2020年08月23日

ゲイが子供を持つということ

このブログにも何度か書いたけれど、
最近は日本でも、ゲイやレズビアンで
子供を育てているカップルが
少しずつ出てきているという話を
耳にするようになった。

最近、よく来てくれるケイジと、
たまたまそんな話をしていた。
僕がずっと子供が欲しかったと伝えると
彼はそんなことを思ったことはないと言う。
しかし、彼自身、かつて子供を育てる
という流れになりそうになったことがある、と
ひとつの出来事を話してくれた。

ケイジが昔、つきあった相手が
子供好きで、二人で子供を育てたい、
よくそう言っていたと言う。
そんな夢物語のような話を
ケイジは特に真剣にも聞いていなかった。

しかし、その彼氏とケイジの妹と3人で
飲んだことがあった。

ケイジの妹は、なんとレズビアン。
彼女はその元彼の前で、突然
「私はたぶん結婚はしないけれど、
子供を産みたい」そう言ったらしい。

そこから、ケイジの元彼と妹は
人工授精の話で大いに盛り上がっていく。
当のケイジは、子供なんて出来てしまったら、
その元彼が自分よりも子供のほうに
興味がいくのでは、と気が気でない。

結局、その話は立ち消えとなり、
その後、ケイジとその彼も別れた。

しかし、もしその彼と妹の間に
子供が出来ていたら、別れることも
なかったのかも知れない、
人生って不思議なモノだ、
ケイジはそう言った。

同性愛者同士の兄弟(兄妹も含めて)は、
今まで何人も見聞きしてきたけれど、
さすがにケイジのような話は
耳にしたことはなかった。

諸外国では、意外と普通に
ありうる出来事なのかも知れない。

同性愛者が子供を持つことを
単なるわがままだ、という人は多い。

しかし、望まれて生まれてくる子供たちは
おそらく深い愛情に包まれて
幸せなのではないか、そう思うのも、
僕の身勝手な考え方なのだろうか。

*******************

各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge


GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F




posted by みつあき at 13:46| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月18日

亡き父と姿なき息子と

ボディビルダー(とは言っても、もちろん
ちゃんとメインの仕事がある)
マサムネちゃんが、半年ぶりに来てくれた。
「お!!身体、また大きくなったね」と言ったら、
「いやあ、7キロくらい太っちゃったんです。
トレーニングも3ヶ月ほどしていなくて」と。

これくらい大きくなると、筋肉なのか、
贅肉なのか、ちょっとわかりづらい。
僕から言わせると、太ることが
出来る人は羨ましい(笑)


そんなマサムネちゃんと色々話していると、
父子家庭だった彼は、お父さんから
とっても大切に育てられたらしいが、
そのお父さんも一昨年、
お亡くなりになった。

若い頃、水泳のコーチをしていた彼は、
子供たちに教えながら、
ああ、自分も結婚していたら、
これくらいのコがいるんだろうなあ、
そう思っていた。

自分に子供がいたら、お父さんも
とても喜んだのに、と思うと
辛くもなり、残念にも思うらしい。

そして、近年、うちの店に来る
25歳前後のコたちを見て、
「あの時、自分が教えていたコたちが、
今はこれくらいに
なっているんだなあ」
そんなふうに思うと、愛おしさが募ると。

その愛おしさが、恋愛や性的なモノなのか、
それとも、単に子供を作ることが
出来なかった悔恨なのか、
よくわからなくなったりするとのこと。

そういう気持ちをふりきるために、
またボディビルを頑張っていかなければ、
そんなふうに呟いていたマサムネちゃんだった。

*******************

各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge


GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F


posted by みつあき at 13:05| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月25日

旧友からの連絡

一昨日、旧友から少し長文のメールが
届いた。85歳になられる彼のお母様が
突然逝去されたという連絡だった。

彼とは、僕が30代の頃にバーで知り合った
友人で、知り合ってまもなく、もう一人の
友人と彼の自宅で飲んだことがあった。
結局、彼のうちに泊めてもらい、
翌朝、お母様に朝食を作ってもらった。

彼のお母様にお会いしたのは
後にも先にも、その一回だけだった。
朗らかで優しく、ああ、東京で
生まれた友人は、こういう環境で
過ごしてきたんだなあと、
不思議な感慨深さを
感じたことをよく覚えている。

出会った直後、旧友は
勤めていた会社を辞め、
お父様のやっている稼業を継ぐことになった。

仕事の上でもぶつかり続けた
お父様が4年前に亡くなって、
その後、お姉様も難病になり
亡くなられたことも、店に来てくれた時に
ゆっくりと話してくれた。

次々と亡くなった家族のことは
彼と共に、お母様もずいぶん
気落ちされていたようだが、
ここ1年ほどで落ち着いてきた、
そう言っていた。

コロナのこの時期、
ちょうどふた月前に電話で元気かと聞いた時には
「僕が感染をして、母には
移したくないので、本当に外に出ていない。
買い物すら、ネット通販なんだよ。
でも、母も僕もとても元気」
そう言っていた。

しかし、今回の彼のメールには、
「その日もいつもと同じように
僕と一緒に朝食と昼食を食べ、
『美味しいわ』と僕を喜ばせるようにしていた。
食後はいつも少し昼寝をするので、
彼女の部屋へ連れて行き、3時のお茶で
呼びに行くと、すやすやと寝ており、
起こそうとしても無理で、
結果、くも膜下でだった」とあった。

僕らくらいの年齢になると、
両親や近い人たちの死に
いやでも向き合わなければならない。

うちの父や食道癌で残された命も
耳にしていたし、母の場合は
介護施設で、少しずつ体調の変化も
見て取れた。
心の準備は出来ていたけれど、
その悲しみは大きかった。

そう考えると、今の彼の気持ちは
大変大きなモノだと思う。
そしてこの時期、あまりきちんとした
葬儀も出来なかったことを思うと
これもまた無念だっただろう。

この場を借りて、お悔やみを申し上げます。

*******************

各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge


GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F


posted by みつあき at 15:02| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月21日

トラウマからの脱却

セイヤちゃんは、仕事男。

とっても若い頃から、恋愛や
趣味など脇目もふらず、
とにかく自分が伸びること、
そして評価を受けることを目指して
一心不乱にやってきた。

ただ、最近は、それで果たして良かったのか。
これからは、もう少し自分のプライベートな
時間を楽しむことのほうが必要なのでは、
そんなふうに思うとのこと。

そんなセイヤちゃんのお酒を
いただきながら土曜日の深夜、深く
(ホント、うちの店、遅い時間がダメ。。。)
ゆっくりと彼の話を聞いた。


絶対に誰にも文句を言わせないほど
完璧に仕事をこなしてきたセイヤちゃん。
彼の話を聞くと、
俺は仕事もプライベートも
抜け抜けだったよなあ、と
頭をかいていた僕とは偉い違い。

しかし、よくよく聞いてみると、
そこにはもう自分の頭から
切り離してしまいたい、
彼のお父さんへの思いがあったようだ。

ほとんど愛されたという
覚えがないだけでなく、
子供の頃の激しい虐待。

僕にとっては映画の中の出来事のようだ。

憎悪、嫌悪、不快感、苦悩・・・
そんなモノを超えてセイヤちゃんは
ただ、ただ、そういうトラウマを超えて、
父を切り離していかなければ、
そう思うようになったと言う。

店で色々な話を聞くと、ご家族との
関係がなかなかうまく行かず、
本当に辛い青春時代を送った
ということをよく耳にする。

幸せなことに愛に育まれたと思う僕には
それを赦す、などという権利はない。
もちろん、それぞれ辛い思いをした
人たちがそれをいかに浄化していくか、
ということなのだろう。

セイヤちゃんが、そこから一歩
踏み出し、自分を見つめ直そうとしている姿に
ただ、ただ胸を打たれ、
店を出る頃には朝日が登っていた。

*******************

各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge


GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F







posted by みつあき at 16:20| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月09日

家族それぞれの苦しみ

一昨日、北朝鮮に拉致された
横田めぐみさんのお父さんの
横田滋さんが亡くなられた。

めぐみさんが13歳で連れ拐われて43年。
その時、お父さんは45歳だったのだそうだ。

それなりに高齢になられていたとは言え、
共に頑張ってこられた奥様の早紀江さんや
息子さんたちは、どれほど辛いことだっただろう
と思うと、本当に切なくなる。


今回のことから、ひとつ、思い出したことがあった。
僕が店をやる数年前に、友人の家で
ホームパーティがあり、招かれたことがあった。

そこで見ず知らずの人が何人かいて、
その中で地方都市から来ているカップルがいた。

そのカップルの一人のお姉さんが
ちょうどめぐみさんが拉致された頃に
彼の住む土地の海辺に散歩に行ってから
帰って来なくなったという話を聞いたのだった。

めぐみさんなどと同様、彼の家族は
捜索願いを出したが、数ヶ月後
たぶん溺れたのだろうと思っていたら
数年後に拉致の話に繋がったようだった。

その彼は、ちょうどその前後に
両親にカミングアウトし、
それが問題で、家を出たのだそうだ。

ニュースで拉致事件のことが明るみになり、
小泉政権下で、拉致された方々が帰国された。
いてもたってもいられない彼は
家族に連絡をとったが、彼の兄は
帰ってこなくて良い、
そう言ったらしい。

片や、お姉さんはとにかく帰国するべく
親族が大きく動いており、
片や、彼はもう帰って来なくて良い、
そう言われる複雑さ。

まったく違う理由であれ、家族にとって
二人の子供が家から離れてしまったことで
さらに辛くなっているのかも知れない。

僕は、その時、一度しか会っていないけれど、
彼がその後、どうなっているのか。
また、今回の横田滋さんがお亡くなりになって
何を感じているのだろう。

コロナウィルスに伴うあらゆる問題、
それ以外にも問題になっている多くの政治的案件、
すべて、苛立つことだらけだけれど、
少しでも早く解決に近づくようにならなければ。
そんなことを思ったここ数日だった。

横田滋さん、心からご冥福をお祈りします。

*******************

各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge


GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F



posted by みつあき at 15:43| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月31日

ひとりで暮らす、ということ

昨日、友人を連れて
久しぶりに来てくれたタケル、30歳。
先月から新しい仕事場に移ったようで
ちょっと落ち着いた感じだった。

しかし、それと同時に一緒に住んでいた
家族が他県に移動したため、
3日前から一人で暮らし始めたと言う。

タケルは一人暮らしになる、というのは
初めてで、夜、仕事から帰宅して
一緒に来た友人に電話。
話しながら「寂しい」と
泣き始めたのだそうだ。

笑ってはいけないけれど、可愛いなあ
そう思った。

かく言う僕は、中学を卒業してから、
親と離れて、高校の寮生活を送った。
その後、大学に入った東京では、
厳しかった寮生活から逃れて、
ウキウキと一人の生活を楽しんだ。

狭い部屋でも初めての生活。
誰にも邪魔されず、小さな城だった。

だから、一人が寂しい、という気持ちに
ほとんどなったことがなかった。

それから人と過ごすことなど
考えたことはなかったけれど、
30代後半から図らずも、
同居することになった。

ただ、タケルに限らず、
昨今のコロナウィルスの問題などで
ストレスが大きく、それも影響して
寂しさがつのる、ということも
きっとあるのかも知れない。

あなたは寂しがり屋?
それとも一人でいたい派だろうか。

*******************

各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge


GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F









posted by みつあき at 18:41| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月12日

カミングアウトの理由

昨日、看板を見て、初めて来てくれた
という珍しい友人同士の二人、
ムラキ君とセイゴ君。

37歳で同い年という二人は
9年前に2丁目のバーで知り合い、
帰りに一緒に帰ることになった。

と言うのが、まだ東京に来たばかりの
ムラキ君が当時世話になっていた
友人のアパートの隣りに
セイゴ君のアパートがあった、
というサプライズ。
それから二人はグ〜ンと
仲良くなったらしい。

セイゴ君が、ムラキ君の地方都市の
実家に行ったのが2年前。
もちろん、その頃はご両親も
二人がゲイだとは知らなかったけれど、
非常に素敵な歓待を受けたとのこと。

その頃は?と尋ねると
「そうなんです。ワケあって
数ヶ月前にカミングアウトしました。」
とムラキ君。

その理由は、彼のお母さんの妹さんの旦那さん
(つまりムラキ君の叔父さん)が、
地方都市の議員をやっていて、
その都市がパートナーシップ法を取り入れ、
彼が担当をすることになったらしい。

なおかつそれを前後して、
ムラキ君が「同性婚が決まればいいな」という
ツイートがリツイートなどで拡散。

どこで叔父さんと繋がり、
それがいつ両親の耳に入るか、ということから
カミングアウトを決意。

ほぼ僕と同世代というご両親は
特に驚くこともなく、
あ、そうなの?頑張りなさい、
という感触だったとのこと。

七転八倒したムラキ君は
とりあえずホッとしましたと笑っていた。

*******************

各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge


GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F

posted by みつあき at 17:09| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月05日

色々な愛の形

昨日のブログで僕が母親とのことを
書いたら、それを読んだ38歳のタジマ君が
彼とお母さんのことを話してくれた。

タジマ君のご両親は
彼が物心がつかない頃別れ、
彼はお母さんに育てられた。

でもタジマ君いわく、お母さんから
愛情を感じたことはなかった、と言う。

赤ん坊の頃はともかく、
幼少時期に抱きしめられた記憶も
まったくなかった。

寮生活だった高校時代から
実家に帰っても
「何しに帰ってきたの?」と
冷たくあしらわれた。

そんな中で、テレビドラマの母子モノや
友人からの両親との話を耳にするたびに
辛かった、そう言う。

アルバイトをし、自分の力で大学に入り、
そのまま就職。
そのあいだ、あ母さんが住む故郷には
一度も帰らず、彼女からも連絡がなかったそうだ。


彼が30になった時に、
60になった母親から連絡があった。
再婚する、という話だった。

勝手にすれば良い、そう思っていた。

しかし、その後、義父となる
母親の新しい夫からたびたび連絡があり、
二人で会うようになったのだそうだ。

母親はずいぶん前から癌を患っていて、
その男性がずっと面倒を見てくれていた。

「君に、何も頼もうとは思っていない。
でも、何もしてあげられなかったお母さんは
君に済まないと思っている。
許してあげてくれないか。」
そう言われた。

そんな言葉で、すぐには許すことが出来なかった。

その頃、タジマ君が付き合いだした彼に相談をした。
彼は、許してやれよ、そう言った。


今から3年前。お母さんは、癌が進み、
危篤状態となった。
その時、タジマ君は自分のパートナーを連れて
病院に行ったのだそうだ。

お母さんはしっかりとタジマ君を見て
ベッドの上で、ただただ泣いていたそうだ。
タジマ君は、彼を「僕の大切な人だ」
そう紹介すると、母親はうん、
うんとうなづいてくれたらしい。

タジマ君は義理の父親に申し出て、
喪主を務めた。

小さい葬儀場で、ほとんど
知人を呼ぶこともなく、
ささやかな葬儀だったようだ。

何を話したか、わからなかったし、
涙も出なかった。

葬儀のあと、
母親とは体調が悪いところしか
見られなかった義理の父親が
「何か困ったことがあったら
いつでも相談してください。
僕で良ければいくらでも力になります」
そう言ってくれた。

タジマ君が、ずっと恨み、
憎み続けたお母さんを
許すことが出来たのは、その人の存在だったと言う。

「僕こそ、あなたに何かあったら、
力になりたい、そう思っています。」
そう言いながら、義理の父親と
パートナーの前で初めて涙が出た。
タジマ君はそう言った。

色々な愛の形がある。
そう思った。

*******************

各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge


GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F



posted by みつあき at 19:29| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月04日

母の夢

今朝、目が覚めたら、
鼻がぐちゅぐちゅしていたのは
花粉症のせいだったんだろうか。

久しぶりに死んだ母の夢を見た。

この新型コロナウィルスを心配して、
何故か、わからないけれど、
大阪にまだ一人で暮らしている母が
色々な食事を作って、ジップロックに
詰め込んで、送ってくれた、
という夢だ。

母が健在の頃、こっちはもう
40にも、50にもなっているのに、
暇があったら、色々惣菜をつめて
「元気出して、頑張りなさい」と
よく送ってくれたのだ。

いくつになっても子供は子供、
母はよくそう言っていた。

僕が40も過ぎてから、
母親に子供らしいところを見せたのは
たぶん一度だけだ。

うちの店を初めて一周年を迎えた日。
スタッフや相棒の画策もあって、
母親がサプライズでそのパーティに
現れたのだった。

さすがにその時は、驚き過ぎたのと
あまりにも大勢の人だったので
涙も出なかったのだが、
終わって朝方、うちに着いた時に、
母親の腕の中で僕は、おいおいと
泣き崩れたのだった。

あれから12年。
僕は、夢の中に出てきた
母の料理を目にして、ただ、ただ泣いていた。

*******************

各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge


GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F


posted by みつあき at 17:49| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月20日

厳格な家庭で

店がオープンした頃から来てくれている
45歳になるリョウちゃんが
昨夜、ふらりと訪れた。
平日に来てくれるのは特に珍しかった。

彼は厳格なお父さんと、
きちんとしたお母さんの元で育ち、
それは、彼と接していると
そこはかとなくそんな雰囲気があり、
誰もが理解出来ると思う。

曲がったことが嫌いで、
礼儀正しく、悪い意味ではなく、
非常に強いプライドを持っている。

うちに来始めた頃、
真剣に結婚について、悩んでいて、
その理由は親を安心させるためだ、
そう言っていた。
見合いも何度かしたようだった。

あれだけ出来た息子であるリョウちゃんを
お父さんは誇らしかっただろうし、
結婚しないことが唯一の
心配だったのかも知れない。

そんな中、去年の秋に
そのお父さんが亡くなられた。
それも仕事のパーティから帰宅し、
そのままソファで横になったままだったらしい。

あまりにも突然の出来事で、
家族みんなが、かなりショックを受けていた。
長男のリョウちゃんが、その時期、
どれほど大変だったか、想像もつかない。

「父は、人に迷惑をかけず、
たぶん苦しむこともなく、
そんな意味では良い死に方だったと思います。」
そう言っていた。

大きな期待を背負わされ、
彼に対するお父さんの熱い愛情と
重圧から、お父さんが亡くなったことで
リョウちゃんは開放されたんだろうか。
計り知れないリョウちゃんの心の中だけれど、
これからも、変わらず堂々とした
男らしい雰囲気でいてほしい、
そう思った。

*******************

各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge


GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F
posted by みつあき at 19:06| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月14日

父子の関係

昨夜、46歳のジョウ君が、
とても驚いたことがあった、と
一通の手紙を僕に見させてくれた。

それは彼のお父さんから
ジョウ君に宛てた手紙だった。

ジョウ君のお父さんとの不仲は
以前にも何度か聞いたことがあった。
無遠慮で、頑なで、酒を飲んだら
手がつけられない、
警察にも厄介になったこともあったそうだ。

そんなお父さんからの彼への
手紙は、今までの自分の反省と謝罪、
そして感謝が綴られていた。


ジョウ君のお母さんが、大病になり
倒れられて3年近くになるだろうか。

彼のお母さんへの思いは、店でも
よく聞かせてもらい、
その体調の変化や入院されたりするたびに
ジョウ君は大変そうだった。

手紙には、事細かに、お父さんが
警察沙汰になった時、
お母さまが色々迷われていた時に
ジョウ君がどう対応し、
そのすべては間違いではなかった。

そのすべてに自分は申し訳なく思い、
心から有り難く思っているのだ、
ということが切々と書かれていた。

その文面からは、今まで傍若無人だった
と聞かされていた
ジョウ君のお父さんの様子は
とても想像できなかった。
加えて、店で見ているのとは
まったく違うジョウ君の姿も見えてくる。

多くの親子、家族は、
なかなかこういうふうに
交わることなく、
お互いを受け入れることもなく
死に別れたりすることも多い。
そこには誤解もあれば、
愛憎紙一重だったりするからだろう。

ジョウ君は、何故、こ
の日にこの手紙だったか
想像は出来ないと言う。
でも、僕に見せてくれたというのは
かなり嬉しかったのだと思う。

こういう喜びは、何にも変えがたいもの。
旅行前に、素敵な話を
聞くことができて本当に良かった。

明日から少し休みますが、
スタッフ共々、店をよろしくお願いします。

***********************

各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge


GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F

posted by みつあき at 17:54| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月04日

正月からヘアの話

昨日、お正月通常初日に来てくれた
リョウタ40歳は、一昨日まで地元に
帰省していたようだった。

もう、40にもなるのに、
親、兄、親族から「結婚何故しないのか」
「歳とってから大変な思いをする」
「何を考えているんだ」と
物凄い圧力でそのたびに
帰省するのが嫌になる。

とても保守的な家庭なので
まったくカミングアウトするような
状態でもないし、
とにかく鬱々としてしまうようだ。

そんな中、元旦の日に兄が、
「一緒に風呂屋に行こう」と言い出した。

リョウタは何を隠そう隠毛を全部
剃っているいわゆるパイパンで
それはさすがに兄貴には見られたくない、
そんなこんなで断ってしまったらしい。

リョウタが何故パイパンになったかと言うと、
8年ほど前に男にふられて、
女性が髪を切るように、
全部剃ったのだと言う。
それからはずっとパイパン。

やってみると、これが良くて、
人には求めないけれど、自分は
その清潔な感じや、
セックスの時にも邪魔にならない。
なおかつ、生やしている時よりも
大きく見えるだろうと気にいっていると言う。

相手に求めないと言うけれど、
ストレートのように、ボ〜ボ〜に
生やしているのを見るとガッカリする。
と言うか、せめてものエチケットじゃないか
リョウタはそう言う。

このヘアを揃えるか、揃えないか論争は
このブログでもずいぶん書いたけれど、
時代が変化し、近年は店で聞いても
多くの人たちはかなりきちんと
カットしている。

確かに、ジムなどで着替えているのを見ても、
ノンケ男子は圧倒的にそのままで、
ゲイの多くはきちんと揃えている。

西洋人は8割がた、揃えているらしいから
ホントに僕の若い頃に比べると
時代は変わったなあ、そう思う。

各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge


GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F
posted by みつあき at 17:05| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月23日

父親はいつも味方

シュウジ35歳は、4歳上の姉夫婦と
母親には20代の頃に
カミングアウトしたようだ。
70を少し超えた父親は、
結構頑固だし、言わなくてもいい、
ずっとそう思っていたらしい。

ところが、つい最近、シュウジは
思わぬ父親の驚く部分を見たのだと言う。

数週間前、父親の友人が来て
家族みんなで食事に行くことになった。

そこで、父親の友人が
「最近、メディアで『LGBTとかなんとか
言っているけれど、
ああいうのはよくわからんし、
社会の乱れを助長すると思うんだよな。
若いシュウジ君とか、どう思う?」
と言ってきた。

母親とシュウジの姉は
ちょっと固まった感じだったし、
ここでどういうふうに答えるのが賢明か、と
ふと考えていたところ
シュウジの父親が
「何を言っているんだ。俺は自分の息子や
娘が、仮りに同性の相手を選んだとしても
自分の愛する子供に違いない、
いつも、そう思っている」そう言ったと言う。

それを聞いて、友人は「よくわからんな」と
つぶやくと、そこにシュウジのお父さんは
「お前がそんなに、心が貧しい男だとは思わなかったよ」
と被せたらしい。

その話はそのあたりで終わったようだが、
シュウジは、父親は実は自分のことも
もう全部わかっているのか
それともまったく関係なく、上のように
考えているだけなのか、
わからなかったけれど、
それでも十分に嬉しく感じたと言う。

シュウジは、自分のパートナーを胸を張って
父親に会わせながら、「この人が
この世で、最も大切な人なんだ」
そう言うことが出来るのも
そんなに遠くはない、そう思ったのだそうだ。

***********************
各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge


GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F


posted by みつあき at 15:59| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月20日

驚きのクリスマス・デコレーション

昨日、久々に来てくれたジュンジ君は
既婚者ゲイだ。
彼は高校にあがるコと、小学校高学年にコの
父親で、奥さんには何度か
ゲイであることをわかってしまったモノの、
しっかりと家庭サービスは、しているようだ。

元々、手先が器用で、メインの仕事以外で
ありとあらゆるモノを作ったりするのが好き。
片付けも奥さんよりも、気遣っているようだ。

そんな中で、昨日は、彼が作ったという
家のクリスマス・デコレーションを
スマホの動画で見させてもらった。

これが驚くほど素晴らしい。

まず家の周りのイルミネーション。
テレビなどで紹介されるような
そこここにあるライティングじゃなく、
最新鋭のLEDを使った極彩色で
表現されている。

大きなリースが掛けられている
真っ赤なドアを開くと、
白壁に照らされたいくつものライト、
そしてところ狭しと置かれている
品の良いクリスマスの小物の数々。
それもほとんどが彼の手作りと
いうから凄い。

180平米もある広い家、
そのほとんどがクリスマス一色と
言っていいほど、キラキラなのだ。
しっかりと伝えたいのが、
それが決して下品な感じがしない。

子供たちはそれぞれの友達をうちに呼び、
自分の部屋に入らず、リビングなどで
くつろいではしゃぐと言う。

彼がゲイだから、ここまでのモノが
出来るのか、どうかはわからない。
確かにうちに来てくれる
他のお客さんも、かなり凝った
クリスマスの飾り付けを写真などで
見せてくれる。

僕自身、そこまでのセンスもないけれど、
こういうモノを見ると興奮もすれば、
心からいいなあ、そう思う。

店を始めてから自宅での
デコレーションはまったくやめてしまったけれど、
確かにうちの両親も(まったく、ここまでではないけれど)
飾り付けをしてくれていたことを
思い出した。

ジュンジ君の子供たちは、きっと彼をリスペクトし、
大人になった時に、唯一無二の彼の仕事に
感謝するのだろうなあ、そう想った。

***********************
各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge


GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F


posted by みつあき at 17:40| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月18日

兄の電話から考えたこと

昨日、スウェーデンに
住む兄から電話があった。
彼は20代そこそこで、
何十カ国も一人で周り、
ストックホルムの大学で
中国哲学を学ぶという
ちょっと風変わりな人間だ。

兄からは、日本のAmazonで何かを
買ってくれないか、とか、
今、為替が良いから云々というような
連絡が半年に一度かかってきたりする(笑)。

そんな中で、彼の甥っ子は元気か
という話になった。
甥は、フィンランドの母親
(つまり兄の元奥さん)の元で育った。
あちらの大学でインド哲学
(親子共に変わっている)を学び、
インドで知り合った女性と共に
フィンランドで暮らしている。

最近、子供が出来て幸せに
すくすくと育っているらしい。
良いことだ。

スウェーデンや、フィンランドは、
兄と元奥さんや
甥カップルもそうだが、
結婚をしていない人たちが非常に多い。

結婚をしていようが、していまいが、
それが男女であろうが、同性であろうが、
当然のようにまったく関係なく、
子供を育てることが出来る。
その子供は両親であるどちらかの名前を
自由に持つことも出来、
もちろん関係なく国から補助が出る。

日本では相変わらず、
結婚制度というふうなモノに縛られ、
いつまでも「未婚の母」だとか
「出来ちゃった婚」という言葉が
メディアに走る。

つい最近まで婚外子には、
そうでない子供と同等の権利は与えられず、
いつまで経っても「あるべき家族像」のようなモノを
追いかけている国の姿勢には
ほとほと呆れてしまう。

甥が住むフィンランドでは、つい10日前に
34歳の女性首相が誕生し、
彼女の親はレズビアンカップルである。

こういう時代に、つい昨日発表された
ジェンダーギャップ指数(世界各国での
男女平等の度合いをランキングしたモノ)は
なんと去年よりも下がって、121位だそうだ。

やれやれ。
本当に、人権や平等というモノを
きちんと考えることが出来る国に
いつ日本はなることが出来るのだろうか。

***********************
各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge


GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F







posted by みつあき at 16:12| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月26日

老いた親との対峙について

昨夜、一番最初に来てくれた
ゴウは40代半ば。

彼は父親を若い時に亡くした。
ゴウを含めて3人の子供を
育ててくれたお母さん。
彼女が近年、70代後半になって、
突然身体が弱ってきたと言う。

都内に住むゴウは
週末お母さんの顔を見るために
2時間半かかる自宅に戻るのが
もう1年近く続いている。

会う時だけでなく、日々話す電話でも、
母親はあらゆることで泣くのだそうだ。
勝気で若い頃は涙ひとつ見せなかったのに。

近くに住む他の兄弟への不満、
身体の痛み、老いることの不安、
前は出来たのに、
最近出来なくなってしまうことの辛さ、
そういうことから、どんどんうつ状態に
なっていく母親。

比較的近くにいる他の兄弟の家族と
一緒に住むことも、施設に入るのも
嫌だと言う。

子供の頃に接していたあの母親は
どこに行ったんだろう。
ゴウはそう思いながらも、
ほぼ多くの人が体験する
年老いた親との対峙の仕方に悩んでいる。

毎日、一緒にいてやれない悔しさと
少しずつ変化する母親の姿。
それは、僕もまったく同じだったことを、
つい昨日のことのように思い出す。

いつかその日が来た時に、
後悔もたくさんするだろうけれど、
それでもゴウは、自分が無理ない範囲で
出来ることをやるしかないのだろう、
ゴウの話を聞きながら、強くそう思った。

***********************
各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge






posted by みつあき at 17:45| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月31日

カミングアウトの裏側で

昨夜は、ここ数ヶ月よく来てくれている
タカオ君37歳が、
数年前にカミングアウトした
という女性友達を連れて来てくれた。

大学時代4人の仲間と、その彼女と
旅行に行った先で、酒を飲みながら
タカオ君はカミングアウトしたのだそうだ。

それぞれに驚きながらも、
すんなり受け入れてくれた。

「私はかなり変わっているのかも
知れないけれど、まったく
なんとも思わなかった」
彼女は言っっていた。

離れた場所でそれを聞いていた
常連のトモタツが「僕は去年、親に
カミングアウトして、
親父は許さない」と大変だった。
そう言っていた。

最近、よく思うのは、友人はともかく
歳が離れた親や近親者にカミングアウトする、
というのは、かなりヘビーなこともある。

たとえば、我々が父親から
「実はお父さんはSMの女王様の母親から
夜ごと、縛られ、ムチ打たれて
喜んでいるのだ」と
カミングアウトされた場合、
どう思うか。
そのような衝撃ではないか、
そう考えたりする。

極端過ぎるかも知れないけれど、
そのような「突拍子もない、
決して聞きたくもない性的なこと」を
突然聞かされる、
というイメージこそ、
カミングアウトの恐ろしさでもあり、
大切さなのじゃないか、と。

僕も同様な道を渡ってきて、
やはりどうしてもカミングアウトする際には、
自分の大切な人(友人でも良い)を
きちんと会わせる、ということが
僕の中の最良なカミングアウトではないか。
そして、それでさえ、タイミングと
伝え方によって、ずいぶん変わってくるだろう
そう思う。

***********************
各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge

GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F
posted by みつあき at 16:42| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月23日

妹との一日

昨日のブログにも書いたように、
神戸から妹がやって来た。
彼女が東京に来たのは、結婚するよりも
ずっと前、学生時代だった。

もちろん、その頃は僕も
カミングアウトしているどころか、
まだ自分をストレートだと思い込ませようとし、
彼女がいた頃で、その彼女と妹と
一緒に飲んだりしていた。

その後、妹とは彼女自身の結婚式、
そのあとは、父や母の容態が悪くなっていた時で、
そんな時間は主に、両親それぞれの体調や
病院、施設などの話が主だった。

そういった意味では、今回、これほど
ゆっくり色々な話が出来たのは
初めてだったのかも知れない。


僕と妹は7歳違う。
まして、僕は高校時代から寮生活をし、
家を離れていたため、
彼女が8歳くらいから、
一緒に暮らしたことはなかった。

それは、8歳年上で学生時代に
スウェーデンに行った兄も同様だった。

だから、うちの兄妹は年齢差だけでなく、
普通の兄妹とはちょっと違う。

仲がとても良いということでもなく、
逆に悪いということもない。
ほぼ喧嘩もしたことがないのだ。

「お兄ちゃんから、同性愛者だって
聞いても、私はまったく動じなかったし、
色々な人生がある、そしてみんな、
決して同じではない、そう思っていたの」
妹はそう言った。

それは、共に育っていなくても
うちの両親の教育方針がそうだったからかも
知れない。

妹は、自分の息子(つまり僕の甥)にも
うちの両親のように
「人を差別してはいけない。
人はみんな違うのが当たり前だから」
と、伝えてきたと言う。

ただ、15歳で家を離れた僕と、
結婚する27歳まで家にいた妹とは
両親の距離感も違い、関係性も違った
ということも、今回初めて理解した。

僕が父の死後、母を連れてたくさんの旅を
したこと、それは長く共に生活できなかった
埋め合わせだったような気もするし、
妹は逆に、年老いた母の生活全般を
ある意味、客観的に観ながら、
色々なことに注意を配っていた。

いずれにしても、この年齢になり、
妹と、パートナーも加えて
ゆっくりとお酒を飲める、というのは
良いものだ、つくづくとそう思った。

***********************
各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge

GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F

posted by みつあき at 19:30| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月22日

店に妹、来たる

僕がBridgeをオープンした
2007年、その2月に父は他界した。
オープンの7ヶ月前だった。
店をやることを決意し、
まだその時は場所も含めて
何も決まっていなかった時だ。

父の死後、母は大阪から何度も
店を訪れてくれ、多くのお客さんたちと
話をしてくれた。

また、スウェーデンに住んでいる兄も、
帰国するたびに来てくれた。
このブログにも書いたけれど、
偶然、兄と高校の同級生だったうちのお客さんと
(これには本当に驚いた)
3人で食事をしたこともあった。

そして、先月、周年パーティをやる前に
7歳離れた妹から、東京に遊びに来たい、
そういう連絡があった。

東京に来る、ということは、
初めて我が家に泊まり、店にも来る、
ということだ。

僕はまったく大丈夫だが、ゲイの
友人などいないだろう妹が、
店の雰囲気に慣れるのか、どうなんだろうか。

もう随分、前になるけれど、
うちの母親が、妹の息子(つまり甥)に
僕のことをカミングアウトしようとした時に
「色々誤解もあるだろうから、しないでほしい」
そういうことを、妹は母に言ったと言う。

そんな甥が二十歳になった時に、
飲みに連れて行って
「今日、大切な話がある」と切り出した時に、
甥は「おじさん、ゲイっていうことだよね?」と
言われて、腰を抜かした。

過去、僕がAV関連の仕事をしていたことを
知った甥が、ネットを駆使して、僕の名前を検索し、
僕がゲイであること、店をやっていることを
知った、と言う。

父の葬儀の時には、甥は風邪をひいていたので
偶然、僕のパートナーと遭遇はしなかった。
しかし、その後、母の米寿の祝いや、葬儀では
兄夫婦や、妹夫婦、そして甥も含めて
パートナーとは分け隔てなく接してくれたのは
有り難かった。

昨日は、東京の友人と会ったあと、
妹は店にやってきた。
「場違いかなあ。」とか言いながらも、
旧スタッフのショウや、お客さんと
笑って話していると、うちのパートナーが
やってきて、話をし出した。

そう。母が死んだ4年前から初めてとなる。

二人は0時前まで店で
楽しそうに飲んで
僕たちの自宅へと帰って行った。
僕が店を閉める午前4時くらいに
彼から連絡があり、結局その時間まで
二人で色々と話をしていたらしい。

そもそも、まったくカミングアウトなんて
考えていなかった僕だが、
こんな流れになるとはホントに不思議だ。

まして、妹とパートナーが
二人で飲むなどとは、店を始める前でさえ
思っていなかっただけに、
不思議な気持ちがするが、
これで心置きなく、いつでも死ねるなあ
なんて、朝の片付けをしながらぼんやりと
考えたりしていた(笑)

***********************
各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge

GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F
posted by みつあき at 18:14| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月27日

父親の秘密

一昨日から2日間に渡り、
「テイルズ・オブ・ザ・シティ」の話を
書いたばかりだけれど、
昨日来てくれたケンジ君の話は
まさか、あのテレビドラマの中で
描かれているようなサプライズ話だった。

39歳のケンジ君のお母さんが、
今年の初めに60歳という若さで
亡くなったそうだ。

残されたお父さんは65歳。
つい先日、お父さんと二人で
飲むことがあったらしいが、
その時にケンジ君は
「本当なら、嫁をとって、
お父さんを楽にさせてあげたら良いのだけれど、
僕はゲイなので、無理なんだ」と
カミングアウトした。

そうすると、お父さんは急に号泣し出し、
「実は自分も話さなければならない。」
そう言い出した。

なんとお父さんは、今の世の中で言うところの
トランスジェンダーだったのだと思う、と言う。
若い頃から、綺麗な女性になりたい、
いや、この男の姿は偽物だ、
ずっとそう思って生きてきたそうだ。

ケンジ君は、自分がゲイであることを
受け入れてくれた父親を
受け入れることのハードルの高さを
強く感じ、なんと自分勝手なのだ、と
自己嫌悪になったと言う。

お父さんは、トランスでも、
M to F レズビアン、つまり
女として女性を愛することが出来るそうだったから、
お母さんともうまく行ったのだそうだ。

お父さんは50代の時に、とある女装バーに行き、
初めて女装をした。
そこで、初めて自分が自分らしくあった、と。

もちろん、お母さんはお父さんの
本当の姿を知らずに亡くなった。
それは良かったのだと思っている、
お父さんはそう言った。

自分の若い頃は、完璧に
障害者だと思い、隠し続けて生きてきたが
今の世の中は変わり、良い時代になった、
お父さんはそう言った。

これからどう生きていくか、
まだ、わからない、そう言うお父さんに
ケンジ君は「好きに生きていきなよ。
俺も応援する。」

本当に色々な人生がある。

***********************
各種公式SNSはこちらから
Facebook→https://m.facebook.com/bridgetokyo/
Instagram→https://www.instagram.com/bridge.tokyo/
Twitter→https://mobile.twitter.com/gaybarbridge

GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16 SENSHOビル 6F









posted by みつあき at 19:35| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする