2019年03月22日

物事を極める、ということ

昨夜は祝日の夜だったけれど、
スタッフのヨウイチロウが
自分の職場の同僚を4人連れて来てくれて
(昨夜は0時クローズだったので)
短い時間ながらも、楽しんでもらえて
嬉しかった。

うちの店はお客さんやスタッフの家族、
職場の人などがよく来てくれて、
それは本当に喜ばしく思う。

ヨウイチロウはホントに仕事熱心で
同僚と話しているところをちらっと
耳にしているだけで、
彼の熱意は感じられた。


そんなヨウイチロウと
ふた文字違いの大リーガーのイチローが
昨日、突如引退をした。

Unknown-2.jpeg

昨日、深夜に自宅に戻り、
朝までYouTubeで1時間20分の
記者会見を見た。

僕は多くのゲイと同じように、
熱狂的な野球ファンというワケじゃない。

でも、随所随所でイチローの活躍は
目にしていたし、彼が記録を打ち立てるたびに
その記者会見も目にしてきた。

いつも思うのは、
しっかりとした持論に支えられている
彼の哲学の素晴らしさだ。
人にどう思われても意志を貫く、という実直さ。
そして、その努力の原動力になっているのは
ファンや、チームの仲間たちへの
感謝という謙虚さだ。

昨日のインタビューでも、心に止まる
多くの言葉があった。

「自分が向いているかどうか、と言うよりも
好きなことを、とことんやるということ」

「人に喜んでもらうということ」

「決して一気に高めようとせず、
少しずつの積み重ねで今の自分を超えていくということ」

「アメリカに行くと、自分は外国人だと思い知らされ、
でも人をおもんばかる気持ちや、
新しい自分を見つけるということ」

「辛さや苦しさから逃げたい、いつもそう思うけれど、
それに立ち向かうことが人として、重要なこと」

「動いていないと気がすまないので、
引退して明日もまたトレーニングは続けるということ」

有終の美を飾った昨日の試合に遅くまで
残った多くのファンや、
彼の偉業を労ったチームの面々を
見て、「あんな光景を目にして、
後悔などあろうはずもない」
と言ったイチロー。


そんな記者会見を見ながら
僕は自分の死んだ父親を思い出していた。
父親が40代、50代と毎日、
書いていた日記を、父の死後、僕は目にした。
そこには、僕や母を思い、仕事に精を出し、
自分を鼓舞していた記録が
ものすごく綺麗な文字で残されていたのだ。

イチローも、うちの父親も
まさに僕よりもひと回り以上も若くして、
こんなに自分自身ときちんと
向き合おうとしていること。

いつもここに書いているように、
尊敬出来るか出来ないか、ということは
年齢などではなく、その人がどんな
生き方をしているか、ということだと思う。

物事を極める、ということはどういうことなのか。
あと何年生きていけるのか、わからないけれど
こういう会見や、父親の日記から
そういうことを改めて学んでいける。

また僕のリスペクトする人の名前が
一人足され、この年齢になっても目標となることが
増えた。

昨日はありがとう。
イチロー選手。そして、ヨウイチロウ。

***********************
各種公式SNSはこちらから

GAY BAR BRIDGE
〒160-0022
東京都新宿区新宿2-13-16  SENSHOビル 6F


posted by みつあき at 15:30| Comment(0) | 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。