2019年07月11日

今はなき愛すべき定食屋

昨夜は、同世代のお客さんのサメオちゃんと
古い時代のウリ専とか、
リツ子(年上のお金持ちに甘える若者)とかの
話をしていた。
その昔は、男女の世界も
「お妾さんや二号さんという人たちが
主人にそれなりの世話をしてもらっていた。
当時の男はそのためにも
一生懸命働いたりしていたのだね」
という話になった。

それの良し悪しはともかく、
「お妾さん」で思い出したのが、
新宿2丁目の千鳥街の入り口の2階にあった
Pという定食屋。
もう20年くらい前の話だ。

全部で7席から8席ほどの
小さい店だけれど、その真下にある
料亭Gと同じ食材を使っていて
すこぶる美味しかった。

IMG_0791.jpg

↑あまり美味しそうに描けなかった(笑)


G店は一度座ると、2万から5万くらいする、
というお店で、昔からの常連客が
たくさんいらっしゃった。

Pで働くY子さん(当時60歳前後だったと思う)は、
Gの店主(たぶん70は超えられていた)のお妾さんだった。
Gの奥さん(彼女も70くらい)は
下の店で切り盛りしながら、
たまに休みに上にあがってきた。

かの時はホントによく喋るおばあちゃんで、
Y子さんとの二人の関係は
ものすごく良いワケでもなく、
かと言って悪いワケでもなく、
世代が違う僕たちには
ちょっと理解不能だった。

一時期は3人で一緒に
住まれていたこともあった、と聞く。

それを思うと、まさに時代だなあ、
そう思うけれど、
今、思い出すに、Y子さんは
それなりに辛いこともたくさん
あったと思うけれど、
グチひとつ言うこともなかった。

何よりも、美味しい魚を彼女なりの焼きかた、
煮かたで提供してくれていて、
それはすこぶる美味しかった。

忘れもしないのが、ある年の暮れに
行ったら「昨日で今年の営業は終わったの。
これ、もし良ければ、お正月に食べて」と
多くの魚をいただいたことだった。

そんな中で、彼女をずっと支えていた
Gさんが亡くなった。

そして、続いてY子さんが体調を崩したと
聞いたのは、それから数ヶ月経った頃。
何日か閉まっていて、常連でもあり、
僕が若い頃にジムで知り合ったツトムが
彼女の助けをしていた。

Y子さんは入退院を繰り返し、
たまにお会いすることもあったけれど、
うちの店をオープンする前に
残念ながら彼女は亡くなってしまった。

それに続くようにおかみさんも
亡くなったようだった。

何年、お世話になったかわからないけれど、
本当に残念だったけれど、
あの世でも三人で仲良くされていればいいんだけれど。


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posted by みつあき at 17:40| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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