昨日は、元号が変わったということで
メディアのフィーバーぶりは凄かった。
テレビ各局が、ほとんどその話題。
昭和天皇が崩御し、平成に変わった時は、
事態が事態だっただけに、
もう少し厳かだったけれど、
今回は結構お祭り騒ぎ。
決して悪いワケじゃないけれど、
僕にとって、元号が変わるというのは
特に何ら感慨深いモノもない
というのが本音だ。
新元号の「令和」
「令」について、安倍首相が色々と話していたが、
やはり個人的には「人に何かを命じる」という意味や
「きまりごと。おきて」というような感じは
否めなかったりする。
まあ、出来る限り、ネガティブに取らず、
良い形で受け入れていこうとは思うけれど。
さて、自分にとっての昭和がどうだったか、
平成がどうだったか、と考えてみると、
どこが昭和でどこが平成なのか、
年表などを見てみないと
なんとも言えなかったりする。
それくら曖昧であり、元号で考えること、
ということに不慣れだったりするからかも知れない。
改めて年表などを見てみると、
僕の場合、圧倒的に映画や音楽で
平成という時代を測ることになる。
平成元年の邦画を見ると
「魔女の宅急便」が公開され、
「ドラえもん」の映画版も
この年から公開されたらしい。
今でも記憶に残る邦画のヒット作というのが
この2本のアニメというのもちょっと悲しい。
洋画では「ダイ・ハード」で
まだ知られていなかったブルース・ウィリスが
タンクトップでビル街を駆け回り、
「カクテル」で、若きトム・クルーズが
派手なバーテティングを見せた。
JPOPに目を移すと、
プリンセス・プリンセスが年間チャートの
上位を占め、そのうしろを
工藤静香やWinkが埋めていた。
思えば、この頃のヒット曲はまだまだ
僕の耳にも馴染深い。
でも、この数年先になると、日本のヒット曲は
もうわからなかったりする。
平成に変わった時は、僕はもう32歳。
だから昭和と平成を、
ほぼ半分ずつ生きていた計算となる。
32歳と言えば、バブル真っ只中。
まさか数年後、崩壊するなどと思いもせず、
驚くほどの消費文化の中だったし、
僕が最も新宿2丁目に通っていた頃かも
しれない。
そしてこの時期あたりから、
僕のゲイ・アイデンティティというのが
大きく変化し出したのかも知れない。
自分がゲイであることが嫌で、常にクローゼットで、
出来る限り誰にもわからないようにしていたのが
今思えば昭和の僕。
そう考えれば、偶然にも平成の幕が切られた
その頃から、ゲイである、という確固たる
自覚をもった僕が生まれたのだ。
そういう意味では、平成というのは
僕にとって非常に意味が
あったの時代なのかも知れない。
令和という時代を僕自身が
どれくらい生きるかはわからないけれど、
さらに新しい自分を見つけ、
成長出来ることを願いたい、そう思う。
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