2021年09月03日

ゲイカップルとベビーシッター

20代後半のツトムは、アルバイトで
ベビーシッターをやっているらしい。
そのベビーシッター、と言うのも、
ゲイのカップルが育てている子供の
シッターだと言うから驚いた。

ツトムは、まだ2丁目に出て来たばかりの頃、
店で知り合ったカップルがいて、
友人もいないツトムには
非常に親切にしてくれたのだそうだ。

そして6年ほど前に、
そのカップルの一人が
とある女性とネットで知り合い、
人工授精で子供を提供してくれる
という話になったようだ。

その女性は、どうしてもお金が必要だった
ということだったらしい。

このカップルは、それぞれが仕事が
非常に忙しく、夜勤が多いツトムが
平日の昼間、シッターをすることに
なったのだそうだ。

この流れにツトムはとっても
驚いたようだった。

欧米とかではよく耳にする話だけれど、
僕自身も、こういった話を
国内で聞くのは、有名になった
松中君(ゲイ)と文野君(トランス)の
ケースくらいだった。

思えば、まったく知らないところで
こういう形というのは、少しずつ
増えているのかも知れない。

それにしても、ゲイカップルの赤ちゃんと
ゲイのベビーシッター。
まさか、こんな時代が来るとは。。。

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2021年08月31日

見ることがない、そんな我が子への想い

ヤスハルはご両親にとても大切に
育てられて、数年前にお父さんを亡くした。

今、健在のお母さんは85歳。
地方都市で、お一人で暮らしていて、
一人息子のヤスハルとしては
とても気がかりだそうだ。

お母さんはとても気丈な方で、
心配すればするほど、大丈夫!と
元気な答が返ってくるらしい。

他のお年寄りを見て「あのお婆さん」と
人ごとのようにおっしゃるらしいけれど、
それはうちの母もそうだった。

ヤスハルが最も気に病み、悔やんでいるのは
亡くなったお父さんや、健在のお母さんに
孫の顔を見せることが出来なかったことだと言う。

30歳前後では、何度も結婚の話を聞かれ、
本当に面倒だったけれど、40も過ぎた頃からは
そういう話はまったくなかったようだ。
しかし、彼の心の中では、いつも
申し訳ない、という気持ちだったと言う。

僕がよくこのブログに書くように、
僕自身、悔やみがあるのは、
自分まで繋がってきた、このDNAを
残せない無念さだったりすることだ。

ある意味、それは僕個人のわがままだけれど、
ヤスハルは、単純にご両親への想い、
というところで、つくづく
優しいなあと思った。

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2021年08月26日

親族との関係

昨日来てくれたアツシは、その元カレが
ここ10年近く幸せそうにしているのに
羨ましくも、驚いた、という話をしてくれた。

アツシの元カレは、結構潔癖症で
気難しいタイプだったので、
アツシと付き合っていた頃は
喧嘩が絶えなかったと言う。

しかし、今のパートナーと一緒になって
ものすごく変化した。
いや、その元カレが変化したのではなく、
そのパートナーが凄いのかも知れない、
アツシはそう言う。

パートナーは元々、家族にカミングアウト
していたようで、カミングアウトどころか、
ご両親とはさほどうまく行っていなかった
そのアツシの元カレは、驚いたようだ。

最初は実家に連れて行ってもらい、
挨拶から共に食事するくらいだったのが、
年月が経つに連れ、大きく変わった。

なんとそのパートナーの実家の家業を
手伝うことになったそうだ。

なおかつ、その実家の隣近所、
または親戚筋とかにもすべてオープンで
(ご両親自体が、普通に息子のパートナーだと
紹介してくれるらしい)、
最近では従兄弟の結婚式だとか
冠婚葬祭まで共に行くのだと。

それを聞くと、男女の結婚と同じ、
いや、面倒だから親族とは関わらない、
というような夫婦も山ほどいる中で、
非常に稀有なケースだと思う。

そういう中で、あれほど気難しく感じた
元カレも大きく変わったんだなあ、と
アツシは思うのだそうだ。

つい最近、僕も従兄弟との関係を書いたばかりだけれど、
受け入れる人はどんどん受け入れるのだなあと
ちょっと感慨深い気持ちになった。

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2021年07月23日

家族のかたち

一昨日、僕のパートナーのお父様が
亡くなられた。
あと少しで97歳、という大往生だった。

ここのところ、トイレに立つのがそれなりに
大変だったりして、そろそろ施設に、と
10日ほど前に施設に入られた。

ただ、あまりにもお元気なので、
一度家に帰ってこられて
散歩などをして、少し休んでいるのかな、と
思ったまま、すっと逝かれたらしい。

それを聞いて、こんな穏やかで
幸福な人生の全うの仕方ってあるのだ、
と羨ましくも微笑ましく思った。


こういう時期だから少人数の家族葬で、
ということで僕もお通夜に行かせてもらった。
僕の席を設けていただき、お兄さん、
お姉さん夫婦など、皆さん本当に
優しく、親切にしていただけた。


お父様は、多い時には3ヶ月に一度くらい
我が家にもいらっしゃって、
パートナーが仕事の時は、
僕が一緒にドライブにお連れしたりもした。

美術館や、山登り、コーラス、ハーモニカ、
書道、など好奇心旺盛で多彩。
いつも、笑顔で、僕に対しても
常に「さん」付けで、丁寧に接していただいた。

うちの死んだ父なんかは、パートナーを呼び捨て。
えらい違いである。

お父さんが語られる話もとっても興味深かった。
軍人として、中国に長く行かれたけれど、
上官からのしごきもなく、激しい銃撃戦も
観たことがなく、それよりも電車の移動が
とても楽しかったなど、など。


それにしても、あの穏やかなお父様の家族なんだなあ
そう思うところが節々に感じられるお通夜、
そしてその後の食事会だった。

彼のお母様が亡くなったのが、
僕と彼が出会って半年後。
あれから25年近くが過ぎた。
その時に、ご家族に初めて会ったのだった。

思えば、うちの両親の葬儀にも
パートナーは僕の傍にいてくれ、
色々な意味で、そんな形を受け入れてもらえた
家族を持てて幸せだ、そう思った。

こんな時に、自分に愛する子供や孫が
いたら、などと考えるのは、
贅沢な悩みなのかも知れない。


自分のプライベートをほとんど
ここでは書かないけれど、
お父様の御逝去のお悔やみとして
そして今までの感謝として
今日は許してもらえれば、有難い。

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2021年07月15日

久しぶりのクローゼット

ワクチンも打ったし、この長い休業要請の中、
今月末にでも、久しぶりに母の実家がある
岐阜県に行こう、そう思い立った。

山々や川に囲まれ、本当に田舎で
幼少の頃から中学に上がった頃まで
夏休みや正月には、両親や兄妹と一緒に
よく遊びに行ったものだ。

父方の祖父は、祖母が亡くなったあと、
後妻と一緒に、あまり目立たないように
ひっそりと京都で生きていたのだが、
その後、母の実家の近くに
移り住んでいた。

母方の祖父母は、僕たち孫たちを
強く愛してくれていた。

乗馬クラブを経営し、
馬をこよなく愛していた祖父。
馬に蹴られ大怪我をしても
「馬は悪くない。蹴られた俺が悪い」と言い、
おそらく若い頃は凛々しく
良い男だっただろう面影がそこここに感じられた。
また、常に祖父と一緒に離れの部屋にいた祖母は
僕たちに優しく接してくれた。

母親の弟夫婦とその子供たち(いわゆる従兄弟だ)は
祖父母と一緒に、その大きいうちに住んでいた。

母の弟夫婦も亡くなり、
僕と同世代からひと回り下の
従兄弟たちとも、もう25年近く会っていなかった。

そして、今回、そんな従兄弟に
突然、そちらに行きたいと電話をかけた。

まだ20代だった従兄弟はもう、
50を過ぎ、子供たちも家を離れており、
奥さんと二人であの大きな家に
住んでいるらしい。

「あんちゃん、まだ映像関係の仕事、続けてるの?」
といきなり言われ、「いや。もう飲食関係で
働いていて、今はとても大変だ」
僕がそう言うと
「ああ、そうなんだ」と。

僕の長男が従兄弟の近くに住んでおり、
長男の息子(つまり甥っ子たち)は
僕のことをゲイであることも知っているのだが、
どこからも伝わっていないようだった。

電話で細かいことは聞かれなかったけれど、
田舎で暮らし続けた従兄弟に、
わざわざ話すことだろうか、と考えた。

彼の上には二人姉妹がおり、
彼女たちのほうが僕は年齢は近いけれど、
今回、会えるか、どうか、わからない。
いずれにしても、彼女たちも知らないだろう。

親兄弟、そして甥たちまで伝わっており、
多くのSNSから元会社や学生の時の友人まで
幅広く知られている中で、
なかなか久しぶりのクローゼット感だった。

流れ次第で話すかどうか。
今後、彼らとどれくらいの付き合いになるか、
わからないので、そういう意味では
敢えて伝える必要もないか、
今回はそう考えているところ。

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2021年06月14日

両親の墓、そして自分の墓のこと

昨日のブログは手違いで、飛ばしてしまい、
改めて書いているので、
関心がある人はひとつ前に
戻って読んでみてください。


さてさて、今日は、去年コロナで行けなかった
両親の墓参りに行ってきた。

両親の共同墓地は、神戸近くの駅から
バスで30分ほど乗った場所にあり、
新大阪や新神戸からも、1時間以上かかる。

また、バスも1時間に1本ほどで
行って墓をゆっくり参っていたら、
帰りのバスに乗り遅れてしまう。

ただ、今回は朝早めに着いたこともあったので
たっぷりと時間を持つことが出来た。

また、雨天か曇天という予報に反し、
強い日も差していたので、
枯れた花を片付け、
母が好きだったカーネーションや
百合に差し替えたり、
墓周りの掃除をしたりした。

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今日は月曜日という平日だったこともあり、
大きな墓地だけれど、人はほとんどいなくて、
マスクを取って、木々の香りや
山から吹く爽やかな風、
そして強くなった日光を満喫しながらの
墓参りだった。


思えば、うちの父は生前「墓はいらないから、
自分の骨は海に撒いてくれ」と言っていた。
それには僕も強く同意する。

ただ、父がそう言ったモノの、
海に散骨したあと、
母が父のひと握りの遺灰を持っていて、
「これと私のを一緒に、共同墓地に
埋めてね」そういう母の願いもあって、
この地に二人は眠りに付いているのだ。

父の父親、つまり僕の祖父は
祖母の死後、いわゆる当時の2号さんと
言われる女性と共に暮らし、
その祖父の遺灰をその人が
持ってどこかに行ってしまった。

そういう意味では、僕の苗字がある
父方の墓、というのが存在しないのだ。

店のお客さんに寄っては、
家の墓守をしている人も結構いて、
それはそれで大変であると聞く。

ただ、こうして年に1度か2度、
両親の墓参りに来ると、
改めて、この人たちに生み、育てられ、
今の自分があることが感謝出来るのと、
この日だけは両親と心の中で
会話出来る気がするのだ。

とは言いつつも、残念ながら
自分の子供を持つことがない僕は
やぱり墓に入る、ということは
タブーなのかも知れないなんて
確信したりするのだ。

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2021年05月13日

義理の妹からの電話

昨日、古くからの友人のヒサムネから
「ちょっと怖いことがあったんだけど、
電話していいかな」そうLINEが来た。

何、何???と尋ねると、
早速かかってきたヒサムネの声は
3、4年ぶりとは思えないほど
まったく変わらず、とりあえずは
元気そうでホッとした。

「それが、俺の死んだ弟の話なんだけど」
と切り出した。

そう、ヒサムネの弟さんは5、6年前に
まだ40歳という若さで奥さんと子供を残して
亡くなったことは聞いていた。


ついこの前、奥さんから連絡があって、
「突然、弟の友人というのが、
線香を上げさせてもらいたい」と
家にやって来たのだそうだ。

「同じ会社の方ですか?」と聞くと
「いえ、違います。」と言ったっきり、
詳細を話さない。

「それが、こんな事言うのもなんだけど、
ヒサさん(ヒサムネのこと)みたいな
雰囲気の人なの」そう義理の妹は言う。

え?どういう意味かときちんと聞くと、
その彼がゲイなのじゃないか、と。

そう。死んだ弟にも、その奥さんである彼女にも
ヒサムネはカミングアウトしていた。
でも、何故、彼がゲイだと思ったのだろう。


もう5年以上も経っているのに、
突然やってきて、仏壇の前に手を合わせながら、
泣きじゃくり、それで弟の話は何もせずに
帰って行ったのだということだったのだ。

「せっかく来てもらったから、
お茶も出したし、少しは彼の話も
聞きたかったけれど、ただ、ただ
彼の写真を見ながら泣くばかりで」
ということだったらしい。

今さら、亡くなった弟がゲイだったとか、
その彼とどういう関係だったのかを
聞いたところで、彼は戻ってこないことは
よくわかっている。
でも、どうしても気持ち悪い話だったと言う。

ヒサムネは、死んだ弟が
ゲイだと認識したことはないし、
おそらく違うだろう、そう義理の妹に
伝えたのだけれど、なんとも
奇妙でちょっと怖い話だったと話した。

世の中には不思議なことがたくさんある。

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2021年05月11日

祖父と父、そして僕

数日前に、うちの父と母の出会いと、
何故、その父はプロ野球を好んで
観なかったのか、を書いた。

今日も改めて、そんな我が父の話。
彼は母と出会った化粧品会社の営業として
入社する前までは、大学卒業後、
祖父がやっていた海洋サルベージ
という仕事を手伝っていた。

これは海で沈没船を引き上げる、という仕事で
まだ戦後まもなかった当時、
かなり儲かったようだった。

しかし、祖父の女遊びの
激しさがあったからかどうか、
仕事は段々と厳しくなり、会社は倒産。
父は、就職活動をして決まったのが
母も入った化粧品会社だったらしい。

父は京都で暮らした大学時代、
女性にはずいぶんモテたようだった。
僕が言うのもなんだが、
父も母も若い頃は美男美女で
(それで、何故にあなたは?と言わないで。笑)
双方、それなりに良い思いを
したのではないか、と。

ただ、父は母と出会ってからと言うもの、
おそらく女性関係はなかったような気がする。
それには女ぐせが悪い祖父のことがあったのと、
とにかく母を大事にしていたのだろう。

だから、母への嫉妬も強かったようだ。
母がセールスで出る際には
そのほとんどが女性客であることが
わかっていても、とにかく母に
男性を近づけない。

うちに来る御用聞き(こうして書くと
めちゃくちゃ死語。いわゆる訪問販売系)の
人たちにも、絶対に玄関は開けるな、
という父の言葉を母は守り続けていた。

だから、父の死後、年老いた母を
見守りに来る民生委員の男性とかを
うちに入れる、入れないということで
僕と電話で言い争ったこともあった。

そして、父自身、仕事柄、自分の周りに
女性が群がるのも嫌がっていたそうだ。

確かに、父は部下や男友達が多く、
彼らをよくうちに招いており、
その折に、彼らが母を褒めていることを
嬉しそうにしていた。

どうでも良いことではあるけれど、
本当に父は結婚後、母以外の女性と
そのような関係を持たなかったのだろうか。

たまに、父も実は男が好きなのでは?
そう思ったことさえあったくらいだ。

ただ、常に僕たち子供たちと
母を「愛している」と口癖のように
言い続けていたことは嘘ではなかったのだろう。

ゲイとして生きる僕にとって、
父の存在は大きく、憧れではありながらも、
なかなか受け継ぐことが出来ないのが
少しだけ悲しくもある。

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2021年05月07日

父と野球の話

想像通り、緊急事態宣言延長になる、
というニュースが朝刊のトップに躍り出た。

そうだろうことはわかっていたけれど、
目の当たりにすると、やっぱり気が重く、
そんな気力を取り戻すように、
運動をしたり、本を読んだり、映画を観たり、
と同時に、今後の店の展開などを考える日々だ。


このブログも、お客さんとの会話の面白さを
書くことも出来ず、映画の話ばかりするのも
どうかと思い、野暮ながらも自分自身のことや、
考えていることを書き連ねていくしかないかなあ、
段々そんなふうに思ってきた。


昨日、母のことをチラリと書いたけれど、
うちの両親が僕にとって、どういう親で、
どんな家庭だったのか。


うちの母は前の夫との間に二人子供を生んだ。

前の夫は母に激しい暴力を振るう
当時有名なプロ野球の選手であったらしい。

兄に聞くと、大きな池に投げ込まれたり、
太腿でタバコの火を当てたり、それは
酷い状態だったようだ。
そんなこんなで、母は離婚に踏み切った。
まだ戦後10年が経つか経たない当時、
離婚を決意するのは大変だったと思う。

また、二人の子供を育てるのは大変だろうと
弟夫妻が長男を養子として引き取ることになった。


そんな母親の前に、颯爽と現れたのが
3歳年下の父だった。

父は、母が一人で何とか稼ごうと入社した
化粧品会社に入ったばかりの社員で、
二人は東京、祐天寺での社員研修で
出会ったようだ。

父の死後、僕が母を連れて祐天寺に行った時に、
母は「わあ、懐かしい」とつぶやいた。
そして、夜、部屋を抜け出して、
父とデートした時のことを僕に語った。

「お寺から見える満点の星空の下で、
お父さんが話す話は
本当に素敵だったのよ」と。

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父は母とすぐに一緒になりたい、と言ったが、
離婚したばかりの母の両親もそうだったが、
子連れのバツイチと結婚しようとする
父の両親は当然のように猛反対だったと言う。

二人は結婚式をあげることはなく、
籍だけ入れて、駆け落ちをし、僕が生まれた。

父は次男である兄にも精一杯の愛情を
与えたけれど、当然、父にとっての
第一子の僕の誕生は
ものすごい喜びようだったようだった。

それは僕のために作った写真のアルバムと
達筆なコメントを見ると、今更
感謝の気持ちしかない。

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僕が少年時代、誰もが「巨人の星」という
漫画に熱狂し、プロ野球中継を
同級生たちもテレビにかじりついて観ていた。

幼い頃、一切プロ野球などに
まったく関心を持たない父を
恨んでいたものだ。

僕は長いこと、母が父の前に
結婚をしたいたことなど
まったく知らなかったのだ。

ただ、二十歳を超えて
兄から母の前夫の話を聞いた時に、
父がプロ野球を見なかった
その理由がやっとわかり、
申し訳なく思ったのだった。

ゲイであることを自覚した今となっては、
僕自身、野球に関心を持たなかったのは、
そんな父のせいではなく、僕自身の問題だと
それも含めて、今さら父には謝りたい。
この歳になって、そんなふうに思う。

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2021年04月25日

驚きの家族制度

今日から、国と都から休業要請が出されて
来月の11日までお休みとなる!
そんな前日。

15時オープンすぐから、
懐かしい人、いつも来てくれる人たちが
残念だねえ、寂しくなるねと顔を見せてくれて
とても嬉しく、有り難く思った。


そんな中で、38歳になった
常連のイイダちゃんと
一緒に来てくれた友人のタカヤが
「マスター、イイダちゃんの家族の話、
聞きました?」と僕に尋ねる。

え?と聞き返すと、面白い、と言うよりも
彼のようなまだ40にも満たない人の
子供の頃(35年ほど前)なのに、
驚くような家族制度を耳にした。


北陸地方で生まれ育ったイイダちゃんは
お父さんのご両親(つまりイイダちゃんの
祖父母)と、彼のご両親とお姉さんの
6人で暮らしていたようだ。

しかし、イイダちゃんも含めたお母さんと
お姉さんの3人(いわゆる当時のおんな、こども
と言われた3人)は、なんと玄関から
家に入ることが出来なかったのだと言う。

いわゆる勝手口から、
御用聞きの人たち(死語?)のように
家に入っていたのだと言う。

だから、玄関から入ることが出来るのは
祖父母とお父さんだけ。

それは食事の摂りかたも同じで、
イイダちゃんとお母さん、お姉さんは
台所で食事をしたけれど、
祖父母とお父さんはテーブルで食べる、
という具合だった。

風呂の順番ももちろん、イイダ家の家訓は
そこここに、厳しいモノがあったらしい。

そんなイイダちゃんが高校に上がる頃、
おじいさん、おばあさんは亡くなってしまった。

それから生活はガラリと変わった。
お父さんと共に、お母さん、イイダちゃん、
すべての人が玄関から入り、
共にテーブルで食事が出来るようになったと言う。


僕の子供の頃の時代でさえ、
そこまでのことは
あまりなかったけれど、
うちの祖父母の家に行くと、
祖父がいないと食事は始まらなかったし、
一番風呂も、必ず祖父からだった。

東京に長く住んでいると、そういう話は
ほとんど耳にしないけれど、
それでもこういう家族制度って
まだまだ蔓延っているのだろうか。


そんな話をしながら、営業時間は過ぎ、
2021年4月最後の営業は終わった。

お客さんたちと少しの間、
会えないのは残念だけれど、
ブログは出来る限り、書くつもり。
ほぼ映画配信の感想や、僕のくだらない日常に
なるかと思いますが、よろしくです。


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2021年04月15日

ゲイカップルの引っ越し

長い友人でもあるタダシが、テレワークになり、
パートナーの彼と一緒に、
神奈川の地方都市に移り住む、
と聞いたのが去年の今頃だったのだろうか。

初夏の間に、あちらで何軒かの
不動産を周り、やっと山側にある
住居を見つけたのだと聞いた。

それから、あれよ、あれよという間に
引っ越しが決まり、それから車を買い、
犬を飼い、年末にはのんびりとした
素敵な生活に変化したようだ。

パートナーも医療関係に所属しているせいで
すんなりと新しい仕事場が見つかったようだ。

驚いたのは、家を探す時に
不動産に「私たちはゲイのパートナーなのですが、
それでも構わない、という大家さんをお願いします。
あとあと揉めるのが嫌なので」
と伝えたと言う。

タダシの性格や伝え方もあったのか、
そんなこんなでどの不動産屋でも
嫌な思いをした、
ということはなかったのだと言う。

また、移り住んで、近所の人たち、
犬の散歩で知り合う人たちも、
何か尋ねられたら、自分たちは
兄弟や友人でもなく、パートナーだと
伝えているのだけれど、ここでも
まったく変な風になったことはないらしい。

地方都市で、特に他の地域から
移り住んだりするだけで、
問題が起きる、ということを
耳にすることもある。

そして、もちろん、そういうことを
いちいち伝えるのは意味がわからない、
という人もいるかも知れない。

しかし、タダシの話を聞くと、
そこはいかに誠意を持って表現するか、
そしてそのカップルが、一般の夫婦や
恋人同士と変わらない、ひとつの家族である、
そういうふうに伝わるか、
ということなんだと思った。

タダシのような気持ちが伝わることによって、
世の中が変わっていけばいいなあ、
そう感じた。

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2021年04月04日

ふたたび親族の仲

一昨日、あまりに仲が良い兄弟の話を
書いたばかりだけれど、
昨日、東海地方に住むセイヤと
久しぶりにメールをやり取りし、
彼の兄弟関係は少し複雑なようだった。

セイヤのご両親が近年亡くなったのだが、
彼のお兄さんもセイヤと同じく独身で、
長年公務員で東京に勤めているらしい。
そういう理由もあり、セイヤは
お父さんの会社を継いでいる。

コロナが蔓延し、ほぼテレワークになって
そのお兄さんが実家に戻ったのだが、
ほぼ三食、セイヤが作るのだそうだ。

料理が好きなセイヤだが、
かなりグルメな兄は
セイヤの作るモノに対して、
何かと意見を言うらしい。

だったら自分で作れよ、と思いながらも
あまり険悪になるのも、と思って
我慢する日々なのだそうだ。

なおかつ、お父さんが亡くなった後、
相続税について、
墓、仏壇、そして永代供養、
資産、そして土地の名義変更、
それはほぼすべて兄がやらずに
セイヤがやってきたのだそうだ。

穏やかなセイヤは文句も言わずに
それらをやってのけていると言うから凄い。

また、後継がいないため、
実家の多々あるモノを少しずつ
終活に向かって整理をしているのだとか。

話を聞いていると、お金に困ることは
なさそうなのが何よりだけれど、
逆に残されたモノはほとんどない僕としては
そのほうが楽だったりするのだ、と
つくづく思った。

本当に、ゲイにも
それぞれの家庭事情がある。

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2021年04月02日

親族の仲

僕と同世代のヤマノイちゃんは、
男ばかり三人兄弟の真ん中。

このブログにもよく書くけれど、
兄弟や家族間で結構問題が多い人も
多い中で、ヤマノイちゃん兄弟は
すこぶる仲が良いとのこと。

つい最近も兄弟で山登りをして、
美味しいモノを食べて、色々語ったとか。

そして、その兄、弟の子供たちも
みんな成人しており、
ヤマノイちゃんの御両親が亡くなった今、
三兄弟、子供たちと共に食事をしたり、
ということもかなり多いらしい。

ただ、ヤマノイちゃんは誰にも
カミングアウトしていない。
結婚だとか、彼女は?という
話もずいぶん前から出てこない、
ということは何となく
わかっているのではとも思うようだ。

そんな中で、一人の甥っ子は、
何か自分と似ているような、
ひょっとしたらゲイではないか、と
思われるふしがところどころにあるとも言う。

二人で食事をしても、
おそらく親(ヤマノイちゃんの兄)よりも
ヤマノイちゃんと話していたほうが楽なのだろう
そう感じたりするらしい。

万が一、彼がストレートだとしても、
自分のことは受け入れてくれるような気がする、と。

近いうちに、食事帰りにでも
連れて来るかも、と言ってくれていて、
写真を見せてくれたのだが、
あまりにヤマノイちゃんに似ていたので
本当に驚いた。

会えるのが、楽しみだ。

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2021年03月30日

亡くした元カレの家族との関係

コロナ禍になって、多くのお客さんに
なかなか来てもらえないのはとても残念だ。

ただ、前なら深夜に残って、個人的な話を
色々聞いていたのが、最近は人が少ない
早い時間に来てくれて、まったりと話す、
というのが日常になっている。


昨夜も一番最初に来てくれたのは
2年ぶりくらいのヒサフミだった。
地方都市に住む彼は、出張もあって
月に一度ほど東京に来るのだが
これくらい空いてしまったのは
初めてなのだと言う。

ヒサフミには、3年前まで
ガンを患っているパートナーがいた。
まだ20代なのに、ガンを宣告されて2年で
亡くなったと言う。

宣告された時に、ヒサフミと一緒にいたい
という彼は、両親に自分がゲイであることを
カミングアウトしたと言う。

その彼のお兄さんも含めて、
家族はしっかりと受け入れ、
その後、ヒサフミはみんなで
その彼氏を看病し、看取ったらしい。

彼が亡くなってからも、彼の家族は
ヒサフミの事を受け入れてくれ、
いまだによく食事をしたりしていると言う。

自分の親にはカミングアウト出来ずにいながら、
元カレの両親と一緒にいるほうが
気が楽だとも。

その御両親は「早く良い人が見つかるといいね」
そう言ってくれるのだそうだ。

まだまだ同性愛嫌悪する人たちは多いけれど、
こういう年配者もしっかりと存在していることを
僕たちは心に留めておかなければならない。

ヒサフミの話を聞いて、そんなふうに思った。

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2021年03月20日

兄弟の確執

昨日、久しぶりに顔を見せてくれた
タクミちゃんが来るやいなや
「昨日、すごく不愉快で
気持ち悪い夢を見たんです。」
そう言った。

それが、実兄と濃厚なセックスを
している、という夢だったらしい。


38歳のタクミちゃんは、その4歳違いの兄と
非常に仲が悪いらしい。
子供の頃からソリが悪く、どうしても
ぶつかってしまい、二十歳を超えてから
ほとんど口を聞かなくなったようだ。

実家を出てから、ほとんど会わなくなり、
盆や正月も、兄も帰省することがいやで
ずらして帰ったりしていたのだそうだ。

しかし、数年前、お父さんが若くして
亡くなった時に、兄の奥さんも含めて
遺産の問題などで揉めそうになり、
タクミちゃんは遺産を放棄したらしい。

残されたお母さんはまだ元気で、
兄夫婦が面倒を見ている。
それでなかなか母親に会いに帰れないのが
今のタクミちゃんの大きな悩みだと言う。


そういうお兄さんとのセックスする夢。
それもものすごく気持ち良くて、
夢の中の兄は優しく、自分も
無我夢中で彼に抱きついていたのだとか。

人はここまで不可解で不思議な夢を
見るものなのだろうか。

ともあれ、「お兄さんとの関係を
考えろという意味なのかも知れないね」
僕はタクミちゃんにそう言ったが
「いやあ、さすがに無理ですよ。
僕が良くても、彼は今さら僕を
受け入れないんじゃないかな」

家族の確執というモノは
そんじょそこらのことでは
解決できないのかも知れない。

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2021年03月18日

同性婚の行方

昨日、同性婚が民法で認められていないのは、
違憲であるかを問うたという
日本で初めての裁判が札幌であった。

全国5箇所で進められていた訴えの中で
この最初の判決が「憲法違反である」
のが、札幌地裁の裁判長の判断だった。

これは長年、同性愛者が異性愛者と
同等の法で守られるべきだ、と
多くの先人の方たちが頑張ってきたその証であり、
第一歩だと思うと、とても感慨深い。


ただ、僕自身がいつも思うのは、
結婚、という儀式、そして制度そのものが
これからの時代、本当に必要なのか、どうか
ということだ。

たびたび国会でも問題になっている夫婦別姓も
そうだけれど、いわゆる事実婚という形であっても
それは結婚と同等の権利は与えられない。

配偶者としての証明ができないことで
超えられないことが山のようにある。

そもそも、家制度から始まった、
この結婚という制度に長く縛られているから
頭を抱える問題も増えてしまうのだ。

愛し合っているから、共にいたいから、
という理由だけでは、何も超えられない。


でも、だからと言って、今の現状から
すぐに結婚制度をなくすことはまず不可能だろう。
結婚に紐ずくすべての規則を軽くすることも
なかなか難しいと思う。

まずは、異性愛者と横並びに出来る法律である
同性婚を受け入れてもらい、
そこから結婚という制度を今一度、
考えるべきじゃないか。
僕はそう思う。

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posted by みつあき at 15:25| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月13日

未曾有の事態で大切なこと

ベンちゃんは、四国地方に実家がある
IT系で働く35歳。

実は去年の年末に実家に帰ろうとしたら
彼の母親から「こういう時期だから
今回はやめて。お父さんも持病があるし」と言われ、
帰省は断念した。

孝行息子のベンちゃんは、
毎年、正月、お盆は必ず帰省していて、
去年のお盆、そして今年の正月と
帰らなかったのは、上京して初めてらしい。

正月が終わり、2月に入った頃、母親から
高熱が出て、PCRを受けに行ったら
コロナだったと連絡があった。

「お父さんも受けたけれど、
今のところ、大丈夫だから
私だけ入院をすることになった」と言う。

ベンちゃんのお母さんは70歳。
入院先の病棟では、本当に病院スタッフが
ものすごく良くしてくれるけれど、
自宅に一人残しているお父さんを
毎日心配していると言う。

ベンちゃんは、こういう時に
実家に帰る事ができず
一人東京で悶々と仕事をしていることに
とっても自己嫌悪になるのだと言う。

日々、ベンちゃんは、ご両親とは
それぞれ、携帯のビデオ通話で話をするようだ。

自宅で自炊をしていながら話す父親や
入院先でテレビを見ながら話す母親。

一昨日、お母さんは「震災から10年。
あの時に津波で流された人や、
残されたご家族を思うと、
コロナになっても
こうして、病院で過ごすことが
出来る私は幸せだと思う」
そう言いながら、しゃくりあげて泣き、
ベンちゃんも、もらい泣きしたらしい。

震災に、大型台風、そしてコロナ。
次々に起こる未曾有の事態や
想像していなかったことが、
これからもあるだろう。

それに打ち勝っていくのは、
ベンちゃんやご両親が
こうやって繋がっているように、
人と人との関係や、そこに生まれる
愛情なんだろうなあ。
そんなことを思わずに
いられないベンちゃんの話だった。

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2021年03月07日

とっても不思議、でも魅力的な家族

昨日来てくれたショウゾウ30歳と
トモヒコ 32歳は仲良しの友人同士。

ショウゾウは、1年半ほど前から
ちょこちょこと店に来てくれて
「僕、空気読めなくてすみません」などと
いつも言っている。
さほど気にはならないけれど、
確かに不思議なキャラクターでもある。

変なところで、
おかしななつっこみを入れたり、
いきなり下ネタを言ったりする。

それで怒るお客さんはいないし、
ドン引きするほどでもないので、
特に問題も起きていないので
まったく大丈夫なのだが。


そして、昨日、トモヒコの話を聞いて、
このショウゾウの在り様にほほう、と
思うようなことがあった。

それはトモヒコがショウゾウの実家に
呼ばれた時に、トモヒコのご両親に
とっても驚いたと言うのだ。

70歳前のお父さんと
60歳になるお母さんは共に、
ゲイであるショウゾウも
トモヒコもド〜ンと受け入れていることも
確かにビックリした。

しかし、それに加えて、
食中でも下ネタあり、
普通なら中高生が喜ぶような
ドギツイ話あり、という
度肝を抜くような会話がどんどん飛び交う。

たとえば、トモヒコが
「今日、遠い駅まで必死になって
自転車を漕いで行きました」と発言すると
ショウゾウのお母さんが
「え?大切なアナル、大丈夫?
ちゃ〜んと大事にしなきゃいけないわよ」
と言われると。

それに対して、ショウゾウが
「エロババア、うるさいよ!」と叫ぶ。

こういう部分だけ切り取って話すと
なんと下品でめちゃくちゃな家族か、と
思われるかも知れないけれど、
トモヒコいわく、そこには何とも言えない
愛情が溢れ、家族の絆を強く感じたのだそうだ。

確かにショウゾウ自身、そこにはいなかった
2歳年上のお姉さんも含めて
そんな家族が大好きだと言う。

去年、ショウゾウが少しの間だけ、
一人暮らしをした時に、
そんな家族と離れて、寂しくて泣きながら
友達に長電話をしたことも聞いた。


誰もがひと味もふた味も違う、
色々な人生がそこにある。

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2021年01月28日

パートナーであるということ

先日、このブログにも書いた91歳で
亡くなられたAさんの告別式が親族と
親しい人たちで行われたようだ。

パートナーのMさんは、とても
しっかりされていて、テキパキと
葬儀を取り仕切っていらっしゃったらしい。

50年近いパートナーを失くされて、
悲しく辛かったんだろうと想像していたけれど、
すべてをやり切ったというある種の
清々しささえ感じていたのではないかとのこと。

Aさんは、それなりに名前がある方だったので、
各メディアの訃報欄掲載も、Mさん御自身が
そのまま記事に使用できるようにまとめたモノを
送られたようで、とてもしっかりされていたとも聞いた。

素晴らしいのは、おふた方とも
残されているご親族がその関係を
きちんと受け入れられているということだ。


そんなMさんにお悔やみのメールを
お送りしたら、すぐに返事をいただいた。

そこには「僕たちの48年は本当に早かった。
今年、49年目、あと1年で50年目とは
思っていましたが、去年在宅酸素を設置してから
本人も病人だと認識したようで、
目に見えて体力が落ちていきました。」
とあった。

それでも日曜日ごとに、車椅子で近所まで出かけて、
途中は歩くという事を続けられたらしいけれど、
歩く距離はどんどん短くなったらしい。
それでも、今まで近いのに、まったく
歩くことがなかった街並みを散策することに関心を持たれ、
地図まで買い込んで楽しまれていたようだ。

暮れの12月には、体調を崩されていても、
洗濯や、食事の後片付けも一緒にされていたようで、
いつもは人を集めるお正月は
「なんだか新婚のようだ」と、
お節をつままれていたらしい。

その2日後、倒れられ、
2週間で逝かれたようだけれど、
Mさんは仕事を休み、自宅で看護し、
最後の晩まで添い寝でき、
自宅で看取ることが出来たことを
幸福に感じられているようだった。


同性婚など、ままならないこの日本で
お二人のようにこういう形でお別れが
出来たのは本当に幸せなのかも知れない。
パートナーであるということは、
ストレートであれ、同性愛者であれ、
ごくごく自然なことなのだ。

こういう話を聞くと、あとに続く我々は
きちんと学んで、生活に、そして世の中に
生かしていかなければならないなあ、
そう思う。

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2020年08月23日

ゲイが子供を持つということ

このブログにも何度か書いたけれど、
最近は日本でも、ゲイやレズビアンで
子供を育てているカップルが
少しずつ出てきているという話を
耳にするようになった。

最近、よく来てくれるケイジと、
たまたまそんな話をしていた。
僕がずっと子供が欲しかったと伝えると
彼はそんなことを思ったことはないと言う。
しかし、彼自身、かつて子供を育てる
という流れになりそうになったことがある、と
ひとつの出来事を話してくれた。

ケイジが昔、つきあった相手が
子供好きで、二人で子供を育てたい、
よくそう言っていたと言う。
そんな夢物語のような話を
ケイジは特に真剣にも聞いていなかった。

しかし、その彼氏とケイジの妹と3人で
飲んだことがあった。

ケイジの妹は、なんとレズビアン。
彼女はその元彼の前で、突然
「私はたぶん結婚はしないけれど、
子供を産みたい」そう言ったらしい。

そこから、ケイジの元彼と妹は
人工授精の話で大いに盛り上がっていく。
当のケイジは、子供なんて出来てしまったら、
その元彼が自分よりも子供のほうに
興味がいくのでは、と気が気でない。

結局、その話は立ち消えとなり、
その後、ケイジとその彼も別れた。

しかし、もしその彼と妹の間に
子供が出来ていたら、別れることも
なかったのかも知れない、
人生って不思議なモノだ、
ケイジはそう言った。

同性愛者同士の兄弟(兄妹も含めて)は、
今まで何人も見聞きしてきたけれど、
さすがにケイジのような話は
耳にしたことはなかった。

諸外国では、意外と普通に
ありうる出来事なのかも知れない。

同性愛者が子供を持つことを
単なるわがままだ、という人は多い。

しかし、望まれて生まれてくる子供たちは
おそらく深い愛情に包まれて
幸せなのではないか、そう思うのも、
僕の身勝手な考え方なのだろうか。

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