2017年03月29日

朝のトレーニングルーム

モトムラちゃんは37歳。
子供の頃から筋肉質な男が出てくる漫画や
映画に憧れ、ずっと自分もそうなりたい、と思っていた。

ただ、それが自分がゲイである、ということは
わからなかった。

高校時代、特に運動部には所属していなかったけれど、
学校にあるトレーニングルームで
人目を忍びながら、誰もいないすきに
身体を鍛えたのだそうだ。

あらゆる部活の部員が使った
ほんのりと匂い立つトレーニング部屋。

朝、早く学校に入り、
まだ誰もいない部屋で鍛える快感。
頭の中は「筋肉」「筋肉」「筋肉」
そこで一人でマスターベーションをすることも
あったのだと言う。

とは言っても、まだまだティーンエイジャー。
それほどマッチョな同級生や先輩に会うこともなかった。

ただ、学校の帰り道、自分の高校の
付属大学の空手部の練習を見ていたら、
その帰り道
「お前、いつも朝、トレーニング部室にいるだろう」
と声をかけてくる大学生がいた。

4歳も上の大学生は、モトムラちゃんにとって
ものすごい大人の雰囲気を醸し出していた。
もちろん、筋肉モリモリの兄貴だった。

「良かったら、空手、やらないか?」
そう言われて、舞い上がったモトムラちゃんは
兄貴と共にトレーニングをし、
空手も始めたのだそうだ。

そんな中で、想像していたことが起こったのは
それから2年も経ったある日だったらしい。

朝のトレーニングルームで
いきなり「勃っちまったよ。抜き合いしようぜ」
と言われた。

それがモトムラちゃんの初体験となった。
それから何度となく、その大学生と
エロいことをした。
とは言っても、ほぼシゴキ合うか、
口に含むか、キスも、アナルセックスもなかった。

だからか、モトムラちゃんは、彼を好きに
なるということはなく、
その後、数年経ち、その人の彼女も紹介され、
彼は結婚したのだと言う。

それだけに、その思い出は「せつなさ」もなければ、
「愛おしさ」もない。

ただ、20年も経ったのに、
あの朝のトレーニングルームの行為は
今でも忘れられず、ついつい思い出しては
マスターベーションしてしまうのだそうだ。

そして、この年齢になっても、なかなか恋人よりも
筋肉を追いかけてしまうモトムラちゃん。
「これって、ある意味、トラウマなのかなあ」
そうつぶやく日々らしい。

posted by みつあき at 20:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画監督になる夢

一昨日、二人で来てくれた22歳と23歳。
キョウジ君は工学系の大学院に通っている。
そしてもう一人、ヨウ君は映画監督になるのが夢と言う。

院生のキョウジ君とヨウ君は
ふらりと行った京都の旅の途中、
たまたま写真を撮っているヨウ君に
「撮ってあげましょうか」
と声をかけたことだったらしい。

そしてその時はまったくお互いにゲイだとは気づかず、
久しぶりに再会した今回、お互いに
カミングアウトしたのだそうだ。


ところで、ヨウ君が最初に映画を観て
衝撃を受けたのが
お父さんと一緒にビデオで観た
「エイリアン」だったのだそうだ。

それから数々の映画を観て、
自分も映画を作りたいと思ったのは
16歳の時に「シンドラーのリスト」を
観た時だったと言う。

高校を卒業し、大学に行くかどうか悩んだ彼は、
そんな時間があるのなら、英語を学び、
世界を観たい、と親に交渉し、
50万を借りた。

まずはフィリピンで英語の勉強をし、
それからアメリカに渡り、ハリウッドに。

数々の映画祭などに顔を出し、
どんどん多くのプロデューサーや監督に
挨拶をした。

相手にされないことも多くあったけれど、
逆にその熱意に、耳を傾けてくれた人も結構いた。

1年前に実家がある札幌に帰り、
今回は自分の企画を持って、
多くの映画の制作会社などを
回っているとのこと。

ヨウ君が作りたいのは、
やはりゲイをテーマにしたものだそうだ。

これだけ同性愛が世の中に知られてきた昨今、
それでも、なかなか日本では
ゲイ映画が作られない。
その理由のひとつはなかなか興行が
成り立たないかも知れないという目算だろう。

そんな中で夢を追いかけているヨウ君は
なかなか頼もしい。
いずれにしても、まだ22歳なのだ。

キョウジ君はそんな積極的なヨウ君の姿に
一目置いてしまうのだと言う。
そして、彼を見ながら、
自分も輝けるように頑張ろうと思ったと言う。

まだまだ「ゲイ映画」なんてジャンルがなく、
自分自身もずっとクローゼットだった僕の若き日。

ヨウ君にエールを送りながらも、
自分自身、新たに背中を押された気になった。





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posted by みつあき at 15:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月24日

赤い貴族ならぬピンクのお坊っちゃま

一昨日来てくれたショウゴ君は、
お洒落な40歳。
きらびやかなダークスーツに身を包み、
赤く光る靴が、入り口ドアを開けた時から
目に飛び込んで来た。

色々話をすると、彼は皇室狂い。
天皇家のことなど、古い歴史を紐解いて
こと細かく勉強しているらしく、
昭和天皇の側近の方とも
近づきになれて、
多くの話を耳にしたとも。

ここ15年ほどのテレビ番組「皇室アルバム」は
すべて録画しているし、
もちろん、ワイドショーや
週刊誌にとりあげられる通俗的なことさえ、
すべて見聞きしている様子。

昨今、メディアを賑わしている
天皇崇拝している学校問題などに関して聞くと
「そのあたりはちょっと違うんです。」
そう言う。

「皇室や、華族など好きだし、
彼らが持つ高尚さや、気品さには同調するけれど、
考え方はリベラルなんです。」なのだそうだ。

武力行使も、原発も反対だし、
中国、韓国を全面的にバッシングするのも
よくわからない、と。

思えば、今、リバイバルしている「華族の肖像」を
撮ったルキノ・ヴィスコンティがそうだった。
立ち振る舞いや在り様は高貴な彼は貴族の末裔。
しかし思想は極左の共産主義者だった。

それ故、彼は「赤い貴族」と言われたが、
ショウゴ君は「ピンクのお坊っちゃま」
といったところなのかも知れない。
posted by みつあき at 12:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月22日

性獣と呼ばれて

地方都市から数ヶ月に一度、
店に来てくれているのが36歳のタケル君。

彼は先週の土曜日に店に来てくれて、
翌日の日曜日には、
とっても懐かしいお客さんを連れて来てくれた。

うちがオープンした頃
まだ30代そこそこだったヒトシだった。

彼は7年ほど前、仕事で地方都市を
転々としていて、まだ東京に戻ってこられる気配はない。

そんな二人は、日曜日の午後、
ハッテンサウナで会ったらしい。

そろそろ帰ろうとしていたヒトシに
タケル君が声をかけたらしい。

ただ、ヒトシはもうすでに2人と
闘った(笑)あとだったのと、
お互いにウケだったので、
そういう流れではなくなったとのこと。

で、お互いに来ているうちの店に
飲みに来てくれたのだ。

ヒトシは、うちの店に来ていた当時、
長く付き合っている彼がいたということもあり、
また仕事が硬めなせいか、
あまり性的な事は口にしなかった。

ところが、地方に行ってから、
ヒトシは花開いたのだそうだ。
23年付き合っているという彼氏とも
お互いに公認のオープンリレーションシップ。

ついこの前も、諸外国に二人で旅行に行き、
コンドームをそれぞれ1ダースずつ買ったとか。

今回のサウナは2回戦だったけれど、
それは少ないほうで、3、4人は当たり前。

ヒトシは、それほどダメ、と思うタイプはいなくて、
相手が自分のこと、良ければ、ほぼ大丈夫だと言う。

大体、東京出張で来る時は、ちょっと広めの
ホテルを取って、出会い系アプリで人を呼ぶのだそうだ。

また、5人ほど呼んで、タチ、ウケ、3対3で
乱行プレイをやったこともあるとのこと。

自分で呼んだのはこれ一度きりだが
こういうのに参加したのは何度もあると言う。

彼が住む地方には、一軒家を持つお金持ちの50代がいて、
彼がありとあらゆるところからイケメンを集め、
食事やお酒をふるまい、乱行というパーティがあり、
これは数ヶ月に一度行われているとのこと。

ヒトシのようなタイプは、
意外とたくさんいるのかも知れないけれど、
彼が守っているのは、必ずコンドームは
忘れないことと、ドラッグには手を出さない、
ということだそうだ。

いずれにしても、
これくらい明け透けに話す人も珍しく、
その日、店では「性獣」と呼ばれて、
なかなか嬉しそうだった(笑)
posted by みつあき at 20:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月21日

旧友にまつわるゲイ談義

ついつい、ブログがヌケヌケになってしまって
今日のような雨の僕の休みの日には
出来るだけ、まとめてアップしようと、
珍しく本日3本目。

先日、映画の専門学校時代の友人たちが
店に来てくれた、という話を書いたけれど、
その際に、ふと思い出したことがあった。

僕が通っていた当時の学校は、
横浜にある駅前のビルの中にあったのだけれど、
卒業して、ずいぶん経った時に、
ゲイの知り合いからあのビルのトイレは
ハッテン場だった、と聞いた。

てなワケで、先日の同窓会の時に、
僕が冗談交じりに「それとわかっていたら、
学生時代、行けば良かったなあ」なんて言ったら、
僕よりも少し若いピュン丸が
「俺、そのトイレに入ったら、
壁の下から鏡が出て来たんだ!!」という発言。

ものすごく驚いて、捕まえてやろうとしたら
隣のトイレから一目散に飛び出て行ったらしい。
それを聞いて、彼らの前で
冗談でもそんな話をするんじゃないなあと
思った次第。


さてさて、そんなピュン丸と言えば、
この前話していたら
もうひとつゲイ絡みの話があった。

彼は年上の女性好き。
当時も何歳も年上の彼女と付き合ったりしていた。
卒業し、その彼女とも別れ、
新宿あたりに住んで、お金がなかった頃、
スポーツ新聞の求人欄で、
ホスト募集の広告。

面接に行ったら、
「年上の人が多いけれど、緊張しないように」との言葉。
ここまで読んだら、もうわかるだろうけれど、
ピュン丸が女性客だと思っていたら、
店にどんどん来るのは中年男性。

なんとウリ専のお店だったそうだ。
もちろん、恐れをなして、「無理です」と
当日に逃げ帰ったとか。

「俺はゲイやみつあきの事はまったく偏見も
差別もしていないけれど、さすがに自分は無理だった」
と優しい言葉をかけてくれた。

それはしごく当然なんだけど(笑)
posted by みつあき at 22:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

59歳の決断

土曜日に、久しぶりに店を手伝ってくれた
旧スタッフのだいし。

オープンまもなく彼を訪ねて、
ふらりと店に来てくれたのが
坊主頭でガチムチのイケメンだった。

「みつあきさん、彼、
いくつだと思います?」と
だいしが僕に聞いた。

パッと見、40代そこそこに見えるけれど、
ひょっとすると30代後半かも。
「う〜ん・・・40ちょっと???」と
僕が言うと、なんと彼は僕とほぼ同じ年齢。
これにはびっくり。
僕もそこそこ若く見られることもあるけれど、
彼は遥かに若く見える。

白いTシャツにスウェット、その上にダウンウェア。
僕がせいぜいジムだけに行く時にしか
なかなか出来ない格好を
普通に着こなしている。
それが若作りでイタイ、と思われる感じでもなく、
むしろエロいとさえ見えて
しっかりと似合っている。


よくよく聞いてみると、若い頃は
この街に少し出ていたのだけれど、
そのあと、人と長く付き合っていて、
仕事も忙しかったため、
なかなかゲイとしての活動が出来ていなかったようだ。

ずいぶん前に彼氏とは別れたけれど、
ずっと同居していたため、
ジムにせっせと通いながら、
ここ何年かは、出会い系アプリで
色々な若い人たちとエッチを楽しんだ。

そして、去年の秋、ふらりと2丁目に来てから、
人生観がガラリと変わった。
店に行くと、
結構どこに行っても声をかけられるし、
どこに行っても、ものすごく若く見られる。
自分が若い頃はこんな事はなかった。

エッチだけ、というのも飽きたし、
かと言って、新しく彼氏を作りたい、という気持ちもない。
酒好きということもあって、
いつかは2丁目で店を出そうか、
そんな気持ちに変わって来たと言う。

そう決めてから、よし、そのためには
ゲイビデオに出よう、と決心。
自分の年齢を隠すこともなく、
マッチョな中年オヤジとして
やるだけの事はやってみようと。

先月までに3本のビデオを撮影し、
そのためには、タチしか出来なかったことも克服、
今ではしっかりと受けとしても感じるようになった。

その流れで、やってみないか、と言われた
エスコート(いわゆるウリ専)も
今は平行してやっていると言う。

50代後半にして、どんどん花開いたのだと言う。

まったく自分の年齢をネガティブに取らず、
自分がやりたいように生きていく、
そのエネルギーは、
生き方は違えども、とても刺激になった。

数少ない同世代の新しいマスターが
生まれるのが楽しみだ。
posted by みつあき at 15:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

レオンのこと

去年の初夏から店を手伝ってくれていた
スタッフのレオンがブラジル転勤となった。

レオンは約7年前に中国から日本に
やってきて、それまでほとんど喋ることが出来なかった
日本語を、ほぼ完璧にマスターした。

レオンに限らず、日本に来ている
外国人(特にアジア系)の若い人たちは驚くほど
綺麗できちんとした日本語を話す。

下手すると二十歳そこそこのお客さんなどが
まったく知らない言葉まで知っているので驚く。

パッと見、童顔の日本人としか見られない
レオンのルックスだし、そのチャーミングさは
店ではなかなか評判が良かった。

しかし、彼の私生活を聞くと、
彼がチャイニーズだと知ると、差別発言をする人も
決して少なくなかったという。

彼が入っている会社は一部上場の一流企業だが、
そこでも、彼が聞こえることを知ってか知らずか
「中国人は〜」というネガティブな話題を
聞くこともあったと言う。

とは言え、うちの店の中ではいたって元気だし、
ここ数ヶ月はPPAPで有名になったピコ太郎や、
ブルゾンちえみのモノマネをお客さんの前で
やったりして、大笑いだったりもした。

いずれにしても、賢く、ユーモアに溢れた
レオンが離れてしまうのは寂しい。
台湾に行ったヨウイチロウは1年、
そしてレオンは2年。
10周年を迎えるうちの店で
二人がいなくなってしまうのはとっても残念だが、
まだ戻ってくるのを楽しみにしていたい。
posted by みつあき at 12:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月19日

ふと思い出した三角関係の話

一昨日、始めて来てくれたセイヤ君は
8年付き合っているパートナーがいる。
ただ、22歳の頃から付き合っているため
ゲイの友人がまったくいない。

単純に友人欲しさに出会い系アプリを
やってみるけれど、会うことになっても
すぐに「付き合っている人がいる」と伝えると
「何故、アプリ自体に書いていないのだ」と
責められることが多いのだそうだ。


そんな話から、数年前にぶらりと来てくれた
お客さんのビックリするような話を思い出した。

そのお客さんには半年くらい付き合っている
彼氏がいたのだけれど、
どうしてもエッチをしたくなると
ついついアプリに手を出してしまう。

そこで相手にも「彼氏あり。セフレ募集」と
書かれたイケメン君の写真に惹かれて
会うことになった。

会ったら、お互いに気にいって
ホテルに行くことになった。
エッチも十分、楽しめた。

2、3回目に会った時に食事をして、
自分が付き合っている彼氏の話をしたら
なんと、その相手の彼氏と
同一人物だった!とのことだ。

つまり、自分の彼は完璧に二股を
かけていたそうだ。
増して、相手は自分よりも少し長い
1年半、付き合っているということ。

いろいろと会っている日などを
付き合わせていくと、
なるほどこの日は何か予定がある、
などと言っていた、
とそれぞれが合点した。

とは言え、自分たちも遊んでいるため、
それほど強いことは言えない。

怒りや情けなさや、悔しさから
いっそのこと、二人でその男を
吊るしあげようか、という話もした。

しかし、その彼は黙って、その二人から
遠のくことにした、そう言っていた。

「自分の性欲のいい加減さを
棚にあげて、他人を責めることは出来ない。
この性欲が落ち着くまで
人と付き合うのはやめよう、
そう心に決めた」と言っていた。

あの彼は今、どうしてるんだろう。
posted by みつあき at 19:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月15日

ゲイの結婚

 今年32歳になるエイジロウが東京を離れ、
地方都市へと移動になったのが約2年前。
それからなんの連絡もなかったので、
どうしているんだろう、と心配していたら、
一昨日の深夜にぶらりと訪ねて来てくれた。

  ¥どうしていたのか尋ねると、実は結婚したんです、と言った。
ゲイが女性と結婚する事は、特に珍しくはない。
しかし、このエイジロウは、数年前、職場でゲイ疑惑(
この言葉自体が非常に差別的で、僕はどうかと思うんだけど)を
かけられ、何カ月も苦しんだ。

そしてある日、会議の席で自分は
ゲイである事をきちんとカミングアウトした。
この話は店でも凄いなあと話題になったものだった。
それから職場の環境がとても良い方向に進んだことを聞いて、
本当に良かった、そう思っていた。
それだけに、何が起こったんだろうと、僕はとても不思議だった。

 職場の件はともかく、エイジロウは何人かの男性と恋愛もし、
もちろん性的関係も何人かとあったりもした。
でも、どうしても、どういう男性と関わっても、
違和感があったのだと言う。
 そんな時に色々な相談に乗ってくれていたのが、
昔からの女友達だったらしい。
そして、ひょっとしたら、彼女こそが自分がしっくり来る
相手なのかも知れないと、エイジロウは思ったそうだ。

 そんな事を考え、エイジロウは、
彼女に一緒にならないかと伝えたと言う。
驚く彼女は、悩んだ末に、自分と結婚をしたら、
男性でも女性でも、絶対にそういう関係にならない、と
約束をして欲しいとエイジロウに告げたと言う。
その辺りが彼が東京を離れる、というきっかけとなったらしい。

そして何と先月、子供が生まれたと言う。
きちんとセックスはうまく行った?
僕がそう聞くと、今までの男性よりも気持ちが入ったのだ、と。
 とは言え、テレビや街でいい男を見ると、
それなりにカッコイイと思うし、自分がストレート、
もしくはバイセクシャルになったとも思えないと言う。
でも、後悔はしていないのだ、と。

 この結論が良かったかどうかは、エイジロウ自身が決める事。
こんな事もあるのだなあ、と僕は驚きながらも、
エイジロウなりの幸せが見つかって良かった、そう思う。
ずっと、この幸せが長く続けばいいなあ、そう心から願う。

posted by みつあき at 20:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月14日

38年ぶりの再会

40年近く前、僕は大学を中退し、
1年アルバイトをしたあと、
横浜にあった映画の専門学校に入った。
まだ、こちらの世界に足は踏み入れておらず、
その前の年にバイトで知り合った女性と
付き合い出して2年目だった頃だった。

当時、その学校は2年制で、
僕のように二十歳を越した者も多くいたし、
高校卒業して18歳で者もいた。
僕よりも年上も何人かいて、
大きい歳の開きは7歳か8歳
あったのかも知れない。

1年に入ってすぐ、福島県の農村に
一週間ほど手伝いに行く、
という不思議なカリキュラムがあり、
各自、それぞれ農家のお宅に
ホームステイさせていただいた。

その実習途中で大きな飲み会があり、
クラスの連中とはそこで仲良くなった。
それから横浜に戻り、毎週のように
集まっては朝まで飲んだ。

ピュン丸、アンドレ、カッシャン、少年、
キンチャン、ハラチャンなど、
ほとんどあだ名で呼び合い、
朝まで爆笑したものだ。

2年からは、それぞれが演出、脚本、
俳優、録音、撮影などなど
部が分かれていき、
それほど集まることはなくなった。
僕は演出クラスに入った。

しかし、そのたった2年間(特に最初の1年)は、
本当に短くも、濃い関係だった。

その後、それぞれ自分の道を歩み、
僕も映像関連の仕事を経て、
今の店をオープンした。

その中で3人ほどは、
ふらりと店に来てくれたりもした。
その際に、級友の存在を確認するべく、
ネットで調べたら、大阪で演劇活動をしていた
一人(大竹野正典君)が海で溺れ死んでいたことを知った。

その事を僕はFacebookで見つけた
録音技師をやっているピュン丸こと藤丸に連絡した。


そんなこんなで、3週間ほど前に、
何人かで集まろうという流れとなった。

そして先週の土曜日に、
ほぼ38年ぶりに同級生が集ったのだ。
僕を入れて7人だった。
当然だけれど、それぞれ結婚もし、
子供も授かり、
その子たちも彼らの手元から離れていた。

そりゃ、そうだ。38年だもの。

新宿でワイワイと飲んだあと、土曜日だったので
そのまま、うちの店に来てくれた。

当時、車の免許取り立てのピュン丸が
中古のスカイラインにブラッキーという名を付け、
飲酒運転をして(もう時効だろう)江ノ島まで車を飛ばし、
ビーチ・ボーイズや、デビューしたての
サザン・オール・スターズを観たのは
本当に懐かしい思い出だ。

ピュン丸は、僕がゲイであることを
カミングアウトしたことを喜び、
時代は変わったし、十分自分は
受け入れていける、そう言ってくれた。

当時、僕のアパートから
歩いて10分ほどの場所に住んでいたアンドレは
しょっちゅう、一緒にいた友人で
「当時、まったくカミングアウトされなかったからか、
やっぱりゲイだと聞いたのは、ショックだった」と言った。

当時は僕自身、まだゲイであることを
受け入れていられていなかったし、
だからこそ、結婚前提で付き合っている彼女もいたのだ。

少なくとも、確実に僕にもそういう時期だったのだ。
そして、そういう時代があったからこそ、
今があるのだ、改めて、そう思う。

僕は店を開くことによって、
高校時代、大学、そしてこの専門学校、
加えて入っていた映画会社、
その後のAV会社時代も含めて、
関わった多くの人たちと改めて交流することが出来た。

店を開かなければ、それぞれと
再会することもなかったような気がする。

とっても長いブログになってしまったけれど、
そんな機会を与えてもらえたことに
改めて感謝したい。


posted by みつあき at 15:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月10日

怒る、ということ

うちの店に来てくれる僕の古い友人たちが、
たまに僕に対してのスタッフの
フランクな態度やタメ口や物言い、
そして僕がめったやたらに怒らないことに
「ねえ、舐められたりしてない?」と
言ってくれたりする。

いや、特にそれを強く感じることはないけれど、
他人にそう思われるのは、
ちょっと情けない気もしないでもない。
でも、僕が声を荒げないことは
今に始まったことではないのだ。


子供の頃、僕の両親は
敬虔なクリスチャンだったこともあり、
人を愛することや、
信じることなどについて語り、
礼儀や徳を積む、ということなどは
厳しく教えてはくれたが、
激しく怒る、ということは決してしなかった。

怒りという強い感情、
それをぶつけるということよりも、
いかにきちんとその気持ちを伝え、
息子や娘に理解してもらおうか、
それを父や母は常に考えていたような気がする。

そんな優しく、穏やかな両親との生活も
中学校まで。
その後、僕は全寮制の高校に入り、
今なら信じられないくらいの暴力や暴言で
モノを言わせる日々を送ることになった。

先生や先輩の怒鳴り声や体罰は、
僕自身を強くはしたかも知れないけれど、
「怒り」「キレる」という行為に対して
嫌悪感や恐怖感を持つようになってしまった。

そんな高校生活も終え、大学、
専門学校を経て、仕事をし出してから、
改めて「厳しい」ということについて
考えるようになった。

「人や自分に厳しい」という事は
怒りをあらわにすることだろうか。

客観的に、街中、もしくはレストランなどで
大声を出して憤っている人を見るとどうだろう。
僕は途端に辛くなる、悲しくなる、残念になる。
もっと、スマートに、気持ちをしっかりと
相手に届けられないのだろうか。

そんな理由もあって、僕はよほどの事がない限り、
怒鳴る、憤る、怒りをあらわに表す、
ということはしない。
それはいつの頃からか、
はっきりと僕の心の中で決めたことでもあった。


もちろん、こんな僕だって、
日々の生活の中で、ムカッとくること、
こんちくしょうと思うことはたまにある。
電車で強く押されたり、
突然、暴言を吐かれた瞬間、
咄嗟に不快感がムクムクと沸き起こる。

ただ、その瞬間、大きく呼吸して考えること。
相手がどんな気持ちであるのか、
冷静に考えてみること。
それは、決して不得意ではない、そう思っている。

怒りが生まれるのは
「自分がバカにされている」「舐められている」
「負けている」「責められている」
「相手はまちがっている」
そんな事を思うからであって、裏を返せば
「自分は絶対、正しいのだ」
そう思い込んでしまうことだ。

基本的に「絶対的な正しさ」というモノなんて何もない。
この世に「絶対」なんて何もないのだ。

もちろん、自分はこうでありたい、
こう生きていきたい、
そういう事柄は山ほどある。
相手とまったく違う意見、生き方だからと言って
その相手をぎゃふんと言わせるように
強い感情をぶつけることなど
まったく何も生み出さない。
そこには不毛な不快感のみが
じくじくと残っていくのだ。


ごくごく、つい最近、僕としては
本当に珍しく大声で怒鳴ってしまった。
それも、自分よりも、
何十歳も若い人間を、だ。

その理由がどうであれ、
嫌悪感を如実に表し、相手を責めた。
その日は自己嫌悪に陥った。

自分の弱さや、奢りを目の当たりにし、
俺は何様なのか、
ということを自問自答した。

相手の話をきちんと聞き、
自分の意見も穏やかに伝え、
その違いを攻めることではなく、
着地点を見つけることが出来なかったのだろうか・

怒鳴るエネルギーがあれば、
もっと賢い方法を生み出すパワーに
変えられたのではないか。

良い年をこいて、
まだまだ尻が青いなあと思う
そんな日もある。

しっかりと自我を保ちながら、
でもそこに溺れ、酔ってしまうことなく、
いつも自分を省みることができるようでいたい。

珍しく酔っ払った(笑)


posted by みつあき at 03:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月06日

歓喜と落胆

昨夜来てくれたエイサク君は
今まで、なかなか胸を焦がすような恋愛には
なかなか出会えなかった。

しかし、ここひと月、とある出会い系で
やり取りした相手は、
写真を送って来てくれた時から
まさに自分のタイプのど真ん中。
何度かやり取りしたあと、彼と会うことになり、
お茶を飲むことになった。
会えば、さらに120点。
エイサクによれば、会う人の9割は
好感を持ち、一度は寝てみたい、
そう思うはずと言う。

二度目のデートでは、食事となり、
彼自身の話をずいぶんしてくれた。
そのキャラクターもさることながら、
彼の人生観も、スポーツ好きなところも
色々な部分がエイサクに決定打となった。

三度目に会う時には、いよいよ、
エッチをしようという約束になった。
その彼は「バリタチ」であると言う。
とにかく、ガンガンと相手を掘って
イカせることが大好きなのだそうだ。

エイサクは精神的には受けであるものの
今まで何度かトライしてみたものの、
アナルセックスとなると
痛くて、痛くてダメだった。

でも、これほどまでに自分のタイプの人が
エイサクを受け入れてくれようとしたことなのだから
何とかしなければ、そういう気持ちは否めなかった。

結局、エイサクはウリ専を買って
次に彼に会うまでにしっかりと鍛えることにした。
彼が買ったウリ専は3人。
それぞれは、その相手に比べると
まったくタイプではなかったけれど、
丁寧に導こうとはしてくれた。
それでも、最初は血だらけになり、
ちょっとずつ慣れはしたものの、
違和感はぬぐいきれなかった。

もちろん、小さいモノから大きいモノまで
バイブや張り型も買って来て練習をしたようだ。

そんなこんなで挑んだ彼とのファースト・セックス。
彼のイチモツは、驚くほどのでかさだったけれど、
エイサクの大事なところのほぐし方のうまさ、
痛さどころか、これほど感じたのは
初めてだった、と言う。

ただし、その彼はどんどんと突く、掘るのみ。
そこにはエイサクが欲しいハグも、キスも
まったくなかったようだ。
時間制限があるホテルだったせいもあり、
もちろんピロートークもなし。

思えば、最初に会ってからのやり取りは
すべてエイサクから連絡したもので、
この日の夜からエイサクが連絡をせずにいたら、
まったくあちらからは連絡がなかった。

自分から連絡をしたら、また会ってくれるだろうか。
彼も過去、ほとんど付き合ったりしたことがない、
そう言っていたから、付き合い方がよくわからないのだろうか。

色々なことがエイサクの頭をよぎる。

でも、彼にとって最も大切なハグやキスがないことは
気持ちにストップをかけてしまったそうだ。
それでも、あんないい男と一度だけでも
そういう関係になれたから、
良かったのだと思うべきか。

あと追いすることでさらに傷ついてしまうこともある。
色々な可能性もあるだろうけれど、
次に進んだほうが良いのかもしれない。

posted by みつあき at 20:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月05日

今月のお勧め映画

さて、アカデミー賞を賑わした「ラ・ラ・ランド」


店では「あれ観た?」という会話が続くのは
「レ・ミゼラブル」その前なら「マンマ・ミーア!」以来かも。
どれもミュージカル映画というのは、
いかにもうちの店らしいけれど、
話題になるのは、映画好きとしては嬉しい限り。
ちなみに僕は「マンマ〜」はダメだったけれど。

そして「ラ・ラ・ランド」
実は年末に僕は一度試写で
観させてもらっていたのだけれど、
その時は期待が大き過ぎたせいか
ちょっと消化不良だった。

まだまだ観ていない人も多いだろうから、
多くは語れないけれど、ドラマとしてどうなのか、と。

ただ、公開してすぐにIMAXで二度目を観たら、
その「どうなのか」という疑問や、消化不良はすべて消え、
ものすごく満足がいく映画だと合点した。

自分でも滅多にないこの変化。
寝ていたワケでも体調が悪かった訳でもなかったのに。


映画のオープニングが本当に素晴らしい。
映画の都、ハリウッドの幹線道路で、
大渋滞している何重もの車。
一台から一人の女性が飛び出し、歌い出すと、
他の車からもどんどん人々が降りて歌い、踊り出す。
カメラはぐんぐんと引いて群衆を映し出し、
流れるように群舞を見せていく。
決してカメラは止まることはなく、ずっとワンカット。
このオープニングから、
映画はグッと僕が胸をつかんでは離さなかった。

このあと、映画俳優を目指す
エマ・ストーン扮する女性ミアと、
ジャズ・ミュージシャンを目指す
ライアン・グズリングのセブが出会い、
あっという間に恋におちていく。

人を愛する気持ちと、夢を追うということ。
諦めずにいることと、諦めなくてはいけないこと。
そんなテーマが、この映画には
ギュッと詰まっている。

公園、映画館、プラネタリウム、
ずっと心に残るデートシーンも満載で
そんな中で、忘れられないけれど、
最高にしびれたのは2つのシーン。

ひとつは、バンドのツアーに出て一瞬だけ
戻ってきたセブと部屋に残っていたミアの
言い争いのシーン。

そして、大きな将来を賭けたオーディションで
自分の夢に向かっていた叔母のことを語る(歌う)
ミアのシークエンスだ。

共に、この映画のテーマを表す重要で涙なくして観られない。

全編に流れるフレンチジャズ風のミュージカルナンバーも含めて
歴史に残るミュージカル映画だと僕は思う。

posted by みつあき at 19:24| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月03日

オスカー・ナイト2017!!

今週の月曜日。
去年に引き続き、店では映画好きが集って
みんなでアカデミー賞授賞式を観る!という集いをした。

今回は、ゲバ評が高く、
日本でも始まったばかりの
「ラ・ラ・ランド」がどれほど取るか、
ということに注目が集まっていた。

授賞式は、ジャスティン・ティンバレークの
主題歌賞ノミネートの大ヒット曲
"Can't Stop the Feelin'"から始まったのには
驚いたけれど、会場に降り、
客席の中で踊りながら歌うという楽しさ。

司会のジミー・キンデルは
日本じゃあまり知られていないけれど、
アメリカの深夜の生放送でお馴染みだ。
彼がところどころで、トランプ叩き、
と言うかトランプいじりを広げていたのが
想像を少し超えて楽しかった。
特にゴールデングローブのスピーチで
怒り狂ったトランプの「過大評価されている女優」というのを
連呼するのには店内爆笑。

それ以外でも、長編アニメーションを発表した
メキシコ人俳優ガエル・G・ベルナルが
「メキシコ国境との壁、反対」を唱え、
外国語映画賞をとったファルハディ監督が
「イスラム圏からの入国禁止への抗議文」を発表したり、
と新政権への批判が相次ぐモノになっていた。

これを観て思い出したのが、
その昔「ジュリア」という映画で
最優秀助演女優賞に輝いたヴァネッサ・レッドグレープのこと。
パレスチナ人擁護の政治的発言をした、と
それ以降、政治的発言はしないように、
とアカデミー協会からお達しが出たのが、
もう40年近く前だ。

今回、アカデミー協会が反トランプと
言われているだけあってか、
こういう流れになったのはとても興味深い。

どこかの国の政府からの圧力なのか何なのか
テレビ局が自主規制をしたりするのとは
ずいぶん違う。


さて、今回アカデミー賞の前哨戦と言われる
他の色々な賞では上記の「ラ・ラ・ランド」と共に、
ほとんどが黒人キャストによる同性愛者の少年を
扱った「ムーンライト」が、
ほぼ互角に作品賞を分け合っていた。

とは言え、「タイタニック」や
「イヴのすべて」(素晴らしい!笑)と並び、
14個のノミネートされた「ラ・ラ・ランド」。
(部門が13部門だったのは、
主題歌賞に2曲ノミネートされたから)

ただ、発表されていくと、音響とか美術とか
編集など、きっと取るだろうと思われているものが
はずれていく・・・。

とは言え、主演女優賞、監督賞、と
大きく流れは「ラ・ラ・ランド」へ。

作品賞については、多くの報道で
ブログを読んでいる方も知っているだろうけれど、
夜の営業まで、まったく結果を知らずに
挑んでいた僕や数人のお客さん
(多くは知っていたようだけど、
黙してくれていた)
話題となったように、前代未聞の
「発表を誤る」というアクシデントに見舞われた。

フェイ・ダナウェイが「ラ・ラ・ランド!!」と
言った瞬間、店内はやっぱりねえ、
という雰囲気になったけれど、
それから「ララ」の3人のプロデューサーが
スピーチをしたあとで、本当の作品賞は
「ムーンライト」だったと発覚。
壇上に上がった「ララ」の関係者も、
会場で知った「ムーン」の
関係者も狐につままれた感じ。

ちょっと胸を打たれたのは、「ララ」の
プロデューサーが、「これは私から発表させてください」と
声高く叫んだことだったし、その後の主演女優賞のエマの
スピーチでも「ムーンライト」は獲るべき作品!と
強く言っていたことだった。

結果的に、去年無視をされたアフリカ系の人たちで
作られ、同性愛者を主人公に置いたこの低予算の
作品が作品賞をとったのは、正解だった。

もちろん「ラ・ラ・ランド」は長く歴史に残る
21世紀のミュージカルだけれど・・・・。

店でやったオスカー・ダービーは、
14部門を当てたアツオ君に。
2位はぐちお、3位はタダシに決定。

楽しい一夜だった。
長い時間、ネットも封印して結果知らずというのは
辛いけれど、来年もみんなで楽しみたい。
いらっしゃれなかった方は、来年こそ、どうぞ。


posted by みつあき at 17:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする