2016年06月30日

旅についての考察

早いモノで、明日で旅行から帰国して一週間。
さすがに、店に出ている以外は
その間にたまったことをせっせとこなしていると
あっという間に時間が過ぎ、
ついついブログが後回しになってしまう。
これも仕事、と僕は思っているので、
頑張ってこなしていかなければならないのだけれど・・・。


さてさて、旅行の件。

僕が行く旅行のほぼ7割は、観劇に割かれる。
それは、いつの頃からか、ブロードウェイで上演される
ミュージカルは自分が観られる限り、観よう!
そう決めてしまったからで、
そうなると、年に2度行き、その半年の間に
オープンしたモノを4、5本観て、それにライブだの
オペラだのをくっつけてしまうと
ほとんど観光など出来ないのだ。

本来なら、年に一度、ブロードウェイで観て
(その時期、観られないモノは諦める)
あとの一度は、観劇以外の旅行に充てる、
というのが理想なのだろうけれど、
半年に1本くらいは何が何でも観たい、
という作品が出てしまうから、どうしたものか(笑)

とは言っても、今回、久しぶりに
ロンドンのウエストエンドを観てみると、
何とブロードウェイとはまた違った充実度。

特に、なんでもかんでもスタンディング・オーベーションになる
ある意味、華やかだけど大雑把なブロードウェイとは違い、
シニカルな観客だからこそ、質をあげなければ
(とも感じてしまうほどの)良質な舞台がそこにある。

改めて、NY、ロンドン、これはきちんと
追いかけていかなければならないなあ、
そんなことを思うと、
結果的に他の地を踏むことが出来なかったりする。


しかしながらも、今回40年ぶり(!)にパリ、
そして人生初のベルリンを訪れ、
いつも観劇している19時から23時くらいの間に
味わうことがいかに大切か、
ということも強く感じた次第。

今回、ベルリンで、古い友人でもある
映画作家の今泉監督やそのスタッフたちと
会えた1日は本当に充実し、楽しい1日だった。

この次のブログでは、彼らと会い、
ベルリンで感じたことなど。
posted by みつあき at 15:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月26日

帰国して

一昨日、何とか無事に帰国。
ツイッターやインスタグラムなどには
書き込んでいたのだけれど、
何と最後のニューヨークで帰国する日を
1日早く間違えていたという体たらく。

当日パッキングも終わり、JFKに向かう直前にわかり、
1日得したような、でも帰る気満々だったので、
何だかなあという最後の一日だった。

まあ、それでも前日に代役でがっかりしていた
「シャッフル・アロング」という演目を再び、
そして完璧な形で観ることができたので
結果的には最後の最後まで大満足の旅だったのだが。


そんなこんなで午後1時過ぎに飛行機は着き、
自宅に腰をおろしたのが3時過ぎ。
それほどのんびりする暇もなく、
金曜日の店へと向かった。


僕は行きも、帰りも、時差ボケに苦しんだことはほとんどなく、
今回のように欧米を挟んで4カ国を行き来しても、
どこの国でも、ほぼ夜には寝られる。
深夜に中途半端に起きることもそれほどない。

舞台を観ている最中に眠気と闘うこともそれほどなく、
帰国して2日も、仕事中、眠くなることもそれほどなく、
渡航前と変わらぬリズムで寝起きが出来る。

これは多くの人に不思議がられ、
僕自身も不思議な感じがする。
かと言って、行きの機内ではほとんど寝られなかったり
するのだけれど。
(帰りの便は、ガッツリ8時間、寝られた)

ただ、むしろ東京で生活している中、
映画館で眠くなってしまったり、
日々の生活の中での寝つきが悪くなってしまう。


まあ、そんなこんなで無事に帰国。
一昨日は、いつものようにちょっとした嫌味など
言われながらも、あっという間に朝になった。

また、旅行記など交えながら、
ブログも日々、ぼちぼち書いていこうと思う。

また、今後ともお付き合いください。

posted by みつあき at 18:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月22日

 旅の終わりに

ご無沙汰しております。みつあきです。
長旅の最終地、ニューヨークに戻ってきて、
ここで半日過ごして
明日東京に戻ります。
(ニューヨーク、パリ、ロンドン、ベルリンと
回ったのですが、旅行直前に買ったため、
周遊のチケットよりも、東京NY往復に
ヨーロッパを付けたほうが安かったため)

日本到着は24日の金曜日ですが、
当日から店には出る予定です。

ここにも書いたように、先日母が亡くなり、
ひと月もしないにも関わらず
(いわゆる喪中にもかかわらず)
直前で決意し、旅に出ることを決めました。


今回の旅行は、もちろん今まで同様、
ほぼ毎日エンターテインメント三昧で、
どのパフォーマンスも思う存分
楽しむことが出来た。


しかしながら、たとえば舞台で親子の事を描いていたり、
また死についての表現があったり、
ベルリン大聖堂ほか、数々の教会に入ったり、
またクライマックスとも言える
ブルース・スプリングスティーンが
彼の母親とステージでダンスをした事などを思い出すと
色々な部分で、母を思わずにはいられない、
いつもとはまったく違う、そんな旅だった。


母が健在の時、旅行先から日々電話をすると
「思う孫文、楽しんでたくさん吸収してきなさいね」
母はそう言ってくれていた。

今回、訪れたパリは、僕が19歳の時に
両親と訪れた以来。
40年近くも経つとほぼどこも変わっていた。
もちろん、自分もうろ覚えだったこともあるのだけれど。
それでも、当然のように凱旋門や
エッフェル搭は変わらず、そこにあった。
シャンゼリゼのマクドナルドも同じ場所にあった。

逆に生まれて初めて訪れたベルリンは、
ニューヨークやパリ、ロンドンなど
他の都市とは違う面を見せてくれた。
文化の違い、人間の違い。
電車やバスの乗り方ひとつ取っても異なり、
そこで出会い、すれ違う人たちも
他国の人たちとはまったくちがうような気がした。

一昨年、カンボジアのアンコールワットに行き、
細い木で出来た長い階段を息を切らして上がった。
今回、ベルリンの大聖堂や、戦勝記念塔の
200弾を越す階段を上がったり、
ニューヨークの街を自転車で走ったり、
パリの隅々まで駆け足で歩き回ったりしていた時に、
20代や30代の時には決して
気がつかなかった時間と体力の事を思った。

それは今現在ということではなく、
どれほどこのような事が出来ていくんだろうか、
僕の好奇心が続くまで、身体は付いてきてくれるか。
それよりも前に、好奇心は失せないのか。

もちろん、そこには(三浦雄一郎さんのように)80を
超えても、まったく動ずることなく街を行く人もいるだろう。

また、今、思えば、母を連れてバンコクに
行き、数々の寺院を回ったあの時、
母はもう85歳になろうとしていたのだ。

そんな事を思うと、また改めて
母の「人生は、幾つになっても学ぶことも多く、
味わうこともたくさんあるから、諦めちゃダメよ」
という言葉を思い出す。


ブロードウェイやウエストエンドのショウを観て、
そこに出てくる僕と同世代のパフォーマー、
そしてもっともっと年配の人々。
65歳を過ぎても、3時間半、まったく休憩も取らずに
ステージを走り回り、
歌い続けルブルース・スプリングスティーン。

そういう人たちを目にすることで、
僕自身の目標や、今後の生き方が
問われていく、
そう心に刻みつけられた旅だった。


母はもうこの世にはいないが、
喪中のさなかに、こうして旅を続けることが出来たのは、
何よりずっと母が寄り添っていてくれたこと、
そして、この年齢になって言うのも何だけど、
母が死んでしまったことで、
葬儀の時にはまだ感じることが出来なかった
母との決別、そして親離れを
痛切に感じた旅だった。


またいつものような旅行記を書き綴ることが
出来るかどうかは、わかりませんが、
(今回、あまりまとまっていないため)
また今週の週末から元気に店に出ますので
くれぐれもよろしくお願いします。

