2016年11月30日

別れても好きな人

月曜日に来てくれたヤマニシ君は、41歳は、
今まで5回くらい人と付き合ったことがあるらしい。
5人ではなくて、5回、というのが不思議、
という気がしたんだけれど、
よくよく聞いてみると、何とそのうちの3回は
まったく同じ人だと言うから驚きだ。

エリザベス・テイラーとリチャード・バートンやら、
お笑いの東野幸治やら、秋吉久美子やら、
有名人の中でも復縁カップル、再び別れる人も
いるようだから、もちろん、ゲイの中にも
当然そういう二人がいてもおかしくない。

ヤマニシ君、最初の4年で相手の浮気が原因で
別れた。
その1年後に、その、元彼がやっぱり忘れられないと
謝ってきて復縁。
その2年後、ヤマニシ君が海外転勤となり、
(その時に将来、いつまで帰国できるか、
まったく目処がたっていなかったこともあり)
色々話した結果、別れを決めた。

海外で他の人とヤマニシ君は付き合ったし、
その間、元彼も新しい恋人が出来たらしいのだが、
結局、ヤマニシ君が帰国してから
「やっぱりお前じゃなきゃダメだ」
という会話となり、再復縁。

とかく、身体の結びつきから始まる事も多い
ゲイの場合、次がある、次がいる、
そう思う人も多い。

そんな中で、ヤマニシ君カップルのようなパターンも
あるのだ、と、なかなか良い話を聞いた気がした。
posted by みつあき at 20:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お知らせ

今回は2つ、お知らせがあります。

また〜〜???と言われてしまいますが、
恒例の秋〜冬の僕の旅行が今度の日曜日からと決定しました。
今回はニューヨークと帰りに少しだけ20年ぶりのハワイに
寄ってきます。
帰国は20日、翌日21日の水曜日から出ます。
その間、またスタッフに迷惑かけてしまいますが、
よろしくお願いします。

ニューヨークの今回の目玉は
「ファルセットズ」というゲイを中心とした家族のミュージカルで
これは、オリジナルを観て、胸を熱くした舞台です。
そして、何と渡米直前に決まった
熱帯雨林保護のための慈善ライブ。
出演者が我らがブルース・スプリングスティーン、スティング、
ジェイムス・テイラー、クリス・ボッティ他にもサプライズゲストが多数とのこと。


さて、もうひとつのお知らせは、
1年数ヶ月、店を休んでいたラファエルが
来月から戻って来ます。

まずは今週の土曜日、キョウシロウと入ってくれます。
これまた、よろしくお願いします。


posted by みつあき at 15:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月27日

映画史に残る傑作アニメーション

一昨年の「アナ雪」現象のような大ヒットを
記録している和製アニメ「君の名は。」。
観なければ、と思いながら、これはまだ観てない。

その前に、ずっと気になっている映画があった。
「この世界の片隅に」というアニメーションだ。

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実は夏くらいからマスコミの試写の招待を
いただいていて、2度ほど行ったのだが満席。
特に2回目なんて、1時間近く前に行っても
入れなかった。
マスコミの試写で、今どき、こういう事も珍しい。

で、観た人に聞くと、口々に素晴らしいと言う。
何も情報を聞くことなく、
一昨日、やっと映画館で観ることが出来た。

その出来は、多くの人が絶賛するように、
いや、それ以上に本当に緻密に出来た
なかなか観ることが出来ない
アニメーションとなっていた。

本当に驚くべき傑作。
アニメーション映画、というよりも
日本映画史に残る一作だと僕は思った。


舞台は昭和8年。世界大戦前の広島に住む
のんびりとした絵がうまい少女すずが主人公だ。

彼女と彼女の家族(それは親や兄弟のみながらず、
その後、嫁に行った先も含めて)と、
すずをとりまく人々が、原爆投下され、
終戦を迎えるまでの日常を描いている。

そう。映画は誰もが知っている
あの昭和20年8月6日に向かって
刻一刻と進んでいくのだ。
まさかのまさか、あのような事が起きるなんて
誰もわかっていなかった、戦下での日常。

こう書くと、実写でもアニメにも描かれる
いわゆる戦時中を舞台にした反戦映画かと
想像する人が多いかもしれない。
でも、この映画、戦争の描写はところどころに
ありながらも、誰も声高々に
戦争の怖さ、辛さ、悲しさを
叫ぶこともなく、ただ、ただ、
起きていく現象を淡々と、描いていく。

物資がない中で、いかにお腹をふくらせるため、
そして少しでも美味しく食べるために、
頭を使ったいたのか。
人を好きになる、ということが
そんな時代にでも変わらずにいられたのか。

重くて暗い、
そんな戦争映画のイメージとはかけ離れ、
この映画はユーモアを交えながらも、
想像を超えたテンポの良さで話は進んでいく。

決して実写では表現できない、
アニメならではの演出が
ところどころに際立っているのも見事。
主人公すずが描く広島県呉の海。
その絵が動き出す躍動感、美しさは
とても文章では言いあらわせることは出来ない。

