2019年04月27日

スマホをチェックされること

今日から多くの人たちの間で、
10連休が始まった。

その幕開け前日の昨日も多くのお客さんたちで
賑わったが、早々に地方から来ていただいた
お客さんも多かった。

そんな中、ホームページを見て関西から
来てくれた37歳のショウヘイ君。
彼は二十歳の時に結婚し、この年齢で
三人の父親なのだと言う。

若い頃から性的な意味で、男性には
ずっと興味があったけれど、
バイセクシャルだったせいもあって、
結婚は絶対にしようと思っていたようだ。

結婚後、女性との浮気が奥さんにバレて、
それからスマホはすべて
チェックされるようになったようだ。

IMG_8933.jpeg

だから、仮にいい男と出会っても、
連絡先を交換することはしないし、
二度会うこともない。

そして、寂しいと思ったり、
もう一度会いたいと思わないのかと尋ねると、
それもほとんどないのだそうだ。

恋愛感情を持たないようにしているのか、
それとも実際、好きになったり出来ないのか
それは自分でもわからないと言う。

でも、既婚者ゲイ(バイ?今は7対3で男のほうが
気持ちが良いとは言っていたけれど)としては、
そのほうが家庭のことを考えると良いなあとも思うし、
奥さんにスマホをチェックされるのは
まったく気にならないそうだ。

個人的には、家族であれ、人のスマホを
見るという行為はどうかと思うけれど、
本人が許しているのだから、
それはそれなのかも知れない。

こういう人がどれくらいいるのかは、
わからないけれど、
色々なタイプのゲイがいる、そう思う。


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2019年04月18日

あまりに突然な出来事

昨日の深夜、ショウタがぶらりと、
久しぶりに来てくれた。

そんなにお喋りではないけれど、
昨日に限って、大人しいなあ、そう思っていた。

「実は、つい二週間ほど前に
父が死んだんです。」
ショウタはそう言った。

まだ20代のショウタであり、
お父さんはまさに僕と同い年だった。

仕事中に心筋梗塞での急死で
ショウタは、泣きながらお母さんが
入れてくれた留守電を、
お父さんの死後数時間ほど経ってから
知ったのだと言う。

あまりの急な出来事に、
感情が追いついていかず、
おまけに動転している母親や家族を
叱咤しながらも、
事務的な手続きをやっていったのだと言う。

突然悲しみが襲ってきたり、
泣けるようになったのは、
心配したパートナーがうちに
来てくれた瞬間からだったようだ。

それにしても、僕と同い年だ。
自分の子供を育て、
家族のために仕事に精を出すショウタの
お父さんは、やっとこれから
自分自身が好きなことを始めようと
思った矢先だったのかも知れない。

自分の年齢になると、
かつては想像しなかった
突然の病の宣告や、
死に直面する話を耳にする。

僕は決して運命論者ではないし、
家系やDNAという問題は
あるかも知れないけれど、
それでも人の人生というのは
何か決められているような気がして仕方がない。

日頃、ものすごく気にして
検査をし続けていても、
ふと気が付くと、
驚くような場所に癌があったり、
あれだけ暴飲暴食していたのに、
80を超えても、まったく入院を
したことがない、そういう人もいらっしゃる。

もちろん、気を付けるに
越したことはないけれど、
人は、自分が定められた運命を
受け入れていくしか、
仕方がないのかも知れない。

寂しそうなショウタへの言葉として、
決して最良だとは思わないけれど、
僕個人としては、
そう考えざるを得なかった。


ショウタの話を聞いて思い出したのは、
トム・ハンクス演じる父親を
同時多発テロで突然失い、
それをどう受け止めていくかを描いた映画
「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」。

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2019年03月12日

ペットを飼うこと

うちのお店に来てくれるお客さんたちが
ここ半年くらいで一斉にワンちゃんを飼い出し、
「どれだけ可愛いか」を連発する。

572429887.jpg

もちろん、前からずっと飼っている人もいるし、
そのしつけの大変さを超えて
どれだけ和ませてもらえるか、
幸せを与えらているかを
話してくれる。

何度も書いたように、
僕は実の子供が欲しかっただけに、
仮に犬でも、たぶん無性に可愛い、
と思うのは容易に想像できる。

20年ほど前に一度だけ
猫を飼ったことがあった。
それは、友人がやっているレストランに
チンチラの迷い猫が来て、
あまりにも可愛いけれど、
彼らのマンションは飼えないので
もらってもらえないかということだった。

最初は慣れない環境で
少し緊張していたものの、
ガストン(美女と野獣のキャスト名)と
名付けて、それはそれは
日々、楽しませてもらった。

しかし、ふた月もした頃に、
急にまったく食事をしなくなり
元気がなくなってしまった。

医者に連れていくと、糖尿病で
かなり悪いとのことだった。

毎日、5000円もする注射を
打たなければならない、という話。
僕がちょうど、癌の手術をしたばかりだった頃で
経済的にもどうしても無理だった。

先生に相談すると、
彼の食事さえ持ってきてもらえれば
あとはこちらで預かります、と
言ってくれた。

その後、数ヶ月でガストンは死んだ。
うちにいたのは、ほんの半年だったか。
自分でも驚くほど、
号泣したことを覚えている。

あれから、僕はペットを飼うのを
考えるようになった。
あんなに悲しい思いをしたくはない、
そう思うからだ。

でも、今まで愛犬や猫を失いながらも、
それでも飼っている人たちは
死ということをきちんと乗り越えながら
愛することを学べると言う。

なるほどと思いながらも、
なかなか踏み出せなかったりもする。

ま、その前に旅行や、外出ばかりしている
僕には土台無理なのかもしれないけれど。。。

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2019年02月04日

ゲイの婚姻届

先週の土曜日、友人タダシと
パートナーのK君が、
彼らが住む渋谷区役所に
婚姻届を出しに行ったようだ。

0655587590.jpg

彼らのことは、ひと月半ほど前に
このブログでも書かせてもらった。


あれから色々考えて、二人で
決めたようだった。

しかし、もらってきた婚姻届には
当然のように「夫」と「妻」の欄しかなく、
おまけに三男のK君は「三女」と
書くしかなかったのだそうだ。

役所に着くと(事前に知らせていたせいか)
目立たない隅の席に通され、
婚姻届を出すと
もちろんわかったように
「男性同士の婚姻は認められていないため、
不受理届けを発行させていただきます」と
言われ、タダシたちの儀式は
あっという間に終わったと言う。

彼らは、もちろん形だけの結婚を
しようと思ったのではなく、
あくまでも訴訟のための第一歩を
踏み出すためのモノだった。

区役所の前で記念写真を撮りながら、
タダシは何とも言えない虚しさに包まれたらしい。

それは、不受理だとわかっていながらも、
一生に一度の婚姻届が受理されない現実を
見せられたことだったようだった。


同性婚に反対する人たちは、
ストレート女性よりも、
ゲイの男性が多いとも聞く。

特に自分が結婚などしたくない、
興味がない、というのもわかるけれど、
何故にしたいと言っている人を
許せない、させたくない、
と思うことが僕には理解できない。

自由に選ぶことが出来た上で、
本当に「結婚制度」というモノが
正しいかどうかを議論するのが
一番なのではないか、そう思う。

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2019年01月27日

つきせぬ子供への思い

昨年の初夏だったか、若い友人二人から
驚くような話を耳にした。
友人二人は、一人はゲイ、
一人はトランスジェンダーのF to M。


トランスの彼のパートナーが、
ゲイの彼の助けを借りて、
子供を身ごもったという話だった。


フミノは、店を始める2年ほど前に知り合った
トランスジェンダー。
ゴンも店を初めて、ほぼすぐに来てくれた
ゲイの会社員だった。

彼らは色々な偶然が重なって繋がり、
ここを読んでいる人の中にも
知っている人も多いかと思うけれど、
この10年、ありとあらゆる
メディアに出て、LGBTについての
活動を広げて来た。

彼らの起こしたムーブメントは
かつて経験したことないほど
大きく、広がった。

高齢者のシェアハウスへの考察、
来年にも1万人を超える
カミングアウト・フォトのプロジェクト、
そして渋谷区のパートナーシップ条例の成立、
そして同性婚への提訴
などなど、ただのブームとは言えない
アクションを次々と起こし、
日本で「LGBT」という言葉を
認知させたのも彼らではないかと思う。


もう60を過ぎてしまった僕が、
暗くて重いクローゼットの世界から
ゲイを受け入れるまで、
(まさかのゲイバーの主人になるなどとは
思えず)
長い長い時間が経過した。

自分を受け入れることもままならないのに、
他者に受け入れられるということに
終始していく彼らのエネルギーって
一体どこから来るのだろう。

「そんなつもりもなかったけれど、
ふと気がつくと、使命感のようなモノに
かられて、何かせずにはいられなかったんです」
ゴンは僕にそう言った。

そんな二人がフミノの彼女と共に
悩みに悩んで、子供を作ることを決意し、
昨日、以下の記事が出た。


これを読むと、フミノカップルが
いかに子供を欲しいと望んだか、
その思いをどうやって叶えようとしたか
理解出来る。

ここに何度か書いたけれど、
僕自身、ゲイとして生まれ、育ち、
それでも自分のDNAを残したい、
自分の子供を育てたい、
そういう気持ちを持ち続けた。
僕にとって、子供を持てなかったことは、
人生で唯一心残りであるかも知れない。

彼らが頑張ってきた
今までの流れを知っていると、
今回の公表が、彼らの活動の一環、
そして子供を使ったプロパガンダなどと
言う意見も多く出てくるのだろう。

LGBTであるからには、
子供を持つべきではないのか。

僕が知っている子供を育てる同性カップルの
子供たちは愛情に満たされ、
それぞれが伸び伸びと幸せに
成長しているように僕には見える。
もちろん、そこにはいくつもの問題があるだろう。
でも、それはストレートカップルも
持つそれぞれの問題とは
大きく変わらないような気がする。

彼らの公表は、生まれた子供にとって
どういう影響をもたらすかという問題は
彼らの強い愛情によって超えることが
出来る、僕はそう信じている。

色々な家族の形があり、それは望めば実現出来る。
そういう方向性を示した、という意味で
僕は彼らにエールを送りたい。

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2019年01月26日

つきせぬ母への思い

タスクさんは、僕よりも少し若いけれど、
少しコワモテで若いコが憧れるような
素敵なミドルエイジだ。

彼は都内から少し離れている
ということもあってか、
たまにしかお店には来られない。
去年の11月頃に来てくれた時に、
ここのブログで僕が母のことを
書いていた記事を読んでくれていた。
そして、彼もお母さんを
半年前に介護施設に預けるようになり、
毎週末、顔を見に行っていると言っていた。

昨日、今年、初めて
うちの店に来てくれた。
最初はざわざわとした中、
僕は相手も出来ず、
バタバタと動いていた。
その間、特に隣の人と話すこともなく、
ゆっくりとお酒を飲むタスクさんの
ちょっと遠い目が気になった。

落ち着いてから、
「お母様の具合はどう?」と尋ねると、
少しだけ潤んだ瞳で
「ついこの間、
9日の日に亡くなりました」
タスクさんはそう言った。
まだ、2週間と少し前のことだ。

うちの母親と同じ90歳で、
去年の暮れから意識が遠のき、
そのまま最後の言葉も交わさず、
逝かれたのだと言う。

うちの母は介護施設に入って
(途中、施設を変えたことも入れて)3年だったが、
タスクさんのお母様はたった半年。

施設には本当にお世話になったけれど、
でも、やっぱり入居してから
それまでの「気」のようなモノが
ちょっと失せたような気がした、僕がそう言うと
それはタスクさんのお母様も
同様だったのだそうだ。

タスクさんは、お兄さんがいるけれど、
彼がお母様と同居していたこともあり、
喪主を務められたと言う。
その辺りは、僕とも似ている。

半年経って、1年経って、
そして3年経った今も、
ふとした瞬間に母のことを思うと
何とも言えない寂寥感に
さいなまれることがある。

タスクさんは、まだまだ
そんな気持ちのまっただなかにいるんだろう。
90歳、大往生と言っても、
子供の心にはありとあらゆる
後悔の念はなくならない。

両親に恩を返すことは
自分の子供を作り、
育てあげることだったりする。

そんなことを思いながらも、
自分に言い聞かせるのが
僕がまだ赤ん坊だった頃、
または少年だった頃、
母の胸の中で抱かれていたあの感覚を
きちんと思い出すことだ。

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あの心地良かった気持ちさえ
忘れずにいることが
きっと母への感謝と供養になるんじゃないか
そんなふうに思ってしまう。

タスクさんのお母様のご冥福をお祈りします。

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2019年01月07日

Xジェンダーの息子を持って

昨日は、僕が前にいた会社で
デザインをやっていたクニヤさんが
友人を伴って、店に来てくれた。

クニヤさんは60代半ばで
ストレートなのだけど、
髪の毛を肩まで伸ばし、
趣味のロックをずっとやっている、
という意味では、そのへんのゲイよりも
ずっと若く見えたりするから凄い。

クニヤさんは、8年ほど前に
元同僚などと一緒に、
店に来てくれたことがあった。
その時に、執拗にクニヤさんが
ゲイバーだから、とオネエ言葉を使っていた。

「ゲイだからと言って、みんながみんな、
オネエ言葉を使うワケじゃない」と
僕が言ったことを、とても覚えてくれていて
「みつあきからは、色々教えられた」なんて
言ってもらえたのは嬉しかった。

と同時に、クニヤさんが「実はさ、
俺の息子が去年、突然Xジェンダーだ、と
俺やかみさんに
カミングアウトしたんだ。」と言う。

Xジェンダーというのは、
男性とも女性とも定まらない、という
人たちなのだ。
以前、店にもそういう人が何度か
いらっしゃったことがあるけれど、
あまり細かい話は出来なかったと記憶している。

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クニヤさんは僕が会社を辞めたあと、
ゲイであることを知って、
かなり驚いてはいたようだけれど、
今回の息子さんの件はショックや驚きよりも、
すんなり受け入れることが出来たと
言っていた。

彼が今後、どんな人生を歩いていくのかは
未知数だけれど、少なくとも
クニヤさん夫婦が認めたことで
息子さんは随分楽になり、
開放的になった、
と言っているらしい。

「アイツはこういう両親に育てられて
幸せなんじゃないかなと思うけれど、
こういう両親だったから、
Xジェンダーになっちゃったのかも」
なんて、ジョークを飛ばすクニヤさんは
素敵だった。

ゲイであれ、なんであれ、
自分のふた回り以上も
違う両親へのカミングアウトは
日頃、若い人たちには
僕はそれほど進めてはいない。

ただ、クニヤさんの話を聞いたりすると、
何が何でも親に話すべきではない、
ということではなく、
自分の両親を在り様を見て、
話すか話さないかの選択肢というのも、
ありなのかも知れない
そう思った。

クニヤさんは「ありがとう。
ここに来られて幸せ。
今度、息子を連れてくるよ」と言って
帰って行かれたけれど、
そう言ってもらえる立場にいることは
僕自身、とても幸せだと感じた。

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2019年01月05日

パートナーが遺してくれたモノ

昨夜、古い知人のキョウヘイが
連れて来てくれた僕と同世代のショウゴさん。

彼は20代の時に知り合った
30歳上の人と30年連れ添って、
つい2年前に見送ったのだそうだ。

80を超え、体力が亡くなり、
どんどん衰弱していく彼を
どういう形でも、しっかりと
守っていこう、そうショウゴさんは
決心したのだそうだ。

パートナーが70歳を過ぎた頃、
遺言を書き、彼の遺産や
家はショウゴさんに残すように
指定したとのこと。

それは亡くなった
相手の古い友人カップルが
遺言も何も残さなかったために
親族が根こそぎ持って行き、
なおかつ、二人で買った
マンションも追い出されるようにして
出て行かされた。

人ごとながら、その友人たちが
いかに悔やんだかを聞いていた彼は
ショウゴさんに出来るだけのことを
しようとしたようだった。

そのおかげで、ショウゴさんは
彼と暮らした部屋で今でも
彼の残した多くのモノと共に
生活をしている。

確かに、何も知らされていない親族との
確執の話はよく耳にする。
法的な背景がないと
何も、誰も守ってはくれないのだ。

ショウゴさんの話を聞いて思い出した
映画「人生は小説より奇なり」だ。

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ニューヨークで同性婚が合法化を受けて
結婚したゲイの熟年カップルの
悲喜こもごもを描いていた。
未見の人は是非。

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2018年12月20日

不思議な偽装結婚

5年ぶりに来てくれた、という
ツシマさんは56歳。
30年一緒に住んでいる
パートナーがいる。

ツシマさんは外資系の企業に勤めていて、
30歳の時に、とある女性から
結婚してほしい、と言われた。

彼女は一流企業に勤め
ずっと仕事がしたい、
夢もたくさんある。
そんな話をうんうん、と聞いてくれるような
男性はツシマさんだけだった。

ツシマさんは、ゲイであることを
彼女にカミングアウトし、
共に住んでいるパートナー
(当時はまだ数年だったようだが)
のことも話した。

「ご家族や職場は知ってるの?」と
彼女から聞かれて、知らない、と
応えると「そのためだけでも良いから
私と結婚してほしい」
そう言われたのだと言う。

要は、パートナーと同居しながらも、
たまに会ったりする、というだけで
彼女的には満足。
むしろ、そういうほうが
自分も仕事が一生懸命できるのだ。

迷った末、結婚に踏み切った。
両親も喜ばせたかったし、
外資とは言え、時代的に
結婚はまだかと職場で言われるのも嫌だった。

彼女が若くして買ったマンションを
世間的には自分たちの新居、
ということにして、
会社の同僚やストレートの友人を
招くこともあり、
そういう時だけ、ツシマさんは
彼女の元へ行った。

パートナーとの関係も、
彼女(つまり奥さん)との
関係もうまく行っていた。

ひとつ問題なのが、
たまに会うツシマさんの母親が
どうしても奥さんと気が合わない。
頼むからあんな女性とは別れてくれ、
という話になったのだそうだ。

お父さんが亡くなったこともあり、
お母さんに落ち着いて
真実を打ち明けることにした。
「僕は愛する男性と一緒に住んでいて、
それも全部受け入れてくれて、
彼女は結婚した。
だから別れられない。」と。

お母さんとしては、
貴方が同性愛者ということは
受け入れるけれど、とにかく彼女と
別れてくれ、と。

ツシマさんはそんな母の言葉で
数年悩んでいたのだが、
その中で、奥さんのほうから
別れたい、という話になった。

仕事がうまく行っているからなのか、
二人のこの関係が嫌になったのか、
好きな男が出来たのか、
よくわからなかった。

そんなワケで、結婚数年後、
ツシマさんの不思議な結婚生活に
ピリオドが打たれた。

80を軽く越してしまったお母さんの様子を
たまにパートナーとたまに見にいくようだ。

あの結婚って、一体
なんだったんだろう、ツシマさんは
マイナスにはならなかったけれど、
誰のプラスになったかもわからない、
そう呟いた。


ゲイの偽装結婚と言えば、やっぱり
「ウェディング・バンケット」を思い出す。
The_Wedding_Banquet_1993_poster.png

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posted by みつあき at 13:24| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月19日

友人のカミングアウト

僕の親しい友人であり、
店にもよく来てくれるタダシ
(他のお客さんは基本的には仮名だけれど、
彼の希望で本名です)から
一昨日の昼間、「母親にカミングアウトしたよ」
と連絡があった。

タダシの事を知っているお客さんなら、
は?今頃?もうとっくにしていると思った、
という人も多いかも知れない。

彼は渋谷区の同性の
パートナーシップ証明書の発行の際、
テレビなどにもよく映っていたし、
LGBT1万人のポートレートを目指す
"Out in Japan"の活動にも深く関わったいる。

ただ、もう80に近いお母さんに
わざわざ今、言うのも、
とも思っていたようだし、
再婚された義理のお父さんのことも
あったようだったから、
長く控えていたようだ。


タダシには今年で7年目になる
若いパートナーがいる。
九州に住んでいた彼と
数年遠距離恋愛だったが、
2年半ほど経って、
彼が上京、同棲を始めた。

そして、今回、「同性婚を認めないのは
違憲である」という訴訟について、
自分も少しでも何か出来れば、と
動こうかと考えたらしいのだ。

タダシのお母さんは、とっくに
わかっていたようだし、
「貴方がやりたいようにやればいい」
と言ってくれたようだ。
むしろ、義理のお父さんは
ショックを受けられていたと言っていた。

もちろん、タダシだけではなく、
パートナーの家族の問題もある。
一応、御両親にはカミングアウトはしたものの、
まだタダシも会ったことがないし、
マスメディアに出ることへの
躊躇は当然のようにあるようだ。

タダシと出会ってから、彼の生活や
環境、考え方も変わったように、
タダシも良い意味で大きく変わったと思う。

何よりも、彼のことを常に最優先しているし、
あれだけ派手な事は興味がない、と言っていた
彼が、ささやかでも結婚式とかしてもいい、
などと言うようになった。

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人は変わる。
そこには、自分が少しでも成長出来ること、
残された日々を、より素敵な人生になるべく、
生きていくような変化になるといい。
僕にとって、タダシは
そういう事に努力を惜しまず、
どんどんかっこ良く
変化していく友人なのだ。

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2018年11月18日

部長の息子

ショウジ君を連れて来てくれた
タイ人のムーちゃんが
この前、僕が書いたブログ
を読んで、ひょっとしたら、という話をしてくれた。

ムーちゃんの友人のS君が関西で
彼の会社の既婚者の部長と
ひょんな事から関係を持っていたらしい。

S君が初めて行ったゲイバーの
クラブイベントに部長が来ていて
驚いた。
それからの付き合いとなったらしい。

その部長は結婚しており、
うちに呼ばれたことがあったと言う。

堂々と奥さんに会わせたい、
ということだった。

そのS君は躊躇したモノの、
部長が
「今後、色々仕事の出張とかで
お前と一緒だと言うと、
妻も安心だから」と言うので
自宅へと行くのをOKしたそう。

で、行ってみたら、
東京から来た彼の息子が
帰っていて、4人で楽しく飲んだ。

息子さんは、30歳前くらいで、
お父さんに似てはいないものの、
格好の良い爽やかな青年だったらしい。

そんなこんなで、みんなに
見送られて、帰りの電車に乗る前、
このあたりでゲイはいないか、と
出会い系アプリを立ち上げたら、
なんとその息子が出て来たとか。

つまり、それぞれは知らないけれど、
部長もその息子さんもゲイだったとか。

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先日のブログで、ムーちゃんは、
歳の頃も含めてひょっとして同じ親子?
と思ったらしいけれど、
まさかそれはないだろうけれど、
意外と知らないところで、
親子のゲイというのは
いるのかも知れない。

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2018年11月17日

ヤンチャな両親の元に生まれて

タイ人のムーちゃんに、初めて
連れて来てもらったのが
23歳になるショウジ君。

ショウジ君の両親は共に、若い頃、
ヤンキーと言われたヤンチャ夫婦で
なんとまだ二人とも40代。

ショウジ君は2つ違いの姉と、
5つ違いの妹がいて、
その娘たちは二人とも、
それなりにヤンチャなようだが、
ショウジ君は大人しく落ち着いている。

周りの大人たちは
「何故、この家族にこんな子が」と
驚くくらいらしい。

とにかく、お父さんは今でも派手なバイクに
またがり、建築会社に勤めており、
声もデカいし、何かとすぐ手が出る。
女は男に尽くせばいいんだ!と言い放ち、
お母さんとは喧嘩が絶えなかった。

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とは言え、実は家族はものすごく仲が良く、
父親も母親も、子供たちへの愛情も
半端なかったのだと言う。
「愛と鞭の使い方がとっても
うまかった。だから、両親を
僕はすごく尊敬しているし、大好きです」
とショウジ君は言う。

しかし、あまりの酷い夫のありようを苦に、
2年前、母親は上の二人に
「私は明日、うちを出る」と
行き先も明かさず、出て行った。

仕事から帰って来て気がついた
父親はまた荒れた。
とにかく機嫌が悪いとモノだけじゃなく、
子供にもどんどん当たる。
そのお父さんに
「バッカじゃねえの!」と
反抗的な妹とは裏腹に
ショウジ君は嵐が過ぎ行くのを
震えながら待つ。

こんな父親に、ゲイだということが
わかったら、ただじゃすまないだろうなあ、
ショウジ君はそう想像する。

半年ほど経って、落ち着いた父親は
離婚届にサインをしたが、
いまだに母親への未練は
たくさんあるようだ。

父親のアイディアで、月に一度
必ず家族5人が顔を合わせ、
食事をする。

父親は母親に前よりも少し
気を使っているようだけれど、
心を決めた母は強い。

そんな二人がまた元に戻ろうが、
戻るまいが、それでも
この大好きな両親のことを
ずっと大好きでいたい。
そして万が一、母親や
姉、妹にゲイだということがわかっても
父親だけには一生、ゲイだということは
隠し続けなければ、
そう思うショウジ君らしい。

昨日の歌ちゃんの話ではないけれど、
本当に色々な家族があり、
幸せのあり方がある。

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2018年11月11日

父の秘密

モトキ(44歳)は、
うちの店をオープンしてから
すぐの頃から来てくれているお客さん。

にもかかわらず、
昨夜、モトキから彼の家族について
今さらながら、意外な話を耳にした。

モトキは、妹二人、
そして両親という家族全員に
自分のことをカミングアウトしている
ということは結構前に聞いた。

ただ、母親も含めて女性陣は
十分受け入れてくれているらしいが、
父親は特に、そのことについて
触れては来ない。

そこには、実はモトキ自身が
聞くに聞けない父親の
隠れた性癖があったと言う。

子供の頃から、父親が風呂に入る時に
脱衣場で洋服を脱いでいると、
ブラジャーをしていたのだそうだ。

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幼いモトキは、お父さんもお母さんも
人、というのは、大人になると
みんなブラジャーをしているモノだと
思っていたと言う。

一般社会ではそうではなく、
父親が女性用の下着愛好者(であろう)ことを
きちんと気が付いたのは
モトキが中学生くらいになってからとのこと。

同時に、モトキが自分がゲイであることに
気がついたのもその頃。
ゲイ雑誌をせっせと買っていた
高校時代、それが母親に見つかったことが
きっかけで、家族全員に話が
伝わった。

二人の妹は、モトキのゲイネタは
普通にふってくるようになったけれど、
父親は一切そこには触れないらしい。

だから、モトキも父親のその部分には
触れないのだと言う。

一度、モトキが海外で生活していた時期に、
妹から連絡があって、
「お父さんの机を整理していたら、
アクセサリーやウィグ、化粧品が
出てきた!」と長文メールがあった。

モトキは、そこでただの
女性の下着マニアではなく、
恐らく女装好きだと
いうことは理解したのだと。

ただ、気になっているのは、
もちろんその事は母親もよく知っているはずで
(下着は一緒に洗っているらしい)、
それをどう思っているのかということ。

色々と聞きたいことは山ほどありながらも、
家族と言えども、お互いに微妙に
心地良い距離を保とうとしていることに
それはそれでいいのか、と思うのだそうだ。

先日、ここにも書いた父親のゲイ告白と言い、
聞けば本当に色んな家族、色んな人がいる。

思えば、それが身近であればあるほど、
そのちょっとしたショックや意外性からの驚きが、
ゲイである僕たちが
ストレートに与えるモノなのだ、と
改めて考えられる教訓となる。



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2018年11月04日

真実を伝えるということ

昨夜は僕と同世代の旧友の
ヤスダが来てくれた。
彼とは30代でお互いに
シビアな恋愛が終わり、
次に進まなければ、
という時に出会った友人だ。

この夏、彼のお姉さんが
癌で亡くなった。
もう数年前から具合が悪いことは
耳にしていた。
いつかはこの日が来る、
それはずっと聞いてはいたし、
ヤスダ自身も覚悟していたようだった。

そんな中、ヤスダのお母様は
もう80代をそろそろ
終えようとされていた。
数年前にご主人(ヤスダのお父さん)を亡くし、
辛い日を過ごされたあと、
少しずつ、記憶もまばらに
なって来た感じなのだと言う。

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ヤスダは、他の兄弟と共に、
今回のお姉さんの逝去について
お母さんにどう伝えるかを
話し合った。

結果的に、ヤスダも含めて
家族は、お母さんにその事は一切伝えない、
そう決めたのだそうだ。

だから告別式にも
お母さんは出ることはなかった。

ただ、ヤスダは言う。
本当に、それで良かったのだろうか。
もし、お母さんの頭がしっかりとしていたら
「それだけは教えて欲しい」と
思うのではないか。

そういう気持ちの中で、
ヤスダは、真実だけど
言わなくても良いこともある。
それはヤスダにとって、
ゲイであることを親に伝える、
ということもそうだったと。

年老いた母親が、真実を知ることで
良いことがあるのか。
少しでも苦しませないような
配慮を、子供ならするべきではないか。

ヤスダは自分自身にそう言い聞かせながら、
納得していくしかないのだと呟いた。

ヤスダの気持ちは、痛いほど
よくわかった。
色々な意見はあるだろうけれど、
今回、僕もヤスダの家族が選んだ結論は
決して間違いではなかった、
そう思いたい。

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2018年10月20日

父親との対話

セイジロウ君28歳の両親は
関西に住む55歳になる
お父さんと、53歳のお母さん。
一人っ子だったせいなのか、
二人からは、とても
愛されて育ったと言う。

子供の頃からいい子でいよう、
としていたせいなのか
怒られた記憶が本当にないようだ。

そんなセイジロウ君が
自分がゲイだと
気がついたのは、
小学校低学年の頃。
キャンプに行った時に、
同級生のかっこいい男の子が
上半身を脱いで、
川に入っているのを見て
ドキドキし、その日から
そのコのことがどんどん好きに
なってしまったのだと言う。

それから中学、高校に進み、
そういう気持ちは
確信から自信へと変化したと言う。

世の中で、ニュースなどでは
同性愛を扱うことも増え、
大学に進んだ頃に、2丁目にも来だした。
出会い系アプリで、
初体験も済ませた。
そして人と付き合う幸せも学んだ。


両親とは帰省するたびに、
色々なことについて
話すことは多かった。
それも自分の立場に立って
色々と教えてくれてきた父親とは
二十歳を超えてから
よく酒も飲んだらしい。

しかし、愛し愛されている両親に
カミングアウトするということは
さすがに考えられなかった。
彼らを傷つけたくない、
誤解を受けたくない、
というのが一番の理由だったらしい。

2年前のある日、
父親が上京し、話があるから
一緒に飲もうと
居酒屋に誘われた。

セイジロウ君は、ひょっとして
自分のことを聞かれるのじゃないか、
かなり緊張したのだと言う。

父親は自分の顔を見ながら、
「真剣なことだから、
しっかりと答えてほしい」
そう切り出された。
「え?何のこと?」と尋ねてみた。

「俺は同性愛者だということだ」

セイジロウ君は自分の耳を疑った。
「お前が同性愛者ということだ」と
言っているのかとさえ思った。

しかし、それは違い、父親は結婚前から
ずっと悩み苦しみ、セイジロウ君が
10歳くらいになった18年ほど前に
母親にちょっとしたことからバレてしまったと。

離婚の話にもなったけれど、
お前が成人するまでは
ということに落ち着いた。
しかし、その後、時間をかけて、
やはり離婚するのは正しいことではない、
そう両親は結論づけたらしい。

「お前はどう思うか。
正直に答えてほしい。」
そう言われて、セイジロウ君は
凍りついた。
正直、驚きを通り過ぎ、
ショックで長い時間、言葉が出せずに
その間、お父さんは黙って下を向いていたそうだ。

そして、やっと振り絞って出した言葉は
「これからも、お母さんを
傷つけないでほしい。」
それだけだったらしい。

お父さんは涙をためて
ゆっくりと頷いていたそうだ。

どういうふうにお母さんに
バレてしまったのか、
今、お父さんには恋人がいるのか、
お母さんは実はどう思っているのか、
そして何よりも、
本当に自分(セイジロウ君のこと)は
ゲイだとわかっていないのか。

そんなことをたくさん考えながらも、
ひと言も聞くことも、
カミングアウトもとても出来なかった。

それから2年。
二人はそのことについて、
まったく触れずにいるらしい。

父が満身の力を振り絞って
自分の告白したのに、
セイジロウ君は、
どうしても言えない自分を
責めたりもしたようだ。

初めて耳にした凄い話だった。
お互い様だから、
カミングアウトしてみれば?
などと、とても軽くは言えない。
それほど、デリケートな話だとも思った。

この話を聞いて、思い出したのは
Fun Homeという漫画が原作のミュージカル。
レズビアンの娘とゲイの父親の
確執と愛情を描いたモノだった。
日本で発売されている漫画も必読。

Fun_Home_0085_-_Cast_Portrait_Photo_Credit_Joan_Marcus.jpg
写真は舞台"FUN HOME"

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2018年09月15日

家族の写真

昔、僕が2丁目を知った頃
(何十年前??)、
短髪、マッチョ、野郎系が集まると
評判だったのが、今でもある
九州男さんというお店だ。

このお店では、
当時マスターのマッチャンだけでなく、
今は亡きハジメさんというイケメン兄貴には
とってもお世話になった。

ハジメさんの思い出は、ずいぶん前に
このブログにも書かせてもらった。

今回は、マッチャンでも、
ハジメさんでもなく、
マッチャンから譲り受けた今のマスター、
カツキ君の話。


カツキ君とは、
何かと仲良くさせてもらっているが
先日、うちの11周年のあいさつに行ったら、
ちょうど沖縄に行っている最中だった。

そう。
カツキ君は沖縄出身なのだが、
その直後、インスタグラムで
本当に素晴らしい写真が送られて来た。

そこに写っているのは、
カツキと彼氏と、それぞれの両親、
そして兄弟やら、甥っ子さんやら
家族が勢ぞろいというモノだった。

「ここに来るまでに、
いろんなことがあったけど、
この写真は人生の宝物」
と書いているカツキ君。

確かに時代は少しずつ変化し、
LGBTをとりまく環境は、
かなり変わってきている。
とは言え、なかなかこんなふうに
オープンマインドな家族に
囲まれた二人、という姿は
あまり例を見ないかもしれない。

心からほっこりさせられた。

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2018年09月14日

二人の女性に育てられて

ミズタニは、もう25年以上も前、
僕が前に勤めていた会社にいた部下だ。
彼に限らず、うちの店には過去
何人もの部下や
仕事の関係者が来てくれたりしたが
昨日は関西に住むミズタニが
友人同伴で、あちらに帰る最終バスに
乗る前の数時間、寄ってくれた。

ミズタニとその友人(30歳のストレートカップル)と
最近のLGBTに対する社会の大きな変化などを
色々話していたら
そのカップルの女性、アズミちゃんが
「私、お母さんが二人いるんです」と
切り出した。

アズミちゃんの両親は若くして
結婚したが、どういう理由からか、
彼女が3歳か4歳になる頃から
実家にはもう一人、女性が出入りしていた、
と言うか共に住んでいたと言う。

お父さんは、お父さんで、
どうやら外に若い彼女がいて
(その相手ともアズミちゃんは
よく会ったとも言う)、
不思議な家庭生活だったようだ。

お母さんとその女性は、
二人とも男勝りの性格でボーイッシュで
アズミちゃんは、ひょっとしたら
二人はレズビアンかともと
思っていると言う。

ただ、それについては、母たちはまったく
触れないので、改めて聞くこともない。
もちろん、もしそうだったとしても、
十分受け入れてこうと思う。

それは、彼女が十二分に、母親とその女性、
もしくはお父さんとその彼女から
多くの愛情を与えられ
なんの問題もなく幸せに育った。

だから、一見、好き勝手に生きていると
思われる4人の大人たちは
愛情さえあれば、大丈夫だと
自分に教えてくれているのだ、
そう言った。

世の中には、「普通」という言葉の裏に隠された
ちっぽけな倫理観や、道徳観に縛られ、
そうでないことを否定してしまう人は多い。

それは個人がそう思っていなくても、
ここは否定しておいたほうが、と
思うクセが付いてしまっているんじゃないか。

日頃、色々考えるところを
アズミちゃんは、真っ正面から
自分の幸福感について語ってくれ、
僕自身も幸せな気持ちになった。

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2018年05月23日

母の命日

5月19日は母の命日。

あれから、もう2年も経ったと思うと

本当に年月が過ぎるのは早い。


去年もそうだったが、この日は

何となく1日、母の写真を見たり、

共にいた時のことを考えてしまう。


命日は週末だったので、明けた

月曜日に父と共に眠る墓を訪れた。


神戸の甲山にある巨大な共同墓地は、

木々に囲まれ、散歩をしたり、

咲いている花を見たりする人も多い。


この季節に母が死んだことは

訪れる僕ら家族にとっては、

本当にありがたい。

文字通り五月晴れの中を、

まるで森林浴を

するような気持ちで、

両親に話しかけられるのだ。


思えば、もう4年ほど前だったか、

母がまだ杖をついて歩けていた時に、

墓に眠る父に会いに来た。


大阪の友人が車を出し、母の介護施設から

墓地まで乗せて来てもらった。


その時に、友人は車の中に鍵を刺したまま、

ドアを閉じてしまい、

その墓地の階段に母と座って、

JAFがやってくるのを待ったのも

懐かしい思い出だ。


墓地の石段に母と座っていたら、

母の目の前を蝶々が舞っていた。

母は「あら。お父さんかしら。

こうして、お父さんに会わせてくれるために、

お友達は鍵を車に忘れてくれたのね。」

なんて、笑っていた。


今よりも、もう少し暑くなっていた時期だが、

それでも心地よい風に吹かれて、

気持ちの良い午後だった。


今回、墓参りに行き、

父と母の二羽の蝶々がいるか、なんて

ふと思ってみたけれど、

さすがにそれはなかった(笑)


もうこの年齢まで生きている僕に対して

なんの心配もしていないのかも知れない。


来年のこの季節に、また会おうね、と

挨拶をして、緑色の絵の具をばらまいたような

素晴らしい森に別れを告げた。


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