また、いつもながらに、僕がいない間、
来ていただいたお客さんは元より、
店を守ってくれたスタッフに心から感謝したい、
そう思っています。
ありがとうございました。

posted by みつあき at 14:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月03日

怒りについて

よく店で、「マスターは声を荒げたり、
怒っているところを見ませんね」
そう言われる。

むやみやたらに、人前で怒りを表さない、
そう決めているところもあるけれど、
そもそも人を怒れないのだ。

それは、僕の父は、自分にも、他人にも
厳しい人ではあったけれど、
叱ったり、怒ったり、まして手を出したり
する人ではなかった。

母親の前の夫がDVだったということもあったのか、
それとも父が強いキリスト教信者だったからか、
とにかく、怒りをあらわにすることはなかった。

何か問題だと思うと、僕や兄妹を呼んで
何が正しいのか、何が間違っていたのかを
じっくり説く。
僕がわかった、というまで
しっかりと話す、そういう人だった。

僕がこういう感じになったのは、
そんな生活環境だったからかもしれない。

僕が父のように出来ているのか、
どうかはともかく極力、
感情的にならないように、とは
心がけていたりはする。

ただ、僕が怒りを表さない、ということで
あの人は甘い、ゆるい、
嘗められる、と思う人もいるようだ。

確かに、学生の頃、
決して怒鳴ったりすることなく、
部屋に呼んでじっくりと話をした後輩が
あとで「怒鳴られて殴られた先輩のほうが
有り難く思った」そう言われ、
考え込んだこともあった。

それは会社に勤めていた時も
重く僕にのしかかってくる悩みでもあった。

育てる、教育する、ということが
自分には向いていないのではないかとも
考えた。

ただ、怒りを表さない、怒鳴らない、
ということイコール我慢する、
何も言わない、ということではない。

決して熱くならずに、
自分の事を伝える、
そういう作業がずっとしたかったのかも知れない。

ただ、最近思うのは、
そういう「怒」を出さない分、
喜怒哀楽全般が欠けてしまうことは
気を付けないといけない。

客商売をしながら、常に笑顔で
いるつもりなのに、不機嫌そうだとか、
シラッとしている、と言われることも
少なくはない。

理想を追うというのは、なかなか難しい。

posted by みつあき at 20:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月01日

恐縮ながら

母が死んで10日が過ぎた。
東京に戻って来てから、
睡眠時間が極端に減り、
朝方まで眠れず、寝られたと思えば
3時間ほどで目が覚め、
必ず夢を見た。それも母の。

父が死んでも、恋人と別れても、
その直後に夢など見ることはまずなかった。

母のそれは、とても元気な時だったり、
施設のベッドに横たわったりもしながら、
笑顔でたくさん話をしたりする。

起きたら、夢だったことに落胆したり、
嘆いたり、という感じではなく、
むしろ、そうか、こうして夢で会うことも
できるんだなあ、そういう思いになったりする。


されど10日。
そんな時期にここで言うのもなんだけど、
毎年、この初夏の時期に行っている旅行を
どうしようかとずっと迷っていた。

年末に、発売された来月中旬にベルリンである
お気に入りのアーティストのチケットを
ゲットはしたものの、
母親がこういう状態であることで、
なかったことにしよう、そう思っていた。

母が亡くなり、モヤモヤとした日が続く中、
家族や店のスタッフに
「行ってくればいいじゃないか」
そう言ってもらえた。

こんな気持ちのまま、旅に出て、
楽しむことができるのだろうか。

いわゆる仏教で言う喪中に、
浮かれたことなどというのはどうなのか。
四十九日も過ぎぬ間に、などと
いう人も大勢いらっしゃるのかも知れない。


色々な事を考えた末、
それこそ、母が行って来なさい、
そんなふうに言っている気がした。

またまた、お客さんやスタッフには本当に
迷惑をおかけするけれど、
出かけることにした。

今週の日曜日から、23日まで。
またまた、長い間、よろしくお願いします。

少なくとも、それまでは僕は
店にいるし、ブログも何とかアップする予定です。

posted by みつあき at 01:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする