2018年03月25日

理想のドラマって

昨日、そこそこ評判の良い
日本のテレビドラマの話になった。

僕はそのドラマの原作を読んでいて
とても気にいっていた。

タモツは「ところ、どころで
涙が出て止まらなかった」そう言った。

ここのところ、涙腺が弱い僕も、
そのドラマを見て、
少しうるっと来ることはあった。
しかし、結局、泣くというところまでは
いかない。
むしろ、シラけてしまったりもする。


何故なんだろう、
そう思いながら、ドラマを観ていた。

僕が思うに、そのドラマも含めて、
多くの今の日本のドラマは
(一部の映画は除いて)
いかにわかり易い作りになっているか、
というのが柱になっているような気がする。

セリフは、必要以上に多くを語らせ、
視聴者(観客)に、
「想像させる」ということを阻む。

あれってどういう意味?
ワケがわからない。
などと言う意見を恐れてなのか、
物凄く説明的な流れになっているのだ。

こういうドラマを見ると
何故かバカにされているような気になってしまう。

そんな事を言うと
「いや。マスターはひねくれてるからです。」とか
「たくさん、観ているからです。」と言われる。
確かにそういうこともあるかもしれない。

でも、原作が素晴らしければ、
素晴らしいほど
それをなぞるだけではなく、
オリジナルの心を持ちながら、
お!!と思わせるような
ドラマ独特の表現を観てみたい、
それは願い過ぎなんだろうか。

監督や脚本家が、必ずしも意図したモノじゃなく、
観た十人が、まったく違う感想を持ったり、
幅広く想像力を膨らませるドラマ。
それが僕の理想の映像作品なのだと思う。

posted by みつあき at 05:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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