2019年11月22日

友達の境界線

昨夜、来てくれたアキヒコが
「少し前に、ツイッターに友人が
『知り合いがこんな事を言っていた。』と
書いていたんだけど、それが
自分のことだったんですよ。」と言った。

アキヒコが言っていることを
何かねじ曲げて書いたのか、と思いきや、
そうではなく、自分を「友人」として
ではなく、「知り合い」と
書いていたことに、ちょっと残念な
思いをした、ということだった。

その彼とは共に二人で旅行したり、
長年しっかりと付き合っていた親友なのに
「知り合い」と書かれていたことに
少しだけ傷ついたのだそうだ。

書いたほうも、
さほど大した気持ちじゃないことも
よくわかっているし、それで腹をたてたり、
憤ったりするほど若くはないけれど、
なんとなく寂しかったと言う。

これを聞いて、考え過ぎ、
デリケート過ぎ、という人も多いと思うだろう。
ただ、この話を聞いて、
昨今、「友人」の境界線が
曖昧になっているなあ、そう思った。

思えば、インターネットが出来てからなのか、
親友、友人、知り合い、というのが
どこから、どこまでなのか。

特に最近の若い人たちは
「親友」というような
言葉が気恥ずかしい、
という思いもあるだろうし、
そこまで友情を深めるということを
しないのかもしれない。

僕のように、バーなど経営していると
さらに複雑だ。
バーを開いて来てくれている
お客さんとの間で、友情は生まれるか。

思えば、僕が若い頃、年上のマスターを
友達だと思うのは、おこがましいと思っていた。
そう思うと、マスターはマスターなのかも
知れない。

まあ、カテゴリーなどどうでも良いと
言えば、良いのだけれど(笑)

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posted by みつあき at 16:35| Comment(0) | 友情 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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