2022年04月08日

非情なまでの家庭で育って

31歳のミツヒデ君は、物心がついた小学生の頃から
両親がものすごく仲が悪く、
それこそ、殺傷沙汰の喧嘩を
何度も見ていたそうだ。

仕事で疲れていて気が短い父親と
アルコール中毒のように酒を浴びるほど飲む母親。
何度か家出を試みて、結局行く場所がなく
帰っていくと、こっぴどく殴られて怒られたと言う。

そのことは、友人にも、学校の先生にも
まったく相談出来ず、小学校時代はずっと
悶々としていたようだ。

もちろん、学校では出来るだけ
そんな事はないように、明るく元気に
ふるまっていたつもりだった。

しかし、小学校の時に、母が好きな
少女モノのアニメばかり横で観ていたせいか、
テレビの話題など、友人たちの仲間には
入れなかった。
それだけでなく、「女みたいだな」といじめられもした。

学校に行っても、家に帰っても、いつも居場所がなく、
小学校6年の時に自殺もをしようと思ったけれど、
どうやれば、痛くなく死ぬことが出来るかわからず、
そのまま中学に入ったそうだ。

そのうちに両親は離婚、母に引き取られ、
それまで専業主婦だった母親は
水商売をするようになった。

ミツヒデ君は、母が寝ている間に
学校に行き、家に帰ってきて
誰もいない部屋で、母の買い置きの
お惣菜を一人で食べた。

そのうちに母に男が出来たらしく、
母の出勤時間が少し遅くなった。
そこで、ミツヒデ君が邪魔になったのか
塾に行かされるようになった。

そこでミツヒデ君を受け持った
塾の先生は、ミツヒデ君の様子を見て、
すごく心配をしてくれたらしい。

あらゆる相談に乗ってくれ、
大いに勉強も教えてくれて、
まったく勉強ができなかったミツヒデ君は
名門高校に入れたそうだ。

高校に入って、塾はやめたけれど、
ミツヒデ君はその塾の先生が好きだということに
気がついた。
今さら会えないことを辛く思い、
1年生、2年生の頃は部活や
友人との関係に精を出した。

その間、若い男をとっかえひっかえ
連れてくる母親と何度も仲違いし、
3年の頃に家を出て、一人暮らしを
するようになったらしい。

そんな矢先に、中学の時の塾の先生が
母親に聞いて、ミツヒデ君の部屋を訪ねてきたようだった。


今回はまるで小説のような話。
書き出すと、あまりにも長いので
またこの続きは明日。。。笑

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2022年04月06日

コーチング、という仕事

一昨日、大雨の中、ショーゴ君、
42歳が来てくれた。
彼はうちの店がオープンした頃(そう思えば
彼は当時20代!)からちょこちょこ
来てくれていたけれど、一人で
訪れてくれたのは、初めてだった。

そもそも凛々しい顔でガッチリ型だった身体は
ここ数年で始めた柔道とかで驚くほど
大きくなっていた。

お客さんが来ない時間、
かなりゆっくりと色々なことについて話した。

その中で、彼はここ数年で、前の職を辞め、
自分一人でコーチング、という仕事を始めたと言う話が
とても興味深かった。

コーチング。
自分が思ったように物事がうまく
いかなかったり、
なかなか頑張ったりする気になれない、
また、人間関係で悩んでいる、
そういう人の話をきちんと聞いてくれる、という仕事。

本人いわく、いわゆる「聞き屋」だそうだ。

基本的には、どうしたほうが良い、とか
こうすれば?というサジェスチョンはしない。
ただ聞きながら、本人がどういう方向に
進めば良いかという道筋を作る
そんなお手伝いをしてくれるらしい。

ただし、うつ症状で体調を壊されている方など
メンタルヘルスで重い方は、受け付けてはいないそうだ。

ちょうどコロナが始まってからの仕事らしく、
対面で話を聞いたりということが難しい今のところ、
オンラインでやっていると言う。


実直で、穏やか、そして優しい彼なら
きっと良い方向性を示してくれるのだろう、
そう思う。

興味ある人がいれば、僕にまで伝えてもらえれば
ショーゴ君を紹介します。

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2022年04月03日

初のゲイバー

昨夜、イベントで会った人に聞いてきてくれた、と
23歳、一昨日が会社の入社式だった、というサトシ君。

彼は地方都市出身だが、
お酒がどうしても飲めない、ということで
ゲイバーには行ったことがない。

そういう意味では、初のゲイバーだったらしい。
有難いことに、うちの店は
そういう人が少なくない。


そして、今の若いコにしては珍しく、
中学校や高校の頃、
ゲイだということにすごく悩み、
ネットでも、ゲイ関連のサイトには
一才手を出さなかった。

YouTubeでスポーツ選手の脱ぎ画像や
股間モッコリ画像を見てドキドキしても
「これは、スポーツ選手への憧れなんだ」と
自分に言い聞かせてきたと言う。

でも、友人に教えられ、ストレート用のAVを見ても
ついつい男を目で追ってしまう。

そういう悶々とした時期を持ちながら、
大学に入った。

それを聞いて、僕自身も大学時代に
本屋で当時のゲイ雑誌を見つけても、
絶対に手を出せなかったことを思い出した。
思春期のクローゼット感は
それほど変わらないのかもしれない。


さて、そんなサトシ君。大学に入りながら、
ネットでゲイの草野球チームの
サイトを見つけた時も「僕はゲイじゃない。
草野球がやりたいだけなんだ」と思い込んでいたと言う。

ただ、その中では奔放にふるまう人や
自由にセックスや恋愛の話をしている
同世代、そして魅力的なかっこいい人もいて、
自分を受け入れてこなかった
自身のほうがおかしいのかもと思い出した。

それから何人かと肉体関係を持つまでに至り、
今回、会社の入試屋敷と研修のため、
東京に来たと言う。

東京に来る前からゲイアプリを始め、
イベントをチェックして、
ドキドキしながらイベントに入ったようだ。

そこでは、GOGOボーイも初めて目にして、
まるでテレビに出ているタレントを
見ている気持ちになったと言う。

Z世代と言われるサトシ君だが、
少しずつ、自分自身を受け入れていく話が
よく理解も出来、ちょっと懐かしい気持ちになった。

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2022年03月30日

ウィル・スミスの件について 改めて

一昨日のブログに長々と買いたアカデミー賞の
ウィル・スミスの件。

何が理由であっても、暴力だけは絶対いけない、
僕はここでそう書いたし、その気持ちは
今でも、まったく変わっていない。

驚いたのは、全米での意見は擁護派と
反対派と真っ二つに分かれていたけれど、
日本では、スミスの気持ちはよくわかる、
という擁護する意見が圧倒的だったと聞いた。

「自分だって殴りに行く。殴られて当たり前」
という男性の意見や、
「そうして守ってもらうのは本当に嬉しい」
という女性の意見も多かったそうだ。

加えて、スミス自身の息子も
「自分は気持ちよかった」
「そして僕も同じことをする」
という声を発したようだ。

このあたりの意見をまともに取ると、
侮辱されたら、力で制しても良し、と聞こえてくる。
それを思うと本当に恐ろしい。


ただ、それから1昼夜経って、スミスは
インスタグラムに「どんな形であれ、暴力は
有害で破壊的。昨夜の私の振る舞いは、
受け入れがたく、弁解できないものだった。
クリス、あなたに公式に謝罪したい」と述べた。

これはあらゆる人が、彼に助言をしたからなのか、
アカデミー協会が、由々しき事件であると
発表したからなのか、
また、スミスが心からそう思ったのかは不明だ。

世間では、ロックのトーク、
リハーサルではその部分は語らなかったこと、
そこにスミスは来席していなかったこと、
また、数年前のオスカー授賞式でも
ロックは不在のスミスの奥さんに触れていたことなど
多くの情報が流されている。

しかし、いずれにしても、スミスは
クロス・ロックに公の場所で謝罪したのだ。

暴力は決して許されるべきではないけれど、
ただ、平手打ちをしてしまったこで、幸いにも
傷害が出ることもなく、ロックも
被害届けは出さないと言った。

スミスはロックを許し、
おそらくロックもスミスを赦したのだ。

僕は「目には目を、歯には歯を」という
考え方が好きではない。
人は許し合うということで前に進むのだ。

要は、この話はきちんと終止符が打たれ、
こういうことは二度と起きてはならない、
それを誰もが、胸に刻むことこそ、大切なのだ、そう思う。

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2022年03月24日

それぞれの結婚感

昨日のブログで、NYから来てくれたケンの話を書いたが、
まさに昨日は、サンフランシスコから
3年ぶりくらいにタケシタ君が来てくれた。

タケシタ君は、50歳を過ぎたばかりだが、
25年前に日本で会ったアメリカ人と
あちらで暮らしている。

そして、ケンと同じく7年前、
アメリカ議会で同性婚が成立してから
すぐに結婚をした。

タケシタ君のパートナーのご家族は
彼らの家に近い場所に住んでいて、
やり取りをしていたが、地価の高騰で
ここ数年、それぞれがシスコから離れたらしい。

とは言え、二人の結婚を喜んでくれたと言うし、
タケシタ君たち二人も幸せを強く感じたようだ。


そこで、ケンの話に戻ると、
ケンの亡くなったパートナーは、
そもそも同性愛ということについて
深く考慮し、色々な運動もしてきた
アクティビストだった。

しかし、彼は同性婚については
強い反対意見を持つ人だったと言う。
そもそも、結婚という形式についての疑問。
そして、男女というストレートに
何故、同性愛者が習うのだ、という意見。

しかしながら、ケンに永住権を持たせるために
その気持ちを殺し、結婚にサインをしたと言う。


ずいぶん前に、ここに書いた気がするけれど、
僕自身も、結婚制度、というモノは
男女の間も含めて、もはや崩壊していると思うし、
その拘束力がありとあらゆる問題を作っている。

僕に兄が住むスウェーデンでは、
結婚をしている人々は半数もいるかいないか、で
ありとあらゆる権利に対する選択肢を、
個々がそれぞれ選ぶことが出来ると言う。

この面倒な制度さえなければ、もう少し
多くのカップルが幸せで自由に生きられるはずだ、
と僕自身は思っている。


とは言え、世界で、特に日本でこの結婚という
制度がなくなることはほぼないだろう。

その上で、結婚しているか、していないか、
もしくはストレートカップルか、
そうでないか、ということから、
あらゆる区差別が生じることは
「同性婚」を通すことによって、
とりあえずは無くなるはず、というのが
今現在の僕の気持ちだ。

ケンやタケシタ君も含めて、海外に住む
多くの友人たちが同性婚をしている。

まずはそれが通常になってから、
改めて結婚について議論をする、
ということが望ましいと思うところだ。

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2022年03月23日

ニューヨークからの友人

一昨日でまん延防止措置が終わった。
その前日、そしてその最終日の2日に渡って、
同世代で古い友人のケンが訪ねて来てくれた。

ケンはもう20年以上ニューヨークに住んでいる
アーティストだ。

彼の壮絶な人生経験は、このブログの
1ページにはなかなか書くことが出来ない。

当時、お金がなかったケンは、ニューヨークに
渡った頃、美大の学費を払うため、
ゲイのエスコート(いわゆる日本で言う
売り専)をやっていた。

そのうち、ゲイビデオに出演すると、
ギャラがすごく上がると耳にして、
彼はアメリカのポルノ男優として
名を連ねることになる。

もちろん、アメリカの男優と互角になるためには
身体をさらに大きくしなければならなかったり、
かなり関門もあったようだ。

しかし、彼はそれで美大を卒業、
その後、どんどん売れっ子アーティストとして
名前を出すようになった。

出会った当時、それほど一緒に飲んだりする、
ということではなかったけれど、
共通の友人や知り合いも多い。

中には彼同様、大成した人もいるし、
ドラッグで捕まった人、
そして亡くなってしまった人などもいる。

彼自身も、17年連れ添ったパートナーを
去年ガンで失ってしまった。
亡くなるまでの2年間は、ほぼ介護を
していたようだ。

彼と結婚をして、グリーンカードを
取得したものの、これからどうやって
生きていこうと色々考えることも多いと言う。

日本のみならず、全世界に彼のファンが
多いことはFacebookでもよくわかる。
この年齢でも、多くの同世代はたちうち出来ない
肉体もさることながら、そのあらゆる才能は
たくさんの人々を魅了している。

ケンとたくさん話しながら、
彼のことだから、これからも
多くの中年熟年ゲイの鏡となっていくだろう
そう思った。

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2022年03月09日

長谷川博史さんの逝去を知って

ピンクベアこと、長谷川博史さんと言えば、
多くのゲイの人は耳にしたことが
あるかも知れない。

そんな長谷川さんが、一昨日、
お亡くなりになったのだ。
つい先週、バー無らいのマスターが
亡くなったことを知ったばかりだった。

IMG_7636.jpeg

長谷川さんは、もう廃刊となった
ゲイ雑誌 G-menの元編集長であり、
90年代からはHIVの啓蒙活動を
始められた。

当時、まだエイズパニックのさなかで、
パートナーと付き合うのをきっかけに
受けたHIV検査で、長谷川さんは
陽性と診断されたのだった。

それからの彼の活動の幅広さは、ご存じの方も
多いだろうし、ネットで彼の名前を検索すると
彼に関する多くの事柄が出てくるはずだ。


僕が長谷川さんに最初にお会いしたのは、
それこそまだHIVに感染される直前で
おそらくバー、タックス・ノットだったと思う。

共に同じ人と付き合ったということもあって、
そんな過去の男の共通の話で盛り上がった。

それから何度か、二人で
食事に行かせてもらった。

もちろん、同性愛(LGBTQという言葉は
まだなかった)についてだけではなく、
社会、文化、そして、長谷川さんらしい
エロスに対する自由な思いを
色々と聞くことが出来たことは
僕にとって、大きな置き土産となった。

長谷川さんにとって、同性愛者であり、
HIV感染者であることから学んだ事と同時に、
男性として奔放な性的快楽や
フェティシズムを追求することは
必然でもあり、避難されたり、
卑下することではなかったのだ。


