2019年05月24日

クロノスの思い出とサトウさんの死

昨夜、昔、僕が通っていたクロノスで
会っていたナカハラさんが来てくれた。

クロノスでの思い出話に花を咲かせていると、
ナカハラさんが「クロちゃん(マスターのこと)、
死んじゃったのってもう
18年も前になるんだよね」と言うから
「あの時、クロちゃんって、いくつだっけ。
70くらい???」と僕が尋ねると
「何、言ってるの?62だよ」
とナカハラさん。

62!?
まさか、今年、僕がなる年齢なのだ。
ちょっとビックリである。

そうか。
僕がせっせと通っていたのは僕が20代後半で
その時に、彼は40代中盤。

それから僕はたった20年くらいしか
あの店に行けていなかったのだ。
そして、その半分ほどは恋愛やら
仕事やらに忙しくて行けなかった時期もある。

Unknown-2 2.jpeg

数年行かなくても、クロちゃんは
「ボトルでいいでしょ?」と
もう味もほとんどしなくなったウィスキーを
出してくれた。

そして、いつものように最近観た映画の話を
まくしたてるようにしてくれて、
他のお客さんが話す人気の娯楽映画を
「あんなのただの通俗映画でしょ」と
笑い飛ばしてクサしたりしていた。

クロちゃんの楽しい話はとめどなく続き、
魅力的で、いつも終電時間を逃してしまい
タクシー帰りとなった。

あの素敵な時間を
与えてくれていたクロちゃんが
亡くなったのが、
まさかの僕とほぼ同い年とは。

あれほど僕は人を魅了することは出来ているのか。
あれほど映画の話で人を引き込むことが出来ているのか。
お客さんたちを、あんなにワクワクさせているだろうか。

それを考えると、自己嫌悪になるし、
所詮、クロちゃんを超えることは
死ぬまで無理だろう。

ただ、ナカハラさんから、
この彼の亡くなった年齢を改めて聞いて、
今後、僕が彼の年を超えて、
彼の姿を目指して
(かなり無理はあるものの)
きちんと、これからも店を
やっていかなきゃいけない。
そんな気持ちになることが
出来たのは良かった。


加えて、クロノスの写真があるかなどと
ネットを調べていたら、上の看板しか
見つからなかった。

けれど、そんなネットの中で、
なんとクロノスで知り合った
映画評論家のサトウムツオさんが
今年の2月にお亡くなりになっていた、
ということを記事で知った。
まだ58歳だったと言う。

そしてなんと、ムツオさんは
クロちゃんが生きていた時に会った
最後のお客さんでもあったらしい。

彼も僕と同世代で、クロノスで
出会った時に話はしたものの、
試写室で会っても、会釈するほどで
会話にはならなかった。

今、思えば、僕がゲイであることを
気にされて、特に声をかけて
もらわなかったのかも知れない。
今さら、少し遅くなってしまったが、
ご冥福を祈りたい。

いずれにしても、こういうことで
二人の才人が、60歳という
まだまだ若い年齢で亡くなったことを
知る不思議な一日だった。

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2019年05月19日

憧れていた制服系の行く末

エイジ君 33歳は、自衛官、
消防士、警察官など
制服系公務員にはめっぽう弱い。

思想が右とか保守とかというワケじゃないけれど、
とにかくあの「男らしさ」を象徴する
マチズモ文化は高校の頃から憧れていた。

IMG_9122.jpeg

そのベースは、もちろん自分が
ゲイであるということ。
彼に限らず、制服系に憧れるゲイは
山ほどいるけれど、
彼は、高校の頃から
警察官になるのだ、
そう心に決めていたらしい。

しかしながら、エイジ君の父親は
昔暴走族上がりということもあって、
大の警官嫌い。
エイジの就職の話の時に猛反対もあって、
結局、公務員試験を受けることが出来なかったそうだ。


そのあと、彼は家を飛び出し、
東京に来て、自分でアルバイトをし、
金を貯め、大学に行くことにする。

大学を卒業してから、改めて
警察学校に行くつもりだった。
しかし、ちょうどその頃、付き合った彼氏に
また反対され、その夢は断念。
普通に就職した。

その彼にはふられてしまったけれど、
さすがに会社を辞める気はなく、
その後、ネットで制服マニアの
人々との交流が始まる。

そういう人々は、驚くような
制服(上に書いた公務員系の制服以外、
宅配便系、作業着系、運動系)、
ありとあらゆるモノ、あらゆる制服を
持っていて、エイジ君ものめり込んでいった。

そして、去年の夏、彼は
他のマニアから譲り受けた
警察官の制服を少し大きめのバッグに入れ、
その手の趣味を持つ人と会うために
自宅を出た。

そして何と生まれて初めて警官から職務質問に合う。

「バッグの中、見させてもらっていいですか」

制服が実際使用された本当のモノだということがわかり、
入手先などを強く問われ、エイジ君はしどろもどろに
なったとのこと。
結局、譲られた相手の連絡先などが
手元になく、制服は没収。
エイジ君がそれを着て歩いていたワケでは
なっかったことは良かったが、
少なくとも軽犯罪法にあたると
こっぴどく注意されたらしい。
たくさんの書類も書かされたようだ。

エイジ君の高校生の頃からの警察署に入る夢は
まったく違う形で、現実となった。

ゲイ、ストレート問わず、
性的ファンタジーの行き過ぎには
やはり注意しなければいけない。

ちなみに、今回のブログのカテゴリーは
「エロ」に入るかどうか、
色々考えてみたけれど、
「人生」に入れることにした。。。

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2019年05月17日

差別用語って

京マチ子さんが亡くなったことから、
最近よく来てもらっているショウジさんと
アメリカ人の古い友人のベン(彼はすごく日本通)と
古い日本映画の話をしていた。

そんな中で、ベンがつい最近、
名画座で渋谷実という監督の映画を観た、
という話をしていた。
思えば、渋谷実という監督の作品に
京マチ子は出ていないのだけれど(笑)

そして、渋谷実と言えば貧困を描いた
「気違い部落」という映画があった、
という話になる。

「気違い部落」なんて、絶対テレビとかでは
放映出来ないし、ある程度良識がある人は
口にするにもはばかられる。
「気違い」も「部落」も
共に差別用語として認知されているからだ。

ベンは「アメリカに比べると、日本は
昔は使っていたけれど、今は使ってはいけない、
という言葉が多過ぎる気がする」そう言った。

彼が以前、テレビ出演の仕事をした時に
「白雪姫」の話になり、「七人の小びと」と言ったら
「小びとは放送禁止用語なので、使わないでくれ」
とディレクターから言われ、驚いたと言う。

また昔「バックス・バニー」というウサギのアニメに
出ていたポーキー・ピッグという小心者の豚が
あちらでは、どもる(いわゆる吃音をする)
タイプで、それを日本で
吹きかえる時に、かなり頭を抱えたということも
耳にしたことがある。

確かに、気違いも部落も、小びともドモリもダメだし、
クロンボ、おし、めくら、つんぼ、ちんば、びっこ、
ドカタ、百姓、コジキ、ふと考えただけで色々ある。

それぞれに言い換える言葉も用意されているけれど、
「どもり」を「言語障害者」と言い直したりすると
個人的にはそっちのほうが
差別的な感じがしたりもする。

アメリカなどでは、アフリカ系の人を"Nigger"ニガー
などと使ったりすることは、かなりタブーのようだけれど、
そういう言葉は非常に少ないらしく、
かりにあっても(ニガーも含めて)
コメディや、皮肉を含めて
(要は決して差別をしているワケじゃない、という
理由を含めながら、という意味)
使用したりすることは多いようだ。

IMG_9114.jpg

中指をおっ立てたり、Fワードと言われる
"Fuck"や"Faggot"(ホモ野郎)みたいな言葉は
テレビじゃ、モザイクが入ったり、ピー音が
入ったりするようだけれど、映画や日常で
ジョークで使われたりすることも多いと言う。

最近はSNSの炎上も含めて、どんどんタブーと
されることが多くなって、気を使うことも山ほどある。
そこに悪意がない、と相手に伝わる、ということが
最低上限だが、笑い飛ばせるジョークという形を
とる寛容さも、僕は必要だったりする気がする。

ちなみに色々調べてみると、
放送禁止用語のリストというモノを見つけた。
面白いので、貼っておくことにする。


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2019年04月29日

それぞれのプライド

一昨日の寒さとは違って、日中晴れ渡った中、
昨日行われた今年のプライド・パレードは大盛況。

去年まで、歩く人が事前登録が必要だったのが
歩きたければ誰でも歩くことが出来る、
というように変化。
本当に、ここ数年、多くの人たちの尽力もあって
LGBTをとりまく環境が変わっていくことを強く感じる。

IMG_8982.jpeg
(絵は、大好きな映画「パレードへようこそ」の
ポスターを元に書いたモノ)

パレード帰りに多くのお客さんが来てくれた。

そんな中、初めて新橋のとあるお店のマスターが
僕と同世代の友人サトルさんを連れて来店。

サトルさんは、20代後半の時に、
友人の集まりで、初めて女性好きな女性と
知り合い、自分が「ゲイである」という
アイデンティティを理解出来たそうだ。

彼女はレズビアン、自分はゲイ。
それでも、お互いに尊敬出来、
気になる存在になっていき、
結婚をしたのだそうだ。

サトルさんと彼女はお互いに
同性に惹かれながらも、セックスを
することも出来た。
確実に、相手を尊敬し、なおかつ
好きなのだ、そう思ったと言う。

それから30年近く。
彼女には好きな相手が出来、
サトルさんも何人かの相手と付き合っては
別れたりもする。

それぞれ、好き勝手なことをしながらも、
帰る場所はひとつだそうだ。

彼らはお互いを尊敬しながらも、
ゲイであるプライドを持っているのだ。

こうして、うちの店に来ている間にも
彼女からLINEが入り、
「いいなあ。私も連れて行ってほしい。
一緒に飲みたい」そう言っているのだそうだ。

「そういう意味じゃ、僕たちは
仮面夫婦、とか偽装結婚ではないと思う。
子供さえ出来なかったし、お互いに
同性愛者だけれど、こういう形も
あっていいんじゃないか」
そうサトルさんは言う。

そう。
どんな形があってもまったく問題ない。
それぞれが納得し、幸せであれば、
それで良いのだ、サトルさんの話を聞いて、
つくづくそう思った。

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2019年04月19日

付き合った中での4分の1の時間

ユウゴさんは、僕がこの店をやるずっと前から
他店などで僕を見かけてくれていたというお客さん。

店を始めてから数回、
来てくれてはいるけれど、
前に僕と会ったのが8年も9年も前だということ。
顔だけは覚えているけれど、
細かくはわからなかった。

パリ在住で、帰国するのが
年に一度くらいで、数年前にいらっしゃった時は
他のスタッフだったそうだった。

ただ、ちょっと話をしたら、
日本で知り合ったフランス人の彼と共に
40歳になる前に二人でパリへ行ったのだ、
という話を以前してくれたのを思い出した。

そして、20年連れ添った彼は
なんと去年、肺ガンで亡くなったということだった。
まだ、52歳という若さだった。

昨日のブログでも、僕と同い年で亡くなられた
お客さんのお父さんの話を書いたけれど、
連日、ちょっと重い話になってしまう。


ユウゴさんの彼のガンが発覚したのは
今から6年前の2013年。
フランスで同性婚が成立した
その年だったと言う。

もちろん、彼らは結婚をしたらしいが、
2013年という年は
ユウゴさんカップルにとって、
喜びと苦しみが一緒に起こった
大きく意味を持つ年だったようだ。

当初、パートナーは、
余命3ヶ月と言われたらしいが
良い薬と巡り会えたおかげで、
そのあと、彼は5年生き延びることが出来たと言う。

20年のうちの5年間、
つまり二人が付き合ったうちの
4分の1は、ほぼ病気と闘った日々だった。

ユウゴさんは二人が付き合い始めてからの
20年間に撮った写真を小さなアルバムに
していて、僕に見せてくれた。

「会ったこと、ありませんか?」
そう言われて、見てみると、僕はそのフランス人の彼を
覚えていた。

僕が店をやるずっと前に、一言、ふた言、
会話したことがあった。
その小さなアルバムで笑っている二人の笑顔は
本当に素敵だった。

IMG_8885.jpeg


ユウゴさんは言った。
あと、彼はそんなに長く生きていけない、
それはわかっていたし、
覚悟も出来ていた。

身体が弱くなっていき、
刻一刻とその日、
その時間が近づいてくるのが理解できても、
やはり想像が出来ていなかったのだそうだ。

でも、これだけ長く愛していた人が
目の前で息を引き取った瞬間、
本当に頭の中が真っ白になり、
これほどの辛さ、悲しさがあるだろうか、
そう強く感じたと言う。

父親が亡くなった時の悲しさとは違った。
あの時、母親は気が違ったのかと
思うほど嗚咽していた。
その意味、気持ちが、
今回、初めてわかったのだと言う。

二人でパリで買った広い家に一人で住み、
残された彼の親御さんや兄弟にも
親切にしてもらっていながらも、
このポッカリ空いた穴を
どうやって埋めればいいだろう。
そう思う日々のようだ。


今まで何人ものお客さんのパートナーの死を
耳にした。

幸いにして、僕は今まで付き合った誰とも
まだ永遠の別れをしたことがない。

でも、必ずいつの日か、そういう思いを
することがあるのだ。
そして、昨日も書いたように、それはまるで
決められたように線が引かれてしまうんだろう。

ユウゴさん自身が決して鼓舞したり、
頑張ろうとしたりせずに、
その都度感じる気持ちを吐き出していく
というふうにしているところが
今後のユウゴさんの行く道を決めるのだろう。
そう思った。

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2019年04月10日

友人の出産

先月の頭に、友人の女性 アイカから
「子供が生まれました」と
連絡があった。

彼女は店を始める前からの知り合いで
その時、彼女には彼女がいた。
つまり、アイカはレズビアンだった。
その彼女とは、僕が店を開くよりも
ちょっと前に別れ、
ちょうど店が1周年を迎える頃から
10年ほど、新しい彼女と付き合っていた。

一昨年の暮れ、その彼女とも
パートナーとしては、あまりうまく
行っていないということを耳にしていた。

そして去年。
「仕事でとある場所に行った時に、
一瞬で恋に落ちてしまった」ことを聞いた。
それも相手は男性だと。

アイカのお母さんとは何度かお会いしていて、
店にも来ていただいたことはあった。
お母さんの本音としては、
男性ときちんと結婚してほしい、
というのが希望だったけれど、
当時、アイカはとりあえず好きになっているのが
女性だから、と言っていた。

アイカは、自分がバイセクシャなのか
レズビアンなのかは
自分でもよくわからない、そう言っていた。
そんなことはどうだっていい。

最も大切なのは、彼女が今回
大きな決断をし、子供を授かったということだった。
それも40歳、というちょっと高齢での出産。
無事に元気な赤ちゃんだったようだ。

IMG_8767.jpg

アイカから、子供を抱いている
本当に幸せそうな写真が送られてきた。

ストレートでも、ゲイでも、
バイセクシャルでも、
とにかく自分が幸せである、と思うことが
最も大切なのだ、そう思う。

アイカと、アイカの娘さん、
そして旦那さんがずっと幸福でありますように。


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2019年04月06日

モノの価値

ゆうべ、僕と同世代のアキヒトさんと
ヤマムラちゃんが来ていて、
アキヒトさんがバブル時代に買った
ロレックスの腕時計について語っていた。

そもそも、自分の人生の中で
(って大げさだけど)腕時計を
ほとんどしたことがない、という僕だが、
実際、高価な腕時計を目にすると、
さすがに、その美しさにうっとりとしてしまう。

rolex_yougo180704-min.jpg

計算され尽くしたデザインの見事さ、
シンプルながらも圧倒的なゴージャス感。

価格を聞くと、
安い家が一軒買えるほどの
値段なのだそうだ。
モノに寄っては、その後、
どんどん価値が上がり、
オークションサイトで、かなりの値段で
やり取りされているというから凄い。

絵画や造形、建築など
僕もアートと名が付くモノへの
興味は尽きない。
それらを目の前にすると、
何時間でも観ていたい、
という気になるのは確か。
それは時計もそうだったりする。

しかし、それらを自分で持っていたい、
と思うか、と言うと、そこまででもない。

それこそ自分の目で、愛でていれば
(ダジャレのつもりじゃない。笑)
それでかなり満足だったりする。

高価なモノには、確かに
それだけの価値があるけれど、
何万、何十万、何百万と出して
どうしても身の回りに
置いておきたい、
という欲がほぼないのだ。


逆に安モノ買い、ということに関しても同様。
スーパーとかで、何十円か何百円か
安い、という事にもそれほど飛びつかない。
たまたま、目にしたモノが安ければ
それを買うことはあるけれど、
安くて品が落ちるのなら、
ちょっと高くても少しは良いモノのほうが良い、
と高価なモノとも少し矛盾しているから
自分でも不思議。

映画や舞台、音楽など
ほぼ目の前から消え、記憶だけに
残っていくモノに大金を
払ってしまう傾向がある。
我ながら矛盾だらけの
ヘンテコなおっさんだ。
そう思う。

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2019年04月03日

六本木の夜

休みの日に、飲みに外に出かけることは
ほとんどないのだが、
昨夜は友人に誘われて、
ぶらっと飲みに出かけた。

それも六本木だ。
70歳になるストレートのマスターが
やっている素敵なバー。

彼は食道癌を宣告されているけれど、
素晴らしい音を奏でるスピーカーから
自分の好きな曲をかけながら、
死ぬまで飲み続けるぜ、と
お客さんと共にグラスを傾ける。

そこにはトム・ウェイツから、ジョニ・ミッチェルから
初期の桑名正博のバラードまで流れる。

18508387.jpg

もう80になろうとしている
ちょっとニューヨークのラ・ママに
いるようなおば様や、
漫画家だと言う年齢不詳のおじさん
(絶対、僕よりも年下だ。笑)もいたり。


そんな中で、出会ったのが52歳の
破天荒なとあるカラオケバーのマスター。
今の店に行きつくまで、数件の店を
やっては移り、と繰り返しているのだそうだ。

そもそも、17歳の時に年齢を誤魔化して、
歌舞伎町のホストクラブで働き、
そこから30年ほど、
ホストをやっていたのだとか。

彼の生活の最も重要なことは、
女性とのセックス、もしくは
マスターベーションだと言う。

今まで交わった女性は、1000人は下らないと言うし、
セックスがない時は、1日、2度か3度は
自分でやるのだと。

僕の店で、あまりノンケの人の性生活を
聞くことはないけれど、ゲイじゃないのに、
こんな人はいるのだ、とビックリした。

確かに、性に奔放なのは、ゲイだけじゃない(笑)


彼の話で面白かったのは、
自分の店に行く途中、ラジオの取材だと声をかけられ、
「何について?」と聞くと、取材を受けてから話すと
言われ、店に呼んだら
「いい歳だけど、チャラく見える人の取材だ」と言われ、
腹がたつけれど、確かにそうだなあと
爆笑していた。

確かに派手な色使いの装いで、
ほぼ毎日のように警察の不審尋問に合うようだ。

性的にはかなりの破天荒な日々を送って来たけれど、
ドラッグはもちろん、警察にお世話になるようなことは
絶対やらないのがモットーだ、と。
10代でお酒を飲んでいたということ以外、
あとはクリーンに生きていきたいのだと。

そんなこんなで、すっかり
ノンケ飲みになった夜だったけれど、
とても楽しい一夜だった。
こういう日もあっていい。

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2019年04月02日

平成を振り返る

昨日は、元号が変わったということで
メディアのフィーバーぶりは凄かった。
テレビ各局が、ほとんどその話題。

昭和天皇が崩御し、平成に変わった時は、
事態が事態だっただけに、
もう少し厳かだったけれど、
今回は結構お祭り騒ぎ。
決して悪いワケじゃないけれど、
僕にとって、元号が変わるというのは
特に何ら感慨深いモノもない
というのが本音だ。

新元号の「令和」
「令」について、安倍首相が色々と話していたが、
やはり個人的には「人に何かを命じる」という意味や
「きまりごと。おきて」というような感じは
否めなかったりする。
まあ、出来る限り、ネガティブに取らず、
良い形で受け入れていこうとは思うけれど。

さて、自分にとっての昭和がどうだったか、
平成がどうだったか、と考えてみると、
どこが昭和でどこが平成なのか、
年表などを見てみないと
なんとも言えなかったりする。
それくら曖昧であり、元号で考えること、
ということに不慣れだったりするからかも知れない。

jiji_obuchi_heisei.jpg


改めて年表などを見てみると、
僕の場合、圧倒的に映画や音楽で
平成という時代を測ることになる。

平成元年の邦画を見ると
「魔女の宅急便」が公開され、
「ドラえもん」の映画版も
この年から公開されたらしい。
今でも記憶に残る邦画のヒット作というのが
この2本のアニメというのもちょっと悲しい。
洋画では「ダイ・ハード」で
まだ知られていなかったブルース・ウィリスが
タンクトップでビル街を駆け回り、
「カクテル」で、若きトム・クルーズが
派手なバーテティングを見せた。

JPOPに目を移すと、
プリンセス・プリンセスが年間チャートの
上位を占め、そのうしろを
工藤静香やWinkが埋めていた。
思えば、この頃のヒット曲はまだまだ
僕の耳にも馴染深い。
でも、この数年先になると、日本のヒット曲は
もうわからなかったりする。


平成に変わった時は、僕はもう32歳。
だから昭和と平成を、
ほぼ半分ずつ生きていた計算となる。

32歳と言えば、バブル真っ只中。
まさか数年後、崩壊するなどと思いもせず、
驚くほどの消費文化の中だったし、
僕が最も新宿2丁目に通っていた頃かも
しれない。

そしてこの時期あたりから、
僕のゲイ・アイデンティティというのが
大きく変化し出したのかも知れない。

自分がゲイであることが嫌で、常にクローゼットで、
出来る限り誰にもわからないようにしていたのが
今思えば昭和の僕。

そう考えれば、偶然にも平成の幕が切られた
その頃から、ゲイである、という確固たる
自覚をもった僕が生まれたのだ。

そういう意味では、平成というのは
僕にとって非常に意味が
あったの時代なのかも知れない。

令和という時代を僕自身が
どれくらい生きるかはわからないけれど、
さらに新しい自分を見つけ、
成長出来ることを願いたい、そう思う。

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2019年03月28日

夢の深層心理って

昨日来てくれたコウイチ37歳が、
珍しく落ち込んでいて「ちょっと話を聞いてもらえますか」
と言ってきた。

仕事のこと?それとも恋愛なのか?
聞いてみると
実は一昨日、とても
不思議な夢を見たのだと言う。

それは自分が前いた会社での日常だった。
そこでは、コウイチが何故か、同僚の女性と
付き合っていて、デートをしたり、
手を繋いだり、ベッドイン
したりしていたのだそうだ。

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何が驚いたか、と言うと
その夢の中で、まったく自分がゲイである、
という自覚がなかったこと。

自然に、その彼女と付き合っていて
とても楽しかったこと。
そして、普通にセックスをしていたこと。
それに物凄くショックを受けたのだと言う。

コウイチは、今まで女のコと付き合ったことも、
もちろんセックスをしたこともない。
ストレートに対する憧れが強いかと言うと
そうでもないし、それほど
クローゼットにしている、というワケでもない。

だからこそ、自分の潜在意識の中に
「ストレートだったらいいのに」だとか
「ゲイであることを間違い、もしくは
卑下したりしているのではないか」
そういう気持ちがむくむくと
湧き上がってきたのだと。

確かに不思議だと思う。
でも、まったく違うかも知れないけれど、
僕もとっても昔に、歌手の郷ひろみと
ベッドインしている夢を見たことがあった。

郷ひろみ氏を、性的に良いと思ったことなど
一度もないし、むしろ無理なんだけど、何故だろうか、と。

フロイトなら、どういう夢判断を
下すんだろうか。

でも、ちょっと思ったのは、
普通なら一笑にふすようなことなのに、
こうして、そんな夢で落ち込むコウイチが、
なんだか可愛いなあ、と思ってしまった。

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2019年03月22日

物事を極める、ということ

昨夜は祝日の夜だったけれど、
スタッフのヨウイチロウが
自分の職場の同僚を4人連れて来てくれて
(昨夜は0時クローズだったので)
短い時間ながらも、楽しんでもらえて
嬉しかった。

うちの店はお客さんやスタッフの家族、
職場の人などがよく来てくれて、
それは本当に喜ばしく思う。

ヨウイチロウはホントに仕事熱心で
同僚と話しているところをちらっと
耳にしているだけで、
彼の熱意は感じられた。


そんなヨウイチロウと
ふた文字違いの大リーガーのイチローが
昨日、突如引退をした。

Unknown-2.jpeg

昨日、深夜に自宅に戻り、
朝までYouTubeで1時間20分の
記者会見を見た。

僕は多くのゲイと同じように、
熱狂的な野球ファンというワケじゃない。

でも、随所随所でイチローの活躍は
目にしていたし、彼が記録を打ち立てるたびに
その記者会見も目にしてきた。

いつも思うのは、
しっかりとした持論に支えられている
彼の哲学の素晴らしさだ。
人にどう思われても意志を貫く、という実直さ。
そして、その努力の原動力になっているのは
ファンや、チームの仲間たちへの
感謝という謙虚さだ。

昨日のインタビューでも、心に止まる
多くの言葉があった。

「自分が向いているかどうか、と言うよりも
好きなことを、とことんやるということ」

「人に喜んでもらうということ」

「決して一気に高めようとせず、
少しずつの積み重ねで今の自分を超えていくということ」

「アメリカに行くと、自分は外国人だと思い知らされ、
でも人をおもんばかる気持ちや、
新しい自分を見つけるということ」

「辛さや苦しさから逃げたい、いつもそう思うけれど、
それに立ち向かうことが人として、重要なこと」

「動いていないと気がすまないので、
引退して明日もまたトレーニングは続けるということ」

有終の美を飾った昨日の試合に遅くまで
残った多くのファンや、
彼の偉業を労ったチームの面々を
見て、「あんな光景を目にして、
後悔などあろうはずもない」
と言ったイチロー。


そんな記者会見を見ながら
僕は自分の死んだ父親を思い出していた。
父親が40代、50代と毎日、
書いていた日記を、父の死後、僕は目にした。
そこには、僕や母を思い、仕事に精を出し、
自分を鼓舞していた記録が
ものすごく綺麗な文字で残されていたのだ。

イチローも、うちの父親も
まさに僕よりもひと回り以上も若くして、
こんなに自分自身ときちんと
向き合おうとしていること。

いつもここに書いているように、
尊敬出来るか出来ないか、ということは
年齢などではなく、その人がどんな
生き方をしているか、ということだと思う。

物事を極める、ということはどういうことなのか。
あと何年生きていけるのか、わからないけれど
こういう会見や、父親の日記から
そういうことを改めて学んでいける。

また僕のリスペクトする人の名前が
一人足され、この年齢になっても目標となることが
増えた。

昨日はありがとう。
イチロー選手。そして、ヨウイチロウ。

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2019年03月15日

罪と罰とは

一昨日のピエール瀧氏の
コカイン使用の逮捕劇には驚いたし、
店でもそれぞれが色々な話が出た。

多くの人は「バカだなあ」という言葉を
発していた。
僕の頭に浮かんだのは「バカ」と言うよりも
「残念」という言葉だった。

僕は彼が所属する電気グルーヴを
真剣に聴いたことはなかった。
でも、役者としては
大好きだった連ドラの「あまちゃん」や
映画の「凶悪」など観ては、
本当に良い役者だなあと思っていた。

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ずいぶん前にも書いたことがあるけれど、
僕が若い頃は、たぶん今ほどその手のドラッグが
ここまで横行していなかった。
そのせいか、経験したくても(ここが重要)
そうそうた易くは、経験できなかった。

「したくても」と書いたけれど、
正直、大学生くらいの時は、本気で
ドラッグ(当時は映画の中で観ている
マリファナとか)を、
やりたくて、やりたくて、
たまらなかったし、そういうことに
憧れている若者たちは山ほどいた。

いわゆる異次元空間を旅することや、
想像以上の世界に入ること、
自信がない自分に自信を持てることなど
勝手なイメージに、自分の好奇心が
どんどん膨らんでいく。

当時の雑誌「宝島」のドラッグ特集
(いわゆる本気のドラッグ体験とかではなく、
ドラッグに似た経験をいかに出来るか)
などの本を買っては、研究(?)したりしていた。

そんな中で、ナツメグを舐めると
ドラッグ効果がある、とか
結構めちゃくちゃなことも
たくさん書いてあって、
法に触れない中で試したりしていた。
まったく効果がなかったのは
当然のことではあるけれど(笑)

結局、幸か不幸か(結果的には幸いにして)
僕はドラッグに手を出すことはなかった。

そんな中で、何人かの友人が
ドラッグでボロボロになったり、
苦しんだりしていくのを目にしてきた。

もちろん、これは罰せられることでもあるし、
褒められたことじゃない。

でも一歩間違えば自分だってやってしまっていた
かもしれない。
いつも、こんなニュースが飛び込んでくると、
そういう思いは消えない。
あれだけの好奇心があったのだから。


ドラッグは、直接他人を傷つけたり、
迷惑をかけたり、ということで罰せられるということが
他の法を破る事件とは少し違う。

だから、メディアでバッシングされているのを
見ると、僕個人としては「バカ」とかいう
気持ちではなく、「依存」という病にかかってしまい、
偶然にも手を出してしまったことが
残念だと思ってしまうのだ。

メディアがするべきことは、
バッシングやら、ドラッグの恐怖や
彼がいかにはまっていたか、ということではなく、
依存疾患の問題を考えること、
そこから、どういうふうに抜け出すことが出来るか、
ということこそが大切だ。

経験してしまった人たちが、
もしくは僕のように手は出さなかったけれども、
関心を一度でも持った人間が
いかに支え、脱却できることが出来るか
ということじゃないかと思う。

最後に、彼らの罪は重いかも知れないけれど、
彼が関わった作品やイベントには罪はない。
現在放映中のテレビの自粛は仕方ないとして、
アーカイブなど過去の作品を消したり、
増してこれから上映される映画の上映を
中止してしまうことはどうなんだろうか。
法を犯した人の顔など見たくもない、
そう思う人は映画館やアーカイブを
辿らなければいいだけの話だ。

あと、50も超えた人の親御さんや
ご家族にマイクやカメラを向けるのも
本当にどうかと思う。
こういう事で、彼の今後の更生や
薬物から抜け出すことを
いかに邪魔するのかを、メディアは考えるべきだ。


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2019年03月04日

32年ぶりの来訪

今回、タイトルに書いた「来訪」というのは
うちのお店に、というワケではなくて
(そりゃそうだ、うちの店は32年もやってない)
僕が、あるお店に来訪したのが、
32年ぶりだったということだ。

それが僕が生まれて初めて行った「サクセス」だ。

僕が一番最初に新宿2丁目という場所に
行ったのが25歳の時。
それこそ、まだゲイ業界の右も左も
わからなかった時に、映画館で知り合った
(そして初めて付き合うことになった)人に
連れて行ってもらったのが、
その「サクセス」だった。

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連れていってくれた人の同い年の親友が
マスターをやっているということだった。
今の場所ではなく、
今はその道さえなくなった路地にある
ビルの2階だった。

忘れもしないのは、行った当日、
まだ10時前後なのに、
看板の電気が消えており、
下から声をかけると「やってるよ」と。

上がると、誰もいない店のカウンターの外に
マスターのゴンちゃんがうつぶして泣いていた。
「どうしたの?」
僕の元カレが聞くと、「男にふられた」と。

まだ店を初めて1年目か2年目だったんだろう。

それから僕は元彼と別れてからも、
一人で、もしくはその後出来た友人たちと
あの店に通った。
店は平日もいつも大盛況で
若い人を中心にお客さんで溢れかえっていた。

あとにも先にも、ゴンちゃんの
あんな場面を見たのは最初で最後。
その後、その日の話をすると
「そんな事はない」と一点張りだった(笑)

それから何年か経ち、ゴンちゃんは
アルバイトだった
ケンジ君(今のマスター)に店を譲り、
長い休養に入った。

それくらいから僕もすっかり
サクセスに行かなくなってしまった。


そして先週の土曜日。
店の最後のお客さん二人と話をしていて
サクセスの話が出た。
僕が是非行きたい、ということで
突然、お店にお邪魔することになった。

ケンジ君は、なんと僕を見て
すぐに僕だとわかったようだった。
驚くとともに、嬉しかった。
当時22、3歳だったケンジ君も
面影もきちんとあり、若々しかった。

なんと来年で40年にもなるのだそうだ。
ケンジ君になって、32年。
そう。僕は32年もの間、
店に行っていなかったのだ。

当時のマスターゴンちゃんは
沖縄に移り住んでいることは聞いていた。
去年、再会した僕の元カレと一緒に
今年あたり、ぶらりと尋ねようなんて
いう話も出ている。

ともあれ。土曜日は、もう朝がただったので、
ものの1時間ほどだったけれど、
とても喜んでもらえたし、
僕も本当に楽しく、本当に良い時間を過ごせた。

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2019年03月03日

破天荒だけど自由な人生 その2

昨日書いたセイヤ君だが、
ハッテン場のバイトがきっかけで
男への性的感情がグ〜ンと
増していったのだそうだ。

そもそも、性的なことに対して
物凄く好奇心が強すぎて、
中学、高校時代も女のコとの交遊が
問題になって、親が学校に呼び出されたり
したらしい。

そんなセイヤ君、女のコはお金もかかるし、
面倒も多い。
増して結婚している身としては、
ほぼ金もかからず、ド派手なセックスに
繋がる男性のほうが楽だし気持ちがいい、と。

そして、その後、気持ちが良い思いをしながら、
お金ももらえる、いわゆるウリ専というモノが
存在していることを知る。

セイヤ君はガッツリとその楽しさに
のめり込んでいったのだそうだ。

また知り合いに勧められてゲイバーで
アルバイトもしてみたのだが、
そのマスターに「ウリ専をやめるか、
うちをやめるか、選択しろ」と言われ、
すんなりゲイバーもやめたようだった。

元々女のコが好きだったセイヤ君にとって
良かったのは、男性に対して、
あまり好き嫌いがない、
ということだった。

どんなに太ったおじさんでも
痩せ細った若いコでも、
こんな人が俺に興奮している、
そう思っただけでエキサイトするのだそうだ。

ルックスや体格のせいもあって、
セイヤ君はモテモテだった。
追いかけられて、自宅まで
来られてしまったこともあった。

そもそも怪しまれている奥さんにも
「いい加減にして」と言われてしまう始末。
でも、奥さんは奥さんで
自分の仕事に一生懸命で、
今は子供と一緒にちょっと離れた場所にいると言う。

セイヤ君の歯止めがきかない奔放な時間が
過ぎていった。

しかし、ある瞬間から、セイヤ君の
どこまでも走るエロに少し歯止めが
かかってしまう。

初めて男を好きになる、という出来事に
直面してしまったのだそうだ。

それから、もう10年近くなる。

セイヤ君には奥さんも子供もいながら、
大好きな彼氏もいる。
今までやってきたことはまったく後悔もないし、
ある意味、これからも自由でありたい、
そう思っているのだと言う。

今まで、店で色々な人を見ながらも
ここまで自由奔放な人生を送っていて、
なおかつとことん明るい人を僕は
見たことがないのかも知れない。

色々思う部分はありながらも、
彼の奥さんも、ウリ専時代のお客さんも、
そして今の彼氏も、彼から離れられない
というのは、なんだか少しわかる気がした。

ちょっと違うかも知れないけれど、
僕はセイヤ君の生き方を見ながら、
檀一雄が自身をモデルにした「火宅の人」を
思い出した。

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2019年03月01日

すべての人が違う、ということ

一昨日、地方都市から来ていただいた
タケモトさんは、自分が教える大学に
トランスのコが来ることで、
どう対処すれば良いか、と考えていたと言う。

うちのお店に来る多くのゲイの人たちも
そうだし、僕自身も昔は知らなかったのだが、
ひと口にトランスジェンダーと言っても、
F to M(女性として生まれ、自分は男性だとしか
思えない違和感を持つ人)でも、ストレート
(男性として女性を愛する人)と、
ゲイ(男性だが男性を愛する人)もいるし、
加えてそこにX(あまり性別にこだわらない)
という人もいる。

そういう話をしたら、タケモトさんは
「まったく知らなかった。それを
聞くと、なおさらどうして良いか、わからない」
そう言っていた。


そんなところに、それこそM to Fのトランスの
カオルが入ってきた。
そもそもトランスジェンダーで女性として
生きていきたい、それを選んだ彼女だが
いつもボーイッシュ。
どちらかと言うと、宝塚の男性役のようなふうに
生きていきたいのだ、そう言う。

また、彼女の場合、男女、どちらでも
付き合える、そう思っていたのだが、
いざ女のコと付き合った場合、
男性制を求められることに
すごい違和感を持ったのだと言う。
だから、今は男性しか興味がない、
そう言っていた。

「人の生き方や趣味趣向など、それは
ストレートの人たちも様々。
みんな違う。
だから、トランスだと言って身構えたりすることなく、
みんな違う人なんだ、でもだからと言って
特別ではない、
そう思うことが大切だと思います」
カオルはタケモトさんにそう言った。

実に僕もそう思った。
タケモトさんは大きくため息をつき、
「今夜はすごく勉強になった。
新年度からの方針がなんとなく見えてきた。」
そう言って、帰って行かれた。


写真はトランスジェンダーの生き方を
描いた傑作「トランスアメリカ」
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2019年02月28日

地方都市の既婚者ゲイの悩み

昨日で二度目、という
僕と同世代の地方都市から来てくれた
大学の先生をやっているタケモトさん。
彼は既婚者であり、もうとっくに
成人している二人の息子がいる。

今の20代、30代は確かに
変わってきているものの
地方都市に暮らしている50代以上の
ゲイ男性の多くの生き方は
こういうモノかも知れない、
そうタケモトさんは言う。

とは言いながらも10年ほど
「既婚者でもいい」そう言って
付き合ってくれた元カレもいた。
しかし、色々あって、別れを告げられた。

別れて数年後、地元とは
まったく違う場所で
バッタリ会ったこともあった。
その時に、もう一度付き合って
もらえないか、と頼んだがダメだった。

今後、もう男と付き合うことはないだろうな、
そう思いながら、奥さんとの二人の
家庭を大事にしていかなければ、
とも思うタケモトさんらしい。

そんなタケモトさんには
新しいちょっとした悩みもある。

それは、来年度、自分の学校に
トランスジェンダーのM to Fのコが
入学する、という話を聞いたからだ。

トイレや、体育の授業の着替え問題なども
そうだけれど、LGBT当事者の自分が
どういうふうに対処していくか、
ちょっと頭を抱えることだ、そう言った。

僕としては、彼女がトランスであろうが
何であろうが、他の男子生徒、女子生徒と
同様に接していくことが大事だと思う。
学校側やタケモトさんが「特別なこと」だと
思うことこそ、その事実を大きな問題に
してしまうことじゃないか、
そんな話をしていた。

そんな話をしていたら、
たまに来てくれるトランスM to Fの
カオルが店に入って来てくれた。

この続きは、明日のブログで。

既婚者ゲイを描いた小説、映画で
ちょっと思い出すのが「きらきらひかる」
ただし、タケモトさんのケースとは
まったく違う展開となるのだけれど(笑)

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2019年02月27日

LGBTをめぐるいくつかの訴訟

僕がインドへ行っている間に、
友人カップルが国を相手取って、
同性婚訴訟を行ったことは
大きくニュースでも取り上げられた。

友人カップルは13組のひと組として
提訴へと踏み切ったのだった。

友人はインドにいる僕に
「今回の訴訟は、
自分の人生で一番大きな出来事だった。
これに出たことで、神様に会った時に、
地上で何をしてきたかと聞かれて、
答えることが一つ出来たことが
誇らしい」とメールをくれた。


僕が若い頃、同性同士が結婚することなど
まったく想像したことがなかった。
むしろ、男同士で恋愛する、なんていうことでさえ、
タブー中のタブー。
誰もそういう事実を
教えてもくれなかったし、
自分の中でも「ただの変態だ」と思い悩んでいた。


今日は、一橋大学のゲイのアウティング事件
(友人たちのLINEグループでゲイだと漏らされ、
大学側に相談したが、適切な対応をされず自殺した事件)で
亡くなった彼の遺族が大学側に起こした訴訟判決が出た。
残念ながら、大学側の否は認められなかったようだ。

これについて、今朝がた、
うちの店に来てくれるゴンが
以下の記事を書いていることを教えてくれた。


上にも書いたように、僕自身、
高校や大学の時に、
誰にも相談も出来ず、
暗い時代を過ごしていた。
その時に、同様なことがあったとしたら、
どうだったんだろうか。
自殺する勇気はなかったとは思うけれど、
相当な人間不信と、辛い日々を
送ったことは間違いないと思う。

自分が同性愛者だということを
決して人に話すことなく、
それでもそれなりに幸せである、
そう思う人もたくさんいる事は知っている。

今さら結婚しろ、と言われることもなく、
ほぼ悩むこともほぼなく、好きな人とセックスをして
それでいいじゃないか。
それで十分幸せである。
そういう声もあるし、
それが問題だとも思わない。

ただ、胸に痛みを持つ人たち、
また、異性愛者と同じ権利を持ちたい、
そう考える人たちも、同様に幸せを
感じる理由はある。僕はそう思う。

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画像は、全米で行われた同性婚裁判を描いた映画
「ジェンダー・マリアージュ」
この舞台劇に、ブラッド・ピットや
ジョージ・クルーニーが出演したとモノも
youtubeにあって、感慨深い。

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2019年02月10日

子供の虐待について

ここのところ、ニュースを賑わしている
子供の虐待事件の話が店で出た。
想像が出来ないほどの痛ましい事件を
毎日、目や耳にするのは辛いけれど、
親から子供へ、夫から妻へのDVというのは
なくならないモノなのだろうか、と。

そんな話をしていたら、そこにいた
35歳のユウゴが
「僕は母子家庭で、子供の頃、母親から
物凄い虐待を受けていた」と言った。
蹴る、叩くは当たり前。

食事も食べさせてもらえなかったり、
大声で耳元で怒鳴り散らされるのが
毎日続いたらしい。
何度か近所のうちに逃げ込んだけれど、
その家へまた母親が怒鳴り込んで
「余計なことするな」と凄むことで
近所の人は遠目に見ているだけだったと言う。

前にここで紹介した
友人でもある歌川たいじ氏の
ノンフィクション小説
「母さんがどんなに僕を嫌いでも」も
まさにそういう話だった。

歌ちゃんがそうだったように、
ユウゴも、どれだけ嫌な思いをしても
心のどこかで「こんな母親でも
好きにならなければいけない。」と
思っていたようだ。

そして、ユウゴ自身、ゲイであるのは
母親の暴力のせいだ、と
心の中で決めつけていたこともあり、
いまだにそうではないか、と
思うのだそうだ。

本当に幸せなことに、両親から
強いまでの愛情を受けて育てられた僕には
とても遠い話だけに、
子供たちは親に愛されるべきであり、
その愛情が大きく人間形成や
考え方、生き方に反映される、そう思う。

きっと、人類の歴史が始まってから
色々な背景からこういう虐待というのは続き、
残念なことながら、これからも
長く続いていくのだと思う。

それを根絶することはかなり困難だと思うけれど、
そういう家族や子供たちに、僕ら大人が
どう目を向け、救っていくことが出来るのか
っていうことが問われていく時代なんだろう。

ちなみにユウゴのお母さんの虐待は
ユウゴが高校を出る頃に再婚したせいか、
まるで何ごともなかったようになくなったと言う。
子供の虐待を聞くと思い出すこの映画
「愛を乞うひと」
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素晴らしい映画だった。

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2019年02月08日

消せない過去

僕は本来、過去は過去、
どんな事があっても、
きちんと省みて、
前を向いて歩けば、ほとんどの事は
乗り越えられる、と思っている。


48歳になるトミタさんは、
今から10年前に結婚をした。
それまで付き合っていた彼と別れて
どうしても家庭が作りたい、という
トミタさんの意志を貫いた。

奥さんとの関係は決して悪くはなく、
セックスもうまく行っていたのだが、
子宝には恵まれなかった。

そして、昨年、あることが原因で
離婚を決意した。

一昨年後半、その当時、
ずっと暗い表情をしていた奥さんから
突然「ちょっと話がある」そう言われた。
「あなた、大変なことをしていない?」

ずっと仕事が忙しく、
男遊びもしていないトミタさんは
「何のこと?」と聞くと、
奥さんは自分のスマホを開いた。

彼女のスマホから出てきた映像は
何と彼が二十歳そこそこに出演した
ゲイビデオの映像だった。

学生の時にゲイバーで声をかけられ、
一度きり、ということで出演を承諾した。

と言っても、今のようなハードなモノではなく、
30分ほどマスターベーションをしたあと、
目隠しで、男に責められるというモノ。

当時はVHSなどで売られ、
それも特別ヒットしたということも聞かず、
誰かに「ビデオ観たぞ」と言われることもなく
この歳まで来た。

そんな30年近くも前のモノが
こういう形で、それも何故自分の妻が
目にしたのか。

彼女の勤めている会社の同僚の女性
(トミタさんもよく知っている)が
ゲイの友だちが持っている
ゲイビデオのコレクションに
彼の姿を見つけたのだという嘘のような話。
その昔のダウンロード映像で
それが奥さんの耳と目に入ったのだと言う。

これは学生時代、
お金のためにやった事だし、
自分はゲイではない、そう言ったけれど、
彼女は首を横に振った。

「今まで、あれ?と思うようなことが
数回あったけれど、言わなかっただけ。
貴方はゲイなのだと思う。」

そういう流れで、トミタさんの結婚には
終止符を打たれたのだそうだ。
本当に辛く、苦しい時間だった、
そう言う。

自分の彼氏のプライベート映像を
友人宅で見た、というお客さんの話も
つい最近ここに書いたけれど、
こういう話を聞くたびに、
本当にとんでもない時代になったなあ、
そう思う。

トミタさんは、別れたあと、ここ1年で
色々考え、前の仕事も辞め、
個人事業主として、共に働く何人かには
すべてカミングアウトして
新たな道を歩き始めていると言う。

それを聞いて、ちょっとホッとした。

それが何十年前のモノだとしても、
過去の映像も画像も、数多くの人たちの
目に触れられてしまうSNS時代。
そして、それがすぐに炎上に繋がり、
人の心を蝕んでいく。
厄介だけれど、その時代に生きている我々は
あらゆる事柄に注意しながらも、
そして無念さと闘いながら
生きていくしかないのだろうか。


トミタさんの話で思い出したのは、
過去のポルノ出演を暴露されても
しっかりと栄光の座を勝ち得た
スタローンとマドンナだった。

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どんな事も、自分の夢と希望で
乗り越えていける、
逆にそう信じられる時代を迎えていければいいなあ
そう思う。

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2019年01月24日

これがないと行きていけない

先日、店で「あなたにとって、仕事以外で
これがないと生きていけない」っというのは何?
という話になった。

セイジは「旅行」と「セックス」
ユウトは「山登り」と「肉」
ショウゾウは「ディズニーランド」と「デザート」
ヤマトは「グルメ」と「ケイタイ電話」
キミヤは「お金」と「健康グッズ」
などと、みんなそれぞれに
なるほどなあ、とその人なりのモノを
あげていた。

常連のミトちゃんは、
いつもの様子から
「オシャレとお酒でしょう」
そう尋ねると、
「いや。そのふたつを上回るモノが
あるんだよね。それはトマト」と言った。

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トマト!?
みんなが顔を合わせた。
トマトそのものも好きだし、
トマトが入っている料理はなんでもいい。
なんでも好き、そう言うのだ。

僕の選択肢は、もちろん映画だったり、
旅行だったり、恋愛だったりするけれど、
そこに「食べ物」というのは入って来ない。
入るとすると、かなり下のほう。
食べることは好きだけれど、
他の好きなことが出来れば、
お腹を満たせれば、なんとかやっていける(笑)
グルメと答えたヤマトは信じられないみたいだけど。

だから「トマト」という答えは
ちょっと驚いた。

でも、漠然と映画やら恋愛やら
広い間口のコトを言っているよりも、
小さく、ささやかな好きなモノを答えた
ミトちゃんが、何だか素敵に見えた。

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