原爆でボロボロになった広島の街の描写など
ここにはほとんど出てこない。

僕たちが多く目にした凄まじい光景よりも、
悲しく、辛く、それでも新しい時代を生きていこうとする
美しさがこの映画にはある。

最後に、少女すずの声を担当したのん(能年玲奈)が
本当に素晴らしい。
ごくごく普通の日常的幸福を心から願う
女性の姿を、時にはのんびりふわっとし、
そして時には凛として
彼女ではなければ出来ない雰囲気で
映画をさらに魅力的にしてくれている。

彼女の芸能活動の問題で、思うようにこの映画の
宣伝活動も出来なかったという噂が本当なのかは
わからないけれど、口コミで広がって
多くの映画館でこの映画がかかることを
心から願いたい。
posted by みつあき at 20:44| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月25日

熊本からの来客

僕は一度も訪れたことはないのだけれど、
昨夜初めて来てくれたコウジ君、37歳は
熊本県からのお客さんで、
東京に住むパートナーと5年越しの
遠距離恋愛を楽しんでいるとのこと。

コウジ君いわく、熊本というのは
今どき、男尊女卑のようなモノもまだ残っている土地らしく
ゲイなどもってのほか、という空気もあるようだ。
それでも、今年、LGBTのパレードで大きな商店街を200人もの
人たちが歩き、コウジ君は感動したとのこと。

かく言うコウジ君は、もう10年前から
こんな熊本ででも、ゲイはいるのだ、と
オープンにしたくて、当時付き合った恋人と
その商店街を手を繋いで歩いたり
結構大っぴらな行動で目立っていたとのこと。

ただ、やはり道行く人の目は冷たかったり、
ゲイの友人からは「お前とは一緒に歩きたくない」
という声も聞かれたと言う。

東京を中心として、少しずつ変化を見せている日本だからなのか
ニュースやネットの情報で、
地方都市も「LGBT」という言葉を
知っている人も多くなったようだ。

たぶん、生涯、熊本を出る、
という気持ちはないというコウジ君。
熊本出身のパートナーも行く行くは
「僕は少しばかり早過ぎた感はありますが、
でも時代の変化は単純に嬉しいんです。」
とのこと。

5年後、10年後の熊本はどうなっているんだろう。
posted by みつあき at 20:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お客さんを覚えるということ

うちの店はショットバーと思われている節はあるけれど、
ちゃんとキープボトルもあるし、
1日、何組かの人は自分のボトルを
飲んだりしている。

ボトルを入れてくれると、そこに名前も書いてもらうし、
よほど間が空かない限り、顔や名前を忘れることは
それほどない。

ただ、ボトルなど入れていなくても、
どれほどの人と名前を覚えているか。

オープン当時、必死になって名前と顔を覚えようと、
ノートを付けた。
名前別にすると、思い出せないので、
特徴別にして「坊主頭」「スリム系」「マッチョ系」
「20代前半」「50代後半」というような
結構細かく分けて、そこに名前を書く、
というようなリストだ。

しかしながら、これがほぼうまく機能せずに
覚えきれないことが数ヶ月して、わかった。

名前はもちろん、
顔も覚えられないことだってある。
それは人に寄って、というか、
タイミングに寄って変わってくるのだ。

僕がタイプ、イケメン!と思う人は
すぐ覚えるかというと、それもまた違う。

もちろん、話す内容が深ければ深いほど、
かなりの確率でインプットされる。
でも、それが1年、2年と開くと
また思い出せなくなる。

ただ、僕の場合、ブログを書くことによって、
その人と成りを反芻できることも多く、
多少、それが思い出せることにも繋がってくる。

そう思えば、どれほどいるかは不明だけれど、
名前や顔をスラスラと覚えるマスターたちが
羨ましいというよりも、尊敬してしまう。

そう言えば、その昔、故 淀川長治氏が
その日にもらった名刺をベッドに並べ、
一人一人の顔を思い起こし、
喋った内容も思い出すということをしている、
と言っていた。

それを聞いて、僕もブログを書くに当たって、
伝票を見ながら、一人一人との会話を
店の帰り道に思い出す、ということを
やっていた時期もある。
それでも、数ヶ月経つと忘れてしまう人もいる。

やっぱり、脳内の問題なんだろうか・・・。

posted by みつあき at 14:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月23日

仕事と私生活のバランス

先週の深夜にふらりと初めて来てくれた
グンジ君は40歳の会社経営者だ。

彼は仕事でぬるい事を言っている相手には
徹底的にこけおろし、
とにかく仕事が出来ないのは
すぐ首にする。
たぶん、自分は会社では嫌われ者で、
それでも、部下は仕方がなく
頑張ってくれているんだろう、
そうぽつりと言う。

会社ではこんなのだけれど、私生活は
本当にだらしがないのだそうだ。
好きになったら、どこまでも、じゃないけれど、
ワケがわからなくなる。

恋愛が始まると、仕事にも影響することが
自分の中で最も恐ろしいことで、
それがないように、バランスを取るのが
自分の生活の中で、一番のストレスらしい。

それも、いたるところで出会いを求め、
すぐにのめり込む体質。

仕事がいくら忙しくても、
少し時間が空けば、
アプリですぐに、約束を取り付ける。
バーも、新宿では飽き足らず、
上野、浅草、新橋、と動き、
何とか出会いはないかと探すのだそうだ。

年齢はあまりこだわらないけれど、
グンジ君が気に入った相手が少しでも
彼に興味を持ってくれると
盛り上がる気持ちが抑えられなくなってしまう。

付き合った人も、
好きになった人も数知れずらしいが
2年以上続くことがなかなか難しいのだそうだ。

グンジ君は、常に自分に問題あるのだ、と言う。
懸命になり過ぎるから。
「それは仕事もそうなんですよ。
辞めさせるのは、
辞められるのが怖いから
その前に自分で切っちゃう。」

そんな事を言って、ちょっとうなだれながらも、
明日も仕事帰りにデートの約束があるのだ、
そう言っていた。

う〜む。なかなか大変そうだなあ、そう思った。


posted by みつあき at 19:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月20日

辛過ぎる連絡

つい先日、僕の恩師でもあり尊敬する
映画プロデューサーが亡くなったということを
ここで伝えた。
もう15年も会っていない、と言いながらも
僕の人生の鍵を握っていた一人だっただけに
とても無念だった。

そして、それに続き、つい一昨日の深夜、
思いも寄らない、辛い訃報が舞い込んだ。


僕が半年に一度出かけるニューヨークで
いつもお世話になっている親友ミチヤが
36年に渡って付き合っていたパートナーのトムが
亡くなったことをミチヤ本人のメールで知らされた。

彼らは8年前に、まだ女性のお腹の中にいる
子供を養子に迎え入れることを決め、
この8年間、二人でその子を育てていた。

僕は渡米するたびに、3人に会い、
僕は娘さんリーの成長をここ8年の間、
ずっと見ていた。

雑誌の編集をやっていて忙しいミチヤだったが、
自宅で仕事が出来るトムは、およそ昼間は
可愛い娘さんリーの面倒をずっと見ていた。

それが突然、容態を壊し、救急で病院に運ばれ、
翌日の深夜に息を引き取ったと言う。
悪性の肺炎だったようだ。

健康でまったく問題がなかったらしい。

ミチヤのメールには
「もっともっと一緒に過ごしたかった。
もっともっと一緒にリーを見守りたかった」とあった。

8歳のリーは、自分の気持ちを抑え、
明るく振舞っていて、ミチヤは助かっていると言う。

トムが亡くなって、まだ3日。
恐らく二人は胸が張り裂けそうな気持ちでいるのだと思う。

来月早々、僕はまたニューヨークへ行く。
二人になってしまった彼らと共に、
心からトムの冥福を祈りたい。
posted by みつあき at 18:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お知らせ

本日、20日、Bridgeは、9周年パーティスタッフ打ち上げのため、
カフェ営業のあとは、お休みとなります。
大変申し訳ございませんが、ご了承ください。
posted by みつあき at 17:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月19日

どこまでが潔癖で、潔癖ではないのか

この前、ジーンズのまま、ベッドに
座るのはあり得ない、
というお客さんの話を書いた。
そのあと、誰が握ったかわからないような
おにぎりは食べられるか、
直箸でつつくには、どうかという話になり、
これは結構、分かれるところだった。

僕の場合、そのどちらもOKだし、
それこそ、好きな相手と一緒に食事をして、
違うモノを頼み、シェアして
半分ずつ食べる、というのも普通、
もちろん、飲んだ飲料水の
ペットボトルを渡されて飲むのも特に平気だ。

そんな事言うと、まったくあり得ない!と
驚く人も結構いる。

たぶんそれはお腹を壊すとか、
不衛生という前に、生理的にダメ、
受け付けない、という人が多いのだろう。
そういう部分は、僕は少し欠けているのかも
知れない。

どこまでが潔癖症になるのか、
そうでないのか。
ただ、仮に潔癖症と言われる人の性生活、
というのはどんな感じなのだろう、
とちょっと考えてみる。

具体的なことは伏せるけれど、
セックスについて、裸であったり、
性器を露出したり、触れ合ったり、
それ以上のことをするのだ。
人によって、その使いかたは
それぞれだろうけれど、そこには
大きな差があるような気がしてならない。

果たして、性的なことについての僕は・・・
もう歳をとり過ぎて忘れてしまった(笑)

posted by みつあき at 20:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月17日

ゲイの家計簿

ここのところ、週に一度くらい
店に来てくれるマサノリ君。
彼はここ4年ほど、スマートフォンで
家計簿アプリをダウンロードして
使っているらしい。

そういうアプリの中に、
「食費」とか「交際費」とか
「交通費」とかの項目は事前に
入っているらしいのだけれど、
もちろん自分で入れることも出来るようだ。

可笑しいのは、マサノリ君は
「エロ」という項目を作っていること。

その「エロ」は、ハッテン場や、
ラブホテルなどに行ったりするのはもちろんなのだが、
たとえば、うちの店で誰かと出会い、
その日にベッドインするとすると、
当日のうちの飲み代は「エロ」の項目に入るらしい。
(残念ながら、そんな事は今まで
うちの店ではないらしいのだが・・・)

もっと笑ったのは、先日、
とある体育系学校の文化祭に行ったのだが、
そこで使った料金もすべて「エロ」だと。

直接、性的な事に結びつくことはないけれど、
それでもエロい気持ちでいる、ということが
その項目に入ってしまうとのこと。

近年、その「エロ項目」で金額が大きかった月は
どれくらいだったのか、と尋ねると
何と8万円くらいだったことがある、と。
8万円!?と店内ビックリ。

その内訳で一番大きいモノは
何らかの器具を購買して、
ちょっと驚くほどの額だったようだ。
内容はさすがに教えてもらえなかったけれど。

今後、マサノリ君の「エロ項目」に、うちの代金が
入ることを祈りたい。
posted by みつあき at 18:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

恩師の通夜で感じたこと その2

ひとつ前のブログで、師匠のお通夜で
多くの古い仕事仲間と会った、と書いたけれど、
そこで何人かの人から「今、何、やってるの?」と
質問されるのにはちょっと困った。

僕は基本的にはフルオープンで
今さら、ゲイだということを伝えるのに、
気恥ずかしいとかはないのだけれど、
今後、付き合いが深くなるとは思えない相手に
いちいちそんな事を伝えるのは
色々な意味で面倒だ、そう思っている。

どうせ伝えるのなら、誤解がないように
自分の言葉で、しっかりとそれなりの
時間をかけて、伝えたい、そう思うタイプであるから。

でも嘘は付きたくないので
とりあえず、その質問には
「バーをやっている」と答える。
そうすると、必ず「どこで?一度行きたい」
という話になる。

今回、デザイナーの人に「バーなら
行きたいけど、どこで?」と聞かれ、
「新宿2丁目で」と言うと
「ああ、あっち系か」と言われた。

そこには特に深い意味もなく、
たぶんデザイナーの世界ではいくらでも
ゲイはいるだろうけれど、
何とも言えない居心地の悪さを感じてしまった。

それ以上、深く話す雰囲気でもなければ、
時間もなかったし、何よりも
他にも多くのお客さんたちがいたからだ。

かと言って、ひと言、ふた言で「ああ、あっち系」で
片付けられるのが、何とも居心地が悪いのだ。

それは、たとえばジムのサウナで話しかけられる
どう見てもストレートの同世代の人や、
たまたま行ったマッサージのお店の人などに、
同じ質問をされる時もそうだ。

もちろん、そういう時には
「飲食店」のオーナーで、
とかで逃げたりするのだけれど。

うちの店はきちんと理解さえしてくれていれば、
ストレートだって、女性だって問題ないのだけれど、
この微妙な感じが、なかなか面倒でもあったりする。

あまりそんな事を考えず、気楽にふらりと
誰もが来られるバー、
というのが理想なんだけれど・・・。
なかなか難しいものだ。

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posted by みつあき at 03:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月16日

恩師の通夜で感じたこと

昨夜は先日、こちらにも書いた
僕の恩師(と言うか、親分)の
荒戸源次郎さんの通夜だった。

彼との関係や思い出は先週書いたので割愛するけれど、
通夜では36、7年ぶりに会う人たちが多勢いた。
もちろん、芸能人を含む、著名人の姿も。

他の通夜や葬儀で見られる涙や嗚咽は
ほとんど見られず、みんな穏やかで
むしろ笑顔さえたくさん見られたのが
荒戸さんの通夜らしい、そう思った。

1980年当時。
当時は僕もまだ自分がゲイである事を
受け入れておらず、
映画現場で働く年上の男たちをかっこいいなあ、
なんてぼんやりと眺めていたりした。

男性同士で直接的な性交渉が成り立つ、だなんて
想像もしていなかったから、
彼らをそういう目で観ていたのか、どうかも
あまり覚えていない。

撮影の宿泊所が、お寺のお堂での雑魚寝だったが、
とにかく毎日疲れ切って、不埒な事を考えることもなく
現場ではぐっすり眠っていられたのは
今思えば有り難かった。

現場が終わり、自分たちの移動式映画館
(そう、荒戸さんが作ったのは、
ドーム型の劇場だった)を建てつけ、
その中で映写もすることになった。

高校時代ラグビーをやっていた、という
スタッフのOさん(僕よりもひとつ年上)が
あまりに映写室が熱い、
とパンツ一丁で映写していて
妙にドキドキしたことは覚えている。

僕よりも年上とは言え、まだ25,6で
おまけにハンサムだったから
ゲイ要素たっぷりの僕は、かなりドキドキしていた。
もちろん、そんな事はまったく
わからないように心の奥底に閉じ込めてはいたけれど。

そのOさんも、昨日の通夜にも来ていた。
他の人と同様、35年も超えての逢瀬だった。

最初、彼とはまったくわからないほど、
真っ白な髪で、体もずいぶん小さくなっている気がした。

Oさん以外も、40年近く経っていると、
ほとんどの人が面影はありながらも、
ほぼわからない。

そのほとんどがストレートだし、
映画の現場で働いていて、
40も50も過ぎると、ほぼ自分の見てくれなど
気にしない人のほうが多い。

この長い時間の中で、
子供を作り、育て、仕事に頭を抱え、
山ほど苦労をしている人も多いだろう。

20代や30代とは確実に違う、
年老いた男たちの中で、
子供を育て、家庭を守るということをすることもなく、
それでも彼らと同じように
歳は過ぎていっている自分自身を
客観的に見ることが出来た。

荒戸さんへのあらゆる思いと共に、
そんな事を強く感じた一夜だった。
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posted by みつあき at 04:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月12日

色の話

色と言っても、今回は残念ながらエロではない(笑)

昨夜は、早い時間に
何故か大勢の外国人のお客さんがいらっしゃってて、
(それも、組数にすると、5、6組)
ハッと気が付くと、10人を超えており、
店の3/4が外国人?という感じで
一瞬、外専バー?かと思うほどだった。

アメリカからの来客も多く、
口々に「トランプ、最悪!」
とうんざりしていたのが印象的だった。

日本では、バーで政治や宗教の話はタブーとよく言われるけれど、
そのあたり、外国は違うようだし、
少なくとも、今回の大統領選に関しては、
アンチ・マイノリティと言われているだけに
うちの店でのお客さんの中でも、
大きく話題となっていた。

そんな流れからか、ヨウイチが
「外国人って、肌の色がみんな違うから、『肌色』とは
言わないんだよね」と話すと、
コウスケが「今、色鉛筆などで肌色なんてないんだよ」という。
差別にも繋がるということらしい。
それじゃなんて言うのかと
みんなでスマホで、色辞書のようなモノを調べてみると
「肉色」とか「人色」というように
書かれていて、それも同じだろうと・・・。

ただ、色鉛筆やクレパスでは
「ペールオレンジ」とかと書かれているらしい。

それにしても、細かい色をゆっくり見ていくと
本当に面白い。



特に日本語での色の呼び方が、とっても味わい深い。
特に四季折々の植物を散りばめたモノも多く、
見ているだけで、ホッとため息が出てしまうよう。

それにしても、黒の中だけでも、これほど種類があるとは
思わなかった。

この一色を見ただけで、「何色」と言える人が
この世の中にどれくらいいるんだろう。

いずれにしても、こういう微妙なモノから
伝わりくる感情は、
かのトランプ氏の心の中にないだろうし、
それを味わう気持ち、というのは理解できないのかもしれない。


彼の愚かで差別的な公約が、周りの官僚などの勧告によって
少しでも緩和されることを祈りたい。



posted by みつあき at 17:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月11日

潔癖症かどうかという問題

ユウシ君、38歳は、笑顔がさわやかで
とってもラフな感じでふらりと平日に来てくれる。

そんなユウシ君と話をしていて、
彼は温水洗浄式便器(いわゆるウォシュレット)がないと
まったくダメで、それ故に海外旅行なんか
本当に考えてしまう、というほどデリケートなようだ。

確かに、慣れてしまっている僕も、
出来れば付いているところが良いけれど、
まあ海外に行くと、仕方ない。

でも、お客さんに聞くと、結構な人数で
洗浄式は使わない、という人がいて、
ユウシ君は「信じられない!」と驚く。

タチ、ウケで言うと、よくウケの人は
シャワ浣代わりに使わないと、と言われたりするけれど、
それはそうでもないらしい。

その洗浄式に関して、ユウシ君が言うのは
それほどわからないでもないのだけれど、
ちょっとビックリしたのは、彼が
ジーンズでベッドに座る、というのはあり得ないと
言っていたことだ。

彼が男の部屋に泊まりに行った時に、
6畳ひと間くらいのワンルームにベッドがあり、
お酒を入れている時に、「ベッドに座って」と
言われて、ものすごく引いてしまった、とのこと。

自分なら、どこに座ったりするか、わからない普段着は
決してベッドでは入れたくない。

そんな不潔なベッドで、この人とは絶対寝たくない、
そう思ったそうだ。

だから、部屋に入って、普段着のまま、
ベッドに押し倒したり、ということなんて想像できないと言う。
さすがに、その時にいたお客さんの中で
同意する人はいなかったし、
僕自身、そんなこと考えたことはなかったけれど、
世の中にはユウシ君のような人も結構いるんだなあと
ちょっと驚いた。

と言うか、靴のままでソファに上がったりするような
欧米人なんて、ユウシ君にとっては、
想像超えどころの騒ぎじゃないような気がする。

自分ではそれほど潔癖症だとは思っていない、
というユウシ君だけれど、あなたはどうだろう?
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posted by みつあき at 18:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月07日

荒戸さんの死

一昨日や、昨日のブログを書こうと思っていた
矢先に、友人から入った一報が入った。
僕が生まれて初めて仕事らしい仕事をした
映画会社のプロデューサー、
荒戸源次郎氏が亡くなった、ということだった。

大学を辞め、映画の専門学校を出た僕が、
雑誌の広告で目にしたのが「シネマ・プラセット」だった。
この小さな映画会社は、その前の年に
鈴木清順監督が撮った「ツィゴイネルワイゼン」
という映画で、数々の賞を受賞し、
話題となった映画を製作しており、
注目を集めていた。

早速、会社に出向き、面接を受けた時には、
「映画好きなら、どんどん楽しく
一緒に映画、作って行こう!」
そう笑ってくれたのが荒戸さんだった。

そんな荒戸さんの訃報を教えてくれた友は、
同時期にプラセットに入った田旗だった。


荒戸さんは、九州大学を中退し、
唐十郎氏の状況劇場に入っていたが
喧嘩で首になったらしく、
その後、自ら「天象儀館」という
テント型の芝居小屋を作ったのが
映画会社プラセットの前身だった。

荒戸さんは、いかつくて強面ではあったし、
現場や事務所で怒鳴り散らしたりもしていたけれど、
まだ20代前半の僕に対しては
非常に優しく、穏やかに接してくれたものだ。

僕が入った時には「ツィゴイネルワイゼン」の次作、
「陽炎座」の撮影中で、事務所も
撮影現場も本当にバタバタ。
そんな中、何もかもが初めての経験で、
まったく使えなかった僕にとって
すべてが新しい人生の発見でもあり、勉強の場になった。

荒戸さんは、僕よりもひと周りほど上だったが、
いつまでたっても、ガキ大将のようでいて、
常に夢を見ている少年のような人で
本当に魅力的だった。

映画の現場や打ち上げで、故松田優作さんや、
故原田芳雄さんと一緒に飲んだり、
個人的に荒戸さんと共に
大森一樹さんほか何人かの監督や
スタッフ、プロデューサーと飲んだことも
当時の若い僕にとって、夢のような時間だった。


「ツィゴイネルワイゼン」の評価の高さから
拡大公開された「陽炎座」は大きな負債を追い、
会社は倒産。
僕も含めた映画部3人は、
のちに多くのAV女優を生み出すことになる
アダルトビデオ制作会社を作ることになる。

その出資金を出したのが、新会社の母体となったのが
荒戸さんの朋友でもあり、群雄社出版の明石賢生氏。
そして、僕がそれから長くプロデューサーをやることになる、
社名「VIP」(のちにアトラスという会社となるが)は、
荒戸さんが行った博多のソープの名前だったというのは
その後も語り継がれた。

その後、何度か飲む機会も
設けてくれた荒戸さんには
「借金のカタで売られた」
と笑い話をした僕らだった。

半分事実だったのでそれに申し訳ない、
と思ってくれたからか、
その後、阪本順治監督のデビュー作となる
「どついたるねん」のテレビドキュメンタリーの話や
映画化を目論んでいた原作の脚本を書かないか、
などと声をかけてくれたりもした。

ただ、どんどん仕事が忙しくなる僕が
そういう荒戸さんの声に応えられずにいた。

会社も大きくなって、
それなりに僕が給料をとるようになった頃、
荒戸さんから「金を貸してくれないか」と頼まれたことがあった。
映画を作る金がなく、必ず半年後に返すから、そう言われた。
あとで聞くと、かなりの借金王でもあり、
ほとんどが返すこともなかったようだった。
そんな事も知らない僕は、
それなりの大金を荒戸さんにお貸しした。
と言うか、こんな僕に金を貸してくれ、
ということだけでも、当時の僕は嬉しく思った。
数年後、お金は事務所から振込があった。
荒戸さんを知っている人たちにとっては、
奇蹟だ、誰も彼に貸したお金は
戻って来ていない、そんな事を聞いて驚いた。

そういう中で、ずっと映画のプロデュースをしてきた荒戸さんが
「ファザー・ファッカー」という映画を監督し、
その数年後、撮影した監督作「赤目四十夜瀧心中未遂」が
公開された。
あまりにも素晴らしくて、鳥肌がたった。
映画は僕だけでなく、業界でも高い評価を受けた。

これを目にして、久しぶりに会いたい、
そう思いながらも、まったく違う道を歩んでいた
僕が、情けないというような気持ちがあったのか、
会えずにいた。

そうこうしているうちに、
大森立嗣監督のデビュー作の
「ゲルマニウムの夜」の初日を知り、
上野の一角座という劇場に駆けつけた。

そこで、荒戸さんとは本当に久しぶりに出会えた。
そしてそれが最後の逢瀬となってしまった。

僕は荒戸さんが当時、
癌を患っていたことを耳にしていて、
僕も癌を治したばかりだと笑い、
荒戸さんはその後の僕のことを気遣い、
近いうちに、と握手を交わした。

思えば、今をときめく阪本、大森二大巨匠を
世に送り出した、というだけでも凄いと思う。

あれから、15年以上が経ってしまった。
その後、僕はこの店をオープンした。
荒戸さんは、僕がゲイであることも、店を持ったことも
たぶん知らないで亡くなってしまった。

僕が映画制作に携わる生き方をしていないこと、
それを残念に思うのか、
それとも、自分に正直に生きていこうと
選んだ今を喜んでくれるのか、
おそらく後者のほうだろうとは思うけれど、
一度くらいは、店に来ていただきたかった。
人間、死んじゃえば、あとの祭りだ。


こうして、近い人、尊敬する人、愛する人が死んでしまうと
本当に悔いが残ることばかりだ。

そのたびに、悔いが残らぬ付き合い、関係を
きちんと持っていかなければ、そう思うのだが。

とりとめのない、とても長いブログになってしまった。

荒戸さん、お通夜、葬儀には伺うつもりでいます。
あちらで、また爆笑したり、怒鳴ったり、
大好きな酒とタバコをたしなみながら、
舞台、映画を創り続けてください。

ご冥福をお祈りします。

posted by みつあき at 21:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本を愛してやまない来客

カナダ人のエリックは、
15年前にモントリオールから日本に観光にやって来た。
アジアは初めてで、テレビや映画などから
日本のことは見聞きしていたが、
日本に着けば、それはほとんど自分の
妄想に過ぎなかった、と気が付いたと言う。

少なくとも、ヨーロッパなどに行き、
これほどのギャップを感じたことはなかったようだ。

みんな、着物を着ているとは思っていなかったけれど、
すべての人が洋服を着ているとは思っていなかったり、
ほとんどの女性はしとやかで、男性の言うことを聞き、
ゲイはもっともっとフェミニンだと思っていたようだ。

これは、他のアメリカ人にも聞いたことがあるけれど、
欧米人から見ると、日本人を含むアジア人は
とっても女性的に見えるらしい。
そして、それが白人社会でアジア人が
モテない理由の大きなひとつである、と。

話を戻すと、初めて来た日本で、
エリックはは北海道から
九州までいくつかの街を回って、やっと
大都会、東京にやってきた。
たくさんの荷物を持っていた中で、
新宿駅のトイレに入って、何と一眼レフの
高価なカメラを忘れたようだ。

それが気がついたのは、30分後、
彼のホテルに入ろうとした瞬間。
咄嗟に気が付き、ないとわかっていながらも
先ほどのトイレに行くと、何と自分が用を足したところではなく、
入り口付近、人の出入りが最も多い場所にあった
タイルの上に、カメラが置かれていた。

日本の中で最も乗降客が多い、とされる新宿。
そんなトイレで、30分以上人目にさらされて、
誰もカメラを持って行かなかったことに
エリックは大きく心を動かされたと言う。

それがきっかけで、カナダに帰り、
日本のことを勉強したり、
あちらで日本人と知り合いもした。

そして意を決して日本に住もう、と
来日したのが10年前。

10年間、彼の中でさらに日本を理解し、
驚くことも山ほどあるし、
多少眉をひそめることもあるけれど、
それでも「世界にはまったくない素晴らしい国」だと
思うようだ。

今では絶対に日本で骨を埋めようとも思うエリック。
もちろん、日本人であり、日本の良さはとことん
理解しているつもりの僕も、
彼から改めて教えてもらうことも多い。

基本的には、将来、国境などなくなってしまって
すべての人種が入り混じったりする世界になれば、
などと夢物語のようなことをいつの想像はしている僕ではあるが、
それでも生まれ育ったこの国のことを
外国からの来客が好きでいてくれることは
有難いことだ、と思う。
posted by みつあき at 12:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月04日

母の納骨

今日のブログは、私事で恐縮だけど、
文化の日、休みを取らせてもらって
母の納骨に行って来たことを
書かせてもらうことにした。

ご存知のように、うちの母親はこの5月に
老衰のため、逝去した。
90歳だった。

信心深い父の死後、
母は改めてキリスト教について勉強し、
カトリック信者となった。
墓は持たず、海に撒いてくれ、
と言った父の遺灰の残りを
二人で入りたい、と神戸の山あいにある
共同墓地に埋葬した。
そこに、母も眠ることになっていた。

年に一度だけの納骨式ということで、
母が逝って半年近く経った昨日、
親族で改めて母を見送った。

気温差が激しい六甲山に近い甲山。
しかし、昨日は朝から晴れ渡り、
あまりにも美しい1日だった。

神父さんの祈りや、信者の方の歌と共に、
この1年で亡くなられた方たちの親族が
それぞれ、亡き人に思いを寄せた。


3年ほど前の初夏、父の墓参りに母を伴い、
この場所にやってきた。
僕と母を車に乗せてくれた友が、
車中にキーを入れたままロックしてしまい、
墓地の階段に腰掛けて
JAFが来るのを待った。

「申し訳ないです」と謝る友の横で、母は
「ううん。主人の眠っているところで、
ゆっくりとした時間を持ちなさい、ということだと思います。
こちらこそ、ありがとう」と言って
のんびりと光る新緑を眺めていた。

それほど夏の日差しもまだ暑くない中で、
母と語らっていたら黄色い一羽の蝶々が
ヒラヒラと飛んでいた。

まるで、昔見た「慕情」という映画のようだった。

あれは蝶に姿を変えて、父が母に、
そして僕に何かを語りかけていたのだろうか。
あとになって、そんな事をふと思った。

その墓地で、昨日、母の遺骨を
墓の下に埋葬しながら、
これで本当に最後の別れなのだと
自分に言い聞かせながら、
改めて母が僕に残してくれた
たくさんの言葉をひとつ、ひとつ思い出していた。

自分が生きさせてもらっていること、
支えてもらっているすべての周りの人に
感謝をしろと。

いくら相手に問題があると思っても
自分の問題を見つめ、反省し、
相手を許して、自分も許してもらえと。

本当に強い人間というのは、
威張ったり、主張したりすることではなく、
常に謙虚でいられることだと。

そのような綺麗ごとに聞こえる母、そして父の教えは
どれだけ僕を勇気づけ、強くさせてくれたか。
まだまだ、なかなか彼らの域には達することは
できずとも、出来る限り、
彼らに近づくことが僕の命題なのだと
母を見送った。


僕は洗礼も受けていないし、
その墓には僕の名はない。

父と同じように、僕も墓を持つことはなく、
海にでも、映画館にでも、
新宿2丁目にでも撒いてくれ、
(すごく迷惑)なんて笑っているけれど、
どうするか、は、殘った人たちのためにも
しっかりと考えなければいけないなあ。


posted by みつあき at 15:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月02日

SMクラブにて

月曜日に来てくれたセイヤ君は、
ちょうど40になる油が乗り出した素敵なミドルエイジだ。

つい先日、彼が仕事関係の飲み会で寄った
赤坂のバーで知り合った人と
あまりに意気投合してしまい、
そのまま二人でSMバーに行こう
ということになったらしい。

SM自体に興味がある訳じゃなかったけれど、
誘ってくれた人がなかなか良い男だったので
ひょっとして彼の乱れた姿が見られるかも、
というちょっとした妄想も働いたからだったと言う。

バーというか、SMクラブには平日だと言うのに
25人ほどの男女がおり、
その中で5人くらいは女王様、3人くらいはMの女性。
彼女たちは、そこで働く人たちのようだ。

来客は、想像よりも若い人から
見るからにどこかの社長か、会長かと
思うようなパリっとした背広に身を包んだ紳士など。

そんな中で一人、30代半ばの男が吊るされていて、
へえ、と思って、顔を伺ったら、
何と仕事先の相手だったと言う。
それも、かなり社会的地位がある人。

目と目が合い、セイヤ君はどうしようかと
思っていたけれど、吊るされている彼は
女王様に言われるがままになって、
猿ぐつわをされ、ひいひいと泣いている。

そのうちに、たぶん二人は知り合いだと
察した女王様はセイヤ君に
「一発、鞭で打ってやってみない?」と言う。
いやいや、それは・・・とさすがに断ったようだが、
吊るされたM男君は、ちょっと潤んだ瞳で
セイヤ君を見つめている。

その目は何を訴えていたのか
ひょっとしたら、そのまま鞭打ってほしい、
と思っていたのだろうか。
ただ、彼の股間は、想像以上に大きくなっており、
それを見てセイヤ君は何とも不思議になったと言う。

その後、仕事で会うこともあったけれど、
もちろん、まったくそういう顔は見せない。
男女の世界のSMだとは言え、
奥が深いなあ、セイヤ君はそう思ったそうだ。

posted by みつあき at 16:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゲイのタクシードライバー

日曜日、ハロウィーンの話から、
仮装している人たちは、電車で動く人が多いのか、
それともタクシーなんだろうか、という話から
何故か、ゲイのタクシー運転手の人の流れになった。

来てくれていたヨウゾウちゃんが
とっても若い頃、2丁目で飲んだ帰りに
タクシーがなかなか捕まらなかった。
そんな中で一台のハイヤーが近づいてきて
「良かったら通常料金で良いので乗って行きますか?」
と声をかけられた。

うん?なんでだろう?
と頭をかすめたけれど、
その運転手の人があまりにかっこい人で
2丁目だっただけに「ひょっとして、ひょっとすると」と
良からぬ想像をしてしまった。
結果的には、やっぱりそうだったらしく、
しっかりヨウゾウちゃんの自宅のそばに
車を泊め、彼の家に泊まって行ったとのこと。

確かに2丁目の中通りで車を走らせる
ゲイのタクシー運転手が多いという話や、
そんな運転手の人と出来た、ということも
よく耳にした。

しかし、昨今、安全のため、多くのタクシーには
カメラが付いている、というから
そういうワケには行かないだろう。
個人タクシーの場合は別だろうけれど、
ひと昔のように、おいそれと
お客さんに声をかける、
ということはしないんだろう。

当然と言えば、当然の話だけれど、
ヨウゾウちゃんは「何だか思い出すと懐かしい」
とつぶやいていた。
posted by みつあき at 15:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする