2018年06月23日

ペルーで考えたこと

去年、恒例のニューヨーク旅行に、メキシコ、キューバ、
そしてブラジルに足を伸ばした。
そして今回、世界遺産としてここ10年ほど
多くの人が行きたいとしている
マチュピチュ(ペルー)に行くことにした。

数年前に、カンボジアのアンコールワットに
行った折、いわゆる秘境の地や
多少危ないとされるところは、
元気なうちに行ける時に行っておかなければ、
そう思ったのだ。
ただ、マチュピチュは、人気が出過ぎて、
人数制限を設けたり、ガイドと一緒にではないと
入れない、そういうことになったと言う。

結局、マチュピチュの入り口まで行けば、
ガイドをする人(特にスペイン語、英語圏用)は
たくさん客引きをしていたのだが、
日本を出る前などそんな事は知らなかった。
そして、今回、ペルーに入り、リマは別にして、
クスコ、マチュピチュのみ、ガイドをお願いする
ということにした。


リマ。
やはりリオやメキシコシティと共に、
物騒と言えば物騒、
バスには人が溢れんばかりだし、
ドアにぶら下がるように人が乗っていたり、
物売りがどんどんバスに入っていっては
出てくる。

東京、ロンドン、ニューヨーク、パリなどとは
まったく違う魅力を見せる南米の街。
まあ、そんなリマから飛行機から1時間20分かけて行くのがクスコ。

クスコは真っ青な空と、ひたすら坂の石畳に包まれた
標高3400メートル、という土地。
本やネットを見ると、高山病になった、
という人が少なからず半分かそれ以上いると聞く。
うちにいたマサヒロも頭痛が大変だったと言うし、
他のお客さんも何人も辛かったと聞いた。

かなり心して、あらゆるところに書いてあるように
大きくゆっくりと深呼吸を繰り返し、
出来る限り、ゆっくりと歩く。

クスコからガイドを務めてくれた
僕と同世代の女性、サチコさん。
歴史地区と言われるアルマス広場に面した教会や、
太陽神殿、サクサイワマン遺跡、マラスの塩田、モライ遺跡など
多くの場所に連れて行ってもらったが、
何が面白かったかと言うと、
彼女の生き方だった。


彼女は35年の前に、山岳部の女友達と
英字新聞の片隅の広告で見つけた
ペルーとアンデス山脈というのから
二人だけで日本をあとにしたらしい。

その当時は、日本政府からは
ペルーは「渡航禁止地域」なおかつ
「危険地帯」として位置付けられていたようだが、
彼女たちはまったくそんなことを
知るよしもなかったと言う。

マチュピチュの「マ」の字も、
まだ世間に晒されていなかった頃、
とにかく初めて訪れたクスコも
まったく観光地化されていなかったらしい。

そして半日かけて歩いて着いたのが
マチュピチュだったとのこと。
まだ世界遺産などになる前だったから
舗装されていない道と遺跡自体も
今ほど整理されていなかったようだ。

しかし、写真にも何も報道されていなかった
当時のマチュピチュ遺跡を目にした感動は
どう伝えたら良いか、わからない、
そうサチコさんは言った。

サチコさんは大層、クスコが気にいり、
そこに旅行に来ていた日本人男性と
「ここが生涯の土地」と心に決め、
結婚したのだそうだ。

当時は1日に一度だけ1時間流れるNHKのニュース放送を
ラジオの凄い雑音の中から周波数を合わせて聞いた。
日本のNHKのテレビが
観られるようになったのなんて
15年ほど前だったと言う。


ほとんどの人たちは穏やかで優しく
(確かにそうだった)、貧富の差が激しいため、
泥棒、スリ、置き引きはキリがない。
たぶん、クスコに住んでいる人たち100%が
泥棒に遭ったことはあるのだと言う。

買い物から帰って来たら、うちはもぬけの殻に
なっていた、なんて言うことは何度となくある。
それで落ち込んでいても仕方がなく、
みんな笑って過ごしているのだそうだ。

それから35年。子供さんたちはまだ学生だそうだが、
彼らはネットで日本のアニメやゲームに夢中。
たぶん、クスコでは、ほぼ日本と変わらないような
生活が出来ると言う。

泥棒はまだまだあとを絶たないようだ。
クスコでは、土壁の家屋のいたるところに
花びらや派手なマークとスペイン語の数文字が書かれている。
あれは何かと彼女に尋ねると、
支持政党を壁にかかげているのだそうだ。

ペルーは、共和国でかつてのフジモリ氏も含めた
国民が選んだ大統領が行政を行使するらしいが、
国民がストライキやデモに強く関心を持っているのは、
子供の頃から「何をどう考えるか」を教え、
授業の中で、自分の考えに基づいて、デモンストレーションを
する、ということが行われているらしい。

とは言え、犯罪と警察が結びついている、という認識は強く
ある意味、誰も警察を信じていない、
サチコさんはそう言っていた。

一度、買っていたペットの犬が突然いなくなり、
警察に届けを出しに行った際に、
見つけた人に賞金を出すか、と問われ、
出す、と答えた数時間後に
警察官が犬を連れて来た。
賞金は警察に手渡したのだと言う。
もちろん、賞金目当てで
警察が犬を連れて行っていたことは明白だった。

本当に日本では考えられないことが
次々と起こる。

警察官はあまりにも賃金が安く、
そのぶん、アルバイトをしている人たちも多いと言う。
だから汚職もはびこっていく。

これはいくらなんでも、と前大統領が
警察の賃金をあげたら、
その瞬間に「警察よりもずっと長時間働いている」
とする、教員がデモを始め、
今年の頭、3ヶ月間、授業がなかったとも言う。

そんなこんなで、常識では考えられないことや、
酷いことも多いけれど、自然の豊かさや
全良な人々が多く優しい、ということ、
そしてのんびりとした風土、
それはサチコさん家族が
「もう少しこちらで暮らしていたい」
そう思うことなのだそうだ。

日本に住んでいて、当然だと思っていること。
普通なら、と思うクセ。
ある意味、民意、という言葉の元に
多数意見が正しい、と思わざるを得ない社会。
これも、今回の旅で、
改めて学んだことだった。


マチュピチュの遺跡は本当に「天空の城」だった。
人気のワイナピチュには登れなかったけれど、
それよりもさらに高い3061メートルもの
マチュピチュ山に登った際には
途中何度も引き返そうかと思うほど辛かった。

山登りなどほとんどしたことがない僕が
一段、25cmにも30cmにもなる石段を
100段も200段も登っていくのだ。
道ゆく人とは笑顔で挨拶しながら、
突然の雨や強風、そして日差しの暑さなど
3時間の中で体験しながら、
それでも、いつものように、こういう経験が
人生であと、何度出来るだろう、そう思った。

あと数年、いや、10年くらいは、
多少過酷でもトライして行きたいものだ。
posted by みつあき at 00:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする