2017年06月29日

ガンという病

僕が帰国した日の翌日、
関西に住むお客さんのヨウジ君から久しぶりにメールが届いた。

僕が店を始める前から、他店で会っていて、
なおかつ、うちの店にも数年前まで
本当によく来てくれていたH君(49歳)が
ガンで亡くなった、という連絡だった。

ヨウジ君は、H君ととっても親しく、
東京に来るたびに彼の家や、病院に行っていたのだ。


H君は、かなり幅広く音楽活動をやっていた人で
コマーシャルや映画音楽など小まめに手掛け、
高い評価を受けていた。

ブロードウェイ・ミュージカルが好きな僕に
クルト・ヴァイルの「三文オペラ」についての考察を
新たな切り口で教えてくれたのも、このH君だった。


音楽とは別に、なかなか思ったように恋愛が運ばず、
自分に問題があるのか、理想が高すぎるのか、
などと相談されたこともあった。

仕事には厳しく、ストイックなのだろうけれど、
普段は優しく、穏やかで、いつも微笑みを絶やさなかった。
だから、僕はきっと素敵な彼氏がすぐに出来るよ、
といつも言っていた。


ただ、3年半ほど前からH君は体調を壊し、
調べた結果、ガンを患い、それが転移していることもわかり、
ずっと入退院を繰り返していた。

自宅までお見舞いに行ったこともあったけれど、
そんな時には、苦しい中でも笑顔で接してくれていた。

今年の春先、久しぶりにメールをし、
既読にはなっていながら、返信がなかったので、
それこそヨウジ君に、何かあった?と尋ねたけれど、
指先が痺れ、なかなか思うようにメールが打てないらしい、
そう耳にした。

今、思えば、その時に、様子を見に行けたら、
きちんと最後のお別れができたのかも知れなかった。

つい、昨日のブログにも書いたけれど、
古くから知っていた店のマスタ−も
末期ガンの宣告をされたと聞いた。
前にも書いたけれど、僕が二十歳前後に強く影響を受けた
長年の親友も同じくガンと闘っている。

ここにも書いたけれど、前回の冬の旅行中も
同い年の古くからの友人はガンで亡くなった。

自分自身もガンで闘病生活があるだけに、
何とも言えない、ものすごく
悔しい気持ちになってしまう。


今朝、ガンを早期に治す
治療方法の認可が取れそうである、
そんなニュースも目にした。
しかし、それよりも何よりも
少しでも早くガンを見つけることこそ、大切だ。

そのためには、タカをくくらず、検査をすることだと思う。
僕自身も、17年前、ガンが見つかった時は
本当に耳を疑った。
まさか、この僕が、と。

多かれ、少なかれ、人間はいつか死ぬ。
若くして死ぬということは、親にとっても、
まわりにとっても、さらにとても辛いことだ。

運命論者という訳じゃないけれど、
人の寿命というのは、
ひょっとしたら決められてしまっているのかも知れない。

ただ、少しでも具合が悪くなる前に、
そう努めるということ。
そういうことさえ、決められた寿命なのかも知れない。

いずれにしても、そういう意味で
天寿を全うした、そう思うH君の冥福を祈りたい。

posted by みつあき at 20:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月28日

タックス・ノット35周年

僕がゲイバーに最初に行って、もう35年ほどの年月が経つ。
最初の数年こそ色々な店をさまよったりしていたが、
30数年前、やっと居心地が良い、と思われる店を見つけた。
それがタックス・ノットだった。

今年の4月4日、タックス・ノットは35年目を迎え、
先日の日曜日、そのパーティが行われた。

新宿2丁目界隈のゲイバー
(タックス・ノットは3丁目にあるけれど)の中で、
マスターが代替わりせずに、35年以上やっている店は
一体何軒あるんだろう。

僕が想像するに、10軒、あるか、ないか
なんじゃないだろうか。


お店というのは、ゲイバーでなくとも、
色々な理由でクローズする。

そこに通った人たちは、そのたびに行き場をなくし、
もう二度と2丁目に行かなくなる人もいるだろうし、
他の店を探す人もいる。

つい先週も、僕がタックス・ノットに行く前に
行った店で知り合ったお客さんが27年前にオープンした
お店がマスターの体調不良でクローズした。

タックス・ノットのマスター、タックさんも、
共にオープンしたパートナーを亡くし、
自身も体調を壊されたこともあったけれど、
今はすこぶる元気に、店を開けてくれている。

何度もここに書いたように、
彼がいなければ、あの店がなければ、
僕はうちの店をオープンもしなかったし、
今の自分はなかった、そう思っている。
そう思うと、おめでたい、というのと同時に
感謝の気持ちでいっぱいなのだ。

タックス・ノットの35年を思うと、
今年やっと10年を迎えるうちの店は
まだ小学校さえ出ていないお子ちゃま。

その頃、二十歳だった人たちが55歳。
生まれたばかりの人たちはもう35歳。
それを考えただけでもすごい。

100人を超える懐かしい顔、新しい顔をゆっくりと
見させてもらいながら、
愛されていることの素晴らしさ、
それぞれが変化していること、
まったく変わらないことへの驚きなどを
強く感じた。

これからも、40周年、45周年と頑張ってもらいたい。
うちがこのあと、20周年などできるかは不明だけど(笑)

posted by みつあき at 15:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月25日

2017年 夏の旅ブログ その2

さて、プエルト・バヤルタに続いて行ったのは、

メキシコシティだ。

週末の土曜日から月曜日のたった3日間だったけれど、

今回はホテルではなく、紹介してもらった

ゲイのカップルのうちにお邪魔させてもらった。


40代と30代のこの二人は、これまた素敵な

カップルで、40代のペペはアップル社に勤めており、

30代のセヘンは自分で蜂蜜を製造し、

食や美容にとアレンジして売っていると言っていた。


彼らは僕用にそのへんのデザイナー・ホテルよりも

素敵なひと部屋を用意してくれていて、

何と歯ブラシやら爪切りやらコズメ用品を

ひとつにまとめて置いてくれているような気の使いよう。


ペペと話していて楽しいのは、昨今の映像や

音響などのハードな話など、僕がまったく

知らない知識を見聞きさせてくれたこと。

そして何よりもセヘンは大の映画好きで、

どんな映画が好き?と聞くと、

アルフォンソ・キュアロン監督だと答える。

それも「ハリー・ポッター」や「ゼロ・グラビティ」より前の、

ということで、僕も実にそうだったため、

二人でYouTubeであらゆる予告編を見ながら盛り上がった。

僕のキュアロンのベストは「リトル・プリンセス」だと言うと、

彼は「大いなる遺産」だと言う。

あまり知られていない映画だけど、お互い渋いね、

と笑いながら、キャロンの映像の素晴らしさ、

「緑色」の使い方の意味など話していて、

すっかり時間が過ぎてしまった。


彼らが住んでいる場所は、東京でいう代官山のような場所で、

それこそあちこちにゲイバーがある。

誘ってもらっていたのだが、

初日はテンプル・マヨール遺跡だとか、

メトロポリタン大聖堂などを見て、

あまりにも疲れていて早く寝てしまい、

翌日もとある理由で行けなくなってしまったのが残念。


そもそも、今回メキシコシティを組み入れたのは、

エド・シーランというアーティストがライブをする、

ということでチケットを買っていたからだった。

とは言っても、僕は仲介業者から買っていたので、

チケットは現地で、ということになった。


ライブは実は土曜日だったのだが、何故か

僕はプエルタ・バヤルタぼけなのか、

日曜日と思い込んでしまっていたのだ。

そして、着いた日に、彼らのうちから歩いて

20分ほどの場所にあるスターバックスにチケットを取りに行き、

まったく日にちも時間も気にしないまま、

うちに帰って寝てしまった。


そして翌日、ライブの期待に胸を膨らませながら、

メキシコの美術館を駆け巡る。

プエルト・バヤルタでもそうだったが、

欧米で見慣れている絵画とは、

ひと味もふた味も違う荒削りでありながらも

印象的なモノが多く、強く刺激を与えられた。


で、ペペたちに教えられたとおり、Uber

(ものすごく安かった!)を飛ばして、

コンサート会場まで行って、そこで初めて、

前日にライブは終わっていた、と気づかされていた。


僕は旅に出る時に、かなり綿密な予定表を作って、

それに沿って動くようにする。

ただ、プエルト・バヤルタは、特にそういう事もなく、

あまりにのんびりとしていたからか、

そこで予定表もまったく見ることなく、

大きな勘違いが生まれたのだった。


誰もいない会場を前に愕然としながら、

Wi-Fiがないため、帰りのUberは探せず、

雨は降ってくるし、暗いメキシコシティのはずれの街を、

かなりビビりながら、歩いた。

やっと見つけたホテルで、こういう状態なんだけど、

Wi-Fiを貸してくれないかと頼むと

宿泊客だけだ、と旅行で初めて厳しい人を目の前にし、

ことごとく、ついていないこの流れについて

雨の中、考えた。

考えながら、いやきっとここまでついていない1日だけに、

必ず良い方向に行くはず、といつものように

自分に言い聞かせたりしながら、

雨をやむのを待っていた。

そこで、ホテルから出て来た男女の夫婦。

僕がWi-Fiでやり取りしていたのを見て、

Uberに乗りたいの?どこまで行くんだ?

あ、街までなら、私たちも行くから一緒に

乗っていきましょう」ということになり、

やっぱり神は僕を見放さなかった(笑)←お気楽


そんなこんなで、やっとの思いで、

ヘトヘトになってペペたちのうちに戻って行くと、

「どうだった?ライブは盛り上がった?」と笑顔でもてなしてくれ、理由を言うと、こうなったら飲むしかない、

とワインやパスタやサラダで、かなり疲れていた僕を癒してくれた。


そして自分の部屋に戻り、パソコンをあけると、

なんとエド・シーランはこの秋に日本に来日することが決定していた。

僕がパソコンをいじったその瞬間から日本で予約が始まったということ。

なんだかついているのか、いないのか、わからないけれど、

でも、今回メキシコシティに来て、

ペペとセヘンに会えたことだけで十分幸せだったのだ、

ということを改めて噛み締めた。


だって、思えば、前日のまさにライブの真っ最中、

僕はペペやセヘンと映像や映画、音楽について

熱く語り合っていたのだから。

ひょっとすると、シーランのライブと同じ、

いやそれ以上の価値があったのかも知れない。


たった2泊3日のメキシコ滞在。
観光は上に書いたふたつと、

2日目に行ったドローレス・オルメド・パティーニョ美術館と

近代美術館、そしてソチミルコという水上都市くらい。

なかなか大満足とは行かなかったまでも、

とにかく人との出会いが一番だなあ、

そう思えたメキシコシティ訪問だった。

posted by みつあき at 15:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月23日

旅から戻って・・・




大変、長いあいだ、店を留守にし、ブログも更新できず

(あちらからちょっと頑張ろうと思ったけれど、無理だった)、

大変失礼しました。

まだ成田から自宅に向かうバスですが、今晩(24日、金曜日)から

きちんと店に出ますので、よろしくお願いします。

早速ですが、旅日記を、少しずつアップするようにします。


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年に二度ほど、一人旅をするようになって、7年ほどになる。

最初は10日ほどだった夏の旅行も、お客さんやスタッフから、

どんどん長くなると言われ、「そんなことない」と

否定しながらも、はっと気がつけば、確かに。


言い訳がましく言うと、今回どうしても行きたくて、

発売日に取ったベット・ミドラー主演の「ハロー、ドーリー!」が

622日しか取れなかったこと、

それからずいぶん経って発表されたグレン・クローズ主演の

「サンセット大通り」の千秋楽が528日と、大きく時間が開いてしまった。

結果的に、「サンセット〜」は、閉幕が伸びたものの、変更するワケには行かず。

結局、「サンセット〜」の前日に着いて、

「ハロー・ドーリー!」の翌日に帰国するとなると、なんと25日間。

スタッフから「ひと月!?」と言われて

「いや、3週間ちょっと」と苦し紛れの言い方をしながら、旅立つことに。



そんなワケで、お客さんやスタッフに迷惑をかけながらも、

今回は長い旅になることを踏まえ、一度行きたかったメキシコ、

そして行くなら今、と言われているキューバのハバナに足を伸ばすことにした。


いつもは、NYやロンドンの観劇記に終わってしまう旅行ブログだけれど、

それはちょっと先伸ばしにして、今回はメキシコ、

キューバ紀行(ってほどでもないんだけど)から。


写真はたくさん撮影しながらも、ここにアップするのは重いため、

興味があったら、インスタグラムで見ていただきたい。

以下のアカウントで。

misuaki_kis 



NYのゲイの友人(ボーイフレンドがメキシコ人だ)が、

是非ともメキシコに行くのなら、プエルト・バヤルタ

(日本では、バジャルタという表記もあるようだが、

現地の人はバヤルタと言っていたようなので、とりあえず)に、

と言っていて、まずは3泊4日をそこで過ごすことを決定した。


プエルト・バヤルタは、海が美しいリゾート地ながら、

カンクンなどよりももう少し質素で、物価も安いと言われている。

確かに、安い。ビールは100円くらいだし、

軽く食事をするには500円もあれば十分に足りる。

どんなモノも日本の1/3くらいだと思ってもらえれば良い。


ひとつだけ驚いたのは、アルコール類は、

夜の10時から朝の9時までどこでも売ることが出来ない。

もちろん観光地なので、バーやレストランでは、

4時くらいまで飲める場所はある。

もちろん、一杯、300円くらいだからこれまた安い。

飲食店やショップなどはそれなりに充実しているけれど、

特にこれ、と言った観光名所などは(たぶん)ない。

そのぶん、街全体がまるで美術館のように美しいデザインで彩られている。

少なくとも、僕が宿泊した最南端に近い場所は、そうだった。


ホテル自体も、フリーダ・カーロや、いわゆるメキシコ絵画、

彫刻などを細かくあしらった感じ。

特に、デザイナーズ・ホテルっていうワケじゃないんだろうけれど、

どうせやるなら、ここまでやらなければ、という

アーティスト精神が色々なところに現れているのかもしれない。


路上、壁、また建造物、それぞれがメキシコらしい、

多彩な色を使った装飾が続く。パチパチとあれも、

これも、と写真を撮っていると、きりがないほど美しい。

ただ、到着した時は気がつかなかったものの、

帰る時、空港近くの街を見るとそれほどでもなかったから、

やはり海岸沿いの場所がそう造られているのだろう。


到着した当日、街を歩きながら、海辺に出ると、

ギターをつまびきながら歌う老人とパーカッションをする中年男性がいた。

スペイン語の懐かしいような素敵な歌をどんどん演奏する。

あまりに素敵で僕が「クルクク・パロマ」(映画『ブエノス・アイレス』や

『ムーン・ライト』で使われていた)をリクエストすると、

喜んで歌ってくれ、お礼にビールをご馳走させてもらった。

このあと、僕のためだけに何曲も、何曲も歌ってくれて、

本当に初日から至福の時間を味わうことが出来た。


このあと行ったメキシコ・シティは、犯罪も多く、

決して油断してはならない、と聞いていたが、

ここプエルト・バヤルタは、まったくそういう気配はなく、

人々は親切で穏やかだったで、会う人、会う人が素敵だった。


観光名所はないものの、スキューバ・ダイビング、パラグライダーや、

水上スキーなど、海辺のリゾートだけあって、

マリンスポーツの選択肢は多かったようだ。


そう。僕はその中で乗馬を楽しむことにした。ほぼ3時間ほど、

山の中、川の中(まで、馬を歩かせる)を楽しみながら、

ビールや軽食も含めて約4000円。

山に伸びる見た事のないほど大きな植物、そして南国の花。

川遊びをしている子供たち。そういう光景を見なが、

時には大きく駆け出す馬にちょっとだけビビりながらも、

一緒にずっと付き添ってくれていたカウボーイのホアン(45歳)のおかげで

とても楽しい時間を過ごすことができた。

ずっと二人でいたホアンは、本当に素敵な人で、

カタコトの英語で色々説明してくれたり、僕の写真を撮ってくれたりした。

彼は45年間、一度もこのプエルト・バヤルダを出たことがない。

メキシコ・シティまで飛行機で1時間半くらいだけど、

そこさえもなかなか経済的なこともあって行けない。

でも、こののんびりした暮らしが自分には合っていて、

一生ここから出なくて幸せだ、そんな事を言っていた。

旅ばかりしている自分のことを色々考えながら、

しっかりと地に足をつけているホアンがとっても素敵に見えた。


さて、何故友人がこの場所を強く進めたかと言うと、

欧米からの多くのゲイの人たちが集まる、

いわゆるゲイ・リゾートとしても有名だということだった。

僕はやっていないけれど、多くの観光客は

グラインダーなどSNSを通じて、出会ったりしている人もいたようだし、

ゲイ・カップルが新婚旅行気分で来ている人も何組も見た。

   

確かにゲイバーも多いし、何軒かのホテルではゴーゴーダンサーや、

メンズ・ストリップ、ドラッグのショウもあった。

ストリップは、今のNYではもう観ることが出来ない全裸になるまでのショウ。

ちょっと際どいけれど、みんな明るくてかっこいい。

チップも、30円くらいから100円くらいのモノで、

とても楽しませてもらえるし、ダンサーの人数も多かった。


そうそう。僕が泊まったホテルで、すごくイケメンのマッサージ師の

リカルドというコがいて、彼のオイル・マッサージは本当に素晴らしかった。

1時間で2000円くらい。これだけゲイがいるんだから、

ちょっとエロい感じに?なんて期待したけれど、さすがにまったくそうはならなかった(笑)


3年ほど前に行ったアメリカのプロヴィンス・タウンも

有名なゲイ・リゾートだったけれど、

まったく違う意味で、本当に素敵な海の街だった。

いつか、日本にもこんな素敵なゲイ・リゾートが出来るだろうか。

この海の街をぼんやり見ながら、そんなふうに思った。

posted by みつあき at 15:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする