2020年07月03日

残された人生を思う

ガンだと宣告を受けて2年、
この2月に51歳という若さで亡くなったショウジ。
その彼氏だったヒロヒサが友人と共に
店に来てくれた。

僕と同世代のヒロヒサとは、
お互いに20代中盤、
つまり僕がこの世界にデビューしたての頃に
知り合った。
当時、彼はまだ仕事を始めたばかり。
僕は当時の彼女と付き合っていた。

それからよく連絡を取っていたワケでもないけれど、
ひょんな事から、うちの店に
彼氏のショウジと一緒に来てくれていた。

ショウジは、余命宣告されてから
それを広く友人たちに伝え、
この2年間、懸命に生きてきたんだと思う。

少なくとも、店をやっている僕は
ショウジの笑顔しか覚えていないほど
いつも元気そうだった。

ヒロヒサいわく、それは元気な時にしか
来ていなかったからだと聞き、
本当にそれはそうだと思った。

二人は20年の付き合いだったと言う。
それも同じ会社で知り合ったようだ。
ショウジは非常にクローゼットで
街を歩く時も、並んで歩くのを
嫌がっていたと言う。
だから、もちろん二人は同居はしなかった。

そんなショウジが、亡くなるひと月前、
お父さんに、ヒロヒサを紹介したのだそうだ。
ショウジのマンションに見舞いに来たお父さんに
突然「この人が長く僕と付き合っている人です」と。

事前に知らされていなかっただけに
ヒロヒサは非常に驚いたらしい。
もう死期も近いと思ったショウジが、
自分の死後、ヒロヒサが困らないように、
という配慮だった。

お父さんを通じて、その事を知った
ショウジのお母さんは、なかなか
受け入れられなかったと言う。

しかし、お父さんはショウジが
息をひきとる前にも、「すぐに病院に」と
ヒロヒサに連絡をくれたようだし、
葬儀の時も、友人の中ではなく、
前に座るように、と促してくれたと言う。

85歳になられるお父さんも、お母さんも
まだまだ若いショウジを失くした事は
本当にお辛いのだと思う。

そんなお父さんからヒロヒサには
まったく誤字脱字がない完璧な長文のメールが
よく届くと言う。

自分が知らなかった息子のここ20年を
知りたい、そう思われているのだろう。
2019年、まだコロナを誰も予測していなかった年、
ショウジの体調を見ながら、二人は
12か国を旅したと言う。

悔いはたくさん残るだろうけれど、
本当に幸せだった、
ヒロヒサはそう言って笑った。

自分の残りの人生、ショウジの分まで
楽しんで生きなければ、そう言って
ヒロヒサたちは店をあとにした。

先月はショウジの誕生日だったが、
彼の去年のこの日のFacebookを見ると
「今までの人生、感謝しかない。
残された人生を精一杯生きていきます」
と書かれていた。

人はいつか死ぬ。それはいつかわからない。
でも、それぞれが残された人生があることを
ついつい忘れがちだ。
命の猶予を伝えられたショウジは本当に
辛かっただろうけれど、そのぶん、
人よりもずっと日々を大切に生きたんだろう。

ひとり店で残ったワインを飲みながら
ショウジに献杯をさせてもらった。

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2020年07月02日

文化のともしび

昨日、ブロードウェイのオープンについて
書いたけれど、一昨日来てくれたのが
数々の舞台に出ている俳優のセイゾウ。

彼の仕事については、彼自身のSNS などで
大変である事を耳にしていた。

3月に東京でオープンし、そのあと、
9月まで日本各県を回る舞台が
すべて中止となったと言うのだ。

ギリギリまで、出来る、と信じて
ありとあらゆる練習をしていて
直前に決まった中止。

心が折れるというのは、この事だと
思ったと話してくれた。

そう。今回、多くの人が誰もが
経験をしたことがない事が起こり、
まさかの事実が次々に生じる。

もちろん、この夏のイベントや行事の
多くはクローズせざるを得ない。

役者をしている人もそうだが、
音楽も含めたパフォーマー、そして
それをとりまくいわゆる観客を
集めて見せる、ということを仕事に
している人たちは本当に大変だと思う。

舞台も映画館も、一席空けての観賞。
多くても客席は半分、少なければ1/3から1/4に
なってしまうと言う。
もちろん赤字。
小さなライブハウスなどなおさらだ。

また、そういう仕事に携わる人の多くは
ある程度、融通が効く
飲食業でアルバイトしている人も多く、
その飲食業自体が、前ほど人が来ない、
という状態なのだ。

セイゾウは、先の仕事がまだ決まらず、
周りでは泣く泣く仕事を辞めていった人も
それなりにいる、そう言っていた。

文化の灯が消えてしまうことは
絶対にない、そうは思っていても、
なかなかすぐに共存できない世の中に
なってしまったことは本当に悲しく、残念だ。

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2020年07月01日

悲しみのブロードウェイ

ニュースで、なんと僕の愛すべき
ブロードウェイの再開が、
少なくとも来年ということが決定したと言う。

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仮に1月から上演出来たとすると、
今年3月からの休演だったので
ほぼ10ヶ月となる。
事と次第ではそれ以上となるのだ。

これは、戦時中も、あの911があった時も
ここまでの休演はなかったのだ。

例年初夏と初冬に行っていたのだけれど、
去年の年末は行けなかったので
その時に観ることが出来なかった
「ウエスト・サイド物語」の新バージョンや、
「ティナ」や「北国の少女」は
果たして観ることが出来るんだろうか。

また、「アナと雪の女王」はもう再開できないと
発表されたけれど、動員が減っていた「シカゴ」や
他のロングランの舞台はどうなんだろう。

日本では、感染者がまた徐々に増えているが、
検査数が増えたからだと言っていて、
アメリカは、そういう理由や言い訳できないほどに
さらに感染者増加だと言うから、
これは仕方がないことだろう。

再オープンしたからと言って、
諸外国からニューヨークへ
観光で行く人がいつ戻っていくのか。
自分だって、いつ行けるのか。

単純に海外渡航を待っていると言うよりも、
自粛時の無収入プラス2月あたりから
減少したモノをどうやって
乗り越えていくか、結構切実な問題。

そう、自粛期間中、
去年の税金を払うことを見合わせ、
延ばしてもらおうと
区の納税化に電話をかけたのが5月。

これが、毎日かけても、まったく繋がらなくて、
ついに諦め、6月に入って仕方がなく
支払ったところが、滞納金を払ってくれ、と
催促状が届いた。

電話をして、説明しても、すみません、
それはどうしようもなかったですね、
お払いください、と。

僕よりも、さらに理不尽で泣き寝入り
せざるを得ないような人も今回、多数いるのだろう。

それでも感染したワケでも、
自由を奪われたワケでもない、
と自分に言い聞かせながら、
とにかく頑張って、愛しのブロードウェイの地を
踏むために、頑張ろうと思う日々だ。

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2020年06月30日

去る人、来る人

春が過ぎ、コロナのこともあって、
うちのスタッフにも動きがあった。

約1年半、とあまり長くはなかったけれど、
手伝ってくれていたタクが
仕事をやりながら、大学で
勉強するために、
店を卒業することになった。

結局、今年になって、あまり入ることが出来ず、
コロナ時期にオンラインのスタッフ飲み会で
2度ほど話をしたくらいだった。

結構太る人も多かった自粛期間に
彼は頑張ってダイエットをして、
なんと12キロも減量したと言う。
それほど太ってはいなかったのに、
彼の美学なんだろう。

タクは趣味であるドラムのテクニックが
凄いって聞いていたけれど、
いつか周年などで披露して、と
言っていたのに、それも残念だ。

また、落ち着いたら、他の旧スタッフと
共に、手伝ってくれることもあるだろう。
勉学に、仕事に、今まで以上に
頑張ってもらいたい。


さて、彼と入れ違いに来週の水曜日から
主に平日、手伝ってくれるようになるのが
大学院生のハルキ。

彼は体育大で水球をし、
大学院に入って途中2年間、
水球を教えるために
海外留学をしていたというツワモノだ。

今のところ、一番若いスタッフのショウゴの
ひとつ下。26歳。
お父さんの年を聞くと、僕よりも
ずっと若い、というけれど、
もうこういう話も慣れた(笑)

スタッフが入れ替わったりするたびに、
色々な風が流れてくる。
ハルキの新しい風はどんなふうなのか。
これまた楽しみだ。

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2020年06月29日

日焼けあとのエロさ

昨日ユキオとその友人のリョウスケ君が
食事をしたあとに来てくれた。
二人は30歳、28歳。

二人はもう5年くらいの友人同士らしく
お互いにちょっといじり合うのが
なかなか可愛らしかったりする。

でリョウスケ君のTシャツから出ている
腕が真っ黒だったので
「よく灼けてるね」と
僕が言うと、ユキオは
「汚いでしょ。コイツ、
ここから上は白いんすよ」と
Tシャツの袖をまくりあげる。

「バイク乗ってて、腕だけは
すぐに灼けちゃいます」と
リョウスケ君。

「もう、今の時代、色黒とかあり得ない」
とユキオが言うと
「俺は出来れば日焼けしたい派なんですけれど、
こいつも含めて周りはやめとけって
言うんですよ」リョウスケ君はそうつぶやく。

そう。
ここにも何度か書いたことがあるけれど、
僕の若い頃は(って、そんなことばかり。笑)
4月から10月くらいまで、年の半分以上、
多くのゲイは真っ黒だった。

どれだけ灼けているか、ということが
筋肉や短髪と共に、ゲイのモテ度になる、
という時代だった。

「色黒で男らしい、という印象は
もうないの?」と僕がユキオに聞くと
リョウスケ君は「そうだ、そうだ」と言う。

ユキオいわく「なんか田舎くさいって言うのと、
シミとか、シワとか気にしないの?と
思ってしまう」らしい。

「そんな若さで?」と言うと
「もう若くないっすよ〜」だそうだ(笑)

夏のプールに行って、更衣室で
パンツを脱いだ時に残っている
日焼けあとを見ると、エロいなあ、
なんて思っていたのは、遠い昔のことなのかも知れない。

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2020年06月28日

パチンコ依存症

ここのところ、県をまたぐ自粛要請が
解除されたからなのか、
地方都市からのお客さんが
結構増えている。

昨日も東京から山陽地方の実家に
帰ったゴウちゃんが、久しぶりに
遊びに寄ってくれた。

ゴウちゃんと言えば、とにかく
パチンコが好きとして有名。
最初に来てくれた時に、
昔の台の選ぶのを苦心して考えたのに、
最近は、もう運しかないのを
嘆いていたけれど、あれから何年
経っただろう。

今までたぶん、負けた金額は200万円を
軽く超えるし、使った時間も物凄いと言う。
今回も、自粛中は我慢していたものの、
パチンコ屋がオープンしてから、
すぐに通い出した。

僕じ関しては、基本的にはギャンブルはやらない。
最近話題の賭け麻雀も、競輪、競馬、競艇も、
パチンコ屋に入ったのも、たぶん大学の頃
数回と、地方都市に旅行に行くと
2000円ほどやる、という時期もあった。
それくらいだ。

麻雀は人とのコミュニケーションが
取れそうだし、競馬は馬の美しさを見る、
というのが楽しそうな気がするけれど、
パチンコだけは、時間とお金の無駄としか
思えなかった。
その時間があるなら、映画を観るか、
本を読むか、ジムに行くかと思う。

ただ、これは人それぞれで、
パチンコも、ゲームも
自分がやりたいことをどんどんやればいいと思う。

ゴウちゃんは
「何度か止めようと思っているけれど、
やめられないんですよ。もう依存症だと思う。
どうすればいいでしょう」
そう言う。

今回も、久しぶりに東京のゲイシーンを
満喫しようと思いながら、駅に到着するやいなや、
パチンコ屋に向かった。

そこまで好きならとことん
やり続けるのも良いと思う。
でも、もし本気で辞めたいと思うのなら
パチンコよりも、もっと楽しい趣味なり
事柄なりを見つけることだと思う。

それほど簡単に見つかるなら、
とっくに辞めてるよ、と言われそうだけど。
僕が想像つくのには、それしかないかなあ。

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2020年06月27日

広大な田舎の風景

1年ぶりに顔を見たエイジ君、33歳。
聞いたら、彼は東京から地方の小さな町に
移り住み、今年から新しい仕事を始めたようだ。

それは何故だったのか。
若い頃から、大学、大学院、そして仕事場、と
日本のありとあらゆる場所を転々とし、
30前後で東京に住んだあと、
早く広い空を美味しい空気を吸いたい、
そして何よりもたっぷりと
時間が欲しい、
そう思ったらしく、前の職場に
辞職願を出したのだそうだ。

自分が住みたい場所に的を絞り、
その地域で職を探す。

聞いてみると、エイジ君が探していたのは
かなりの専門職でもあり、
なかなか難しそうではあったけれど、
いざ見つかると、あらゆる意味で
想像通り、いやそれ以上の満足感だそうだ。

普段はまだ明るい6時には仕事が終わり、
買い物をして、ジムに行き、
うちに帰ってしっかりと料理をする。
本を読んだり、ネットを観たり
休みの日にはそばの山や川を散策する。

東京の生活では、
ほぼ毎日午前0時に帰り、
6時に起きていたあの頃、
ゲイバーに飲みに行く、というのも
ほぼ時間がなかった。

むしろ、今、居を移してからのほうが
ちょっとお金がかかっても、
ぶらりと東京に来て、ゲイバーで
ゆっくり飲める時間が作れたのだそうだ。
そして、また自宅に戻ると、
広大な田舎の風景が、
心を落ち着かせてくれる。

数年前に遠距離だったボーイフレンドと別れ、
今、寂しくないかと言われれば、多少寂しいけれど、
仮にこの一人の田舎生活が
これから何十年か続いても、
この幸福感は変わらないと思う、
そう言っていた。

文化的なことに囲まれた都会の生活から
たぶん離れることはないだろう。
そう思っていた僕だけれど、
エイジ君のキラキラした瞳と
その話っぷりを聞いて、
ちょっと心を動かされた。

エイジ君はそうではなかったけれど、
このコロナをきっかけに
東京への執着を捨てる人たちの
気持ちが少しわかったような気がする。

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2020年06月26日

37歳の初体験

昨日、初めて来てくれた
ヤスヒコ君37歳は、神奈川県に住む。

一人息子の彼は20代の時に
ご両親を次々と病気で失った。
残されたのは、両親が持っていた
アパートと、お父さんが残した
一億あまりの借金。

東京で仕事をしていた彼は
そのアパートへ戻り、
若くしてありとあらゆる事後処理をし、
とにかく仕事に精を出していたようだ。

そういう事柄があったせいか、
子供の頃からゲイだという自覚もありながらも、
この世界にはどうしても一歩踏み出すことが
出来なかったと言う。

もちろん、ネットの動画や、文章から
色々想像できることは多かった。
しかし、子供の頃にとある男性から
性的虐待を受けたことが
彼のトラウマにもなっていたとも言う。

4、5年前に、何らかの流れで
うちのブログに辿り着き、
僕のブログの世界が、いつの頃からか
彼のゲイ世界の大部分を占めていたようだ。

僕は、何だか気恥ずかしい上に、
もっとためになるネット情報や
本もあるのだけれど、とは思いながらも
有難いなあ、そう思った。

その後、ヤスヒコ君は、何度か2丁目に足
を向けたこともあるらしいが、
どうしてもドアを開けられずに帰ったようだ。


そして数日前、ネット情報から
初めてとある男性と性行為に及んだ。
彼にとって、初めての経験だった。
最初は、昔のトラウマが蘇っても来たけれど、
結果的に良い経験だった、そう言う。

行きずりのようなモノではあったけれど、
その人は優しく、ヤスヒコ君を
リスペクトしてくれたらしい。

その経験が功を奏したのか、
そういう流れで昨日は
うちの店を訪れてくれたワケだ。

今まで、うちの店がゲイバー1軒目、
という人を何度も耳にした。
ここからあらゆる店に巣立って行き、
エンジョイしている人も多いと思う。

そんな話を聞くたびに
有り難いと思うと同時に、
来て良かった、そう思える店作りを
しなければ、改めてそう思った。

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2020年06月25日

旧友からの連絡

一昨日、旧友から少し長文のメールが
届いた。85歳になられる彼のお母様が
突然逝去されたという連絡だった。

彼とは、僕が30代の頃にバーで知り合った
友人で、知り合ってまもなく、もう一人の
友人と彼の自宅で飲んだことがあった。
結局、彼のうちに泊めてもらい、
翌朝、お母様に朝食を作ってもらった。

彼のお母様にお会いしたのは
後にも先にも、その一回だけだった。
朗らかで優しく、ああ、東京で
生まれた友人は、こういう環境で
過ごしてきたんだなあと、
不思議な感慨深さを
感じたことをよく覚えている。

出会った直後、旧友は
勤めていた会社を辞め、
お父様のやっている稼業を継ぐことになった。

仕事の上でもぶつかり続けた
お父様が4年前に亡くなって、
その後、お姉様も難病になり
亡くなられたことも、店に来てくれた時に
ゆっくりと話してくれた。

次々と亡くなった家族のことは
彼と共に、お母様もずいぶん
気落ちされていたようだが、
ここ1年ほどで落ち着いてきた、
そう言っていた。

コロナのこの時期、
ちょうどふた月前に電話で元気かと聞いた時には
「僕が感染をして、母には
移したくないので、本当に外に出ていない。
買い物すら、ネット通販なんだよ。
でも、母も僕もとても元気」
そう言っていた。

しかし、今回の彼のメールには、
「その日もいつもと同じように
僕と一緒に朝食と昼食を食べ、
『美味しいわ』と僕を喜ばせるようにしていた。
食後はいつも少し昼寝をするので、
彼女の部屋へ連れて行き、3時のお茶で
呼びに行くと、すやすやと寝ており、
起こそうとしても無理で、
結果、くも膜下でだった」とあった。

僕らくらいの年齢になると、
両親や近い人たちの死に
いやでも向き合わなければならない。

うちの父や食道癌で残された命も
耳にしていたし、母の場合は
介護施設で、少しずつ体調の変化も
見て取れた。
心の準備は出来ていたけれど、
その悲しみは大きかった。

そう考えると、今の彼の気持ちは
大変大きなモノだと思う。
そしてこの時期、あまりきちんとした
葬儀も出来なかったことを思うと
これもまた無念だっただろう。

この場を借りて、お悔やみを申し上げます。

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2020年06月24日

コロナの夏

コロナでの自粛期間が終わり、
早いモノで、店を再開してから
もう3週間が過ぎた。

オープン初日は、たった4、5時間、
店に立っていただけで、
びっくりするほど疲れた。
毎日、ウォーキングやトレーニングを
していたのにも関わらず、
立ち仕事というのは、ここまで
疲れるのかということを改めてわかった。

ただ、旅行で少し長めに休んでも
こんな事はなかっただけに、
単純に年齢なのだろうかと思うと
ちょっとショックだったり。

とは言え、毎日店に行っていると、
ほとんど前と変わらず、動けるようになった。
でも、お客さんたちには相変わらず、
入店時にアルコール消毒や、検温、
ビニールのパーテーション越しの接客
ひと席だけ空けて座ってもらうことなど
お願いし続けている。

おかげさまで、うちの店が有難いのは、
大きなベランダがあり、
そこで飲んでいただけたり、
入り口のドアと奥の窓、
ベランダの扉を開けるだけで
換気だけはものすごく良い事だ。

梅雨になり、蒸し蒸しとした状態が続く。
今はまだ25度から30度前後だけれど、
これが35度も超える日になると、
エアコンを付けながら、
窓をあけての営業がどれほど出来るんだろうか。

ニュースでは相変わらず、東京の感染者数は
また戻っているし、まだまだ予断は許さない。
初めて迎えるこのコロナの夏を
どうやって乗り越えていけるんだろうか。
休みの昨日、そんなことをずっと考える1日だった。

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