長谷川さんは、HIV感染後、
一時期、鬱病に苦しみ、
そして腸管からの出血により、血流の
滞りから、右足の切断をされた。

お見舞いに行った際も、長谷川さんは
今や、片足しか動かない、とは思えないほど
明るく元気な顔を見せてくれた。

それから車椅子で、うちの店にも何度も
来ていただき、そのたびに多くの会話を
弾ませて、腹をかかえて笑ったこともしばしば。

もう7年ほど前だが
なんと当時の首相夫人まで連れて
遊びに来ていただいたこともあった。

その後、うちの店のエレベーターが
悪戯のため、一階から乗れなくなり、
来ていただけなくなったのは残念だった。

コロナ直前に、我が家に友人を招いた
忘年会では、"ベアトリーヌ・ド・ピンク”として
書かれた詩を披露され、多くの人の
涙を誘った。

70歳には少し届かない年齢だったけれど、
彼の生命に対する勇気と意志、そして
「まだまだやり残したことがある」という
強い希望は、彼よりも少しだけ若い
僕に残してくれたのだ、そう思う。

本当にお疲れ様でした。そして、ありがとう。
あちらの場所でも、さらに華やかで
激しいピンク・ベアとして
みんなのリーダーでありますように。

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2022年02月27日

バンコクでの出会いから

昨日、何度か来てくれたトモミツ君に
連れられて来てくれたマサジ君、34歳。

彼は30歳という遅咲きデビューだったらしい。
20代後半で、ネットでマッチングアプリを知り、
ずっと見ているだけだった。

しかし、たまたまバンコクに旅行に行った時に
メッセージをくれた人と
初めて会うことになった。
それが、香港に住む台湾人。

初めての出会いや、その彼が良い人だった
ということもあって、一気に付き合うことに。

東京と香港を行き来するようになったけれど、
その頃、香港は大変な状態だった。

民主化を叫ぶ若い人たちの声、
そして爆音、ところどころで炎が上がり、
逮捕されていく人々。
それはマサジ君にとって、
初めての恐怖体験だったと言う。

結局、長距離ということもあって、
その台湾人の彼とは続かなかったらしい。
その後、日本に帰国すると、すぐにコロナが始まり、
それからは、ほとんどゲイ的な活動はしていないようだ。

マサジ君は、ウクライナのロシア侵攻の
激しいニュース映像を見ながら、香港や
当時の彼を思い出すと言う。


日本国内でも、Twitterを始め
多くのSNS、また都内の駅周辺でも
「戦争反対」を訴える人が多く、
これが、独裁政権に届くかどうかはともかく、
叫び続けるべきだと僕も思う。

ウクライナに住む人々の不安や、
ロシア政権の脅威は、想像を遥かに超える。
台湾、香港も含めて、いつの日か
僕たちのすぐそこに来る可能性だって
まったくないワケではない。

終戦後、75年以上も経ち、戦争を
知っている人たちがほぼいない
この時代になったからこそ、
決して武力行使などしてはいけない
ということを肝に銘じるべきだ、そう思う。

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2022年02月24日

混沌とした世界情勢から思うこと

冬季オリンピックが終わり、
一週間後にはパラリンピックだ。
しかし、東京の時ほどメディアで
話題にされていない
気がするのは僕だけだろうか。

ニュースのトップは、かなり深刻なウクライナ問題。
片や、中国はチベット問題も尾を引く中、
香港、そしてウルグアイ弾圧も続いている。


僕が子供の頃は、まだまだソビエトと
アメリカの冷戦はあったけれども、
90年代に入る前に、その長い闘いも集結した。

ただ、それからはアラブ諸国の
湾岸戦争が勃発したし、
それも21世紀になって、
落ち着くかと思っていたところに
また、ロシア、中国問題だ。

コロナで世界中の人々の精神は
かなりボロボロにされている中、
今後、世の中はどうなってしまうのだろうか。


首都キエフはロシアからのサーバー攻撃で
国民はもちろん、軍隊もフェイクの情報が
流され、右往左往していると言う。


そんな話の中で、店に来てくれる
アツシ君は、つい最近、PCも携帯も
乗っ取りとハッキングに合って
物凄く大変だったらしい。

世の中がどんどん変化していく中で
価値観も多様化し、何が正しく
何が間違っているかさえ、わからなくなっていく。

「ドライブ・マイ・カー」が話題になっている
濱口竜介監督の「偶然と想像」という映画の中では
ネットが使えなくなった時代を
描いていたりして、これは興味深かった。


話がとっちらかってしまったけれど、
これほど困難な時代の中でも
戦争だけは、回避する選択だけは
持ち続けなければならない、
強くそう思う日々だ。

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2022年02月21日

商業施設のクローズに感じること

昨日来てくれたヤスヒコが、
長い間、テレワークになり、
会社の往復2時間近くが
自宅で自由に使えることに気がついたらしい。

そんな中で、ふとDIYを始めようと
「明日にでも、うちから近い
池袋の東急ハンズに行くつもり」と言うので
「え?あそこって、去年の秋に
閉まったんじゃないかな」と僕。

ヤスヒコは思いきり驚いた声をあげ、
「うわあ、あそこにハンズがあるのは
ものすごく助かっていたのに」と言った。

ただ、池振のクローズは結構前から
話題になっていたし、告知もされていたと思う、
と僕が伝えると、彼もここ5、6年
まったく行っていなかったと言う。

確かに、もうあらゆるモノが通販で
簡単に手に入る世の中になり、
よほど実物を見なければ買えないような
品物じゃないと、店まで行かなくなった。

しかし、クローズと聞くと
僕たちはさまざまな思い出を語り、
無念さをつぶやくのだ。


映画好きな僕にとっても、
ここ20年でシネコンの台頭、
そしてネット配信になって多くの
映画館がクローズした。

僕も含めて、多くの人々が悔しい、
残念と語るけれど、そんな劇場にも
何年も行っていなかったりするのだ。

東急ハンズ同様、僕にとって
人生で最も悔しかった映画館のクローズは
テアトル東京という巨大スクリーンの大劇場。

子供の頃、僕が育った大阪では
ほぼ同じサイズのOS劇場で数々の大作映画を観た。

ほぼ床から延びたスクリーンは、
今のIMAXシアターよりも遥かに大きく感じられた。

テアトル東京はその後、西武系のホテルと
ル・テアトル銀座という演劇をやる劇場と
テアトルシネマというミニシアターへと変化。
それも、もう10年ほど前に幕を閉じてしまった。

もちろん、そんな大劇場だけではなく、
大好きだった多くのミニシアターも
次々と灯が消されていった。

時代はどんどん変化し、懐かしんだり、
悔しいことなど、もう言っていられないのだなあ。
ヤスヒコと話をしながら、
多くのことを思い出した。

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2022年02月19日

好奇心の幅広さ

前にも何度か来てはくれていたけれど、
コロナになってから、
よく来てくれるようになった
50代になったばかりのコウジさん。

そこはかとなく、熱血サラリーマンの
イメージもありながら
ホノルルマラソンにも何度も行っているほどの
スポーツマン。

そして何と言っても、オリンピック好き、
というよりもはやフェチと言って良いほどで、
夏季冬季変わらずあらゆる試合を
かじりついて観ているだけでなく、
ウェアもたくさん買っているようだ。

加えて、アイドル歌手好きでもあり、
80年代に活躍した人たちを
こよなく愛している。

驚くのは単なるミーハーということじゃなく、
あらゆる文化的なことにも造詣が深く、
歌舞伎や狂言、バレエにも
足しげく、通っている。
それも、ほとんどが一人のようだ。

もう10年も付き合っているパートナーが
遠距離らしいからなのか、
人とつるまず、ひたすら一人。
ただ、本人に尋ねると、特に孤高の人、
というワケではなく、単に一緒に
行く人がいないから、そう言う。

それはパッと見、男っぽくコワモテ、
というのに、話すと非常にチャーミング、
そんなギャップが、彼の嗜好性にも
反映しているのかも知れない。

話せば、話すほど、まるで
金太郎飴のように色々出てくる。
好奇心の幅広さは
人間の深さにも比例するのかも知れない。

コウジ君に限らず、ほとんどの人が
きちんと深く接することが出来れば、
驚くような瞬間を垣間見ることが出来るんだろう。

コロナになり、休業や時短の合間に
こうして会話があると、人の性格が
本当によくわかってくる、とは本当に皮肉だなあ
そう思う。

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2022年01月28日

子供がいるということ

昨夜は40代で既婚者ゲイのサブロウと、
若い頃、子供が欲しかった50代のエイイチと
3人でいろいろな話をした。

サブロウの育てている男の子は
現在、小学校5年生らしく、
まだまだ手がかかるけれど、
やっぱりめちゃくちゃ可愛いのだと言う。
やっぱり何かあれば、自分は
子供のために犠牲になる、と話していた。

エイイチは、30歳前後の頃、どうしても
子供が欲しくて、友人の女性に
子供を作ってくれないか、と頼んだことが
あったと言う。

その彼女は、子供を作れないパートナーと
二人で飲食店をやっていた。
そして、彼女が言うには、
エイイチの頼みは聞いても良いけれど、
もし産むのなら、頼みがあると。

共に暮らすパートナーとの
生活費と子供の養育費は面倒を
みてほしい、ということだった。

さすがにそこまでの収入がなかった当時、
エイイチは断念をしたのだと言う。


ここには何度も書いているけれど、
僕もエイイチと同じく、若い頃から
本当に子供が欲しくて、欲しくて、
たまらなかった。

さすがに僕の30歳前後の頃は、
とても人工授精や養子など考えられなかった。
でも、それでも今考えると
かなり無理しても、子供を持つことを
真剣に考えても良かったのではないか
とさえ、思えてくる。
たまに、子供がいるという夢まで見る。
震災の時に、孤児を受け入れることが
出来ないものかとも考えた。

サブロウいわく、ゲイの人でそこまで
子供を望む人ってあまり聞いたことがない、
と言っていた。

お前はゲイのくせに、自分のエゴのために
子供を作りたいと思うのか、と
いう人も多くいるのかも知れない。

おそらく、僕の場合は育ててくれた両親への想いや、
自分自身が成長するためにも
子供と何かを分かち合う、ということが
人生に於いて大切なのだろう、
そういう考えがどうしても立ち切れないのだ。


とまあ、相変わらずこんなことを思い続けたり
しているのだが、そんなエネルギーを
何かに変えていかなければ、
今さらながら、そう思う今日この頃だ。

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2022年01月23日

女性は強し

35年ほど前に仕事を一緒に仕事をした
女性から最近、よく電話がかかってくる。

彼女は僕が勤めていた前の会社で
映画のビデオを発売した時に
知り合いの方を通じて、
翻訳をお願いしたのが出会いだった。
彼女は元々、映画評論家だった。

出会った時に彼女はまだ40代でバリバリと
仕事をされていて、うちの会社関係の出版社から
映画紹介の話があり、彼女にお願いした。

よく夜の0時前後に、車を走らせ、
彼女の原稿を取りに行ったことも懐かしい。
まだ、ネットもなく、手書きの時代だ。

その後、映画好きな僕に、映画の記事や
コメント書きも紹介してくれるようになり、
ライターの端くれとして仕事が出来たのは
彼女のおかげだった。


そんな彼女が、僕の仕事を心配して
「お仕事、大変でしょう。」と
連絡していただいたのが、
一昨年の秋口だったか。

それから月に一度ほど、電話があり
映画だけではなく、色々な話をする。
「私も80歳を過ぎてしまったの。
元気で映画の試写室にもスタスタ出かけるし、
パソコンでも原稿を書けるし、
なんとかやっていながらも、
このあと、どうなっちゃうのかと思うと
ゾっとするわ。」そうおっしゃる。

直接お会いしなくなって、もう20年ほど
経つかも知れない。
彼女のみならず、僕が知っている
年配の女性たちはすこぶるお元気だが、
彼女たちの同世代の評論家やライターの
男性たちは、次々に体調を壊したり、
お亡くなりになったりしているようだ。

そう思うと、つくづく女性は強いなあと思う。
お元気で長生きをしていただきたいモノだ。
また、ふらりと電話がかかってくることを
楽しみにしていよう。

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2022年01月20日

60年前の新宿2丁目

昨日、オープンするや否や、
入ってこられたお年寄りがいらっしゃった。

マスクされていて帽子も被られていて
「初めてでしょうか?」と伺うと
「もう10年ほど前に伺いました」と
おっしゃる。

え?とよくよく尋ねると、
うちによく来てくれる僕と同世代のお客さん、
ヨシヒデの前の会社にいらっしゃった方で
偶然ゲイだとわかって、30歳ほど年下の
パートナーを連れてきてくださっていたアカイさんだった。

2、3度だったので、すっかり忘れていたけれど、
色々話していると思い出した。

アカイさんは、あれから脳梗塞をされて、なかなか
大変だったとおっしゃっていたが
今は後遺症もほとんどないらしい。

地方から18歳で東京に出てきて、
それから間も無く、新宿2丁目にいらっしゃったようだ。
まだ赤線、青線の名残りがあり、
ストレート男性相手の売春宿(言い方が古い!)と
ゲイバーが半々だったと言う。

携帯電話もインターネットもなかった時代。
どこかで噂を聞きつけて、ひっそりと
集まってくるゲイの人々。

今とは違って、95%はクローゼット。
店の中は秘密クラブのようで、
有名人もそこここにいたり、
店内がハッテン場のような光景になることは
よくあったらしい。

そのあと、バブルで2丁目がものすごい盛り上がりを
見せていた時期は、僕自身が出てきた頃だ。

今は確実に生き易くはなったけれど、
あのみんな隠しながらも、必死で
相手を模索していたあの頃が
本当に懐かしい、アカイさんはポツリと呟かれていて
僕も少し遅れた世代ながら、そう思った。

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2021年12月20日

昨今の事件、事故で感じること

昨日の朝から今朝まで、
神田沙也加さんが亡くなったという
ニュースが飛び込んできた。

テレビでは、芸能人の両親についてのことや、
親しくしていた人々のインタビュー、
そして、事故か自殺かというコメンテーターの
やり取りがどんどん流されていく。

数日前に起こった大阪の火災事故。
これも、自ら死を選んだかと思われる
犯人が(まだ存命らしいけれど)
どういう人物だったか、という
取材であらゆる人に取材される。


確かに両方痛ましい事件であり、
悲しいかな、この手の事故、事件は
次々に報道されていく。

メディアは、それを伝える義務があるんだろうけれど、
それぞれの事件についてのコメントなど
必要なのだろうか、といつも思う。

悲惨極まりない事柄であれ、
起こってしまったことを追求していくのは
警察や司法だけで良いんじゃないか。

殺人犯はともかく、仮に自死してしまった人が
どういう理由だったか、ということを
問いただすことにまったく意味を感じない。
もちろん、興味ないのであれば、
そういう番組を観なければいいだけなんだが。

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2021年12月19日

憧れの男

たまにふらりと来てくれるのが、
僕よりも5歳ほど年下のユウマだ。

昨日も、彼がずっと入っている
ラグビー部の中で、若い人にコーチをした
帰りに、そのラグビー部の30代の人を連れて
来てくれたのだ。


ユウマは、僕が20代後半、
とあるハッテンサウナで知り合った。
当時、ユウマほど良い男で、
かつあれほど身体も鍛えている人はほぼいなかった。

そのサウナで多くの人に追いかけられており、
どうせ俺になんて興味がないだろう、
そう思っていたが、
僕がとっていた個室に来た時は驚いた。


結局、それから連絡先を交換し、
数ヶ月に一度会ってセックスをした。
付き合いたい、と願った僕に
ユウマは常に「自分は人と付き合う気はない」と
一点張りだった。

まだ二十歳そこそこのユウマは、
「いつか結婚するかも知れない」とか
「男を好きになったことはない」と言っていた。

だから、僕にとって理想的な男だったユウマは
セックスフレンドという形にしかならなかった。


それからまもなく、僕は付き合う相手が出来て、
ユウマともほんのたまに電話で話す程度という
関係になった。

その後、2丁目のバーでばったりユウマと
会ったのは、4、6年顎だったか。
ゲイバーなど行かないと思っていただけに
驚いた。

それからだろうか。
実は好きな人が出来て。。。
ユウマは僕に相談を持ちかけるようになった。

ユウマの変化に驚きながら、
これは仕方がないことだと自分いいい聞かせた。

それから、ユウマは何人かと付き合い、
相手が変わるたびに、一緒に食事をしたりした。

そして、僕が店をオープンしたあと、
ユウマはすっかり落ち着いて、
10年くらい付き合ったパートナーと
共に、店を訪れてくれる。

物凄く長い月日の中で、たった二人で
食事をしたり、飲んだりしたのは
数えるほどだけど、
僕にとっては、大事にしたい友人だ。

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2021年12月16日

トップユーチューバーになるまでに

昨日は、古い友人のシンイチが友人を
伴って来てくれた。

シンイチは、ハワイで生まれ育った日系人で
そもそも、僕の英語の教師だった。
とは言っても、もう30年も前の話だ。

マンツーマンで、彼の話はゲイに特化していて
非常に面白かったけれど、面白すぎて
ほぼほぼ、勉強にはならなかった(笑)
それはおそらく彼のせいではなく、
理由は僕にあるのだが。。。


そんなシンイチは、それから色々な道を辿って、
ここ10年くらいで、一緒に付き合っている
パートナーとYouTubeを開設し、
なんと50万人以上の登録者がいる
チャンネルになっている。

それこそ、5年ほど前に僕がNYに
いる時に、彼らは世界のトップユーチューバーとして
トム・ハンクスらと、パーティに
参加していた、というから凄い。

英語も日本語も達者な彼は、両方使いながら、
旅行や食事系の記事を雑誌に書いたり、
ブログをアップしていたりしていた。

それを読んでいた友人たちが、
今、やるのならYouTubeだと助言。

まったくカメラの使い方さえわからなかった
シンイチは、それから徐々に勉強をし、
あっという間にトップユーチューバーへと
登りつめた。

旅に料理、そしてレストラン。

彼らがすごいのは、有名ホテルや
レストランから是非来てくれと招待され、
また、食材もどっさり送られてくると言う。

YouTubeをやってから多くの人々と知り合い、
昨日一緒に連れて来てくれた人も、
アメリカでシンイチの映像を見ていた人だったと言う。

まさにアメリカン・ドリームを手にした
シンイチだが、話していると、
僕に英語を教えてくれていた
バカバカしいユーモアは変わらず、
昨夜も腹をかかえて笑った。

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2021年12月13日

来年に向けて

昨日、いつもは仲間と来てくれるコウタ 42歳が
ふらりと遊びに来てくれた。

コウタは、ここ数年で前の会社を辞めて、
フリーランスとなった。
コロナ禍で仕事がオンライン中心に
変わったこともあり、地方都市にある
実家と東京を行き来する、
ということを決めたと言う。

ただ、東京にはマンションを買っている
ということもあり、
まだご両親も70代で健在だ。

ただ、コウタのお兄さんが、
ちょっとした精神疾患を持っていて
彼への気持ちと、兄を心配する
両親のことを思っての決断だったらしい。

お兄さん自身は、普段は薬によって
しっかりと仕事をされているらしいが、
たまに精神が不安定になるようだ。

コウタは、東京にいても、
人が困ったりしていると動かずにはいられない性格。

それはこの僕もこの15年近く
ずっと見ていた。
そう、彼は店オープン当初からのお客さんだった。

何かあるたびに、あらゆる提案をし、
すべてのことに頭を抱えることなく、
前向きに対処していこうとする。

常にコウタは、ポジティブで
彼から愚痴や、不平不満を聞いたことがない。

今回のことも、来年から、また新しい生活が
始まる楽しみを語っているそのまなざしに、
またひとつ、パワーをもらった。

コロナで大変だなんて言っていられない、
そう思わせてもらった。

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2021年12月09日

ゲイの人生 その2

つい先週、ショウジが友人のソウタと
連絡が取れなくなった、と伝えてくれたことを
このブログに書いた。


そして、昨日、ショウジがまさかの
そのソウタの訃報を持って
泣き腫らした顔で店に来てくれた。

共通の友人が、ソウタの会社に連絡をし、
その人事部から、この夏に
コロナで急死をした、ということだった。
まだ50代半ばだった。


ショウジは、ソウタが亡くなった日にちよりも
ほんの数週間前、また一緒に飲もう、と
連絡を取り合っていたばかりだったと言う。


ソウタは、うちの店には決して一人では
来たことがなく、常にショウジを
介してだったけれど、
それでもずいぶん何度も来てくれていた。


それにしても、この夏、コロナは
入院できないほどの重症者を出し、
多くの死者も出た。

そんな中に、ソウタがいたとは。
入院出来たのか、それとも自宅で
亡くなってしまったのか。

高熱で苦しんだりしたのか、
最後はどんな状態だったのか、
それを考えただけで、辛くなってしまう。

悲しくなってしまうから、
冷たい雨の中、ショウジと日本酒で献杯をしながら、
ソウタのくだらない楽しい話を思い出していた。

ソウタは、旅行が好きで、暇があると海外、国内を
飛び回って、楽しんでいた。

上海に行った時に、
タイプのイケメンと仲良くなり、
自分のホテルに誘った時、部屋に入る前に
「僕いくらです」とエスコートだったとわかり、
ソウタが「僕はさらに高いいくらだよ」と
言って帰してやった、と大笑いしたのだった。

ショウジや他のお客さんたちと、
どういう形でもいずれは死を迎える。
その時、どれほど幸せであるか、
そう思えるように、毎日を
充実し、楽しく生きていかなければ、
どうしても、そういう話になる。

人生は一度だけ。
名残惜しさはきりがないだろうけれど、
どうか、ソウタは幸福だった、と
願いたい。

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2021年12月08日

自由に生きていく、ということ

昨夜は、初めて、という20代後半の
男女の友人同士が訪れてくれた。

男性のススム君は、四国地方から自転車で
日本一周をしていると言うゲイ。

女性のナオコちゃんは、なんとパートナーの男性と
ロシアに住んでいて、ビザの書き換えのために
日本に帰国している最中らしい。

ススム君はプロのフォトクラファーを目指して、
国内を回りながら、SNS などで発信し、
仕事を請け負いながら旅を続けている。

ススム君とナオコちゃんは、二十歳そこそこの頃、
たまたま留学したオーストラリアのシドニーで会い、
そこからの友人関係だと言う。

たまに連絡を取り合っていたが、
お互いに今回、東京に来ていることを知り、
二人でうちの店を探し、やって来てくれたそうだ。

ナオコちゃんは出会い系アプリで知り合った
男性がロシア近くの国で仕事を続け、
遠距離チャットで関係を続けた。

彼氏が帰国後、たまたまロシアに仕事で行く、ということで
ナオコちゃんはそれまでの仕事を辞め、あちらに渡ったらしい。
仕事は、病院勤めだったらしいけれど、
ススム君も偶然、同様の仕事をしていた。

それが二人をさらに結びつかせたようだ。
共に、医療関係の人たちは尊敬しながらも、
あのキツくて辛い仕事にはもう戻れない、
そう思ったらしい。


ナオコちゃんはロシア語を勉強しながら、
あちらで働くことを考え、
ススム君は60キロの荷物を背に、
自転車でありとあらゆる場所で
人と知り合ったり、寝ぐらを見つける。


20代の二人の自由で奔放な生き方を見て、
人は年齢だけではなく、望めば
いくらでも好きに生きていけるのだなあ、
改めてそう感じさせてもらえた。

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