
少なくとも店を始めてから会っておらず、
たまにメールでやり取りをするマサには
カミングアウトしたものの、
他の二人は出来ずにいた。

さて、東京に来たシゲと妹だったが、
シゲの身には、
この5年くらいの間で驚くことがあった。

彼は10年近く前に前の奥さんと離婚をしたのだが、
なんとその後、結婚したのが、
あの台湾の美少女だったのだ。

離婚後、ネットでシゲのことを探し出し、
何十年も超えた恋は身を結んだらしい。
ひょんな事から彼女は僕のFacebookも見つけ、
シゲは彼女経由で僕がゲイであることも知ったと言う。

お酒を酌み交わし、楽しくなったシゲと僕は
マサに電話をし、シゲの妹とマサも別れて以来、
初めて電話で話したと言う。

それからツネにも連絡して、
今年の秋から来年春にかけて、
4人で必ず会おうと約束をした。
これが実現すると、4人で会うのは
高校時代以来となる。
それも僕らが青春時代を過ごした松江で。
それまでそれぞれが元気でいられればいいのだけれど。

また、ひとつ楽しみが増えた。

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2018年08月03日

親友と娘の来店

僕がニューヨークに行くと、
必ず会う親友のミキオが
養子として育てている娘リリーを連れて
日本に帰国。日曜日に来てくれた。

うちの店に入る前に、
彼らをとりまく昔からの友人たち
8人が集い、みんなで食事をして、
そのあと、みんなで店に寄ってくれた。

食事会に参加できなかった4人は
店で待っており、いずれにしても
30年近く日本を離れているにも関わらず、
これだけみんなに愛されているミキオは
凄いなあと思った次第。

それでも来られなかった人たちも
まだまだいた。

1年半前の秋、ミキオが同性婚した
パートナーのジョンは
病気で倒れ、そのまま急死をしてしまった。
突然のミキオからの連絡で、あまりに驚いたのを
まだ昨日のことのように覚えている。
つい前日まで、元気で
リリーを入りたての学校まで
送って行ったりしていたようだった。
そのひと月後、ニューヨークで会ったミキオは
ただ、ただ泣くばかりだった。

その時に「何故、いつまでも泣いてるの」と
毅然としていたリリーは、今、9歳。
ミキオに聞くと、彼女が当時、「死」ということを
どう認識していたのかは、よくわからないと言う。

ただ、最近では「いつもダディの夢を見る。
だからずっと近くにいるから、安心」
リリーはそう言うのだそうだ。

ただ、社交的で明るいリリーは、
うちの店に来ても大人気で、
カウンターの中に入りたいと言い、
一瞬、お客さんたちのアイドルとなった。

僕と同世代のミキオがたった一人で
9歳の子を育てているのは
並大抵じゃない、そう思う。

娘のためなら命も投げ出す、
と言えるミキオを見て
自分の欲望だけに生きている自分が
少し劣等感にかられてしまう。

いずれにしても、
彼女が誰かと結婚するような日が来る時、
ニューヨークか、日本で
僕も参列出来ればなあ、そんなことを思った。

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2018年05月05日

感謝の1日

去年の5月4日に、
うちに初めて来てくれた、という
ソウタ、シンジロウ、アキオの3人が
「今日が1周年です!」と乾杯してくれた。

店では、友人の誕生日やら、
恋人同士のアニバーサリーやら、
もちろん、うちの店の周年やら
お祝いしてもらったりするけれど、
うちの店に来て、何周年、というのは
初めてだった。

何せ、彼らはうちの店がオープンした時は
まだ10代だったりするワケで。

そう思えば、つい昨日、来てくれた19歳のコ
(コーラだけで大人しくしていたけれど)なんかは、
うちが生まれた時には、まだ小学生。

とにかく、そういう話を聞くと、
まだまだ新参者、と思っていたうちの店も、
ある意味、中堅、というところに
差し掛かったことを実感。

まあ、いずれにしても、感謝大き一夜だった。
ありがとうございました。
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2018年03月22日

今年初の仙台

去年、癌を宣告された友人ヤスを訪ねて
初夏に何十年かぶりに、
仙台に行ったことはこのブログでも書いた。


その後、一人暮らしで
なかなか思うようにならない
ヤスは、施設に入ることになり、
夏に改めて見舞いに行った時は
まだまだ元気だった。

その時は若い頃の昔話だけではなく、
来たりくる将来の思いなどを話し、
まだまだやりたいことがたくさんある、
と話していて、逆に元気をもらったほどだった。

ただ、その後、秋口になり、
体調がすこぶる悪くなり、
入退院を繰り返していた矢先、
転んで足を骨折、
病気のこともあり、
足を切断するということになってしまった。

そこまでは本人と電話で話をしていたのだが、
それから数日後、出血多量で
意識不明になったと連絡があり、
11月に見舞った時には
うっすらと目はあくものの、
まったく動けず、
大きな声で語りかける僕の声も
聞こえているのかどうか、
ままならない感じだった。

正直、この時が最後の別れかも知れない。
僕はそう思った。

その後、意識はないものの、呼吸はしていて
なんとか命は持っていると妹さんから連絡があり、
今年になってすぐに改めて顔を見ようとしたところ、
インフルエンザの拡大もあり、
面会謝絶とのことだった。

この寒い1月、2月、
妹さんによると、ヤスは意識が微妙ながらも
ほんの少しずつ、体調を戻していっている
という話だった。

やっと面会も出来ると連絡があり、
一昨日に、会いに行くことにした。

ヤスの病室に入るやいなや、
なんと、ヤスは大きく僕のほうを見て、
ううっと唸り、何か聞き取れない言葉を発した。

僕は「俺だよ、わかる?」と声をかけると
「わかるよ、わかる」と
はっきりとヤスは言った。

そのあと、ヤスの部屋で撮った写真を
僕がスマホで見せると
うんうんと頷き、笑顔も見せた。
確実に僕のことも、前にヤスの家に行ったことも
彼には理解できていた。

それから1時間半ほど、ヤスの病室で
ヤスの顔を眺め、時には手を握り、
僕はヤスと話をした。

いや。ヤスが言っていることがほとんど
聞き取れないので、話をした、というのは
少し間違いなのかも知れない。

ただ、ところどころではっきりと聞こえるのは
「大丈夫?」という言葉だった。
これは東京から来た僕を案じてくれているのか、
それとも「俺は大丈夫だから、安心してくれ」
ということなのか。

彼の枕もとには、
彼の友人たち、妹さんなどが
持参したものだろう
ヤスが元気だった頃の
バンドでドラムやベースを奏でた時の写真や
CDが並べてあり、
いつでも見聞き出来るようになっていた。



いずれにしても、
末期ガンで余命を2年前に宣告され、
足を切断し、意識も失い、
一時期は植物状態になるのかもしれない、
そう思ったヤスの生命力の強さには
本当に驚き、頭が下がった。

東京は雨、という予報の一昨日、
晴れ渡る仙台の空のを窓から見ながら、
僕はまた近いうちに顔を見に訪れることを
約束をした。

少なくとも、年末のように、
これが最後かも、
などという愚かな僕の思いなど
ヤスの笑顔がすっかりと打ち消してくれた。

もう少し暖かくなって、また驚くほど
元気になってくれることを祈りながら
僕は仙台をあとにした。

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