2017年01月06日

新年初日

1月4日の水曜日は2017年、最初の営業日となり、
店のスタッフ、旧スタッフや
新年会帰りのお客さん、
そして新年の挨拶にいらっしゃった方などで
朝まで盛り上がってしまった。


そんな中、深夜に残っていた40代後半の3人のお客さんたちと
暮れの紅白歌合戦の話になった。

僕自身、店で放映をしていた営業中、
バタバタしていてほとんど観ることができず、
正月の休みに、ゆっくりと録画した歌合戦を観た。
ちょうどその数日前にやはりNHKで放映された
AMA(アメリカン・ミュージク・アワード)も
遅ればせながら、同じ日に目にした。

紅白はある意味、アーティストにとって
特別なモノなのかもしれないけれど、
そのせいか、日本のパフォーマーは、
出させてもらっている、という感じが否めない。
多くのアーティストがテレビ局や、観客、視聴者に
媚びているふうに見えるのは
僕だけなのだろうか。

かたや、AMAにおいての、あちらのアーティストは
独自の見せ方でオリジナリティで工夫をしている、
そんな気がする。
そこには視聴者から期待されている通り、ではなく、
想像を超えたモノにしようとする姿は
挑戦的にさえ見える。

日本の多くの歌手、ダンサーの中でも
海外の人たちにまったく引けを取らない
アーティストも山ほどいる。

しかしながら、
彼らを見せる構成、美術、ライティング、
そのすべてがどこか幼稚で、ベタなモノに
なっている。

パフォーマンスの多くは背景のLED映像に頼り、
そして隅から隅まで明るいライトでバッチリと見せる。
AMAでは、大掛かりなセット美術に
ライトの陰影も創意工夫が見て取れる。

紅白の場合、ベタに見えてしまうのは
果たして老若男女に受けるように、
という配慮だからなのだろうか。

いや。
それは朝、テレビを付けてチャンネルを変えると
ほぼ、どのチャンネルもそうであるように
まるで子供に対してアピールするような
番組作りになっていることが見えてくる。

日本のテレビ、
いや、日本で作られていく文化的なモノの
多くは非常に子供っぽいのだ。

そして、そこには「みんなで力を合わせて」
という感動を訴える、
そんな演出が常につきまとっている。
そのようなわかり易い言葉の羅列でないと、
胸を打つ、ということが出来ないものなのだろうか。


そんな僕の言葉を耳にして、
お客さんのエイイチ君は
「それなら、マスターが自分が
これぞと思うモノを作ればいい。
そういう演出をするように、動けばいい」そう言った。

確かにそうなのかもしれない。

店をやっているという理由だけではなく、
僕自身の性格ということもあり、
基本的には人やモノを批判することは避け、
良いところを見ることに勤めているつもりだ。

しかしながら、最近思うのは、
これからの子供たちが、こういう環境の中で、
良いモノを評価したり、
作り出したりすることが出来るのだろうか、という
疑問や不安だ。

だからこそ、そういう気持ちを持つ己自身が
何かをしなければならないのかも知れない。

何かをしっかりと伝えていかなければならないのかも知れない。

正月早々、おっさんじみた事を書いているけれど、
自分をいましめる、という意味も含め、
良い新年の幕開けとなった。


posted by みつあき at 19:12| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする