2020年03月31日

ひとりで暮らす、ということ

昨日、友人を連れて
久しぶりに来てくれたタケル、30歳。
先月から新しい仕事場に移ったようで
ちょっと落ち着いた感じだった。

しかし、それと同時に一緒に住んでいた
家族が他県に移動したため、
3日前から一人で暮らし始めたと言う。

タケルは一人暮らしになる、というのは
初めてで、夜、仕事から帰宅して
一緒に来た友人に電話。
話しながら「寂しい」と
泣き始めたのだそうだ。

笑ってはいけないけれど、可愛いなあ
そう思った。

かく言う僕は、中学を卒業してから、
親と離れて、高校の寮生活を送った。
その後、大学に入った東京では、
厳しかった寮生活から逃れて、
ウキウキと一人の生活を楽しんだ。

狭い部屋でも初めての生活。
誰にも邪魔されず、小さな城だった。

だから、一人が寂しい、という気持ちに
ほとんどなったことがなかった。

それから人と過ごすことなど
考えたことはなかったけれど、
30代後半から図らずも、
同居することになった。

ただ、タケルに限らず、
昨今のコロナウィルスの問題などで
ストレスが大きく、それも影響して
寂しさがつのる、ということも
きっとあるのかも知れない。

あなたは寂しがり屋?
それとも一人でいたい派だろうか。

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2020年03月12日

カミングアウトの理由

昨日、看板を見て、初めて来てくれた
という珍しい友人同士の二人、
ムラキ君とセイゴ君。

37歳で同い年という二人は
9年前に2丁目のバーで知り合い、
帰りに一緒に帰ることになった。

と言うのが、まだ東京に来たばかりの
ムラキ君が当時世話になっていた
友人のアパートの隣りに
セイゴ君のアパートがあった、
というサプライズ。
それから二人はグ〜ンと
仲良くなったらしい。

セイゴ君が、ムラキ君の地方都市の
実家に行ったのが2年前。
もちろん、その頃はご両親も
二人がゲイだとは知らなかったけれど、
非常に素敵な歓待を受けたとのこと。

その頃は?と尋ねると
「そうなんです。ワケあって
数ヶ月前にカミングアウトしました。」
とムラキ君。

その理由は、彼のお母さんの妹さんの旦那さん
(つまりムラキ君の叔父さん)が、
地方都市の議員をやっていて、
その都市がパートナーシップ法を取り入れ、
彼が担当をすることになったらしい。

なおかつそれを前後して、
ムラキ君が「同性婚が決まればいいな」という
ツイートがリツイートなどで拡散。

どこで叔父さんと繋がり、
それがいつ両親の耳に入るか、ということから
カミングアウトを決意。

ほぼ僕と同世代というご両親は
特に驚くこともなく、
あ、そうなの?頑張りなさい、
という感触だったとのこと。

七転八倒したムラキ君は
とりあえずホッとしましたと笑っていた。

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2020年03月05日

色々な愛の形

昨日のブログで僕が母親とのことを
書いたら、それを読んだ38歳のタジマ君が
彼とお母さんのことを話してくれた。

タジマ君のご両親は
彼が物心がつかない頃別れ、
彼はお母さんに育てられた。

でもタジマ君いわく、お母さんから
愛情を感じたことはなかった、と言う。

赤ん坊の頃はともかく、
幼少時期に抱きしめられた記憶も
まったくなかった。

寮生活だった高校時代から
実家に帰っても
「何しに帰ってきたの?」と
冷たくあしらわれた。

そんな中で、テレビドラマの母子モノや
友人からの両親との話を耳にするたびに
辛かった、そう言う。

アルバイトをし、自分の力で大学に入り、
そのまま就職。
そのあいだ、あ母さんが住む故郷には
一度も帰らず、彼女からも連絡がなかったそうだ。


彼が30になった時に、
60になった母親から連絡があった。
再婚する、という話だった。

勝手にすれば良い、そう思っていた。

しかし、その後、義父となる
母親の新しい夫からたびたび連絡があり、
二人で会うようになったのだそうだ。

母親はずいぶん前から癌を患っていて、
その男性がずっと面倒を見てくれていた。

「君に、何も頼もうとは思っていない。
でも、何もしてあげられなかったお母さんは
君に済まないと思っている。
許してあげてくれないか。」
そう言われた。

そんな言葉で、すぐには許すことが出来なかった。

その頃、タジマ君が付き合いだした彼に相談をした。
彼は、許してやれよ、そう言った。


今から3年前。お母さんは、癌が進み、
危篤状態となった。
その時、タジマ君は自分のパートナーを連れて
病院に行ったのだそうだ。

お母さんはしっかりとタジマ君を見て
ベッドの上で、ただただ泣いていたそうだ。
タジマ君は、彼を「僕の大切な人だ」
そう紹介すると、母親はうん、
うんとうなづいてくれたらしい。

タジマ君は義理の父親に申し出て、
喪主を務めた。

小さい葬儀場で、ほとんど
知人を呼ぶこともなく、
ささやかな葬儀だったようだ。

何を話したか、わからなかったし、
涙も出なかった。

葬儀のあと、
母親とは体調が悪いところしか
見られなかった義理の父親が
「何か困ったことがあったら
いつでも相談してください。
僕で良ければいくらでも力になります」
そう言ってくれた。

タジマ君が、ずっと恨み、
憎み続けたお母さんを
許すことが出来たのは、その人の存在だったと言う。

「僕こそ、あなたに何かあったら、
力になりたい、そう思っています。」
そう言いながら、義理の父親と
パートナーの前で初めて涙が出た。
タジマ君はそう言った。

色々な愛の形がある。
そう思った。

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2020年03月04日

母の夢

今朝、目が覚めたら、
鼻がぐちゅぐちゅしていたのは
花粉症のせいだったんだろうか。

久しぶりに死んだ母の夢を見た。

この新型コロナウィルスを心配して、
何故か、わからないけれど、
大阪にまだ一人で暮らしている母が
色々な食事を作って、ジップロックに
詰め込んで、送ってくれた、
という夢だ。

母が健在の頃、こっちはもう
40にも、50にもなっているのに、
暇があったら、色々惣菜をつめて
「元気出して、頑張りなさい」と
よく送ってくれたのだ。

いくつになっても子供は子供、
母はよくそう言っていた。

僕が40も過ぎてから、
母親に子供らしいところを見せたのは
たぶん一度だけだ。

うちの店を初めて一周年を迎えた日。
スタッフや相棒の画策もあって、
母親がサプライズでそのパーティに
現れたのだった。

さすがにその時は、驚き過ぎたのと
あまりにも大勢の人だったので
涙も出なかったのだが、
終わって朝方、うちに着いた時に、
母親の腕の中で僕は、おいおいと
泣き崩れたのだった。

あれから12年。
僕は、夢の中に出てきた
母の料理を目にして、ただ、ただ泣いていた。

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2020年02月20日

厳格な家庭で

店がオープンした頃から来てくれている
45歳になるリョウちゃんが
昨夜、ふらりと訪れた。
平日に来てくれるのは特に珍しかった。

彼は厳格なお父さんと、
きちんとしたお母さんの元で育ち、
それは、彼と接していると
そこはかとなくそんな雰囲気があり、
誰もが理解出来ると思う。

曲がったことが嫌いで、
礼儀正しく、悪い意味ではなく、
非常に強いプライドを持っている。

うちに来始めた頃、
真剣に結婚について、悩んでいて、
その理由は親を安心させるためだ、
そう言っていた。
見合いも何度かしたようだった。

あれだけ出来た息子であるリョウちゃんを
お父さんは誇らしかっただろうし、
結婚しないことが唯一の
心配だったのかも知れない。

そんな中、去年の秋に
そのお父さんが亡くなられた。
それも仕事のパーティから帰宅し、
そのままソファで横になったままだったらしい。

あまりにも突然の出来事で、
家族みんなが、かなりショックを受けていた。
長男のリョウちゃんが、その時期、
どれほど大変だったか、想像もつかない。

「父は、人に迷惑をかけず、
たぶん苦しむこともなく、
そんな意味では良い死に方だったと思います。」
そう言っていた。

大きな期待を背負わされ、
彼に対するお父さんの熱い愛情と
重圧から、お父さんが亡くなったことで
リョウちゃんは開放されたんだろうか。
計り知れないリョウちゃんの心の中だけれど、
これからも、変わらず堂々とした
男らしい雰囲気でいてほしい、
そう思った。

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2020年01月14日

父子の関係

昨夜、46歳のジョウ君が、
とても驚いたことがあった、と
一通の手紙を僕に見させてくれた。

それは彼のお父さんから
ジョウ君に宛てた手紙だった。

ジョウ君のお父さんとの不仲は
以前にも何度か聞いたことがあった。
無遠慮で、頑なで、酒を飲んだら
手がつけられない、
警察にも厄介になったこともあったそうだ。

そんなお父さんからの彼への
手紙は、今までの自分の反省と謝罪、
そして感謝が綴られていた。


ジョウ君のお母さんが、大病になり
倒れられて3年近くになるだろうか。

彼のお母さんへの思いは、店でも
よく聞かせてもらい、
その体調の変化や入院されたりするたびに
ジョウ君は大変そうだった。

手紙には、事細かに、お父さんが
警察沙汰になった時、
お母さまが色々迷われていた時に
ジョウ君がどう対応し、
そのすべては間違いではなかった。

そのすべてに自分は申し訳なく思い、
心から有り難く思っているのだ、
ということが切々と書かれていた。

その文面からは、今まで傍若無人だった
と聞かされていた
ジョウ君のお父さんの様子は
とても想像できなかった。
加えて、店で見ているのとは
まったく違うジョウ君の姿も見えてくる。

多くの親子、家族は、
なかなかこういうふうに
交わることなく、
お互いを受け入れることもなく
死に別れたりすることも多い。
そこには誤解もあれば、
愛憎紙一重だったりするからだろう。

ジョウ君は、何故、こ
の日にこの手紙だったか
想像は出来ないと言う。
でも、僕に見せてくれたというのは
かなり嬉しかったのだと思う。

こういう喜びは、何にも変えがたいもの。
旅行前に、素敵な話を
聞くことができて本当に良かった。

明日から少し休みますが、
スタッフ共々、店をよろしくお願いします。

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2020年01月04日

正月からヘアの話

昨日、お正月通常初日に来てくれた
リョウタ40歳は、一昨日まで地元に
帰省していたようだった。

もう、40にもなるのに、
親、兄、親族から「結婚何故しないのか」
「歳とってから大変な思いをする」
「何を考えているんだ」と
物凄い圧力でそのたびに
帰省するのが嫌になる。

とても保守的な家庭なので
まったくカミングアウトするような
状態でもないし、
とにかく鬱々としてしまうようだ。

そんな中、元旦の日に兄が、
「一緒に風呂屋に行こう」と言い出した。

リョウタは何を隠そう隠毛を全部
剃っているいわゆるパイパンで
それはさすがに兄貴には見られたくない、
そんなこんなで断ってしまったらしい。

リョウタが何故パイパンになったかと言うと、
8年ほど前に男にふられて、
女性が髪を切るように、
全部剃ったのだと言う。
それからはずっとパイパン。

やってみると、これが良くて、
人には求めないけれど、自分は
その清潔な感じや、
セックスの時にも邪魔にならない。
なおかつ、生やしている時よりも
大きく見えるだろうと気にいっていると言う。

相手に求めないと言うけれど、
ストレートのように、ボ〜ボ〜に
生やしているのを見るとガッカリする。
と言うか、せめてものエチケットじゃないか
リョウタはそう言う。

このヘアを揃えるか、揃えないか論争は
このブログでもずいぶん書いたけれど、
時代が変化し、近年は店で聞いても
多くの人たちはかなりきちんと
カットしている。

確かに、ジムなどで着替えているのを見ても、
ノンケ男子は圧倒的にそのままで、
ゲイの多くはきちんと揃えている。

西洋人は8割がた、揃えているらしいから
ホントに僕の若い頃に比べると
時代は変わったなあ、そう思う。

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2019年12月23日

父親はいつも味方

シュウジ35歳は、4歳上の姉夫婦と
母親には20代の頃に
カミングアウトしたようだ。
70を少し超えた父親は、
結構頑固だし、言わなくてもいい、
ずっとそう思っていたらしい。

ところが、つい最近、シュウジは
思わぬ父親の驚く部分を見たのだと言う。

数週間前、父親の友人が来て
家族みんなで食事に行くことになった。

そこで、父親の友人が
「最近、メディアで『LGBTとかなんとか
言っているけれど、
ああいうのはよくわからんし、
社会の乱れを助長すると思うんだよな。
若いシュウジ君とか、どう思う?」
と言ってきた。

母親とシュウジの姉は
ちょっと固まった感じだったし、
ここでどういうふうに答えるのが賢明か、と
ふと考えていたところ
シュウジの父親が
「何を言っているんだ。俺は自分の息子や
娘が、仮りに同性の相手を選んだとしても
自分の愛する子供に違いない、
いつも、そう思っている」そう言ったと言う。

それを聞いて、友人は「よくわからんな」と
つぶやくと、そこにシュウジのお父さんは
「お前がそんなに、心が貧しい男だとは思わなかったよ」
と被せたらしい。

その話はそのあたりで終わったようだが、
シュウジは、父親は実は自分のことも
もう全部わかっているのか
それともまったく関係なく、上のように
考えているだけなのか、
わからなかったけれど、
それでも十分に嬉しく感じたと言う。

シュウジは、自分のパートナーを胸を張って
父親に会わせながら、「この人が
この世で、最も大切な人なんだ」
そう言うことが出来るのも
そんなに遠くはない、そう思ったのだそうだ。

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2019年12月20日

驚きのクリスマス・デコレーション

昨日、久々に来てくれたジュンジ君は
既婚者ゲイだ。
彼は高校にあがるコと、小学校高学年にコの
父親で、奥さんには何度か
ゲイであることをわかってしまったモノの、
しっかりと家庭サービスは、しているようだ。

元々、手先が器用で、メインの仕事以外で
ありとあらゆるモノを作ったりするのが好き。
片付けも奥さんよりも、気遣っているようだ。

そんな中で、昨日は、彼が作ったという
家のクリスマス・デコレーションを
スマホの動画で見させてもらった。

これが驚くほど素晴らしい。

まず家の周りのイルミネーション。
テレビなどで紹介されるような
そこここにあるライティングじゃなく、
最新鋭のLEDを使った極彩色で
表現されている。

大きなリースが掛けられている
真っ赤なドアを開くと、
白壁に照らされたいくつものライト、
そしてところ狭しと置かれている
品の良いクリスマスの小物の数々。
それもほとんどが彼の手作りと
いうから凄い。

180平米もある広い家、
そのほとんどがクリスマス一色と
言っていいほど、キラキラなのだ。
しっかりと伝えたいのが、
それが決して下品な感じがしない。

子供たちはそれぞれの友達をうちに呼び、
自分の部屋に入らず、リビングなどで
くつろいではしゃぐと言う。

彼がゲイだから、ここまでのモノが
出来るのか、どうかはわからない。
確かにうちに来てくれる
他のお客さんも、かなり凝った
クリスマスの飾り付けを写真などで
見せてくれる。

僕自身、そこまでのセンスもないけれど、
こういうモノを見ると興奮もすれば、
心からいいなあ、そう思う。

店を始めてから自宅での
デコレーションはまったくやめてしまったけれど、
確かにうちの両親も(まったく、ここまでではないけれど)
飾り付けをしてくれていたことを
思い出した。

ジュンジ君の子供たちは、きっと彼をリスペクトし、
大人になった時に、唯一無二の彼の仕事に
感謝するのだろうなあ、そう想った。

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2019年12月18日

兄の電話から考えたこと

昨日、スウェーデンに
住む兄から電話があった。
彼は20代そこそこで、
何十カ国も一人で周り、
ストックホルムの大学で
中国哲学を学ぶという
ちょっと風変わりな人間だ。

兄からは、日本のAmazonで何かを
買ってくれないか、とか、
今、為替が良いから云々というような
連絡が半年に一度かかってきたりする(笑)。

そんな中で、彼の甥っ子は元気か
という話になった。
甥は、フィンランドの母親
(つまり兄の元奥さん)の元で育った。
あちらの大学でインド哲学
(親子共に変わっている)を学び、
インドで知り合った女性と共に
フィンランドで暮らしている。

最近、子供が出来て幸せに
すくすくと育っているらしい。
良いことだ。

スウェーデンや、フィンランドは、
兄と元奥さんや
甥カップルもそうだが、
結婚をしていない人たちが非常に多い。

結婚をしていようが、していまいが、
それが男女であろうが、同性であろうが、
当然のようにまったく関係なく、
子供を育てることが出来る。
その子供は両親であるどちらかの名前を
自由に持つことも出来、
もちろん関係なく国から補助が出る。

日本では相変わらず、
結婚制度というふうなモノに縛られ、
いつまでも「未婚の母」だとか
「出来ちゃった婚」という言葉が
メディアに走る。

つい最近まで婚外子には、
そうでない子供と同等の権利は与えられず、
いつまで経っても「あるべき家族像」のようなモノを
追いかけている国の姿勢には
ほとほと呆れてしまう。

甥が住むフィンランドでは、つい10日前に
34歳の女性首相が誕生し、
彼女の親はレズビアンカップルである。

こういう時代に、つい昨日発表された
ジェンダーギャップ指数(世界各国での
男女平等の度合いをランキングしたモノ)は
なんと去年よりも下がって、121位だそうだ。

やれやれ。
本当に、人権や平等というモノを
きちんと考えることが出来る国に
いつ日本はなることが出来るのだろうか。

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2019年11月26日

老いた親との対峙について

昨夜、一番最初に来てくれた
ゴウは40代半ば。

彼は父親を若い時に亡くした。
ゴウを含めて3人の子供を
育ててくれたお母さん。
彼女が近年、70代後半になって、
突然身体が弱ってきたと言う。

都内に住むゴウは
週末お母さんの顔を見るために
2時間半かかる自宅に戻るのが
もう1年近く続いている。

会う時だけでなく、日々話す電話でも、
母親はあらゆることで泣くのだそうだ。
勝気で若い頃は涙ひとつ見せなかったのに。

近くに住む他の兄弟への不満、
身体の痛み、老いることの不安、
前は出来たのに、
最近出来なくなってしまうことの辛さ、
そういうことから、どんどんうつ状態に
なっていく母親。

比較的近くにいる他の兄弟の家族と
一緒に住むことも、施設に入るのも
嫌だと言う。

子供の頃に接していたあの母親は
どこに行ったんだろう。
ゴウはそう思いながらも、
ほぼ多くの人が体験する
年老いた親との対峙の仕方に悩んでいる。

毎日、一緒にいてやれない悔しさと
少しずつ変化する母親の姿。
それは、僕もまったく同じだったことを、
つい昨日のことのように思い出す。

いつかその日が来た時に、
後悔もたくさんするだろうけれど、
それでもゴウは、自分が無理ない範囲で
出来ることをやるしかないのだろう、
ゴウの話を聞きながら、強くそう思った。

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2019年10月31日

カミングアウトの裏側で

昨夜は、ここ数ヶ月よく来てくれている
タカオ君37歳が、
数年前にカミングアウトした
という女性友達を連れて来てくれた。

大学時代4人の仲間と、その彼女と
旅行に行った先で、酒を飲みながら
タカオ君はカミングアウトしたのだそうだ。

それぞれに驚きながらも、
すんなり受け入れてくれた。

「私はかなり変わっているのかも
知れないけれど、まったく
なんとも思わなかった」
彼女は言っっていた。

離れた場所でそれを聞いていた
常連のトモタツが「僕は去年、親に
カミングアウトして、
親父は許さない」と大変だった。
そう言っていた。

最近、よく思うのは、友人はともかく
歳が離れた親や近親者にカミングアウトする、
というのは、かなりヘビーなこともある。

たとえば、我々が父親から
「実はお父さんはSMの女王様の母親から
夜ごと、縛られ、ムチ打たれて
喜んでいるのだ」と
カミングアウトされた場合、
どう思うか。
そのような衝撃ではないか、
そう考えたりする。

極端過ぎるかも知れないけれど、
そのような「突拍子もない、
決して聞きたくもない性的なこと」を
突然聞かされる、
というイメージこそ、
カミングアウトの恐ろしさでもあり、
大切さなのじゃないか、と。

僕も同様な道を渡ってきて、
やはりどうしてもカミングアウトする際には、
自分の大切な人(友人でも良い)を
きちんと会わせる、ということが
僕の中の最良なカミングアウトではないか。
そして、それでさえ、タイミングと
伝え方によって、ずいぶん変わってくるだろう
そう思う。

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2019年10月23日

妹との一日

昨日のブログにも書いたように、
神戸から妹がやって来た。
彼女が東京に来たのは、結婚するよりも
ずっと前、学生時代だった。

もちろん、その頃は僕も
カミングアウトしているどころか、
まだ自分をストレートだと思い込ませようとし、
彼女がいた頃で、その彼女と妹と
一緒に飲んだりしていた。

その後、妹とは彼女自身の結婚式、
そのあとは、父や母の容態が悪くなっていた時で、
そんな時間は主に、両親それぞれの体調や
病院、施設などの話が主だった。

そういった意味では、今回、これほど
ゆっくり色々な話が出来たのは
初めてだったのかも知れない。


僕と妹は7歳違う。
まして、僕は高校時代から寮生活をし、
家を離れていたため、
彼女が8歳くらいから、
一緒に暮らしたことはなかった。

それは、8歳年上で学生時代に
スウェーデンに行った兄も同様だった。

だから、うちの兄妹は年齢差だけでなく、
普通の兄妹とはちょっと違う。

仲がとても良いということでもなく、
逆に悪いということもない。
ほぼ喧嘩もしたことがないのだ。

「お兄ちゃんから、同性愛者だって
聞いても、私はまったく動じなかったし、
色々な人生がある、そしてみんな、
決して同じではない、そう思っていたの」
妹はそう言った。

それは、共に育っていなくても
うちの両親の教育方針がそうだったからかも
知れない。

妹は、自分の息子(つまり僕の甥)にも
うちの両親のように
「人を差別してはいけない。
人はみんな違うのが当たり前だから」
と、伝えてきたと言う。

ただ、15歳で家を離れた僕と、
結婚する27歳まで家にいた妹とは
両親の距離感も違い、関係性も違った
ということも、今回初めて理解した。

僕が父の死後、母を連れてたくさんの旅を
したこと、それは長く共に生活できなかった
埋め合わせだったような気もするし、
妹は逆に、年老いた母の生活全般を
ある意味、客観的に観ながら、
色々なことに注意を配っていた。

いずれにしても、この年齢になり、
妹と、パートナーも加えて
ゆっくりとお酒を飲める、というのは
良いものだ、つくづくとそう思った。

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2019年10月22日

店に妹、来たる

僕がBridgeをオープンした
2007年、その2月に父は他界した。
オープンの7ヶ月前だった。
店をやることを決意し、
まだその時は場所も含めて
何も決まっていなかった時だ。

父の死後、母は大阪から何度も
店を訪れてくれ、多くのお客さんたちと
話をしてくれた。

また、スウェーデンに住んでいる兄も、
帰国するたびに来てくれた。
このブログにも書いたけれど、
偶然、兄と高校の同級生だったうちのお客さんと
(これには本当に驚いた)
3人で食事をしたこともあった。

そして、先月、周年パーティをやる前に
7歳離れた妹から、東京に遊びに来たい、
そういう連絡があった。

東京に来る、ということは、
初めて我が家に泊まり、店にも来る、
ということだ。

僕はまったく大丈夫だが、ゲイの
友人などいないだろう妹が、
店の雰囲気に慣れるのか、どうなんだろうか。

もう随分、前になるけれど、
うちの母親が、妹の息子(つまり甥)に
僕のことをカミングアウトしようとした時に
「色々誤解もあるだろうから、しないでほしい」
そういうことを、妹は母に言ったと言う。

そんな甥が二十歳になった時に、
飲みに連れて行って
「今日、大切な話がある」と切り出した時に、
甥は「おじさん、ゲイっていうことだよね?」と
言われて、腰を抜かした。

過去、僕がAV関連の仕事をしていたことを
知った甥が、ネットを駆使して、僕の名前を検索し、
僕がゲイであること、店をやっていることを
知った、と言う。

父の葬儀の時には、甥は風邪をひいていたので
偶然、僕のパートナーと遭遇はしなかった。
しかし、その後、母の米寿の祝いや、葬儀では
兄夫婦や、妹夫婦、そして甥も含めて
パートナーとは分け隔てなく接してくれたのは
有り難かった。

昨日は、東京の友人と会ったあと、
妹は店にやってきた。
「場違いかなあ。」とか言いながらも、
旧スタッフのショウや、お客さんと
笑って話していると、うちのパートナーが
やってきて、話をし出した。

そう。母が死んだ4年前から初めてとなる。

二人は0時前まで店で
楽しそうに飲んで
僕たちの自宅へと帰って行った。
僕が店を閉める午前4時くらいに
彼から連絡があり、結局その時間まで
二人で色々と話をしていたらしい。

そもそも、まったくカミングアウトなんて
考えていなかった僕だが、
こんな流れになるとはホントに不思議だ。

まして、妹とパートナーが
二人で飲むなどとは、店を始める前でさえ
思っていなかっただけに、
不思議な気持ちがするが、
これで心置きなく、いつでも死ねるなあ
なんて、朝の片付けをしながらぼんやりと
考えたりしていた(笑)

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2019年09月27日

父親の秘密

一昨日から2日間に渡り、
「テイルズ・オブ・ザ・シティ」の話を
書いたばかりだけれど、
昨日来てくれたケンジ君の話は
まさか、あのテレビドラマの中で
描かれているようなサプライズ話だった。

39歳のケンジ君のお母さんが、
今年の初めに60歳という若さで
亡くなったそうだ。

残されたお父さんは65歳。
つい先日、お父さんと二人で
飲むことがあったらしいが、
その時にケンジ君は
「本当なら、嫁をとって、
お父さんを楽にさせてあげたら良いのだけれど、
僕はゲイなので、無理なんだ」と
カミングアウトした。

そうすると、お父さんは急に号泣し出し、
「実は自分も話さなければならない。」
そう言い出した。

なんとお父さんは、今の世の中で言うところの
トランスジェンダーだったのだと思う、と言う。
若い頃から、綺麗な女性になりたい、
いや、この男の姿は偽物だ、
ずっとそう思って生きてきたそうだ。

ケンジ君は、自分がゲイであることを
受け入れてくれた父親を
受け入れることのハードルの高さを
強く感じ、なんと自分勝手なのだ、と
自己嫌悪になったと言う。

お父さんは、トランスでも、
M to F レズビアン、つまり
女として女性を愛することが出来るそうだったから、
お母さんともうまく行ったのだそうだ。

お父さんは50代の時に、とある女装バーに行き、
初めて女装をした。
そこで、初めて自分が自分らしくあった、と。

もちろん、お母さんはお父さんの
本当の姿を知らずに亡くなった。
それは良かったのだと思っている、
お父さんはそう言った。

自分の若い頃は、完璧に
障害者だと思い、隠し続けて生きてきたが
今の世の中は変わり、良い時代になった、
お父さんはそう言った。

これからどう生きていくか、
まだ、わからない、そう言うお父さんに
ケンジ君は「好きに生きていきなよ。
俺も応援する。」

本当に色々な人生がある。

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2019年09月20日

ペット愛

タカヤ50歳は、店が始まる前から知っている
友人でもあり、お客さんだ。
彼は7年ほど前に、
うちの店に来てくれていたお客さん
ノブヤス32歳と付き合いだした。

付き合いだした当初は、
色々あったようで、
ひょっとしてうまくいかないのか、と
こちらが不安になったこともあった。

付き合って3年後くらいに
二人は同居し始めたものの、
お互いに転勤や何かで
離れ離れになったりも
していた時期もあった。

しかし、ここ2年、すっかり安定したようで、
去年から柴犬を飼いだした。

その様子は、タカヤのSNSでつぶさに
報告され、どれだけ二人が
ワンちゃんを愛しているか、が
よくわかった。

飼ったことはないけれど、犬好きの僕が
会いたい、と言いながらも、
なかなか会いに行くこともできない中、
先日、店に連れてきてくれた。

タカヤは、もともと人見知りで、
店に来ても、話す人がいないと
だいたい、携帯を見ている、という感じだったが、
まあ、その日は、ワンちゃんをみんなに
見せながら、色々と説明をする。

スペシャリストやトレーナーに
頼んでいたこともあり、
とっても大人しくていい子だった。

犬のおかげで、タカヤたちの関係も
とっても落ちついたものになっているようだ。

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2019年07月30日

彼氏と家族との間で

お客さんのセイジちゃんは、
ほぼ僕と同い年だが、
もう20年付き合っている彼がいる。
彼とは東京で一緒に住んで
そろそろ15年になる。

彼と出会うずっと前に、
彼の地元で結婚をし、
一人娘を設けたのが、もう35年も前。
その娘にも子供が二人出来た。

ちょうど一人目が生まれた時に、
うちの店の2年目くらいで
「おじいちゃんになったね」と
セイジちゃんの彼氏共々、
お祝いをしたりしたものだ。

セイジちゃんは地元で会社を作ったが、
その支店を東京に移し、
そこと地元を毎月、行き来している。

地元には、大きな家があり、
結婚していない二人の姉がいる。
ご両親が亡くなり、娘さんは離婚し、
実家に帰ってきたけれど、
その娘さんと、二人のお姉さんとそんなに
うまくはいっていない。

お姉さんたちも歳をとってきたり、
障害を持つ孫や、娘のこともあり、
近い将来、彼は地元に帰らなければならなくなる。

セイジちゃんは誰にも
カミングアウトしているワケではなく、
それを思うと、今の彼氏との家を出る決断を
せざるを得ない。

20年付き合った相手と別れる、という
選択肢はないけれど、かなりタイトな
決断をしなければならない、という
時期に来ているらしい。

彼の複雑な話を聞いて、
人には色々な事情があるのだ、と
改めて考えさせられた。

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2019年07月23日

叔父さんはゲイ?

いつもは恋人と来てくれる
アキヒコ君、22歳が
昨夜は一人でぶらりと来てくれた。

アキヒコ君は大学生で、比較的
うちの店から近い場所に住んでいる。
家賃も高いだろうし、何故、
こんな場所に?という聞いてみた。
お父さんの弟、つまり叔父さんが
新宿区に住んでいて、彼の口利きもあって、
このへんに住むことになったと言う。

アキヒコ君の叔父さんは、
もうそろそろ
50歳になる独身男性で、
一度も結婚したことはないし、
父親の話によると、女性の話を
聞いたこともない、とのことだ。

アキヒコ君は叔父さんと一緒に
住んでいるワケではないけれど、
新宿近辺というから
必ずしもゲイとは限らない。
ただ、たまに部屋に行くと、
とても簡素でほとんど荷物も何もなく、
物凄く綺麗に片付いているのだそうだ。

確かにインテリアなども含め、
女性の匂いはしない。

「ゲイの可能性、あるのかも知れないね」
と僕が尋ねると、
「そうですね。半々かなあ」とアキヒコ君。
逆にゲイじゃないだろう、と思う半分の
理由って何かと聞くと
一緒に食事に行ったりすると、
あまり気取った場所じゃなく、
普通の居酒屋に行くとのこと。

でも、ゲイだって、普通の居酒屋に行く人は
山ほどいるし、増して甥を連れて
そんなお洒落なレストランバーに
行くほうが不思議な気もする。

アキヒコ君いわく、
万が一、ゲイだった場合、
一緒に飲みに来たい、という思いもあれば、
子供の頃からずっと優しかった叔父さんという
イメージを壊したくない、という思いもあると言う。

叔父さん自身も、甥っ子がゲイであっても
カミングアウトしたい、とは
まったく考えていないかも知れない。

なるほど。
なんて言いながら、今まで
そんな偶然は山ほど見てきたし、
仮、にそうであっても驚かないけれど、
いずれにしても、叔父さんと仲が良い
というのが一番だなあ、そう思った。

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2019年07月11日

今はなき愛すべき定食屋

昨夜は、同世代のお客さんのサメオちゃんと
古い時代のウリ専とか、
リツ子(年上のお金持ちに甘える若者)とかの
話をしていた。
その昔は、男女の世界も
「お妾さんや二号さんという人たちが
主人にそれなりの世話をしてもらっていた。
当時の男はそのためにも
一生懸命働いたりしていたのだね」
という話になった。

それの良し悪しはともかく、
「お妾さん」で思い出したのが、
新宿2丁目の千鳥街の入り口の2階にあった
Pという定食屋。
もう20年くらい前の話だ。

全部で7席から8席ほどの
小さい店だけれど、その真下にある
料亭Gと同じ食材を使っていて
すこぶる美味しかった。

IMG_0791.jpg

↑あまり美味しそうに描けなかった(笑)


G店は一度座ると、2万から5万くらいする、
というお店で、昔からの常連客が
たくさんいらっしゃった。

Pで働くY子さん(当時60歳前後だったと思う)は、
Gの店主(たぶん70は超えられていた)のお妾さんだった。
Gの奥さん(彼女も70くらい)は
下の店で切り盛りしながら、
たまに休みに上にあがってきた。

かの時はホントによく喋るおばあちゃんで、
Y子さんとの二人の関係は
ものすごく良いワケでもなく、
かと言って悪いワケでもなく、
世代が違う僕たちには
ちょっと理解不能だった。

一時期は3人で一緒に
住まれていたこともあった、と聞く。

それを思うと、まさに時代だなあ、
そう思うけれど、
今、思い出すに、Y子さんは
それなりに辛いこともたくさん
あったと思うけれど、
グチひとつ言うこともなかった。

何よりも、美味しい魚を彼女なりの焼きかた、
煮かたで提供してくれていて、
それはすこぶる美味しかった。

忘れもしないのが、ある年の暮れに
行ったら「昨日で今年の営業は終わったの。
これ、もし良ければ、お正月に食べて」と
多くの魚をいただいたことだった。

そんな中で、彼女をずっと支えていた
Gさんが亡くなった。

そして、続いてY子さんが体調を崩したと
聞いたのは、それから数ヶ月経った頃。
何日か閉まっていて、常連でもあり、
僕が若い頃にジムで知り合ったツトムが
彼女の助けをしていた。

Y子さんは入退院を繰り返し、
たまにお会いすることもあったけれど、
うちの店をオープンする前に
残念ながら彼女は亡くなってしまった。

それに続くようにおかみさんも
亡くなったようだった。

何年、お世話になったかわからないけれど、
本当に残念だったけれど、
あの世でも三人で仲良くされていればいいんだけれど。


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2019年06月07日

ある家族のロングストーリー その2

昨日書いたタクミ君とその彼の
親へのカミングアウト。

お父さんを怒らせてしまって、
二人で関西に帰って来たその半年後、
母親から連絡があり、
なんと両親は離婚することになったと言う。

タクミ君のことがきっかけではあったが、
母親は、ことあるごとに頑固な父親には
頭を抱えていて、
もうこの人には付いていけないのだ、
そう思ったのだそうだ。

IMG_9203 2.jpeg

タクミ君の父親は、離婚届には判は
押さなかったようだが、
お母さんは家を出たらしい。

タクミ君は強く罪の意識を感じたが、
母親は何ヶ月かに一度、
二人が住むマンションに
遊びに来たり、その後、
タクミ君の彼の両親と共に
5人で食事をしたりすることにも
なるようになったと言う。

母親は、まったく父とは
連絡を取らなかったが、
タクミ君は、まれに父親に
連絡をしたそうだ。

基本的には憮然としながらも、お父さんは
タクミ君の仕事を気にしたり、
間接的に母親のことを
気遣ってくれたりしていたようだ。

そんなタクミ君の父親が体調を壊し、
倒れたと聞いたのが、去年の夏、
父の妹である叔母さんからの
電話だったのだそうだ。

お母さんと共に、病室に行くと
お父さんはずいぶん
気弱になっていたのか
「本当に二人が来てくれて、嬉しい」と
心から喜んだと言う。

そして、タクミ君にも
「ずっとお前のことがわかってやれなくて
申し訳なかった。」
そう謝ってくれたのだそうだ。
お母さんとお父さんが一緒にいるのは
6年ぶりだったと言う。

「もう一度、戻ってきてくれないか」
お父さんは母親にそう頼んだ。
お母さんは「ちょっと考えさせて」
そう言いながら、結局実家から
父親の下着や食べ物を病院に
持っていく日々が続いているようだ。

お父さんは少しずつ良くなっている中で
タクミ君は彼氏と二人で
見舞いに二度ほど行った。
そこにはお母さんもいて、
お父さんはタクミ君の彼氏に
長い間の無理解の詫びを伝えたらしい。

病院でタクミ君とその彼氏は
二人で号泣したのだそうだ。


思えば、僕の場合も同様だったなあ。
そして彼が理解したのも、
(それは父親のではなかったけれど)
僕が入院した病院だったことを思い出した。

必ずしも、すべての人が変わる訳ではないし、
変わるべきでもないけれど、
とても良い話だなあ、そう思った。

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