2017年05月20日

自分の中の女性性

先日のコマーシャルの続き。
撮影は、おもにこのCMを企画した
テレビ曲の女性社員の方からインタビューを受ける、
というモノだったが
その質問で「何歳くらいから、自分がゲイとして
意識されたのですか?」と尋ねられた。

ゲイとして、というのがかなり微妙で、
性的にはものすごく男を意識をしていたけれど、
男性を好きだ、という気持ちを持ったのは
ずいぶんあとになってからだった。

テレビや映画などからの擦り込みで
男は女を好きになるものだ、
そう思っていたから、
中学校でも、高校でも好きになるのは
女性で、性的に刺激されるのは男だった。

だから高校時代、好きな女のコがいながら、
寮では何人もの先輩や同級生と
あんなこと、そんなこと(と言っても大したことはしてない)
やったりしていた。

ただ、よくよく考えてみれば、
性的や恋愛、ということは置いておいて、
幼少時代、僕の中にとても女性的なモノはあったことは確かだ。


子供時代にディズニーの「眠れる森の美女」を
見ながら、王子からキスを受けるオーロラ姫に
ドキドキしていたし、
学校じゃ、女みたいだ、と
はやしたてられたりした。

自分では何故なのか、わからなかったけれど、
とにかく恥ずかしがり屋で、
どこかクネクネしたりしていたんだろう。

「女みたいだ」という
子供心に罪のない言葉を投げられるのが嫌で
それを何とかしないと、と
「男っぽく変わらなければ」と
頑張ろうと思ったのが、15、6の時だった。

人の目を考え、自分の女性的な部分を気にしながら
男っぽく、そして身体を作り上げていくタイプと、
何が悪いんだ、と自分は自分らしく、と
女性っぽさも含めて、開き直ることが出来るタイプがいる。

僕はまさに前者のほうだった。
だから、先日アカデミー賞をとった
「ムーンライト」の主人公の変貌ぶりは
ものすごくよく理解できた。

もう10代から20代にかけて、
必死に作った「男っぽさ」は、
自分の中の何が女性的だったのかさえ、
わからなくなるほど、僕の中に宿ったけれど、
ひょっとしたら、長い時間、
大きな着ぐるみを着続けているのかもしれない。

ゲイの中で、「身体が良くて、ゲイにもてはやされるGOGOや
マッチョな男の多くはウケで、
ドラッグクイーンや、オネエ言葉をバンバンと発するタイプは
タチが多い」という言葉はよく聞く。

人目ばかりを気にし、外見だけを男らしくするほうが
内面はずっと女性的であり、
堂々としているほうが男性的だったりするのかもしれない。

この歳になって、自分のアイデンティティのようなモノを
改めて気が付き、客観的に分析できるようになったのは
とても良かった気がする。
posted by みつあき at 06:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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