2021年05月07日

父と野球の話

想像通り、緊急事態宣言延長になる、
というニュースが朝刊のトップに躍り出た。

そうだろうことはわかっていたけれど、
目の当たりにすると、やっぱり気が重く、
そんな気力を取り戻すように、
運動をしたり、本を読んだり、映画を観たり、
と同時に、今後の店の展開などを考える日々だ。


このブログも、お客さんとの会話の面白さを
書くことも出来ず、映画の話ばかりするのも
どうかと思い、野暮ながらも自分自身のことや、
考えていることを書き連ねていくしかないかなあ、
段々そんなふうに思ってきた。


昨日、母のことをチラリと書いたけれど、
うちの両親が僕にとって、どういう親で、
どんな家庭だったのか。


うちの母は前の夫との間に二人子供を生んだ。

前の夫は母に激しい暴力を振るう
当時有名なプロ野球の選手であったらしい。

兄に聞くと、大きな池に投げ込まれたり、
太腿でタバコの火を当てたり、それは
酷い状態だったようだ。
そんなこんなで、母は離婚に踏み切った。
まだ戦後10年が経つか経たない当時、
離婚を決意するのは大変だったと思う。

また、二人の子供を育てるのは大変だろうと
弟夫妻が長男を養子として引き取ることになった。


そんな母親の前に、颯爽と現れたのが
3歳年下の父だった。

父は、母が一人で何とか稼ごうと入社した
化粧品会社に入ったばかりの社員で、
二人は東京、祐天寺での社員研修で
出会ったようだ。

父の死後、僕が母を連れて祐天寺に行った時に、
母は「わあ、懐かしい」とつぶやいた。
そして、夜、部屋を抜け出して、
父とデートした時のことを僕に語った。

「お寺から見える満点の星空の下で、
お父さんが話す話は
本当に素敵だったのよ」と。

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父は母とすぐに一緒になりたい、と言ったが、
離婚したばかりの母の両親もそうだったが、
子連れのバツイチと結婚しようとする
父の両親は当然のように猛反対だったと言う。

二人は結婚式をあげることはなく、
籍だけ入れて、駆け落ちをし、僕が生まれた。

父は次男である兄にも精一杯の愛情を
与えたけれど、当然、父にとっての
第一子の僕の誕生は
ものすごい喜びようだったようだった。

それは僕のために作った写真のアルバムと
達筆なコメントを見ると、今更
感謝の気持ちしかない。

IMG_5627 2.jpg

僕が少年時代、誰もが「巨人の星」という
漫画に熱狂し、プロ野球中継を
同級生たちもテレビにかじりついて観ていた。

幼い頃、一切プロ野球などに
まったく関心を持たない父を
恨んでいたものだ。

僕は長いこと、母が父の前に
結婚をしたいたことなど
まったく知らなかったのだ。

ただ、二十歳を超えて
兄から母の前夫の話を聞いた時に、
父がプロ野球を見なかった
その理由がやっとわかり、
申し訳なく思ったのだった。

ゲイであることを自覚した今となっては、
僕自身、野球に関心を持たなかったのは、
そんな父のせいではなく、僕自身の問題だと
それも含めて、今さら父には謝りたい。
この歳になって、そんなふうに思う。

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posted by みつあき at 15:15| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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