マチダさんは、僕よりも3歳年上で
店がオープン当時から
来てくれていたお客さんだ。
当時は、自分が興味がない人が
隣りに座って、ちょっと話を僕が
振っても、顔も見ないようにして
僕としか話さない。
若いコが好きな年配者に
よくあるタイプだ。
こればかりは仕方がないし、
それ以外は、特に問題なく、
僕はスタッフとはニコニコと
笑って話してくれていた。
そんなマチダさんの
ご両親が相次いで亡くなった、
と聞いたのは、4年ほど前。
と同時に仕事を辞めたと聞いた。
定年退職よりも少し早い時期だった。
両親を亡くした喪失感と
あまりにもハードだった仕事から
少しだけ早く解放されたかったようだ。
マチダさんは映画好きで、
昔から脚本を書くのが夢だったので、
脚本の学校に通い始めたと言った。
この年齢になって、勉強を始めるというのは
偉いなあ、そう思った。
それから、何故か1年ほど姿を見なかった。
どうしているんだろうと思っていたら、
日曜日にやっているうちのカフェに
来てくれているのを見かけた。
僕がちょうど準備で早く来た時だったので、
少し立ち話をしたら、
「急に物忘れが激しくなって、
何故だろう、と思って病院に行ったら、
アルツハイマーだと診断されたんだよ。」
そうマチダさんは言った。
「お酒を飲むと、さらに酷くなるので
お茶しか飲まなくなり、昼間
ここに来ることにしたんだ。」そう言った。
その後、たまにカフェと夜の部の
引き継ぎの時に、見かけたり
少し話したりするようになった。
マチダさんはすこぶる元気そうで
ちょっと安心したし、
言葉もきちんとしていて
特に変化を感じれらなかった。
昨日、昼間のカフェに来てくれて、
それでも僕の顔が見たくなった、と
夜に再び、店を訪れてくれた。
ちょっと久しぶりだった。
「どんな感じですか?」
そう聞くと、うん、そんなに良くない。
そう言いながらも、特に変わったふうには
思えない。
色々な話をしていくと、
ところどころで、
人の名前、映画のタイトル、固有の名称が
まったくわからない、と言う。
でも、話の流れはおかしくないし、
辻褄もあっている。
僕が「○○さんですよね?」とか
映画のタイトルを言うと、
ああ、そうそうと応える。
「でも、何もかも忘れてしまう。
この店の名前もわからなくなっちゃって、
なんて言ったっけ。」と聞かれた。
「Bridgeですよ」店の名前を僕が伝えると
「あ、みつあきさんのBridgeだ」
と、僕の名前を言ってくれた。
とても、嬉しく感じた。
若年性のアルツハイマーが
どういうふうに進行していくのか、
それは人に寄るようだ。
脚本を書いたりするのは
さすがに難しくなった、と言っていて
そういう言葉を聞くと寂しいけれど、
出来るだけ、長く、元気で
いてほしい、そう思いながら、
自分にも、いつ何どき、
そういう事が起こるか、わからないことを
きちんと自覚していかなければ、
そう思った。
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